相思華

「つまるところ、俺は俺の願うとおりになってくれるお前が欲しかったんだ」

 それは話し合いの合間にぽつりと漏らされた言葉だった。
 話しすぎて喉が渇いたからちょっと休憩しようと、ルルーシュがお茶と軽食を運んできた。C.C.は? と聞くと、どこかでふらふらしているんだろうと返ってきた。つまり、この家の中には自分たち二人きりというわけだ。
 Cの世界から抜け出し、ブリタニアと黒の騎士団双方の追っ手から逃れて腰を落ち着けてすでに一週間。生活に必要なものを揃え、お互いの服も新しいものを調達し、ようやく人心地ついたところで僕たちは向かい合うこととなった。色々と話さなければならないことはわかっているけれど、嫌な宿題に手を付けたくないのと同じで、なんとなく先延ばしにしたいような心境だった。
 いつまでもうじうじうじうじされたらこの部屋の空気が淀む、さっさと洗いざらい全部話してしまえと、苛々した様子のC.C.に部屋へ押し込められたのが三日前で、それ以来、二人はずっと話し続けていた。これまでのことを順に、あのとき自分たちは何を考え、何を思って行動したのかすべて打ち明けた。
 お互いの気持ちを確かめたり誤解を解いたりするのはなかなか時間がかかり、三日経っても話すことは尽きない。ルルーシュとこんなに話したことがあっただろうかと驚くくらいで、「お前たちは言葉が足りないから馬鹿みたいなすれ違いばかりしているんだ」とC.C.に言われた理由に納得した。
 確かに、自分たちは言葉が足りなかった。それは良く言えばお互いを信頼し、何も言わなくても理解してくれると心から信じていたのだが、悪く言えば単に相手から逃げていただけだ。
 本音を話すのが怖いということは、本当はお互いをそれほど信用していなかったということにもなる。その事実に二人とも少なからずショックを受け、自分の弱さを実感した。
 守りたい。幸せになってほしい。傍にいたい。傍にいてほしい。
 そんな単純な願いさえ、言葉にしなければ人には伝わらない。かつてマオという男と対峙したことがあったけれど、彼は人の思考がわかるギアスを持っていたらしい。彼のような能力があれば何も言わなくても相手の気持ちはわかるだろう。でも、こちらの気持ちはやはり伝わらない。双方に心を読む能力がない限り、人の気持ちなんて言葉にしなければ何も伝わらないのだ。
 それを嫌と言うほど実感していたときに、ルルーシュがぽつりと呟いた。

「願うとおりって、つまり君にとって都合の良い人間ってこと?」
「そうではないんだ。いや、お前にとっては同じことかもしれないが、要するに、お前なら俺の気持ちをわかってくれるはずだという思い込みのひとつだ。お前をナナリーの騎士にと願ったのは、お前ならナナリーを決して傷付けないだろうという絶対的な信頼だけでなく、お前ならきっとそうしてくれるに違いないと心のどこかで過信していたんだ。お前もナナリーもお互いを気に入っているから断わるはずがないと信じていた。お前の気持ちは何ひとつ確認していなかったのにな」

 手元のカップに目を落としたルルーシュは苦く笑った。それほどまでに信頼されていたのかと、スザクには軽い衝撃だった。
 ルルーシュは自分のことなんか頼ってくれないと心のどこかで諦めのように思っていたから、彼がこんなに自分を信頼し、求めてくれていたことに驚いた。
 同時に、どうしてもっと早く言ってくれなかったのかと不満が浮かぶ。だけど、当時の自分が同じことを頼まれて果たして首を縦に振っただろうかと思い直した。あのときは自分のことで精一杯だったし、軍という所属から離れるなんて一切考えたことがなかったから、たとえルルーシュがナナリーの騎士の話を打ち明けてくれたとしても「ごめん」と申し訳なさそうに断わっただろう。そしたらきっと、ルルーシュは「そうだな、仕方ないな」と笑って諦めたに違いない。
 結局、いくらもしもを考えたところで、そのときの自分の心境が変わらなければ何も変わらなかった。ユフィの死という絶対に許せないことが起こらなかったとしても、枢木スザクはゼロを許せなかったし、ゼロを演じていたルルーシュも許せなかったはずだ。

「――僕は、軍を中から変えることが君たちの幸せになると信じて疑わなかった。行政特区は僕にとっては夢のような楽園に思えたよ。成功すれば日本人は解放される、君たちも隠れずに生きることができる、だから僕は正しいのだとなんの疑いも持っていなかった。でも本当は、僕自身が正しいと思えるものであればなんでも良かったんだ」
「お前の過去の体験を踏まえれば、そう考えるようになったとしても仕方ない。お前が父親を殺したのはまだ十歳の子どものときだ。その子どもがよすがを求めて閉じた考えに固執したとしても、誰も責めることはできないさ」
「だけど、それが結果として多くの人を殺すことに繋がった。僕は罪を償うどころか、二重三重の罪を犯したんだ」

