恋の思惑

 最近、ルルーシュがメガネを掛けるようになった。
 メガネと言っても伊達メガネなので、視力が悪くなったわけではないらしい。授業中も生徒会の活動のときも裸眼である。
 ルルーシュがメガネを掛けるのは自宅だけ。しかも、スザクが訪ねたとき限定だ。ナナリーが「最近、お兄様はスザクさんがいらっしゃるとメガネを掛けられるんです」と言っていたから間違いない。

「なんでメガネ?」

 不思議に思い、メガネ姿を目にするようになって三度目の訪問のときに聞いてみた。

「別に理由なんかない」

 ルルーシュから返ってきたのは素っ気ない返事だった。
 メガネをかけるのはルルーシュの自由だし、それが悪いと言うつもりもないが、やはり疑問は残る。
 (まあ、似合うからいいんだけど)
 ルルーシュは何を着てもよく似合った。彼の知的さをより際立たせるメガネはむしろそそられる。
 もちろんそんなことは本人には決して言えないが、ただでさえ色気をだだ漏れさせているルルーシュが、メガネを掛けることで色気が三割増になるのだ。本人はまったくの無自覚なので余計にタチが悪い。おかげで最近のスザクの悩みは、うっかり気を抜くとメガネ姿のルルーシュに欲情してしまいそうになることである。
 今日も今日とてメガネのルルーシュを視界に収めながら、スザクはこっそり息を吐いた。
 小学生のときから一緒に過ごしてきた幼馴染のルルーシュとは、高校二年生の春に晴れて恋人同士となった。同性ということで色々葛藤もあったようだが、悩んだ末にそれでもスザクを選んでくれた。イエスかノーかはっきりしている彼だからこそ、イエスの返事には相当な覚悟が込められていたに違いない。
 それだけ自分は愛されているのだと自惚れること自体は間違っていないだろう。男と付き合うという選択肢がルルーシュの中に元からあったとは思えない。
 (だから、ルルーシュは絶対に僕のことが好きだ)
 そう確信しては幸せな気持ちになった。
 綺麗で頭も良くて男女問わず学園中の生徒から人気のあるルルーシュが、取り柄と言えば身体能力ぐらいしかない自分と付き合ってくれているのだ。これで自惚れるなと言うほうが難しい。
 そういうわけなので、ルルーシュとの付き合いに不安を抱くことはなかった。多少の素っ気なさは彼の照れ隠しだとわかっているから、むしろ可愛いくらいだ。女の子ではないので、街中で手を繋いだり人前でべたべたしたりといういかにも恋人っぽいシチュエーションを望むのは難しいことも理解している。
 スザクのほうがルルーシュにベタ惚れしていて、付き合いを決断させてしまったという申し訳ない気持ちが若干あるため、彼が嫌がることを無理やりするつもりもない。こうして部屋に招いてくれて、二人きりの時間を作ってくれるだけでも充分だ。そう思っている。
 (思っているんだけど……)
 二人きり。その響きに期待しない恋人はいないだろう。
 この家にはルルーシュの妹のナナリーもルルーシュの両親もいる。本当の意味での二人きりではないけれど、部屋の鍵を閉めればここは密室。しかも、恋人になって以来、ルルーシュがスザクを家に誘うのは決まって両親が不在のときだ。ナナリーはもちろん在宅だが、今日に限っては友達のところに遊びに行っているので、確実に二人きりである。
 両親不在のときにだけスザクを呼ぶ真意は不明だ。単なる暇潰し相手なのか、用心棒代わりなのか、少なくとも甘い空気を期待してのことではないだろうという推測はできた。
 しかし、誘われるスザクとしては毎回期待してしまう。それが恋人の性というものだろう。
 (初エッチは済ませているし、もしあのとき僕に幻滅したり、男同士なんて気持ち悪いと思ったりしたのならこうして部屋に呼ばないはず。でも、そういう空気にならないってことは、いちいち期待するなというメッセージなのかな。だったらなんで呼ぶんだろう。やっぱり、ただの話し相手……?)
 まさか直球で「二回目をさせてください!」と頼めるはずもなく、ここのところスザクは悶々とした日々を送っていた。
 そういうときに登場したメガネというアイテムは、スザクの煩悶を余計に深めただけである。
 しかも、現在の格好もやばい。風呂上がりのルルーシュが身に付けているのは、スザクが誕生日に贈ったルームウェアだ。ルルーシュは当たり前のように受け取り、当たり前のように着てくれているが、贈った当人としては色々と疚しい。
 (実は女の子用だって気付いていないみたいだし……)
 スザクが贈ったルームウェアは生地が良く、ルルーシュは肌触りを気に入ってくれたようだが、胸元が結構開いているのでなかなかの目の保養だ。下はショートパンツになっていて、屈み具合によっては何も穿いていないように見える。
 これを自ら着用する女の子がいたら、その子は相手の男をかなり意識しているだろう。逆に、これを贈る男がいたら、そいつはかなり下心を持っているということだ。
 (そのひとりが僕なんだけど、それもルルーシュは気付いていないよなぁ)
 信用していると言うより、まったく意識していないのだろう。一度セックスしたにもかかわらず、男相手に欲情するはずがないと思っているに違いない。
 あのメガネを取って滅茶苦茶にキスしたいとか、いやここはあえてメガネは取らずにそのままするのもいいなとか、いっそ着衣プレイに持ち込もうかとか、部屋に招かれるたびに夢想してはあとで自身を慰めているなんてルルーシュは想像すらしていないだろう。
 だから、今日も風呂上がりにスザクの贈ったルームウェアを着て伊達メガネのまま本を読むという無防備なことができて、恋人にどう見られているのかも知らずに目の前で堂々と太股を晒せるのだ。
 スザクの溜め息には、そういうルルーシュの無頓着さに対する恨めしさが若干ひそんでいた。

