スザクは駅のホームで電車を待っていた。
しかし事故で遅れているのか、時間になってもなかなかやって来ない。
(暇だなぁ)
携帯を触る気にはなれないし、ほかに暇潰しが出来そうなものも持っていなかった。暇だな、ともう一度独りごちて向かいのホームに目をやった。特に意味があったわけではない。暇だから人間観察でもしようか。その程度の気持ちだった。
そうして視線を動かしたスザクはそのまま固まった。
(ルルーシュ…!)
ホームを挟んだちょうど目の前で電車を待っていたのは、同じクラスのルルーシュ・ランペルージだった。彼は立ったまま文庫本を読んでいて、スザクに気付いている様子はない。
(やった、すごい偶然)
彼の家はスザクと正反対の方向だ。乗り換え駅も被らないはずなのに、ここにいるということは何か用事でもあったのだろうか。
才色兼備という言葉がぴったりの彼はクラスの、いや学校中の人気者である。男女問わず人気があって、生徒会では副会長をやっている。女の子なら誰もが彼と付き合いたいと望むけれど、高嶺の花という言葉の通り、いまだ誰の相手にもなっていない。中には勇気を出して告白した子もいるようだが、「気持ちだけありがたく受け取っておくよ」とにこやかな笑み付きでことごとく断られるという。
誰かほかに好きな人がいるのか。それともすでに誰かと付き合っているのか。様々な憶測が流れているものの、どれが正解なのかは今も明らかになっていない。
(本当にラッキーだな。学校が終わったあとにルルーシュに会えるなんて)
例に漏れずと言うべきか、スザクもまたルルーシュに恋心を抱く人間の一人だった。
だが、ルルーシュはスザクのことを気にもかけていないだろう。クラスが同じなだけで、せいぜい顔と名前を知っている程度の知り合いだ。友達にすらなっていない。告白なんて夢のまた夢で、こうして遠くからそっと見守っているほうが自分には合っているとすら思っていた。
だから、こんな偶然に遭遇するとまるで運命のように感じられて嬉しかった。声すらかけられないけれど、教室以外でルルーシュに会えたことが飛び上がるほど嬉しいのだ。
向かいのホームなんて見ていないだろうと思ったスザクは、チャンスとばかりにまじまじとルルーシュを見つめた。
端正な顔や均等の取れた姿に思わず感嘆の息が漏れそうだ。そう思ったのと同時に俯けられていた顔が上がり、こちらを見たと思ったときには視線と視線ががっちり合わさっていた。予想外の事態に再びスザクは固まる。
お互いの紫と緑が交わるような、不思議な感覚。見つめ合っていたのはほんの一秒か二秒だったけれど、スザクには永遠にも感じられる時間だった。
しかし次の瞬間、ルルーシュは視線を下ろすとまた元のように本を読み始めた。ルルーシュの視力が悪いという話は聞いたことがないので、向かいのホームに立つ人々の顔は見えていただろう。自分と同じ制服を着た生徒がいたことにも気付いたはずだ。でも、それがクラスメートである枢木スザクだと気付いたかどうかはわからない。
「――っ」
そのとき、一体スザクの中のどのスイッチが入ったのか、あとになって何度も考えてみたけれどスザク本人にも理解ができなかった。ただ、ルルーシュに視線を外されたという些細な出来事がきっかけになったことだけは間違いない。
電車を待つ列を離れてホームの端まで移動した。鞄を持つ手をぎゅっと握り締め、すう、と息を吸い込んだ。
「ルルーシュ!!」
突然の大声に周囲の人々の視線がいっせいにスザクに集中する。それは向かいのホームの人々も、名前を呼ばれたルルーシュも同じだった。スザクはさらに続ける。
「僕は君が好きだ!!」
その科白にはさすがに誰もがぎょっとしていた。何を言い出すのだと胡散臭そうな顔をする人、スザクの傍から離れて行く人もいた。
「今からそっちに行って直接返事をもらうから、だから絶対にそこを動かないで!」
呆然と目を見開いたルルーシュの手から文庫本が落ちた。紫の瞳が零れ落ちそうだ。
本が足に当たりようやく我に返ったのか、ぽかんとしていた顔が一気に真っ赤になる。顔から火が吹くとはこういうことなのだろうとスザクは他人事のように思った。普段はつんと澄まして決して冷静さを失わないルルーシュなのに、今はどうすればいいのかわからないと言うように落ち着きがない。
スザクは満面の笑みを浮かべると、くるりと背を向けて階段を駆け下りた。人々の視線が背中に突き刺さったけれど気にならなかった。欲しいのはルルーシュの反応だ。ほかの人なんてどうでもいい。
果たして、スザクが辿り着くまでルルーシュが逃げずに待っていてくれるか。
待っていたとして、公衆の面前でこんなに恥ずかしい真似をした相手を受け入れてくれるのか。
遠くから見守っているほうが自分には似合うと思っていたくせに、よくもまあ大胆なことが出来たものだと自分自身に感心するような、呆れるような気分である。
だけど、不思議と後悔はなかった。ここでスイッチが入らなければ一生ルルーシュに好きだと言えなかったのだから。
構内を走り、隣のホームへ行くための階段を三段飛ばしで上って行く。
ルルーシュのもとに辿り着くまで、あと七秒――。
(11.05.03)