 行政特区での悲劇もフレイヤも、正しい過程にこだわらなければ起こらなかったかもしれない。
 罪の意識に苛まれ、そこから逃げるために自己犠牲を科し、命令や規律に縛られて正しく生き、そして正しく死ねればいいと考えてきた。ユフィとナナリーが死んだのはルルーシュだけのせいではない。自分も同罪だ。

「なあ、スザク」

 カップを強く握り締めた手にルルーシュの手が優しく重なる。顔を上げればルルーシュは笑っていた。慈愛に満ちた表情に見えたのは、こちらの勝手な願望だったのだろうか。

「考えていることがあるんだ。俺とお前の二人で世界に償う方法を」
「償う……?」
「俺もお前も多くを殺しすぎた。世界への贖罪は必要だ。だから、俺に協力してくれないか。お前が協力してくれれば計画は成功する。必ずだ」
「計画って……?」

 尋ねればルルーシュはますます笑みを深めた。とても、とても綺麗な笑みだった。

「そうだな。ゼロレクイエムとでも名付けようか」

 初めてその計画を聞かされたときのことを、僕は生涯忘れないだろう。

***

「こんなところで何をしている」
「そういう君こそ」
「ルルーシュがベッドを一人で占領していたから私のスペースがないんだ」
「ベッドは三つあるんだから二人で一緒に寝る必要はないだろ」
「ふん、まだ根に持っているのか。お前もあいつと同じで坊やだな」
「健全な青少年と見た目は妙齢の女性が同じベッドで寝るのはどうかと言っているだけだよ」
「嫉妬か」
「だから違うって」

 年季を感じさせるアパートのバルコニーでC.C.と二人、夜の景色を見るというのはなんとも不思議な感じだ。どこで誰に見られているかわからないからバルコニーには出るなとルルーシュから注意されているが、スザクが確認した限り、周囲に不審な様子はないので大丈夫だと判断した。こちらの部屋の明かりはすべて消しているから、そこまで神経質になる必要はないだろう。
 ここに移って初めて、ルルーシュとC.C.が同じベッドで寝ていたことを知り、思わず青筋が立ちそうになったのをなんとかこらえた。そんなスザクの反応にルルーシュは首を傾げ、C.C.はルルーシュの後ろで声を出さずに笑っていた。
 (こちらの気持ちも知らずに……)
 C.C.もC.C.だが、ルルーシュもルルーシュである。緑の髪が部屋に落ちているのを見つけたときにもっと問い質しておくべきだったと思ったが、それこそ今さらな後悔だ。

「お前はルルーシュが好きなのか」
「はっ? 好きか嫌いかって、子どもの頃からの友達だからもちろん好きだったけど、この一年のことを考えるとそう簡単に好きと言うのも……」
「そうではない。恋愛感情を持っているかどうかと聞いているんだ」

 嫌なことをずけずけ聞いてくるなと眉をひそめる。にやにやと笑ってこちらの反応を楽しんでいるのだろうと思っていたC.C.は、しかし意外にもひどく真剣な顔をしていた。

「なんで今、そんな話を、」
「今だからだ。このままではルルーシュは死ぬぞ」
「……君も聞いたのか」
「ああ。これは自分たちの問題だから私を巻き込むつもりはないと前置きされてな。やっぱり馬鹿だよ、あいつは。先に共犯関係を結んだのは私たちのほうなのに、最後の最後に私をのけ者にしようだなんて馬鹿だ」
「君は……、反対しなかったのか」
「私はただの共犯者だ。あいつのやることに口を出すつもりはない」
「それでいいの?」
「ならば同じことを聞いてやろう。お前はそれでいいのか? 愛する人間を手にかけることができるのか?」

 できるわけないよ。
 自然と浮かんだ言葉を頭の片隅に追いやる。
 これは自分たちの罰だ。罪には相応の罰が与えられなければならない。どんなに過酷で、どんなに理不尽なものであったとしても、罰は受けなければならないのだ。