「どうした、そんなところに突っ立って」

 顔を上げたルルーシュが首を傾げている。なんでもないと応え、首にタオルをかけるとソファに腰を下ろした。
 隣に座ったスザクをちらりと見たルルーシュは、また本に視線を戻してしまった。その横顔を今度はスザクがちらりと見る。
 メガネを掛けた横顔はどこか新鮮だ。クラスの女子が見たら喜ぶかもしれない。でも、せっかくの綺麗な顔がメガネのフレームに隠れるのは残念だなとも思う。
 そうして恋人の恐ろしく整った横顔を眺めていたら、キスしたいという気持ちが膨らんできた。一瞬でもルルーシュといけないことをする妄想をしたせいかもしれない。
 (やばい、本当にキスしたい)
 キスだけだから。キスしかしないから。キスだったら許してくれるはず。キスならいいよね。だから大丈夫。
 都合良く結論付けたスザクは、「ルルーシュ」と小さく呼んだ。再びこちらを向いたルルーシュのメガネを外す。紫の瞳がきょとんとスザクを見つめた。

「メガネもいいけど、ルルーシュは何もしないほうが綺麗だよ」

 そんなことを囁いたのはほとんど無意識である。キスのときに邪魔だなと思っただけで、ほかに意味はなかった。
 右手でメガネを持ち、左手でルルーシュの肩を抱き寄せ、おもむろに顔を近付ける。
 雰囲気としては悪くない。キスはたまにするから拒絶されることもないだろう。そう踏んでいたから、ルルーシュの両手に押し返された瞬間は少し驚いた。しかもどこか怒ったような表情だ。
 それほどキスが嫌なのかとショックを受けていると、怒ったままルルーシュが口を開いた。

「お前はやっぱりメガネで巨乳の女がいいんだな」
「……へ?」
「それならそうとはっきり言えばいいじゃないか。どうせ俺は男だし、胸なんてないし、メガネだってやめろと言われる始末だし」
「えっ、ま、待って待って、なんのこと? 何を言っているのか全然わからないんだけど」

