Sweet love

 大きく目を見開き、扉を開けた姿勢のままルルーシュは固まっていた。

「ルルーシュ?大丈夫?」

 目の前で手をひらひらさせると、ようやく我に返ったのか慌てて姿勢を正す。
 相変わらず不測の事態には弱いんだからと苦笑いが浮かびそうになり、しかしスザクはすぐに顔を引き締めた。ルルーシュに対して無意識に笑みが浮かぶなんてあってはならないと自制する。

「ど、どうしたんだ急に。お前、今日は会議があるって……」
「うん。会議はあるよ」
「だったらこんなところに寄り道している暇はないだろう、早く政庁に」
「君に会いたかったんだ」

 もう一度、ルルーシュが動きを止める。
 ゼロかもしれない君がこんなに無防備でいいのだろうか。
 そう思ったスザクは、今度は意図的に笑いかけた。

「この間も慌しく別れちゃったから、なんだか気になって」
「――あぁ、お前は一週間も休んでいるんだったな」

 階段を降りている途中でルルーシュに呼び止められ、夕飯を一緒に食べないか?と尋ねられたのが一週間前。一体何を言い出すのかと、さすがのスザクも面食らった。
 ルルーシュの記憶が戻っていないのなら、親友のスザクを食事に誘うのはごく自然なことだろう。しかし、今のルルーシュはロロを弟だと思っている。一年前もクラブハウスでよく食事をしたが、ナナリーの代わりにロロを可愛がるルルーシュを見てしまえば、大切な思い出が汚されそうな気がした。
 もし記憶が戻っているのなら、一緒に食事だなんて正気の沙汰とは思えない。まさか食事に毒でも盛るつもりだろうかと一瞬でも考えてしまった自分に嫌気が差した。機情の監視は完璧だし、ロロも同席している。そんな状況でルルーシュがスザクに対して何か仕掛けてくるとは思えないが、万が一ということもある。
 どちらにしても簡単に誘いに応じることができず断った。会議があるのは本当だからと、ちくりと痛む胸になぜか言い訳をして。
 だけど、あのときのルルーシュの顔がどうしても頭から離れず、とうとうクラブハウスまで来てしまった。
 ルルーシュなんて放っておけばいい。そう思う自分も確かにいるはずなのに、どうしても放っておけない。激しいジレンマと自己嫌悪に苛まれながら訪ねれば、ルルーシュはぽかんとした顔をしていて少しだけ気が楽になった。そんな自分に、スザクは気付かない振りをしたけれど。

「本当にお前は休んでばかりだな。なんのために復学したんだか」
「仕方ないよ。ナナリー総督が就任して間もないからね」

 鎌を掛けるつもりでその名を口にしたけれど、当然ルルーシュはぴくりとも反応しなかった。記憶があるのかないのか、やはりこの程度では判別が付かないようで知らず小さく溜め息をつく。

「疲れているのか?」

 溜め息の理由が疲れによるものと勘違いしたのか、ルルーシュが少しだけ心配そうな顔をして訊く。

「違うよ。確かにあまり自分の時間は取れないけど、僕にはやるべきことがあるからね。今は疲れなんて感じない」
「そうか……」

 自分に言い聞かせるようにたった一言だけ言葉を返すと、ルルーシュは口を閉ざした。スザクも明確な理由があって訪ねたわけではないし、復活したゼロはルルーシュではないかと疑っているところなので、気軽に声を掛けることができない。
 沈黙が続き、思わずスザクは時間を確認した。そろそろ政庁に戻らなければいけないころで、これ以上は長居することができない。そのことに少しだけ安堵している自分がいて、なぜか自己嫌悪が募る。

「じゃあ、僕はもう行くね」
「え?」
「会議に間に合わなくなっちゃう。ごめんね、急に来たのに慌しくて。来週はちゃんと学校に来れると思うから」

 別れの挨拶を告げて踵を返そうとすれば、「スザク!」と名前を呼ばれて動きを止めた。

「そこでちょっと待っていろ!」
「えぇっ?」

 そのままルルーシュはクラブハウスの中へと行ってしまった。何があったのかわからず、スザクは彼のいなくなった空間を呆然と見つめていた。
 二分ほど経ったところでルルーシュが戻る。

「どうしたの?急に」
「……これを、渡しておこうかと思って」

 差し出されたのは小さな紙袋だった。綺麗なラッピングが施されていて、どうしたのかとルルーシュの顔を見れば、「やる」とだけ返事が返ってきた。

「やるって言われても……」
「ちょっと作りすぎてしまって、ロロと二人じゃ食べきれないからおすそ分けするだけだ。中身はクッキーだから、小腹が空いたときにでも食べればいい。毒は入っていないから安心しろ」

