スマイル0円。
それは確かに正しいだろう。口角を上げ、にっこりと微笑むだけのことにお金などかかるはずもない。しかし、世の中には「ただより高いものはない」という言葉もある。
身をもってその言葉を実感しながらもやめられないのは、やはり『ただ』には中毒性があるということなのだろうか。いや、本当に中毒性があるのは『ただ』ではなく『恋愛』のほうだ。どんなに報われないとわかっていても、相手への想いを募らせてしまう。だから、一見無意味としか思えないことをやめられないのだ。
世の中に好きという感情がなければこんなことをしなくてもいいのにと思いながら、スザクは今日もその店の自動ドアを潜っていた。
「いらっしゃいませ」
お決まりの科白とともに向けられた笑顔に一瞬足を止める。しかし心の中の動揺を悟られまいと、平静を装ってすぐに歩みを進めた。向かう先はいつもと同じ、彼のいる場所。
「店内でお召し上がりでしょうか?」
「はい」
「ご注文はお決まりですか?」
「あ、えーと……、バニラのシェイクひとつお願いします」
「かしこまりました」
代金を言われる前にすっかり覚えてしまったシェイク代を財布から取り出して渡す。
「ちょうどいただきます。少々お待ちください」
お金を渡した際にちょっとだけ触れた指先や、にっこりと返された笑みに胸がときめく。そんなスザクの心情など知る由もなく、彼は自分の仕事をてきぱきとこなしていた。シェイクひとつだけしか乗っていないトレーを、嫌な顔ひとつすることなく笑顔で渡される。
「どうぞごゆっくり」
「は、はい!」
思わずどもってしまった返事に恥ずかしくなりながら、スザクは店内へと向かった。座るのもいつもの席だった。どさりと鞄を置き、椅子に座るとシェイクには手を出さずに携帯を眺める。が、それは単なるポーズで、携帯を見るふりをしながら実際はレジで接客する彼を見つめていた。
(今日もルルーシュに会えた)
顎に手を付き、にやけそうになる口許を隠した。
夕方のファーストフード店の店内は学生たちのざわめきに溢れている。誰もが友達同士やグループで楽しそうにお喋りをしている中、スザクだけがひとりぽつんと席に座っていた。しかし、スザクの目的は友達と過ごすことや腹ごしらえをすることではないので何の問題もない。むしろ、彼の姿をじっと見つめて堪能できる時間は至福とも言えた。
スザクの目的。それはこの店のアルバイト店員であるルルーシュだった。
四ヶ月前、友達と偶然一緒に入ったこの店で初めて彼に出会った。にこりとスザクだけに向けられた笑みに見惚れた。いわゆる一目惚れというやつだ。それが営業スマイルなのはわかっている。だけど、その後は何を話していても上の空で(友達には悪かったと一応反省はした)、接客する彼をずっと見続けてしまった。
以来、スザクのファーストフード店通いが始まったのである。彼の名前が『ルルーシュ』であることは制服に付けられた名札ですぐにわかった。さらに、毎日通うことで彼のシフトも把握した。月曜日と木曜日は夕方五時から夜の八時まで、土曜日と日曜日は午前十一時から午後二時まで。スザクはカウンターがよく見える位置に座り、ルルーシュを見ながら二時間ほど過ごすのだった。
ちなみに、ストーカーという単語が頭を過ぎったことは何度かあるが、さすがにルルーシュの帰り道まで付いて行ったことはまだないのでぎりぎりセーフだろうと自分に言い聞かせている。
(でも、もうちょっとお近付きになれれば……)
初めは姿を見られるだけでいいと思った。注文のときに向けてくれる笑顔だけで充分だと思った。
ルルーシュがバイトの日には必ず姿を現しているので、よく来る客のひとりとして顔くらいは覚えてくれているかもしれない。だけど、当然のことだが、客と店員以上の会話を交わしたことは一度もない。