 一方的になじられる理由がわからずに説明を求めれば、ルルーシュが眦をつり上げた。

「一ヶ月前に言っていたじゃないか! メガネを掛けた胸の大きなアイドルが好きだって!」
「え? ……あ、ああ! あれ! いや、誤解だから! あれはそういう意味じゃないから!」
「何がそういう意味じゃないだ。雑誌を見てデレデレしていたくせに」
「だから違うって!」

 メガネに巨乳の意味をようやく理解したけれど、それはルルーシュの大いなる誤解である。
 その女の子はグラビアアイドルで、クラスメートがこっそり持ってきた雑誌に載っていたのだ。
 スザクの好みのタイプはルルーシュだし、念願叶ってルルーシュと恋人になれた身としてはまったく興味がなかったのだけれど、どの子がいいかとしつこく聞かれて付き合いで選んだだけである。
 黒髪のショートヘアで気の強そうな子を探してみたら偶然見つかり、この子いいねと言ったのをルルーシュはしっかり聞いていたらしい。あのとき教室には男子しか残っておらず、女子がいない間にと大いに盛り上がっていたから、まさか前の席で帰り支度をしているルルーシュの耳に届いているとは思ってもいなかった。
 そういう事情を必死になって説明するが、ルルーシュはまだ不審そうな表情を浮かべている。

「でも、メガネがいいと言っていたじゃないか」
「あれは……、これならルルーシュのほうが似合うんじゃないかなという期待を込めての発言だよ」
「は?」
「もうひとつ白状すると、ルルーシュが着ているそのルームウェア、あのときのグラビアアイドルが着ていた服にヒントを得たんだよ」
「は……?」
「すごくそそられ……、じゃなくて、ルルーシュにすごく似合うと思ったから、ぜひ着てもらいたいと思って選んだんだ。つまり、君にその服を渡したのは下心たっぷりだったってわけ」
「下心?」

 不思議そうな顔をしているルルーシュに、スザクは持っていたメガネをもう一度掛けさせた。
 そしておもむろに手を伸ばすと、ショートパンツから伸びている生足を掌でするりと撫でた。途端に素っ頓狂な悲鳴が上がる。

「こういうことをしたいって意味だよ」

 具体的に何をしたいとは説明しなかったけれど、ルルーシュは顔を赤くして口をぱくぱくさせていた。どうやら意味はちゃんと把握してくれたらしい。

「自分の好きな子に自分の好みの服を贈って、しかもそれがこんなエッチなデザインの服でさ、僕が下心を持っていないわけがないじゃないか」
「だ、だが、俺は男だぞ」
「僕はルルーシュに欲情する男だよ」

 知ってるでしょ? と耳元で囁けばルルーシュが怯えるように肩を竦めた。

「誤解だってわかってくれた?」
「わ、わかった! わかったから手を離せ!」
「うーん……」

 さわさわと太股を触りながら徐々に上へと移動する。裾から指を入れるとルルーシュはびくりと体を震わせた。
 いたいけな小動物みたいな反応をされたらキスをしたい衝動が蘇る。しかも、今度は腰の奥のほうまでむずむずしてきた。

「ルルーシュが急に伊達メガネをするようになったのって、僕のタイプがメガネの巨乳の女の子だと思ったから? もしかしてメガネで僕の気を引こうとした?」
「違う、そんなこと…っ」
「そう言えば、この服を着るようになったのもメガネと同じ時期だよね。ひょっとして、何も知らないふりをして僕を誘ってたの?」

 問いかけつつ、足を撫でることはやめなかった。
 たったこれだけで耐えるような表情をするルルーシュはどこもかしこも弱い。こんな敏感な体をして、最中にはエッチなことが好きでたまりませんという表情をするくせに、これまで女の子には一切興味を持たず、貞操のほうも無事だったことは奇跡に近いように思える。
 口ではやめろと言いながら、体はスザクを拒絶していない。
 逃げるどころかこの場に留まっていることが彼の答えではないのか。