 冗談のように言うルルーシュに、まさか食事に毒が盛られるかもと思ったことが伝わったわけではないよなとスザクは苦笑いを浮かべた。

「うん、仕事の合間に食べるよ。ありがとう」

 断る理由もなく、素直に礼を告げた。
 すると、スザクの顔をルルーシュがじっと見てくる。

「ルルーシュ?」

 名前を呼べば、ふいと顔を横に向けられてしまう。今度はなんだろうと首を傾げていると、顔を逸らしたままルルーシュが口を開く。

「――おめでとう」
「え?」
「これでまたお前のほうがひとつ年上だな。じゃあ、仕事頑張れよ」

 笑みを浮かべて言ったかと思えば、ルルーシュはそのままクラブハウスの中へ戻った。スザクの目の前でぱたんと扉が閉まる。
 あっさりというより、一方的すぎる別れ。でもそれはルルーシュの照れ隠しだということがわかってしまい、スザクは複雑そうな顔をした。

「そうか、今日は……」

 自分の誕生日。
 (そんなものすっかり忘れていた)
 日本を取り戻すためラウンズとしての仕事に忙殺されていた。ゼロが復活してからは、ルルーシュがゼロなのではないかと疑い常にその動向を気に掛け、ゼロを倒すことに心血を注いでいた。そんな日々の中で、自分の誕生日に何の意味があるだろう。
 手の中の紙袋に目を落とす。
 封を開ければ、ルルーシュの言っていた通りクッキーが入っていた。ひとつ取り出して齧ってみる。

「おいしい……」

 久しぶりに食べたルルーシュ手作りのお菓子。ふわりと温かい気持ちになって、慌てたようにスザクは首を振った。
 ルルーシュから物をもらって喜んでどうする。あいつは敵なんだ。

「……でも、仕方ないからこれはもらっておくか」

 冷たい口調とは裏腹に、その表情はどこか柔らかかったことをスザク自身は気付いていない。
 紙袋の封をし直すと、政庁へ向かうために足を進めた。歩くたびにかさりと聞こえてくる袋の音を耳に心地よく聞きながら。

「あれ?兄さん、お客さんは?」
「ただの勧誘だったから追い返した」
「勧誘……?」

 こんなところに勧誘が来るものだろうかとロロは疑問に思ったけれど、兄の顔がとても嬉しそうだったので余計な口を挟むことはやめにした。

「そんなことより、ケーキを切り分けるからお前は皿を持ってきてくれないか?」
「うん、わかった。……でも、兄さん」
「ん?どうかしたか?」

 笑みを浮かべる兄に、困ったような目を向ける。

「やっぱり二人で食べるには多すぎると思うんだ」

 テーブルの上にはルルーシュが自ら作ったホールケーキがある。それ自体は問題ない。ルルーシュの料理の腕は確かだし、目の前のケーキもとても美味しそうだ。
 しかし、如何せん、サイズが大きすぎた。八等分して二人で毎日一切れずつ食べたとしても、四日はケーキ漬けになれそうだ。
 (どうしてこんなに力を入れているんだろう。そもそも、枢木卿は来れないってわかってるんだから、ケーキを作っても意味がないのに)
 食事はいつもルルーシュが作るけれど、今週はキッチンに立つ回数が普段以上に多かったような気がする。
 疑問は尽きなかったが、ロロにとって面白くない答えが返ってくる予感がしたから、あえて何も聞かなかった。ただ、この大きなケーキの行方だけを気にする。

「お前は食べられるだけ食べればいいから。残りは俺が全部食べる」
「え!?兄さんが?食が細いのに、こんなにたくさん食べるなんて無理だよ。誰かに…、そうだ、生徒会の人たちに分けてあげようよ」
「いいんだ、俺が食べるから」
「……わかった」

 ロロは渋々頷き、皿を取るためにその場を離れた。
 あれだけの量を食べたら絶対に倒れてしまうと思ったけれど、兄がひとりで食べるのだと言い張るのなら何も言えない。
 生徒会に差し入れと称して持って行けばいいのに、どうして嫌がるのだろう。
 (枢木卿のために作ったものだから、ほかに人には食べられたくない……なんてことはないよね)
 そんなまさかとロロは自分の考えを打ち消すが、どうにも正解のような気がして嫌になり、考えることを放棄した。
 翌日、冷蔵庫の中のケーキを見るに見かねて、ロロはこっそりスザクを呼んだ。用件は何も伝えなかったにもかかわらず、すぐにスザクはクラブハウスを訪ねてきた。ラウンズなのに仕事はどうしたのだと心配になるほどの早さだった。
 ルルーシュはスザクを見て、スザクはケーキを見て驚いていた。「クッキーだけじゃなかったの?」と呆然と呟く声が聞こえたような気もするが、それはあえて無視をする。
 男三人が顔を揃え、もくもくとケーキを食べる光景はなかなかシュールなものがあった。しかし、互いに殺伐とした雰囲気を醸し出しながら、時折表情を優しく緩めているルルーシュとスザクに、ロロは内心で溜め息をついた。
 結局、二人とも嬉しいんじゃないか。
 そう考えると自分がお邪魔虫のように思えて、でも絶対に二人きりになんてさせてあげないと、甘い甘いケーキを口の中に放り込んだ。
 (09.07.11)
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