仮にルルーシュがスザクの顔を覚えていたとしても、いきなり話しかけたら不審な目で見られるだろう。でも、会話がなければ客と店員のままで終わってしまう。
(あぁもう!ホントにどうすればいいんだ)
スザクは思わず頭を抱えてテーブルに突っ伏した。隣でハンバーガーを齧っていた客がびくりとするが、自分のことでいっぱいのスザクは気付かなかった。
ルルーシュを好きになって四ヶ月。ただ見ているだけでは飽き足らず、できることなら付き合いたいと思うようになった自分がいた。とはいえ、いきなり告白というのはハードルが高すぎる。相手は自分の名前すら知らないのだ。告白して玉砕したら二度とこの店には行けない。ルルーシュに会うことすらできなくなるのは正直つらい。だが、このままただ見つめるだけという状況もつらい。前に進むことも諦めることもできずに、最近のスザクは悶々とした日々を送っていた。
(小遣いもそろそろヤバいしなぁ)
通い始めのころは見栄を張ってセットメニューを頼んでいたが、この一ヶ月ほどは節約のためポテトかシェイクのみを注文している。ルルーシュが笑顔を向けてくれるのは単に仕事だから。たったこれだけしか頼まないのかと内心呆れられていたらどうしよう、というのも近頃のスザクの悩みであった。そもそも、来る回数があまりに多くて嫌がられているかもしれない。
(店の裏で、こんな気持ち悪い客が……って話題にされていたらショックなんてものじゃないな。絶対立ち直れない……)
自分の想像に自ら傷付いてしまい、思わず盛大な溜め息をついた。
視線を上げればすぐにルルーシュの姿が目に入る。こうして彼を見られるのはやはり至福で、幸せな時間のことを思えばどうしても店通いはやめられそうにない。
せめて小遣いが底を突くまでは通い続けよう。そう考え、スザクはようやくシェイクに手を伸ばした。
「ありがとうございました!」
店員の声を背に、二時間居座った店をようやく出た。辺りはすっかり暗くなっていて、はぁと吐き出した息が白い。季節はすっかり冬である。ルルーシュと出会ったのが夏の終わりごろだったから、時が経つのは早いなとしみじみ思った。自分は何の進歩もないまま、時間だけが過ぎていくのかと思うと虚しくも感じる。
いつもならばこの時間帯までルルーシュがいて、笑顔と共にルルーシュの声がスザクを送り出してくれるのだが、今日はルルーシュ以外の店員だったので少しがっかりした。
一度店の奥に引っ込んだルルーシュは、ほかの店員に一言二言告げると再び姿を消した。それから三十分粘ってみたけれどルルーシュが戻ってくる気配はなく、あれ?とスザクは首を傾げた。ルルーシュは必ず同じ時間にバイトを切り上げている。この四ヶ月、そのサイクルが変わったことはない。
もしかしたら早退してしまったのだろうか。その結論に至ったとき、これ以上店にいるのが馬鹿らしくなってしまいスザクは早々に席を立った。毎日通っている店だけど、ルルーシュがいないだけでひどく色あせて見える。我ながら現金だよなと思いながらショルダーバックを肩に掛け、駅までの道を歩いた。
学校や仕事が終わり家路へと急ぐ人々の間を抜けながら、なんだか物悲しい気持ちになった。
(ただ見ているだけで満足していた時期が良かったよな……)
自分がどんなにルルーシュを好きでも、ルルーシュはスザクの名前すら知らない。名前を知ってもらえる可能性はなく、告白もできないままただ諦めるだけだとわかっている恋に果たして意味なんかあるのか。そう思っていても、好きな気持ちは抑えられないのだから恋愛というものは仕方がない。
繁華街のネオンを見上げ、ふと路地裏へと向けたスザクの目が何かを捕らえる。
「――やめろ!」
