※2012年に発行した「花咲く庭で僕らは出会う」の番外編です。
騎士(ラウンズ)×皇子で、ナイトオブセブンのスザクは期限付きでルルーシュの騎士になっているという設定です。
「スザクもそう思いますよね?」
「スザクさんなら気付いていますよね?」
「え……っと」
迫るのは可憐なお姫様二人。
迫られるのは彼女たちの兄の騎士。
思わず逃げるように仰け反ったが、背中に当たる椅子の背がそれを許してくれなかった。
テーブルの上には見ているだけで楽しくなるような菓子の数々とほんのり甘い匂い。そして微かに湯気を立ち上らせるティーカップ。
麗らかな午後の暖かい陽射しの下、お姫様たちとのティータイムの時間はまるでおとぎ話のようだ。しかし、実際の様子はおとぎ話とは程遠い。
「スザクはルルーシュの騎士でしょう?ルルーシュのいかなる変化も敏感に察知するのが務めというものですよ」
「まさか本当に気付いていらっしゃらないのですか?」
「そうおっしゃられても……」
どうしてこんなことになったのだろうと数時間前に思いを馳せる。
今朝もいつも通りペンドラゴン宮殿に行き、執務を行うルルーシュの補佐をしていた。補佐と言っても、ルルーシュと違い事務作業があまり得意ではないスザクはもっぱら体力仕事だ。
書類を各方面に届けたり、執務室を訪ねてきた人間に受け渡したり、ルルーシュの指示であちこちに走ったり、仕事自体はこまごまとしているが何かと忙しい。自分ですら忙しいと思うのだから、毎日毎日書類の山と睨めっこしているルルーシュはもっと忙しいだろう。
そんな彼のもとに世間話をしに来る者は当然いない。訪ねてくるのはせいぜい宰相のシュナイゼルか、めげずに絵のモデルを頼んでくるクロヴィスぐらいか。それ以外の人たちは、ルルーシュが忙しいとわかっているので余程の用事がなければやって来なかった。
しかし、今日に限ってその決まりが破られた。
部屋を訪れたのはルルーシュの妹であるユーフェミアとナナリーだった。彼女たちは世間知らずなお姫様ではない。だからルルーシュの邪魔をしてはいけないことくらい充分理解しているはずだ。
では、どうして執務の最中に「久しぶりに一緒にお茶でもしましょう」と誘ってきたのか。もしかしたら忙しい兄の身を案じて無理やり休憩を取らせようとしたのかもしれないが、真相はわからなかった。
「これが片付いたらな」
しかし、妹たちの心など知らない兄はその申し出を断った。ナナリーのこともユーフェミアのことも大切にしているルルーシュだから、普段なら二つ返事で頷いていただろう。だけど、彼の目の前にある書類が頷くことを拒ませた。
少しくらい兄妹の時間を設けてもばちは当たらないのに、まったく真面目な主だとスザクは思った。
「もう!そんなこと言っていたら明日の夜になってしまいます」
「仕方ないだろう、これを全部終わらせなければいけないのだから」
「だったらシュナイゼルお兄様にちょっとお任せすればいいじゃないですか」
「兄上は兄上で忙しいのだ。私ひとりが怠けるわけにはいかないだろう。そうだ、私の代わりにスザクを貸してやるから、三人でお茶にすればいい」
なぜ自分の名前が出てきたのか、あれから数時間経った今もスザクにはわからない。ただ、スケープゴートにされたのだけは間違いないようで、ルルーシュからは「楽しんで来い」と笑顔で言われ、ジェレミアからも「ゆっくりしてくればいい」とにこやかに見送られた。
そうして現在に至っている。
「私はルルーシュに好きな人が出来たと思っているんですけど。ナナリーもそう思うわよね?」
「はい。あのご様子はきっとそうです。だからお茶に誘って色々聞き出そうとしたのに、お兄様ったらガードが固いんだから」
「でもスザクを差し出したということは、気付いていないんじゃないかしら?」
「お兄様のことですから、気付いていないけど無意識にってことも考えられます」
「そうよね。ではやっぱり、」
お姫様たちの会話は止まらない。すっかり取り残されたスザクは、手元のマフィンに齧り付いた。
