thank you

 ※「in the forest」を先に読まれたほうがわかる内容となっています。
 最近、スザクの様子がおかしい。
 まず家を空けることが多くなった。街に行ってくると言って出ているので行き先が不明なわけではないのだが、隠れるように森の中で暮らしているという事情もあり、街には一ヶ月に数回足を運ぶ程度だ。それが今週は毎日のように出掛けていた。
 そして、ルルーシュに隠れて何かをしている。何をしているかはわからない。書き物をしたり誰かに電話をかけたりしているのだが、ルルーシュが顔を見せると何もないふりをする。
 本人は隠しているつもりのようだが、ルルーシュにはばればれだった。どうやらスザクは隠し事が下手らしい。
 初めてスザクがここに来たとき、彼は記憶喪失であると偽っていた。最初は半信半疑だった。そして、普通に日常生活を送るスザクを見ているうちに、記憶喪失は嘘ではないかと思うようになった。本来ならば、疑った時点でスザクを追い出すべきだったのだろう。この家には妹のナナリーもいる。自分はともかく、ナナリーに何かあったのでは遅い。しかし、嘘をついてまでここにいる理由が物取りや誘拐とはどうしても思えなかった。素性以外はすべて正直に話しているようだし、ナナリーもスザクを気に入っているし、何よりスザクは悪い人間に見えなかった。きっと何か事情があって嘘をついているのだ、そう思ったから黙っていた。
 彼が枢木の家の者で、かつてルルーシュの家であったランペルージと肩を並べるほど有名な家の人間であると知ったのは偶然だった。薪運びからなかなか戻ってこないスザクを探しに行ったら、ジノという男と話しているスザクを見つけ、彼が「枢木スザク」であるとわかったのだ。ランペルージと枢木の仲が悪かったわけではないけれど、街では一、二を争うほど大きな家同士だ。互いに影響力が大きいこともわかっていたから、枢木家はなんとなく遠巻きに見ているような存在だった。社交界デビューすらしていなかったスザクのことも当然知らなかった。
 だから、予想もしていなかった正体にさすがのルルーシュも驚いた。一瞬、茫然自失となり、パニックを起こしかけてしまったのも事実である。それでも、嘘をついていてごめんと真摯に謝罪してくれたスザクに怒りや嫌悪感は湧かなかった。そこまでして自分の傍にいたいと思ってくれたのだと、嬉しささえ感じたくらいだ。
 (別に疑っているわけじゃない。スザクは俺のことを好きだと言ってくれし、俺達は、け…、結婚だってしたのだから)
 結婚の二文字を思い浮かべた途端、顔が熱くなった気がして咄嗟に両手で頬を押さえた。周りには誰もいないけれど、とてつもなく恥ずかしい。
 約一ヶ月前、ルルーシュはスザクにプロポーズされた。結婚しようと言われて、指輪も嵌めてもらった。たった一人の家族であるナナリーにも報告した。実を言うと、自分達が付き合っていて、さらには結婚まですることを彼女に伝えるのは反対だった。兄が男同士で付き合っていると知ったらショックを受けるだろうし、同じ屋根の下で暮らしたくないと言って出て行かれても困ると懸念したから、出来ることなら隠したままでいたかった。しかし、「ナナリーだけ仲間外れにするの?」というスザクの一言に事実を告げることを決意したのだ。