聞き慣れた声にどきりとした。まさかと思った。彼は二十分も前に店を出ているはずなのに、どうしてまだこんな場所にいるのだろう。疑問に思ったが、声のした方向に目を凝らしてそこにいた人物の姿をはっきり確認すると、スザクの心臓は今度こそ大きく鳴った。
ビルの壁に背を預けて立っているのはルルーシュ。その彼の周りを三人の男が囲んでいた。道行く人たちは気付かないのか、単に面倒事に巻き込まれるのはごめんだと思っているのか、誰もが足早に通り過ぎて行く。
ひとりの男の手がルルーシュの顎にかかった。それをルルーシュが振り払い、何やら叫んだ。罵倒でもされたのか男の顔が醜悪に歪む。武骨な手が胸倉を掴み、苦しさのせいだろう、ルルーシュが眉間に皺を寄せた。
あっ、と思ったときにはスザクの足は動いていた。自分の足が速いことを心底感謝したのはこれが初めてだ。
「てめえ、ちょっと顔が綺麗だからって調子に乗ってんじゃねーぞ!」
男の声がはっきり聞こえた。その拳がルルーシュの顔をめがけて下ろされる。スザクは二人の間に無理やり身体を割り込ませ、寸でのところで拳を受け止めた。
「なっ…!?」
その場にいた四人全員が、突然現れたスザクに呆気に取られる。その隙にスザクはルルーシュの手を取った。
「行くよ!」
「へ?え、ちょ、っ」
戸惑った声は無視して、断わりも入れずに駆け出した。一拍遅れて男たちの怒声がした。「待て」とか「止まれ」とか叫んでいたけれど、止まってやる義理はない。人ごみに紛れて大通りを走る。わけがわからず走らされているルルーシュは、少なくとも敵ではないとスザクを認識したのか、一生懸命ついて来てくれていた。
時折後ろを振り返りながら、追ってくる姿がないことを確認する。駅まで辿り着き、柱の影に隠れるとようやく足を止めた。スザクの息も弾んでいるが、ルルーシュはぜえぜえとさらに息を乱していた。
「大丈夫?」
ようやく呼吸が整ったのを見計って声を掛ける。息苦しそうに顔を顰めているルルーシュは、しかし小さく頷いた。
「ありが、とう…ございました」
上がった息のまま礼を告げられ、スザクはホッと肩の力を抜いた。
「あの」
「ん?」
「……手」
おずおずとした声に、手がどうしたのかと見下ろして、
「うわぁああっ!」
自分がルルーシュの手を握り締めたままだったことにようやく気付き、慌てて離した。
「ご、ごめん!本当にごめん!」
「いや、おかげで助かったし……」
ルルーシュが微かに目を伏せる。白い肌に紅潮した頬の色がやけに際立つ。間近で見たルルーシュの顔に、スザクの心臓は早鐘を打った。逃げることで一生懸命だったけれど、憧れていたルルーシュに声を掛けて、さらにはその手に触れていた。状況が状況だったとはいえ、ずっと望んでいた願いが叶ったのだ。
「あ……、その、大丈夫?」
「はい。助けていただいてありがとうございました」
「答えたくなかったら答えなくていいんだけど、さっきのは……」
お友達とじゃれていたようには見えない。タチの悪い人間に運悪く捕まってしまったのだろうが、何故そんなことになったのか。
「バイト帰りに道を歩いていただけなんですが、声を掛けられて、無視していたらいきなり引っ張られてしまって……。金でも巻き上げるつもりだったんだと思います」
その返答にスザクはくらりとした。先程の男たちの様子から想像しても、相手の狙いは金ではなくルルーシュ本人だろう。スザクの直感がそう告げていた。
ただ金を巻き上げる目的で同じ男の顎にわざわざ手を掛ける人間はそういない。そもそも、男に対する罵声で「綺麗な顔」という表現は出てこないだろう。ルルーシュの言葉にカッとなって手を上げようとしていたが、殴って抵抗を封じて、そのままどこかに連れ込むつもりだった可能性もある。しかし、ルルーシュは金が目当てだと思い込んでいるようだ。
(危なっかしい!なんか物凄く危なっかしいんだけど!)
