星の降る夜

 真っ暗な空がまるで宝石を散りばめたように白く輝いていた。
 久方振りに見る星空に、スザクは吐息をひとつ吐いた。
 空なんて見上げる余裕がなかったし、政庁のある辺りは人工の光が強すぎて星もよく見えない。
 (本当に、久しぶりだ)
 素顔に夜風が触れるのも久しぶりだった。
 これが昼間ならば、たとえどんな辺鄙な場所であろうと仮面を外すことはないけれど、今は夜。念のためにフード付きのパーカーを羽織り、頭はすっぽり覆っていたが、これほどの闇の中では顔を見られたとしても「枢木スザク」であることには気付くまい。
 とはいえ、仮面なしに外を出歩くのはやはり正気の沙汰ではないのかもしれない。万一、見つかるようなことがあれば、それこそ現在の世界の秩序がひっくり返ってしまう。「ゼロ」はそれほどの存在だった。
 なのに、スザクはひとりで外に出た。顔を隠すことなく。
 (危険を冒してまでやりたかったのが星を眺めることだなんて、我ながら笑ってしまう)
 もしルルーシュが見たら、この馬鹿がと怒鳴っただろうか。
 でも仕方がない。今日は7月7日。日本では七夕の日だ。
 七夕だと気付いた途端、外に出て星空を眺めたくなった。随分と酔狂なことだと思う。
 ブリタニアには七夕なんて習慣はない。スザク自身、七夕に殊更思い出があるわけでもない。
 子どものころ、家の中に笹の葉が申し訳程度に飾られていたり、学校で願い事を短冊に書いてみたり、七夕でやったことといえばせいぜいそのくらいだ。
 ただ、スザクの中で一番大きく残っているのが、三人で過ごしたたった一度のあの夏。
 ブリタニアから来た皇子様と皇女様に、日本の習慣のひとつとして教えてあげた夏の記憶だけは、今でも鮮明に覚えている。
 これに願い事を書くんだと二人に短冊を渡し、スザクもサインペンで自分の願い事を書いた。学校では、そんなものに願いを書いても意味なんてないと小馬鹿にしていたのに、ルルーシュとナナリーが一緒だと気持ちまで変わってしまっていたから不思議だった。
 そうして、スザクがどこかから持ってきた笹の葉に短冊を括り付けた。短冊だけだと寂しいから、ついでに飾り付けもした。まるでクリスマスのツリーみたいだとナナリーは喜んでいた。
 飾る前に、スザクとナナリーは互いの願い事を教えた。
 スザクは『三人ずっと一緒にいられますように』。
 ナナリーは『お兄様とスザクさんといつまでも一緒に、ずっと仲良くいられますように』。
 二人とも同じようなことを書いていて思わず笑い合った。
 ルルーシュにも願い事の内容を聞いたけれど、彼は秘密だと言って教えてくれなかった。人に教えたら願い事の効果が薄れるだろう?なんて偉そうなことを口にしていた。
 だったら俺とナナリーの願い事はもう効果がないじゃないかと言ってみたけれど、二人のはいいんだよとまったく取り合ってくれなかった。
 笹の葉はいつもルルーシュが洗濯物を干している物干し竿に結んで立て掛けることにしたから、そのときこっそり見ればいいやと思った。しかし、ルルーシュは笹の葉の天辺に自分の短冊を括るという徹底ぶりで、そんなに見られたくないのかとスザクは少しだけ面白くなかった。
 ただ、さすがのルルーシュもスザクの視力までは把握していなかったようで、動体視力の良さも相俟って、風に微かに揺れる短冊の文字をスザクはしっかり読み取った。あとでルルーシュの願い事を暴露してからかってやろう。そう思っていた。
 だけど、ルルーシュの願い事を見た瞬間、からかおうという気持ちはスザクの中から消えていた。自分が読んでしまったことも秘密にしておこうと誓った。

『ナナリーとスザクがずっと幸せでありますように』

 それが、ルルーシュの短冊に書かれていた願い事だった。
 神様は意地悪だと思う。同じ笹の葉に願い事を括り付けたのに、ルルーシュの願い事しかきいてくれないなんて。もしかしたらルルーシュが言っていた通り、人に教えてしまったからスザクとナナリーの願い事は聞き入れられなかったのかもしれない。
 結果として、ルルーシュの願いだけが本当に叶ってしまった。
 ルルーシュはあのたった一度きりの七夕を覚えていただろうか。
 自分の書いた願い事を覚えていただろうか。
 空に目を向ければ天の川が横たわっている。
 日本の七夕は梅雨の時期で、いつも雨が降っていた印象が強い。ルルーシュとナナリーと一緒に過ごしたときも、たしか曇り空だったはずだ。こうしてまともに天の川を見るのは初めてだった。
 これだけ晴れたのだから、織姫と彦星もちゃんと会えたに違いない。
 一年に一度の逢瀬。
 たった一度だとしても、必ず会える二人はきっと幸せだ。
 (僕たちに“次”はもうないから……)
 それとも、短冊に書いた願い事を人に教えずにいたら、神様は今度こそ叶えてくれるだろうか。
 スザクは夜空を見上げたままフードを取って目を閉じた。
 星々の降る音が聞こえる。
 それはまるで命の消え逝く音のようにも聞こえて、スザクの頬に涙が一粒だけ零れた。
 (09.07.07)