「お兄様をよろしくお願いします、スザクさん」
「うん、一生大事にするから」

 結婚を報告したときのナナリーは、ルルーシュが呆気に取られるほどあっさりと喜んでくれた。反対するどころか、自分を抜きに二人で挨拶を交わしていたほどだ。何はともあれ一番懸念していたナナリーをクリアしてルルーシュは密かに胸を撫で下ろした。
 そのあとに待っていたのは、世間一般的に甘いと言われる新婚生活だった。
 元々、恋人としてのスザクとの付き合いは甘いものだったけれど、結婚してからはより一層甘さが増したように感じる。何が、と口では表現しにくいのだがとにかく甘い。こんな雰囲気のままナナリーと一緒に暮らしていていいのだろうかと心配になってしまうほど甘過ぎて恥ずかしいのだ。
 火照った頬を押さえたままソファに座る。リビングには誰もいなかった。朝の空気がひんやりとしていて、鳥の囀りがすぐ近くで聞こえた。
 朝食のあと、ナナリーは部屋で自分の時間を過ごしている。ルルーシュは一通りの掃除を終えてようやく一息ついたところだ。そしてスザクは――。
 (単に用事があるだけだ。スザクがここで暮らし始めて一年も経っていない。枢木の家を出てきたのだから片付けなければいけないこともまだ残っているのだろう。だから、最近街に行く回数が増えたのは残務処理をするためだ、きっとそうだ)
 自分に言い聞かせるけれど、ルルーシュの中のもやもやとした気持ちが晴れることはなかった。違うと否定しながら疑っているのだから晴れるわけがない。
 (ひょっとして、家に戻れと母親に説得されているのでは……)
 スザクと友人のジノとの会話をこっそり聞いたとき、母親がスザクの帰りを待っているという話をしていた。スザクは枢木の家に興味がなく、街での暮らしを捨ててルルーシュのところにやって来たけれど、家に戻って欲しいと願うのが母親だ。たとえば、もしナナリーが見ず知らずの人間のもとへ突然行ってしまったら当然ショックを受けるし、なんとしてでも連れ戻そうとするだろう。ルルーシュにはスザクの母親の気持ちが痛いほどわかった。
 (さすがに母親から引き留められたら邪険には出来ないだろうし。だけど、それなら俺に一言相談があってもいいんじゃないか?ならば俺には話せないような話……)
 自分に話せず、こっそり街に行かなければいけない用事とはなんだろう。つらつらと考えていたルルーシュの頭の中に一つの単語が浮かんだ。

「まさか……浮気?」

 自分で音に出して、自分でぞっとしてしまった。思わず口から出たものを否定するようにぶんぶんと首を振る。
 (スザクに限ってそんなことはない、あるはずがない)
 スザクは隠し事が出来ない人間だ。それに、人に対して誠実だ。万が一、ほかに好きな人が出来たとしても隠れて浮気などせず、正直に告白して別れを切り出してくるだろう。母親から何か説得されているとすれば尚更だ。

「大丈夫、俺がスザクを信じなくてどうするんだ」

 自分自身に言い聞かせるように呟いた声は朝の光の中に溶けて消えた。だからルルーシュはすっかり忘れていた。
 明日が自分の誕生日だということを。
 ふと目を覚ますと、鳥の囀りが耳に入った。外はうっすら明るくなっている。

「……スザク?」

 隣で寝ていたはずのスザクがいない。起き上がって部屋中を見渡してみるが、さほど広くはない部屋の中にスザクが隠れていそうな場所はなかった。
 シーツに手を伸ばしてみれば、そこはすっかり冷えていた。スザクが起きてかなり時間が経っているようだ。どうやらトイレではなく、ちゃんと目を覚まして部屋を出て行ったらしい。
 そもそも今は何時なのだと時計を確認したルルーシュはぎょっとした。

「七時だと!?目覚ましは…!」

 枕元の目覚まし時計は解除されていた。昨日の夜、確かに朝の六時にセットしたから自分のミスではないと思う。となればスザクが解除したとしか考えられないが、そんなことをする理由がわからなかった。
 低血圧気味で朝はあまり得意ではないルルーシュにとって目覚まし時計は必需品である。隣で一緒に寝ているスザクを起こしては悪いので、音がうるさいものではなくバイブレーション機能付きのものだ。スザクとナナリーのために朝食を作るのだと思えば早起きもつらくないけれど、目覚ましがないとどうしても駄目だった。だから寝る前は必ず確認をするのに、今日に限ってセットが解除されているなんて、やはり原因はスザクとしか思えない。
 二人とも子供ではないから朝食くらい自分たちでどうにかするだろう。そう思っていてもやはり心配で、ひとまず顔を洗って着替えるとすぐに階下へ下りていった。
 リビングには明るい陽が溢れていて、気持ちの良い朝を実感した。キッチンから何やら作業をしている音が聞こえた。ナナリーかスザクがいるのだろうかと何気なく顔を覗かせ、中の光景にルルーシュは目を丸めた。
 そこではスザクとナナリーが真剣な表情で黙々と料理を作っていた。普段は七時を過ぎなければ起きてこない二人がこんなに早起きをしてキッチンに立っていることが信じられない。しかも、テーブルに乗っているのはどれも豪勢な食材だ。朝から食べるには不釣り合いなものばかりである。