もしかしたら、自分が他人にどう見られているか全く気付いていないのかもしれない。
「えっと……、繁華街は変な人が多いから気を付けてね」
「はい、本当にありがとうございます」
深々と頭を下げられ、スザクは急に照れくさくなった。ルルーシュがどこか危なっかしいのは不安だが、ヒロインのピンチを助けるヒーローみたいな気分だった。
「たいしたことじゃないから」
「でも助かりました。武術でもやっているんですか?」
「趣味でちょっと」
「なんだか意外だな。優しい顔の人だと思ってたけど、いつもと印象が違って……あっ、」
「へ?」
いつも、という単語に仄かな期待が生まれる。自分とルルーシュの接点はあのファーストフード店しかない。
スザクは上目遣いにルルーシュを見た。
「……ひょっとして、顔、覚えてくれてます?」
「すみません!いつもいらっしゃるから知り合いみたいな気持ちになってて……不愉快ですよね」
自嘲気味に言われ、慌てて首を大きく横に振る。
「そんな、謝らないで。覚えてもらって僕はむしろ嬉しいから。こちらこそ、毎日のように通っててすみません」
「とんでもないです。えっと、」
「スザクだよ」
口籠もったルルーシュにさらりと名前を告げる。しかしスザクの緊張はピークに達していた。当たり前のように会話を交わしているが、心臓はずっとばくばくしていて口から飛び出してしまいそうだ。
「スザク、さん」
「さん付けはいいよ。多分、僕たち同い年ぐらいだろう?僕は高二だけど、君は?」
「俺も二年です」
やっぱり、と心の中でガッツポーズをした。それほど離れてはいないだろうと思っていたが、同じ学年ならば会話の幅も広がる。
「同級生なんだから敬語なしで」
「でも」
「店を出れば僕はお客じゃないし、君も店員じゃないし。ね?」
意識して爽やかな笑みを浮かべれば、ルルーシュはどこか安堵したような表情で頷いた。
「じゃあスザク、さっきの礼に何か奢らせてくれないか?」
「いいよ、そんなの。当然のことをしたまでだし。ところで、君の名前教えてもらってもいいかな?」
知っているのに名前を尋ねるのはいかにもナンパっぽいが、せっかくのチャンスなのだ。この機を逃すわけにはいかない。
「ルルーシュだ」
「ねえルルーシュ、さっきみたいに絡まれたのは初めて?」
「ああ、初めてだ。勧誘で声を掛けられたことは結構あるが、さすがにそれ以上はなかったな」
「え……」
一瞬、スザクは言葉を失った。本人は勧誘と言っているが、それこそナンパなのではないだろうか。すべての人が自分と同じだとは思わないが、どうしても疑いを持ってしまう。こんなに綺麗な顔をしているのに、どうも危機意識の足りないルルーシュにも不安になる。
「それって、バイト帰りでもよくあること?」
「そうだな。俺は興味ないのにしつこい人間が多くて困る。今日だって用事があったからバイトを早退したのに、おかげで余計な時間を使ってしまった。勧誘に失敗したからといって路地裏に連れて行って、挙句、金まで盗ろうとするなんてどうかしているな」
やっぱり不安だ。
ルルーシュの身も心配だが、ライバルが大勢いるのかと思うと気が気ではない。のんびりしていたら誰かに捕まってしまいそうだ。
「あのさ……、もし迷惑でなければでいいんだけど」
自分の提案を口にしかけて、スザクは躊躇った。自分はただルルーシュのピンチを救っただけの客だ。顔は覚えられていたようだが、ようやく名前を知ってもらった程度の仲である。友達ですらない。そんな人間がいきなり距離を縮めてきたら迷惑だろう。だけど、このまま運良く関係が進展したとしても、ちょっと親しい店員と客になるだけだ。レベルアップしたとしてもたかが知れている。
(ならば、少しくらい冒険してもいいよな)
ぐっ、と手に力を込めた。
「バイトの帰り道、僕と一緒に帰ってくれないかな」
「……へ?」
ルルーシュが狐につままれたような顔をしている。やはりこんなことをいきなり言われたら驚くだろう。しかし、スザクはひるみそうな心を抑えて続けた。
「ほら、勧誘が多いって言うし、今日みたいなことがあったら大変だろ?あいつらがまた絡んでくるかもしれないし」
「だが……」