「も…、手を離せ……っ」
「離しちゃっていいの? こっちは期待しているのに?」

 ショートパンツの上から敏感な部分に触れる。

「あッ!」

 そこはわずかに布地を押し上げていて、えろい、とスザクは胸の内で呟いた。ついさっきまで真面目な優等生の顔をして本を読んでいたのに、あっという間に淫乱な表情を覗かせている。
 (ホントたまんない)
 熱っぽい溜め息をつくと、スザクは指に力を込めた。

「ひぁ! ヤっ、そんなに…ッ、ア、アア、」

 上からスザクの手を掴んで止めようとするルルーシュだけど、力はまったく入っていない。ただ添えているだけの状態はむしろ自慰をしているみたいだ。

「ア、んぁあ、ア――ッ」

 久しぶりな上に、自分ではまったくやっていなかったのか、ルルーシュはさほど時間をかけずに達した。体が揺れていたせいでメガネは少しずれ、ショートパンツの前は濡れている。黒の生地がそこだけ色を濃くしているのはひどく卑猥だ。
 ごくりと唾を飲み込んだスザクは、ルルーシュの後頭部を引き寄せると唇を合わせた。今度はメガネを外す余裕はなかった。

「は…、ん、んぅ、……ァ」

 息を軽く乱しながら、それでも必死にキスに応えようとする姿は可愛くてやらしい。自ら舌を伸ばしてもっととねだる仕草は恐らく無意識で、だからこそ余計に興奮した。
 こんな可愛い生き物が自分の腕の中にいるのだと思ったらたまらない気持ちになる。もっと滅茶苦茶にしてもっと乱れさせたい。
 顔を交差させ、唾液が零れるのもそのままに激しく口付けた。キスを繰り返しながらルルーシュをソファに押し倒す。
 ショートパンツの裾から下着の中に手を突っ込み、ルルーシュが吐き出したばかりのものを掬った。服は脱がせることなく、黒のビキニをずらして後ろに触れる。

「ごめん、ちょっと余裕ないかも」

 まだ二回目だし、ちゃんとお伺いを立てて雰囲気たっぷりにやろうとそれなりに計画していたのに、まさかこれほど余裕がないまま行為に持ち込むことになるとは思ってもいなかった。しかも半ば無理やりで、服を脱がす行程すら挟めないほど切羽詰まっている。
 ルルーシュに嫌われたらどうしようと心配するけれど、健全な青少年の体は意志だけではもうどうにもならない。
 ごめんともう一度謝れば、とろりと溶けた瞳がスザクを見上げた。メガネはズレたままで、それを直してあげる余裕もない。
 すると、ルルーシュが微笑んだ。ハッとするほど美しく、艶然とした微笑みだった。

「グラビアアイドルで満足されたら不愉快だからな。お前の好きにさせてやる」
「そうやって煽って、後悔しないでよ」
「こんなことで後悔するなら最初からお前を受け入れていない」

 冗談混じりに、だけどはっきりと彼の意志を伝えられ、スザクは息を呑んだ。
 (――ああ、なんだ)
 やっぱり僕はちゃんと愛されているのだ。
 愛しさが胸を満たし、スザクも笑みを返した。
 かぷりと下唇に噛み付き、指先で奥を探る。くぐもった声が漏れ、ルルーシュの腕がスザクの首に巻き付いた。
 ルームウェアを贈ったのはどうやら大正解だったようだ。

***

「いいこと思い付いた。オッケーのときは毎回これ着てよ」
「誰が着るか」
「じゃあメガネにする? メガネをかけたときはオッケーのサイン」
「どっちもできるか馬鹿」
「ルームウェアを着てメガネを掛けて人を誘っていたくせに?」
「そ、それは……」
「ねえねえ、いいでしょう?」
「――気が向いたときにな」
「へへっ、楽しみにしてる」

 (ちょっとした対抗心がこんな結果になるとはな……。でも、スザクが喜んでいるのならまあいいか)
 (16.05.26)