「紙に願い事を書いて叶うのなら簡単なものだな」
「紙じゃなくて短冊って言うんだよ」
「知っている」
「ルルーシュううう、なんでもいいから書いてくれよー。お前が終わらないといつまでも飾れないんだよ」
リヴァルの言葉にスザクが苦笑いする。ルルーシュは素知らぬ顔をしていた。
「俺のがなくても飾ればいいじゃないか」
「そういうわけにはいかないの。生徒会メンバーは全員願い事を書けって会長命令なんだから」
まったく、と息をひとつ吐き出した。あの会長のお祭り好きには本当に呆れてしまう。
今日は七夕。それはいい。日本の伝統行事で、そういうものを大事にする日本の文化は嫌いではない。しかし、だ。本来の趣旨とは違う騒ぎ方をするのはどうかと思う。
七夕とはもっと風情のあるものではないのか?というのがルルーシュの主張だが、要するに、会長からいいようにこき使われるのが嫌なだけである。行事をどう楽しもうが個人の勝手、好きにすればいい。ただし、人を巻き込まないという条件付きで。
(いずれにせよ、このままではリヴァルがとばっちりを受けるだけか……)
もう一度溜め息をつき、ペンを手に取ってさらさらと文字を記した。出来上がった短冊をリヴァルに渡す。
「サンキュー、ルルーシュ!」
ばしばしとルルーシュの肩を叩いたリヴァルは、そのまま生徒会室を出て廊下を駆けて行った。残されたのはルルーシュとスザクの二人。
「やれやれ、七夕ひとつで疲れるな」
「会長さんはどうせやるなら思いっきり楽しもうってだけなんだよ」
「知っている」
「知ってるなら素直に協力すればいいのに」
「いちいち協力していたらきりがない」
拒否したところで結局は会長を手伝う破目になるのだが、素直に言うことを聞けばますます人遣いが荒くなりそうなので、最初からうんとは絶対に頷かないルルーシュだった。
「でも楽しいことなら手伝ったほうがさらに楽しくなるじゃないか」
「お前はお人好しすぎるんだ!」
ルルーシュとは正反対に、最初から会長に協力するのがスザクである。昔なら嫌がりそうなことを自ら積極的に手伝っているのだから、初めて目にしたときは唖然としたものだ。
「本当に変わったな、お前」
「ええっ、どこが?」
「気付いていないのなら別にいい」
頬杖を付くと机の上に残っていた短冊を手に取った。
こんな紙に願い事を書くなんて日本人は面白いことを考えるなと感心する。会長が食い付く気持ちも少しわかる気がした。
「願い事はなんて書いたの?」
「ナナリーが幸せでありますように」
「さすがルルーシュ……」
「お前はなんて書いたんだ」
「僕?僕は……皆が幸せでありますように」
「なんだ、似たようなものじゃないか」
お互い自分のことは書いていないところが可笑しかった。普段は正反対のくせに、こういうときだけ似るのは一体どういうことだろう。
「だって笹に結んで飾るんだよ?皆が見るのに本当の願い事は書けないよ」
「と言うことは、ほかに願い事があるということか?」
「それはまあ」
「人には言えない願い事か」
にやりと笑えば、スザクが困ったような顔をした。
「僕としては言ってもいいんだけど、僕じゃない人が困るかなと思って」
「誰が困るんだ?」
「ルルーシュ」
名前を言われてきょとんとした。何故スザクが願い事を書いたら自分が困るのだろう。
「意味がわからない」
「わからなくていいよ」
「そんな風に言われたら気になるだろう。言ってみろ」
「言っていいの?」
「さっさと言え」
「怒らないでよ」
そう念押しされ、小さく頷いた。怒られる願い事とは何なのか、逆に興味が湧いてしまう。
近付いたスザクが肩に触れ、耳元に唇を寄せた。距離が近くてどきりとしたけれど、動揺を顔に出さないよう努めた。
「ルルーシュをずっと僕だけのものにしておけますように」
何を言われたのか一瞬わからず、すぐ傍にある顔をまじまじと見つめた。真剣な瞳とぶつかり、たっぷり三秒かかってようやく意味を理解する。
「ばっ、馬鹿じゃないのか!そんな願い事今すぐ捨てろ!」
「書いてないから捨てるのは無理だよ」
「本当に書いてないだろうな!」
「僕ってそんなに信用ない?」
「天然で書いているかもしれないじゃないか!」
「ひどいなぁ」