「嫌ならルルーシュを連れて逃げてしまえ。今ならまだ間に合う。シャルルもマリアンヌも消えた今、世界を治めるのはシュナイゼルになるだろう。あの男はいけ好かないが馬鹿ではない。愚かな統治者にはならないさ。お前たちのことだってしばらくは執拗に狙ってくるかもしれないが、何年も経てば反乱の意志なしと判断して放っておくんじゃないのか」
「それはただの希望だ。シュナイゼル殿下は僕たちの、いや、ルルーシュとルルーシュの持つギアスの力を正しく恐れている。必ずルルーシュを探し出して殺すはずだ。それに、何よりルルーシュがそんなことを許さない。もし逃げようと言ったら、僕ひとりが逃げればいいと言われて終わりだよ」
「じゃあ諦めるのか」
「諦めるんじゃない。これが僕とルルーシュの約束なんだ」

 殺したいとか殺したくないとかではなく、ルルーシュを殺さなければいけないのだ。そして自分は、ルルーシュを殺したあとの世界でひとり生きなければならない。
 ほかの何よりも重く、ほかの何よりも残酷な約束だ。

「君こそ、嫌なら逃げていいよ。これは僕たちの問題だから、君まで巻き込むつもりはない」
「私はルルーシュの共犯者だぞ。馬鹿を言うな。で、最初の質問に戻るが、お前はルルーシュに恋愛感情を持っているな」

 質問と言いながら断定しているではないかと思いつつ、スザクは小さく頷いた。隠し立てしたところで彼女にはすべてお見通しのような気がしたからだ。

「でも、ルルーシュを好きなこととゼロレクイエムは別だ」
「だから黙ったままでいると? お前たちの間に秘密はもう何もないんじゃなかったのか?」
「それは……、だってこれは僕の個人的な感情だ」
「感情なんてどれも個人的なものだろう。最後の一番大切な部分だけ打ち明けないのはフェアではないな。まあ、それはルルーシュについても言えることだが」
「え?」

 ぱっと顔を向けたスザクを見てC.C.が嫌そうに表情を歪めた。

「お前のそのわかりやすいところはなんかむかつくな」
「わかりやすいところって?」
「しかも無自覚か。まあいい、たまには敵に塩を送ってやるか」
「敵って、僕たちは一応仲間だろう」
「勝手に仲間扱いするな。……そんなことより、どうせ時間は限られているんだ。言わずに後悔するくらいなら、全部ぶちまけてから後悔してしまえ」
「どっちにしろ後悔するんじゃないか」
「それはお前次第だ」

 夜風が頬を撫でる。日本ともブリタニアとも違う空気に、ここは異国なのだと改めて感じた。
 たとえば、これが単なる海外旅行だったらどんなに良かっただろう。明日はどこへ行って、どこを観光して、そんな計画を立てて毎日気ままに過ごすのはとても楽しいに違いない。
 (そういえば、ルルーシュと旅行なんてしたことなかったな)
 途端に、目の奥が熱くなった。このタイミングで泣くなんてみっともないと思い、隣のC.C.に悟られないよう手すりに置いた両手に力をこめる。
 遊んだり旅行をしたり、そういう当たり前のことをルルーシュともっと一緒にやりたかった。膝を付き合わせて話し合うのは彼を殺すための段取りではなく、どこを見て回ろうかとか、お腹が空いたから何を食べようかとか、そういう他愛ない相談が良かった。
 高校生として当たり前に過ごせれば、自分もルルーシュもきっと充分幸せだった。
 ルルーシュとナナリーの三人で平穏に毎日を過ごしたい。単純でありふれた願いがどうして叶わなかったのだろう。

