A Happy New Year

「あけましておめでとう、ルルーシュ」
「あけましておめでとう」
「というわけで、初詣に行こう!」

 おめでとうと下げた頭を上げた瞬間に提案され、ルルーシュは「は?」と呆れた声を出した。

「もう深夜だぞ。こんな時間に出掛けてどうする」
「年が明けたから行くんだよ」
「今から出たって人はいないだろう」
「それがいるの。とにかく行こうよ。出店も出てると思うからきっと楽しいよ」

 ぐいぐいと腕を引かれ、コートとマフラーを渡されれば諦めるしかない。こういうときのスザクは強引で、うんと頷くまでしつこく誘い続けるのだ。
 何が楽しくて深夜の真冬の空気に当たらなければいけないのだと、心の中で溜め息を吐きながらコートに袖を通す。しかし日本のお正月は初体験だから、出店も出ているという言葉には少し惹かれた。
 (まあ、何事も経験だ)
 昨年の春、ルルーシュはブリタニアからの留学生として日本にやって来た。ホームステイ先としてお世話になっているのが枢木家で、スザクはこの家の一人息子だ。
 同い年の自分たちが仲良くなるのにさほど時間はかからなかった。高校も同じところに通っていて、学校側の配慮でクラスも同じだから四六時中一緒にいる。でもそれを息苦しいとは思わない。
 最初の頃は右も左もわからず、何かと助けてくれるスザクの存在は本当にありがたかった。日本での生活や学校に慣れた今も彼が隣にいると安心した。
 (スザクは日本で初めて出来た友達だし、それに……)
 ふいに浮かんだ単語に気付いて、頭の中から追い払うようにぶんぶんと首を振る。

「ルルーシュ?どうかした?」
「い、いや、なんでもない!ほら、行くなら早く行くぞ!」

 渋々だったのが嘘のように率先して玄関へ向かう。
 外に出ると冷たい空気が肌を撫でて、思わずマフラーの中に顔を埋めた。スザクが玄関の鍵を掛けたのを確認すると揃って歩き出す。

「おじさんたちに黙って出てきて良かったのか?」
「父さんたちはもう寝てるから大丈夫」

 深夜の住宅街はしんと寝静まっていた。自分たちの声と足音しか響いていない状況は珍しく、通い慣れた道だと言うのに興味深く辺りを見回してしまった。

「誰もいないな」
「この辺りはね。でももう少ししたら……ほら」

 指で差された方向に目を向けると家族連れが歩いていた。神社が近付くにつれて人の数も多くなる。

「ね?ちゃんと人がいるでしょ?」

 嘘じゃなかっただろうと言いたげにスザクの目が輝いている。ルルーシュは小さく頷いた。

「しかし日本人は信心深いのかそうではないのかよくわからないな。お正月には神社へ行くのにクリスマスも祝うなんて」
「まあそれが日本人のいいところでもあるからね。あっ、はぐれないように気を付けて」

 スザクの手が伸び、右腕を掴まれる。

「ちょっ…、子どもじゃないんだから大丈夫だ」
「誰も見ていないから平気平気」
「そういう問題では……」
「どういう問題?」

 振り向きざまに尋ねられ、うっと言葉に詰まる。

「……別に」
「じゃあいいよね」

 にこりと笑われ、掴む手が腕から手首に移った。男同士でこれはさすがにまずいのではないかと思ったが、スザクの言う通り、人通りの多い参道では誰もが自分のことで精一杯のようだ。
 ふと目を向けた先ではおみくじやお守りを買うための人だかりが出来ている。お祭りとはまた違うのに皆どこか楽しそうなのは気のせいか。

「お参りするのが先だからあとで寄ろうね」

 視線に気付いたのか、隣のスザクがそう誘った。ちらりと窺った彼もどこか楽しげな雰囲気で、人の気も知らないで呑気なものだと内心溜め息をつく。
 (本当のことなんて言えるか、馬鹿スザク)
 毎日こうして一緒に過ごしていることも、手首を掴まれただけでドキドキしていることも、スザクは何も知らない。伝えていないのだから知らないのは当たり前だけど、なんの意図もなく触れてくるのは心臓に悪いからやめてほしい。
 (好きだって、気付かなければ良かった)
 最初はただの友達としてしか思っていなかった。スザクが隣にいて安心するのは、不慣れな土地で唯一頼れる人間だからだと思っていた。
 でも、それは違った。
 一緒にいて楽しいのも、安心するのも、ドキドキするのも、すべてはスザクが好きだからだ。
 (スザクは俺のことを単なる海外の友人としてしか思っていないのにな)
 たとえば学校で彼がほかの女子生徒に微笑むだけで嫉妬する。自分の知らない誰かと話しているだけでも嫉妬する。友達としての自分を保たなければいけないのに、こんな日々が続くとそのうち余計なことを口走ってしまいそうだ。

「ここで先に手を洗うんだよ。」

 スザクに倣い手水舎で手を清めると、参拝のために再び歩き出す。人混みのせいでスザクと自然に肩がぶつかってしまった。大丈夫?と気遣いながら手首をしっかり握られ、ルルーシュの心臓はばくばくと音を立てていた。
 スザクの体温に緊張しながらもようやくお参りを終え、空いたスペースも移動すると新鮮な酸素を吸った。