急に不安になってルルーシュは椅子から立ち上がった。
二人はいわゆる恋人として付き合っているけれど、もちろん皆には内緒のことである。もし本当にスザクが馬鹿げた願い事を書いていたとしても信じる人間はいないだろう。しかし、それを見つけた会長がどう反応するかはわからない。
これ以上おもちゃにされてたまるか。そう思い、先ほど生徒会室を出て行ったリヴァルを追いかけようとした。
「スザクっ」
だがそれは、がしりと腕を掴む手によって阻まれてしまった。
「行っても無駄だよ。僕の短冊は随分前にシャーリーが持って行ってくれたから。それに、どちらにしろ会長の目にはもう留まっているはずだしね」
「……本当に書いていないよな」
「さあ?」
不安になって確かめれば、にこりとした笑みが返ってきた。その笑顔が余計にルルーシュの不安を煽る。
「くっ、こうなったらなんとしても阻止を、」
「だから無駄だって。それよりさ」
ぐいと腕を引かれ、バランスを崩したルルーシュはスザクの腕の中に収まった。
「ちょ…っ、生徒会室だぞ!」
「七夕のほうに夢中でしばらく誰も戻ってこないよ。そんなことより、やっと二人きりになれたんだから呼びに来るまでこうしていようよ」
甘い声で囁かれ、思わず抵抗をやめてしまった。二人きりの時間が久しぶりなのは本当のことだ。
「誰かさんが軍にかかりきりだったからな」
「ごめんなさい。だからそろそろ機嫌直してよ」
「嫌だな」
ふいと顔を背ければ耳元にキスをされた。その感触がくすぐったくてルルーシュは肩を竦めた。仕方なく顔を正面に戻すと、温かい両手に頬を包まれた。
唇と唇が優しく触れ合う。
機嫌が悪かった本当の理由は会長じゃない。スザクだ。全部スザクのせいなのだ。短冊に『スザクが軍を辞めますように』と嫌がらせで書いてやろうかと思ったほど、実は怒っていたのだ。いや、拗ねていたのかもしれない。
「……本当に書くだけで願い事が叶えばいいのにな」
「ルルーシュは叶えたいことがあるの?」
「それは、」
些細なことなら山のようにある。でも本当に叶えたいことは数えるほどしかない。
そして、その願いは誰にも頼らず、自分自身の力で叶えたかった。
「願い事を誰かの力に頼るのはつまらないな」
「ルルーシュらしいね」
「お前だってそうだろう?」
「否定はしないかな」
ほら、やっぱり自分たちはよく似ている。こんなにも正反対なのに、こんなにもそっくりだ。
「だけど、ルルーシュをずっと僕だけのものにしたいって願いは本当だし、それはルルーシュの協力がないと無理かな」
「ならば愛想を尽かされないよう努力するんだな」
「うわっ厳しい」
情けない声にくすくすと笑った。
七夕で願わなくてももう叶っていることは教えてやらなかった。
「じゃあ、来年はナナリーだけじゃなくて僕の名前も書いてもらえるように頑張る」
「随分と小さい目標だな。ナナリーを押し退けるくらいの気持ちはないのか?」
「だって君の一番はナナリーなんだから無理だよ。それに、もしナナリーを押し退けたら一生口を利いてくれないだろう?」
「まあな」
さも当然と言わんばかりに相槌を返せば、スザクがむすっとした顔をする。が、互いにすぐ吹き出してしまい、二人一緒になって笑った。
笑いながら、戯れのようにキスをした。
「ナナリーには敵わないけど、こういうキスを出来るのは僕だけだから別に負けてもいいや」
「あっさり負けを認めるんじゃない」
「でもルルーシュは僕のものだからね」
「はいはい」
わざと呆れたような返事をしたところで、こちらに向かってくる足音が聞こえてきた。自分たちを連れ出すために会長が来たのだろう。
二人の時間は終わりだと、ルルーシュは腕の中からするりと抜け出した。今度はスザクも引き止めなかった。
「ルルーシュ」
「ん?」
「好きだよ」
唐突な告白に目を丸め、次いで柔らかく頬を緩めた。
「――俺もだよ」
いつもなら顔を赤くするところだけど、今日くらいは素直に気持ちを口にしよう。
一年に一度、七月七日に織姫と彦星は会えるそうだ。
そのたった一日を二人はどんな想いで迎えるのか。
どんな想いで別れるのか。
繋いだ手がずっと離れないようにと願ったのは、誰だったのだろう。
(11.07.07)