皇族とのお茶会となれば礼儀だ作法だとうるさく言われそうだが、この場に自分たち以外の人間はいない。しかも、肝心の皇女殿下たちは兄の恋愛を巡って熱く語り合っている最中だ。多少の不作法は許されるだろう。
(殿下の好きな方、か)
二人に尋ねられるまで考えたこともなかった。
最近、ルルーシュの様子がおかしい。どこか印象が変わった。そう言われたときには思わず目を丸めた。
毎日一緒にいるのにまったくわからなかったスザクと違い、妹たちは兄の変化に目敏く気付いたらしく、先ほどからこうしてスザクを質問攻めにしては二人で盛り上がっているのである。
さすがは女の子と思うと同時に、誰かを好きになったルルーシュを想像してみた。すると、胸の辺りがずきずき痛むような気がした。
なんだこれはと自分の反応を不可解に思っていると、「ところでスザクさんに訊きたかったのですが」と再び話を振られてそちらに意識を向ける。
「スザクさんはお兄様の三ヶ月限定の騎士ですよね?」
「はい」
「本当に三ヶ月だけなのですか?」
「とおっしゃいますと?」
「私、二人はとても良い組み合わせだと思うのです。それは私だけではなく、ユフィ姉様やほかの皆さんも思っています。だから……」
ナナリーはそこで口を閉ざしてしまった。俯く顔はどこか深刻だ。
「だから、スザクにはずっとルルーシュの騎士でいてもらいたいってナナリーは思っているのよ」
「ユフィ姉様!」
言葉を引き継いだユーフェミアをナナリーが慌てて止める。
「私もそう思っています。だって、今まで誰ひとりとして信用しなかったルルーシュが、ジェレミア以外で初めて傍に置いたのがスザクなのですから。もし誰かが聞いていたとしても、お父様さえ許してくだされば問題ありません」
きっぱり言い切った彼女は、試すようにスザクを見た。
たとえ皇女であろうと、父であるブリタニア皇帝に逆らうことは出来ない。そして、ナイトオブセブンであるスザクにこのままルルーシュの騎士になれと命令する権利もない。
しかし臆することなく告げたユーフェミアは、慈愛の姫という評判とは裏腹に、なかなか大胆で思い切りのいい皇女のようだ。
「そのように思っていただけて大変光栄なことです。ありがとうございます。ですが、自分は陛下の騎士。陛下のご命令に従うのみです」
「スザクの希望は何もないと言うのですか」
「ラウンズである自分が陛下のお考えに口を挟むわけにはいかないということです」
「もう、スザクもルルーシュも真面目なんだから」
模範的な回答にユーフェミアが頬を膨らませる。
「このこと、殿下にはどうかご内密に」
「言いません。どうせ私たちが言ったってルルーシュは聞いてくれないんですから」
先ほどの皇族然とした姿から一転、兄の態度に拗ねる様子は年相応の可愛らしいお姫様だ。
「わかりました、諦めます。ナナリーもいいかしら?」
「私は……」
言い淀んだナナリーが視線を上げる。やはり二人は姉妹だと思わせる表情だった。
「お兄様とスザクさんが納得されているのなら仕方ないと思います。でも、少しくらい夢を見るのは構いませんよね?」
にこりとした笑みは無邪気だが、つまりはまだ諦めていないということだ。
ユーフェミアといいナナリーといい、なかなか手強い。だが、あのルルーシュの妹だと考えればこの程度は当然なのかもしれない。
すると、ユーフェミアがくすくす笑った。
「ナナリーはこう見えて私以上にお転婆で強情なんですよ」
「お転婆はやめてください。それに私、ユフィ姉様よりは大人しいですよ」
「あら、この間だって、」
言い争いではない言い合いに苦笑いしつつ、こちらへの追及がひとまず止まったことにホッとする。
(このままずっとルルーシュ殿下の騎士だなんて、そんなこと)
たとえ願ったとしても、自分がラウンズである限り叶うはずのない願いだ。
空を見上げれば雲のない青い空が広がり、柔らかい陽の光が地上に降り注いでいる。
今度はルルーシュも一緒に四人でお茶が出来たらどんなに楽しいだろう。妹たちの勢いにたじろぐルルーシュを想像して思わず頬を緩めた。
スザクがルルーシュの騎士になって一ヶ月の、ある日の出来事だった。
(12.11.30)