「何をしているんだ?」

 声をかけると、一瞬二人がしまったという顔をする。不思議に思って首を傾げた。

「おはようございます、お兄様。スザクさん、私はちょっとほかの準備をしてきますね」
「わかった」
「お兄様、スザクさんのお話をちゃんと聞いて下さいよ」
「ナナリー?」

 すれ違いざまにナナリーからぽんと肩を叩かれ、ますます首を傾げる。一体何の話があるというのだ。

「驚かないで聞いてくれる?」
「あ、ああ」

 頷くと、左手を取られた。指輪の嵌まっている部分を撫でられどきりとした。

「結婚式をしよう」
「……は?」

 こういうのも青天の霹靂というのだろうか。だけど、予想していなかったという意味では正しいと思う。
 結論から言えば、ルルーシュはひどい勘違いをしていたのだった。

「家の中でスーツというのもなんだか変な感じだな」
「仕方ないよ。あ、それともルルーシュはウエディングドレス着たかった?」
「誰が着るか!」

 鏡の中のスザクに向かって叫ぶ。結婚式といっても、自分たちは男同士だ。スザクの友達も来るというのに、どちらか一方がドレスだなんて冗談じゃない。
 ルルーシュだったら絶対可愛いのに、という不満そうな声を無視してスーツの襟を直す。
 結婚式をしよう。そう言われたのは五時間前のことだ。ルルーシュは自分たちが結婚していると思い込んでいたが、スザク曰く、今までは婚約期間で正式には結婚していなかったそうだ。森の奥で暮らす自分たちに婚約なんて意味があるのかと思ったけれど、とにかくその認識の違いが誤解を生んでしまった。
 よくよく話を聞けば、最近頻繁に街へ行っていたのは結婚式の準備のためだったらしい。母親から家に戻ってくるよう説得されていたわけでも、ほかに好きな人が出来たわけでもなかったのだ。
 そして、今日という日を結婚記念日に選んだのは、「十二月五日がルルーシュの誕生日だから」だという。朝から驚くことばかりで自分の誕生日をすっかり失念していたルルーシュにとっては、まったく人騒がせなサプライズである。だけど、スザクもナナリーも自分のことを考えて計画してくれたのだと思えばとても怒れなかった。

「お前の友達はいつ来るんだ?」
「時間は伝えているけど、三十分前ぐらいでいいよって言ったからもうちょっとかかるかな」

 ジノとアーニャの二人が本日のゲストだ。ジノには一度会って会話も交わしたことがある。記憶喪失だと偽っていたスザクの正体を知るきっかけはジノだったから、スザクは迷惑がっているけれど、ルルーシュにとってはある意味で恩人だ。
 アーニャはジノと同様、スザクの昔からの知り合いらしい。女の子の友達ということで最初はあまり良い顔をしなかったルルーシュも、彼女の様々な武勇伝を聞いているとその疑いもなくなった。今では、街を離れたスザクと付き合いを続けてくれるありがたい友人たちだと思っている。
 本音を言えば、スザクが森の奥深くで自分たちと一緒に暮らすことに今でも戸惑いと罪悪感のようなものを抱いていた。スザクには言わないけれど、彼は街に戻るべきなのではないかと、もし母親に説得されて根負けしてしまえばそれも仕方ないのではないかと考えていた。スザクには街の雰囲気がよく似合う。結婚を約束した自分たちだけど、自分はスザクの本当の居場所になり得るのか、ルルーシュはずっと不安だった。
 だから、結婚式をしようと言われ、正式な結婚をスザクが申し出てくれたときは嬉しかった。自分では平静なつもりだったけれど、とても嬉しかったのだ。

「ルルーシュ?」

 じっとスザクの顔を見つめていたらしく、首を傾げられた。なんでもないと言ったルルーシュは、鏡の前を離れてスザクに近付いた。男にしては細い指を伸ばしてスザクのタイを直してやる。