「これから先のことに後悔だけはするな。私から言えるのはそれだけだ」

 ぽんぽん、と慰めるように肩を叩いたC.C.がバルコニーを離れる。ひとりきりになった場所でスザクは夜空を見上げた。
 (後悔ばかりの人生なんだ。後悔の数がひとつ増えたところで今さらだな)
 ぺたぺたと裸足で部屋を横切り、目的のドアの前で立ち止まった。
 C.C.に唆されたわけではないが、なんとなくルルーシュの顔を見たくなった。もう寝ていると聞いたから寝顔を盗み見ることになるが、少しくらいは許してほしいと心の中で謝ってドアを開けた。
 ベッドの中でルルーシュは穏やかな寝息を立てていた。ここ数日、ゼロレクイエムの具体的な案を作ると言って寝る間も惜しんで作業をしていたから、その疲れが出たのだろう。
 起こさないよう注意しながら端に腰掛け、眠っている顔を見下ろす。クラブハウスに泊まらせてもらったときのことを思い出した。あのときも夜中にひとり起きてルルーシュの寝顔を見つめていた。一年ほど前のことなのに、十年も二十年も昔のように感じられる。
 そっと手を伸ばし、頬に触れた。柔らかくて温かい。
 この感情に気付いたのはまだ友達ごっこをしていた頃のことだ。ルルーシュと七年ぶりに再会し、美しく成長した友達に胸を高鳴らせた。でもスザクはノーマルだから、これは何かの勘違いだろうと判断した。ルルーシュに再会できたことが嬉しくて、嬉しいという感情が愛しいに繋がったのだろうと思った。
 ゼロの正体がルルーシュだと知ってからは恋情なんて抱けるはずもなく、ずっと憎み続けてきた。いや、憎もうと努力してきた。
 ルルーシュのことが憎かったのは事実だ。ようやく得られたユフィという理解者を殺され、罪を償い罰を受けるという己の希望をことごとく邪魔してきたルルーシュが憎くて憎くてたまらなかったのに、その奥底にはいつも拭いきれない気持ちがあった。それがどういう種類の感情か気付きたくなかった。
 (だから、このことは僕だけの秘密にしようと思ったんだ)
 でも、二人の間に秘密はなくなった。最後の最後にひとつだけ隠すのは確かにフェアではないだろう。
 己の中の醜い感情を明かした上で、本当に自分がルルーシュを殺す役でいいのかを確かめたほうがいい。友達だと思っていた相手に恋心を抱かれていたと知ればルルーシュだって考え直すかもしれない。そしたら、ゼロレクイエムではない方法を提案するかもしれない。
 なんだ、やっぱり自分はルルーシュを殺したくないんじゃないか、と思って小さく嗤った。隠し事をなくしたいというのは建前で、本音はただルルーシュを死なせたくないだけだ。

「ルルーシュ……」

 頬を辿った指先が口の端に触れる。そのままゆっくり唇をなぞり、スザクはおもむろに身を屈めた。
 少しだけ躊躇ったあと、薄く開いた場所に触れるだけのキスをする。
 もしもこれが平和な世界だったら、同性の友人への感情に自分は苦しんで、高校生らしく思い悩んだのだろうか。好きだとは言えないまま高校を卒業して、秘密を抱えたままずっと友達付き合いを続けて、やがてお互い平凡な結婚をして、それなりに幸せな家庭を築きながらもルルーシュへの想いを抱き、そうして歳を取っていったのだろうか。
 すべては空想で、馬鹿げた妄想だ。
 立ち上がるとルルーシュのほうは振り返らないまま足を踏み出した。

「――スザク」

 名前を呼ばれてぎくりと立ち止まる。寝言かもしれない、いやきっと寝言だろうと祈りながら時間をかけて首を向ける。
 先ほどまで眠っていたルルーシュがこちらを見上げていた。
 ルルーシュはどこから目覚めていたのだろう。キスをされたことに気付いただろうか。
 この想いは打ち明けようと決めたけれど、もう少し心の準備をしてからと思っていたので想定外の事態に頭の中が真っ白になる。
 スザクがその場で棒立ちになっている間に、ルルーシュはむくりと起き上がった。こちらは見ないまま、ベッドのシーツに目を落としている。

「気付かなかったふりをしようかと思ったんだが……」

 小さな声だったけれど、静寂の落ちた部屋にそれはよく響いた。

「もしかしたら、と思ったらたまらなくなって、それで……」
「ご、ごめん、違うんだ、その、ついキスしてしまっただけで、意味はないと言うか、気の迷いと言うか……」

 この期に及んで自分は何を言っているのだろうと呆れた。キスしておいて気の迷いだなんて、ちっとも男らしくないし情けない。
 スザクを見上げたルルーシュは何かを考えるようにしばらく視線を動かさなかった。

「本当にごめん」
「――だったら、もう一度してみればいいじゃないか」
「え?」
「気の迷いなのかどうか、もう一度して確かめてみればいい」

 ベッドの上で膝立ちになったルルーシュに肩を掴まれ、そのまま抱き寄せられる。よろけそうになって思わずベッドに乗り上げたところで再び唇が触れた。今度はルルーシュからのキスだ。
 目を瞠ったスザクと、凪いだ紫の瞳が合わさる。その瞬間、呆気なく理性が吹き飛んだことを他人事のように感じながら、スザクはルルーシュの腰を抱くと自ら唇を押し付けた。

「ァ……」

 思わずといった感じで漏れたルルーシュの吐息に体の奥の熱が上がる。
 下唇を食み、歯列を割って咥内に侵入した。上顎を舐めれば腕の中のルルーシュが微かに震え、興奮が高まった。背中を弄りながら顔を交差させてキスを繰り返す。

