※やまなしおちなしいみなしのお話(健全)です。
その洋館にはある一族が住んでいた。ブリタニア一族と言えば付近では知らない者がいないほど有名な一族だ。
森の奥にひっそりと佇む豪奢な館。町の人々は畏怖と憧れ、そして少しの恐れを持って一族と接していた。だから積極的に館を訪ねる人はいなかったし、一族のほうから町の人間たちに関わってくるようなこともなかった。
ある豪雨の晩、そんな館の扉を一人の少年が叩いた。
彼は枢木スザクという名だった。商売のために隣町から山を越えてやって来たのだが途中でひどい雨に遭い、しかも道に迷っていた。
このまま山の中でのたれ死ぬのではないか。最悪の覚悟をしたとき、煙る景色の中に仄かな明かりを見つけ、スザクは思わず神に感謝をした。隣町に住む彼はブリタニア一族のことも一族が暮らす館のことも何ひとつ知らなかった。なんの躊躇いもなく訪ねることが出来たのはそのためだ。
押せばあっさりと開いた門を潜り、大きな玄関の前に立つ。勝手に入って不審がられるかもしれないと思ったが今は非常事態である。不審者としてつまみ出されるようなことがありませんようにと願いながら呼び鈴を鳴らした。
どのくらい待っただろう。二分、いや三分は確実に経っていた。これだけ大きなお屋敷だから玄関まで来るのに時間がかかっているのか、それとも雨で音が聞こえなかったのか。あまりしつこくしてドアを開けてもらえなくなるのは困るけれど、このままここで待ち続けるにも身体が冷え切っていて限界だ。
もう一度、と呼び鈴に指を当てたそのとき、ようやく重そうな扉が開いた。中の光が眩しく、スザクは目を眇めた。
「どなたですか……?」
警戒するような声に慌てて背筋をぴんと伸ばした。第一印象第一印象、と心の中で呟きながら笑みを作る。
「突然すみません。僕、枢木スザクと言います。隣町から来たのですが道に迷ってしまい、この雨ですから野宿も出来ず、持ち物も全部駄目になってしまって……。それで、見ず知らずの人間がこんなことをお願いするのは本当に不躾だと思うのですが、一晩ここに泊めていただけないでしょうか。もちろん、朝になったらすぐに出て行きますのでどうかお願いします!」
スザクは勢いよく頭を下げた。濡れた髪の先からぽたぽたと雫が落ち、足下に黒い円を次々と作った。髪だけではない。荷物も靴も服も水を含んでぐっしょりと重たくなっていた。
「いいですよ、どうぞ」
何を言われても引き下がるものか。そんなスザクの覚悟とは裏腹に、頭上からあっさりと了承の返事が降ってきた。「へ?」と間抜けな声を出して頭を上げ、スザクはそのまま固まった。
目の前にいたのは同い年ぐらいの少年だった。ひどく整った顔立ち。色の白い肌と漆黒の髪。そして宝石のような紫の瞳。男だけれど、美人というのは彼のような人のことを言うのだとぼんやり思った。
「何か?」
「あ……、いえ、その、ありがとうございます!」
「困ったときはお互い様ですから。咲世子さん、すまないが彼のために部屋をひとつ用意してくれないかな」
「はい、ルルーシュ様」
ルルーシュというのが彼の名前らしい。美人は名前にまで高貴な響きがあるのかと馬鹿みたいなことを考えてしまうのは、彼があまりにも現実離れした容姿をしているからだ。
「彼女に部屋を用意させるからそちらへ……と思いましたが、まずはシャワーを浴びるほうが先のようですね。私は構わないのですが、屋敷の中を濡らすと家の者がうるさくて。バスルームに案内しますから付いてきてくれますか?ああ、荷物は置いておいてください」
「でも……」
「中を見たり盗んだりはしませんよ」
「ち、違います、そういう意味じゃなくて…!」
必死に否定しようとするスザクにルルーシュがくすくすと笑う。
「冗談です。でも、その荷物も濡れているのであまり移動させるわけにはいかないのです。ひとまず部屋に運んでもらうということで構いませんか?」
「はい、僕は大丈夫です」
答えれば、ルルーシュがにこりとした。
「では行きましょう。咲世子さん、あとはお願いします」
「かしこまりました」
咲世子と呼ばれた女性が深々と頭を下げる。スザクは背を向けたルルーシュの後ろをついて行った。屋敷は薄暗く、しかし立派でとても広かった。彼の案内がなければ迷路のような廊下で迷ったに違いない。
「無駄に広いでしょう?」
スザクの戸惑いを悟ったのか、ルルーシュが可笑しそうに言った。
「いえ、大きなお屋敷ですごいですね。羨ましいです」
「ただ大きなだけですよ。住んでいる人間の心は狭くて醜い」
ぽつりと呟いた顔はどことなく翳が差していて、切ないような悲しいような不思議な感情を抱いた。彼のような綺麗な人に翳は似合わない。もっと楽しく、幸せに笑ってもらいたい。
ふと浮かんだ感情がどういう種類のものなのか自分でも掴めず、スザクは戸惑った。
あとから思えば、このときすでに心の奥底で恋の種が芽吹いていたのだろう。
嵐の夜の出会い。
それが、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアとのはじまりだった。
* * *
部屋の奥にルルーシュはいた。突然の事態に目を丸くする姿が可愛いけれど、残念ながら今はそれを堪能している暇がない。
「お前どうやって……。外は鍵がかかっていただろう?」
「ごめん、ドアは勝手に壊させてもらったよ」
ずかずかと部屋の奥まで進むと、スザクはルルーシュの手を掴んだ。
「逃げよう、ルルーシュ」
「え……?」
「逃げて外に出よう。君はこんな屋敷に囚われていちゃいけないんだ」
「だが、そんなことをして、もし捕まったらお前は、」
駄目だと言うように首を振るルルーシュをきつく抱き締めた。
「愛している。僕が君を幸せにする」
「スザク……」
「だから逃げよう。大丈夫、僕と君が一緒なら絶対に捕まったりしない」
「……本当に、俺に外の世界を見せてくれるのか?」
「僕のお気に入りの景色を見せてあげるって約束しただろう?」
スザクの言葉にようやくルルーシュがこくりと頷いた。その唇に軽くキスをし笑いかけると、右手をきつく握り直した。
「行こう、ルルーシュ。僕が君を外へ連れて行ってあげるから」
身分違いの恋人たちは、こうして牢獄のような屋敷から逃げ出した。
目指すのは、二人が幸せになれる自由な世界。
※という妄想でした!最初と最後が書きたかっただけという!
(11.06.01)