「曲がっているぞ。ちゃんと鏡を見たのか?」
「ルルーシュに直してもらいたかったからわざと曲げていた、って言ったら怒る?」
「馬鹿じゃないのか」

 悪態を吐きつつ、ルルーシュの顔は穏やかに笑んでいた。

「そうだ、僕、君に謝らなければいけないことがもう一つあるんだ」
「今度は何をやらかした」

 散々驚かされたのでこれ以上は何を言われても驚けないだろう。冷静なルルーシュに、やらかしてはいないけど、とスザクが苦笑いを浮かべた。

「ルルーシュが嵌めてくれている指輪、渡したときに結婚指輪だって言ったけど、正確には婚約指輪なんだよね」
「ああ、今日が結婚式なんだから、事前にもらったものは結婚指輪にはならないんだろうな」

 そのくらいはわかるぞと顔を上げれば、スザクがなんとも言えない顔をしていた。

「どうした?」
「うーん……、やっぱり気付いてないみたいだからいいかなぁ」
「何だ。まだ隠し事をしているのか」
「違うよ、ただちょっと確認しただけ」

 何を確認したというのか。ルルーシュにはさっぱりわからなかった。

「お兄様、スザクさん!ジノさんとアーニャさんがいらして下さいましたよ!」

 階下からナナリーの声がした。どうやらゲストの到着らしい。

「もう来ちゃったのか。ちょっと早いけど始めていいかな?」
「もちろん。ゲストを待たせるわけにはいかないだろう」
「でも今日の主役は君なんだよ」

 確かにそうだと思い出す。結婚式に意識が行ってしまい、自分の誕生日であることをどうしても忘れてしまいがちだ。

「本当はさ、音楽をかけて照明も暗くしてそれっぽく演出したかったんだけど、家の中じゃ無理だよね」
「そんな恥ずかしいことはしなくていい」
「えー、せっかくだから結婚式は派手にやりたいじゃないか」
「絶対に嫌だ」

 街に住み続けていたらド派手な演出の結婚式をやられていたかもしれない。森の奥の家で良かったとルルーシュは密かに胸を撫で下ろした。

「とにかく、誕生日おめでとうルルーシュ」
「さっきも聞いたぞ」

 今日を結婚式にしたいと提案されたとき、一足早くスザクからお祝いを言われた。それを指摘すればふるふると首を振られた。

「おめでとうは何度言っても聞いてもいいものだよ。それにこれから皆におめでとうを言われるんだから、一回だけじゃ負けちゃうよ」
「何に負けるんだ」

 大真面目な顔のスザクに小さく吹き出す。おめでとうに勝ち負けなどあるものか。

「だってルルーシュの一番はいつも僕でいたいもの。もちろんナナリーには負けるけど、勝てるところでは勝つつもりだよ」

 それこそ不毛な勝負だ。スザクもナナリーもルルーシュにとっては大事な大事な人である。どちらが一番とか二番とか決められるわけがない。それはスザクもわかっているのだろう。だから、勝てるところでは勝つなんて言っているのだ。

「じゃあ、お前の誕生日のときは俺もおめでとうを連呼してやらないとな」
「連呼って言われるとなんだかありがたみが薄れる……」

 わがままな発言に、ルルーシュは口角を上げた。

「だってナナリーに負けるだろう?」

 一瞬、ぽかんとしたスザクだったが、すぐに満面の笑みを浮かべた。まったくわかりやすい。やはりこの男は隠し事が出来ないタイプだ。

「ほら、行くぞスザク」
「あ、待ってよルルーシュ」

 追いかけてきたスザクがエスコートするようにドアを開けてくれた。

「今日は一日君が主役なんだから、好きなように振る舞っていいんだよ」
「それはありがたいな」

 笑いながら揃って部屋を出ると、賑やかな声が下から聞こえてきた。どうやらナナリーとジノとアーニャは気が合っているらしい。

「ナナリーにも友達が出来るかもしれないな。スザクのおかげだ、ありがとう」
「僕は何もしてないよ」
「でもお前がいてくれたから新しい出会いがあったんだろう?」

 自分にも、ナナリーにも。スザクと出会わなければこんなに賑やかな誕生日は来なかった。今日という日が何よりの誕生日プレゼントだ。
 顔を綻ばせたルルーシュに、スザクもそっと微笑んでくれた。その笑みがあることが一番の幸せだと思った。
 誕生日兼結婚式の席で改めてスザクから結婚指輪を贈られ、驚きと嬉しさでルルーシュが言葉を失くしたのは、それから一時間後の話である。
 (10.12.05)
 Happy Birthday Lelouch!!