「僕は毎日あの店に行って時間を潰しているから、ルルーシュの帰りを待つのは全然問題ないんだ。ボディガード代わりにさ、どうかな」
本当はルルーシュのバイトの日だけ通っているのだが、もちろんそんなことは口にしない。
「君にも予定があるだろうから、何もないときだけでいいんだ」
顎に手を当ててルルーシュは考え込んでいた。やはり焦りすぎて事を急いてしまったかもしれない。普通に友達になってくれと言ったほうが良かっただろうか。
時間にすれば数秒。しかし、スザクにはとてつもなく長い時間に感じられた。
余計なことをしてしまったと後悔しかけ、今の発言は撤回しようと思ったそのとき、ルルーシュがおもむろに顔を上げた。紫の瞳に射抜かれ、スザクは息を呑む。
「ボディガード、ではなくていいんだが……こうやってまた話をしてくれないか?」
「え、っと」
それは了解の返事なのだろうか。咄嗟に返事を返せないでいると、ルルーシュがはにかむように笑った。
「つまり、友達になってほしい、という意味なんだが」
「本当に……?」
にわかには信じられず、馬鹿みたいに聞き返してしまった。
「僕、でいいの?」
「当たり前じゃないか」
「だって、迷惑じゃない?」
あまりに都合良く話が展開していて急に不安になる。思わず尋ねれば、きょとんとした顔された。
「迷惑なわけないだろ」
ずっと声を掛けたいと思っていたんだから、と聞こえたのは果たして自分の空耳だろうか。有頂天になりすぎて自分に都合の良い幻聴が聞こえているのだろうか。
「だがお前は客だし、突然話しかけたら気味が悪いと思われそうでそんな勇気はなかったんだ。変な奴に絡まれて迷惑したが、こうしてスザクと話せてラッキーだったな」
秘密を打ち明けるときのようにルルーシュが声を潜めて言う。どうやら幻聴ではなかったらしい。
ここまで来たら行けるところまで行くしかないと、スザクはルルーシュに一歩近付いた。
「あの!そしたら、ルルーシュのバイトのある日を教えて!絶対迎えに行く!」
「毎日通ってるんじゃないのか?」
「……たまには行かない日もあるから」
「なんだそれ」
ルルーシュが可笑しそうに笑う。その顔をスザクは夢見心地で見つめた。
本当に信じられない。こんなことが現実に起こるのだろうか。
「そうだ、だったらメールのアドレス」
信じられないと思いつつ、いそいそと携帯を取り出す自分はちゃっかりしていると思う。
「帰りは電車?」
「ああ。すぐ隣の駅なんだ」
「え、嘘。僕もだよ」
「へえ、偶然だな」
偶然というには出来過ぎているような気もする。恋愛の神様が出欠大サービスでもしてくれているのだろうか。
「じゃあ連絡して。待ってるから」
まるで恋人に言うような科白に自分で恥ずかしくなる。
「本当にいいのか?」
「うん。遠慮しなくていいよ。僕もずっとルルーシュと話したいと思っていたから。これからたくさん話をさせて」
そう伝えれば、スザクをじっと見たルルーシュが、次の瞬間ふわりと口許を綻ばせた。バイト先では一度も見たことのなかった笑みに、スザクは瞬きを忘れて見惚れる。
「ああ。よろしくな、スザク」
差し出された手を迷わず握る。ルルーシュの温もりがじかに伝わってきた。
今、自分は世界一の幸せ者だと思う。好きという感情がなければ中毒のようにならなくて済むのにと思っていたけれど、好きにならなければこれほどの喜びは感じられなかっただろう。たとえ告白までの道のりが遠くても、名前すら知られていなかったことを考えれば、友達になれたのは大きな前進だった。
「こちらこそよろしくね、ルルーシュ」
ようやく本人の前で口にできる名前を愛しく呼び、スザクは嬉しさを滲ませた笑みを返した。
笑顔に値段はない。ただ、そこに込められた気持ちが違うだけ。
恋愛も同じだ。相手を愛しいと思う気持ちに損得なんて関係ないのだ。
握手していた手を離すと、お互い照れたように笑い合う。これだけのことがひどく嬉しくてたまらなかった。
(ああ、好きだな。本当に好きだ)
今さらながらにスザクは自分の感情を知った。
これから先もっともっとルルーシュを好きになるような、そんな予感がしていた。
(10.02.06)