「んぅ……、ン……」

 舌を探って絡めると、首の後ろに回った手に力がこもった。ルルーシュも自分と同じように求めてくれているのだと胸がいっぱいになる。
 ルルーシュの膝から力が抜け、ぺたりとベッドに座り込んだのを追いかけて唇を啄ばむ。名残惜しい気持ちを押し殺し、最後に唾液で濡れた口の周りを舐め取るとようやくキスを解いた。苦しそうに酸素を取り込むルルーシュがひどく艶めいて見えた。

「やっぱり、気の迷い、だったか?」

 上目遣いに尋ねられ、スザクは返事の代わりにルルーシュの右手を取ると強く握り締めた。

「ごめん、嘘だ。気の迷いなんかじゃない。本当は、ルルーシュにキスしたかった」

 持ち上げた指の背に口付ける。月明かりの中で白い顔が泣き出しそうにくしゃりと歪んだ。

「再会してすぐに君を好きになった。でも、色々あったからその気持ちを忘れようとした。なかったことにしようと思っていた。結局、そんなことは無理だったんだけど。ルルーシュは?」
「……俺は、いつ好きになったかわからない。ただ、お前にずっと執着していたのは確かだ。俺の願うとおりになってくれるお前が欲しかったというのは、そういう気持ちも含まれていたんだ。俺はお前が欲しかった。ずっと、ずっと欲しかった」

 伏せられた瞳からはらはらと涙が零れた。ルルーシュが自分を想って泣いているのだと、たまらない気持ちになる。
 こんなにも想われていたのに、彼を裏切るようなことばかりしてきた。もっと早く気付いていれば何かが変わっていたのだろうかと考えたらまた後悔が生まれた。
 後悔して後悔して、でもいくら後悔してもそれはなんの役にも立たない。自分がルルーシュを殺すという未来は変わらない。
 唇で涙を拭い、なだめるようにキスをする。触れるだけのキスは少ししょっぱかった。

「ごめん、ルルーシュ。君がそんな風に想ってくれていることを少しも知らなくて、ごめん」

 ふるふると首を振ったルルーシュは、腰を浮かせると抱き付いてきた。

「いいんだ、やっとお前と分かり合えた。お前と一緒にゼロレクイエムをやれるだけで俺は幸せだ」

 その言葉に何も返せなくて、スザクは細い体をただ抱き返した。
 自分が死ぬことで成功する計画をルルーシュは幸せだと言う。幸せなのだと涙を流す。
 それが果たして本心なのか、ルルーシュの強がりなのか、スザクにはわからない。でも、自分が彼のために叶えてあげられることはもうゼロレクイエムしか残っていないのだと理解した。たとえここから連れて逃げ出したとしても、ルルーシュは永遠に幸せになれない。
 ルルーシュの幸せは世界への贖罪を果たさない限り叶わない。そのことを知ってしまったら、彼を殺さないという選択肢はもう選べなかった。
 (君は酷いね。僕には生きろという願いを残しておきながら、自分の未来は世界のために絶ってしまうんだ)
 じわりと滲んだ視界を瞼を閉じて誤魔化す。
 (君は、君自身が本当に欲しかったものをすべて人に差し出した。僕が欲しかったと言いながら僕を騎士にと望んだのはナナリーだったし、誰よりも生きることを望んでおきながらそれを与えたのは僕だし、君自身が迎えたかった明日は世界に託した)
 そうやってルルーシュが欲しかったものは何もかも人に与え、それが自分にとっての幸せなのだと満足した顔で逝こうとするのだ。
 好きだと囁いた同じ口で自分を殺せと言って、お前ならできるだろう? と信頼しきった顔で剣を渡すのだ。
 なんて傲慢で、なんて身勝手で、なんてずるい。

「――ルルーシュ、僕は君を殺すよ」
「ああ」
「君の願いを叶えられるのは僕だけだし、ほかの誰にもその権利は渡さない」
「ああ、これは俺とお前だけの約束だ」

 二人で決めた、二人だけの約束。ほかの誰にも叶えることのできない、ルルーシュの願い。
 (やっぱり君は酷いよ、ルルーシュ)
 もっとしてあげたいことがあったのに。もっとしてあげられることがあったはずなのに。
 最後の最後に渡されるのは彼を殺すための剣だなんて。人の気持ちを知っておきながら、それで刺し殺せと笑って言うなんて。
 ずるくて酷い、ルルーシュ。
 スザクの目から零れ落ちた涙は頬を伝ってルルーシュの肩に落ちた。
 それは、神聖ブリタニア帝国最後の皇帝が即位する数週間前の出来事だった。
 (僕は君を愛していたよ)
 狂おしいほどに君を愛していた。
 そして、これから先もずっと愛している。
 (15.09.28)