「ルルーシュ大丈夫?」
「本当に凄い人だな……。神社とはいつもこうなのか?」
「お正月だけね。ルルーシュは何をお祈りしたの?」
「そういうのは秘しておくものだろ。人に話したら叶わない」
「えー、ルルーシュのケチ」
「ケチじゃない」

 不満そうな声を無視して背を向ける。
 別にたいしたことは祈っていない。皆が元気で幸せにありますようにとごく普通のことをお願いしただけだ。間違ってもスザクとの仲を進展させてくださいとは頼まなかった。なのに、日本の神によこしまな気持ちを見透かされたような気がして少しだけばつが悪い。

「さて、お参りも終わったことだし、出店で何か買う?」
「何かって、こんな時間に食べるつもりはないぞ。食べたいならお前ひとりで行って来い」
「こういうのは二人で一緒に食べるから楽しんだよ」

 二人で一緒。その部分にぴくりと反応してしまう自分が情けなかった。二人一緒が楽しいなら、男同士ではなく可愛い彼女と一緒のほうがさらに楽しいのだろうなと口にしたくなった自分はさらに情けない。

「そんなに言うなら好きなのを買ってくればいいだろ。一口くらいなら付き合ってやる」
「本当?やった!じゃあたこ焼き買って来る!ルルーシュはここで待っててね」

 駆けて行くスザクの後ろ姿は嬉しそうで、やはり自分が食べたいだけなのではと思った。
 ひとり残され、なんとはなしに境内の人間観察をしていたルルーシュは、ふと夜空を見上げた。凍えた空にはたくさんの星が輝いている。
 地上がどんなに騒がしくても自分たちを見下ろす星たちは変わらず瞬き、そして静かに命を終わらせていく。誰にも知られず、誰にも気付かれず、ただそっと灯を消していく。
 (その潔さが俺にもあれば良かったのにな……)
 スザクと友達のままでいなければいけないと思うのに、諦め切れない自分は醜い。
 (でも、それももうすぐ終わりだ)
 彼への想いに気付いたあと、留学期間は一年にしようと決めた。あと三ヶ月でルルーシュはブリタニアに帰国する。
 三ヶ月後に笑って別れるためにも、この気持ちは心の奥底に押し込めなければいけない。スザクに手首を握られたくらいで胸を弾ませているわけにはいかないのだ。

「お待たせ」

 聞き慣れた声に振り返る。たこ焼きを買えたことがよほど嬉しいのか、満面の笑みを浮かべていてルルーシュは思わず吹き出した。

「お前、そんなにたこ焼き好きだったのか?」
「一番の好物ってわけじゃないけど、こういうところで食べるのが美味しいし楽しいんだよ。はい、ルルーシュも食べよう。お正月だから一個ぐらい大丈夫だよ」

 深夜に何か食べることとお正月の間になんの繋がりがあるのかまったくわからない。しかしスザクは目の前にたこ焼きを差し出したまま引こうとしなかった。
 ここでもまたスザクの強引さが出たと呆れた息を漏らし、仕方なく「わかった」と手を伸ばす。まだ熱々のそれに息を吹きかけると口の中に放り込んだ。
 自分が食べたのを確認してスザクもたこ焼きを食べる。一個目が終わると二個目に爪楊枝を刺し、最後のひとつがなくなるまで二人とも無言で食べ続けた。こんな時間に食べ物はいらないと拒否しておきながら、実は自分も意外と空腹だったらしい。

「ね、美味しかったでしょ?」
「……まあな」

 素直にうんと頷けないのが情けないが、そんな自分をスザクはわかっているから相変わらずにこにこ笑っていた。
 その後、お守りを買ったりおみくじを引いたりして一通り日本の神社を満喫するとようやく帰路につく。夜も深い時間なのにすれ違う人はまだ多い。正月の間はこんな状況がずっと続くのだろうか。
 しかし裏道に行くと途端に人通りがなくなり、しんとした空気と暗い闇がずっと先に続いていた。街灯だけが自分たちを導く光で、少しだけ心細く感じた。

「神社は初めてだったから面白かった。ありがとう」

 先ほど素直になれなかった代わりに勇気を出して礼を口にする。スザクの視線を感じたけれど、目を合わせるのは恥ずかしくてルルーシュは真っ直ぐ前を見たままだった。

「どういたしまして。また来年も連れて行ってあげるよ」

 だけど、その言葉に反射的に顔を横へ向けた。咄嗟の反応にしまったと思う。

「どうかした?」
「あ……いや……」
「やっぱりこんな夜中は嫌だった?それなら今度は昼に来ようか」
「いや、そうじゃなくて……」
「じゃあ何?」

 おもむろに足が止まる。顔を覗き込まれてつい目を泳がせた。
 ルルーシュの留学期間は一年か二年の予定で、一年のほうを選択したと伝えたのはスザクの両親を含むごく一部の人だけだ。スザクにはまだ何も話していない。
 歯切れの悪い応えを訝しく思っているはずだから、ひとまずこの場を誤魔化すための嘘をつくことは容易い。でも、自分があと三ヶ月でブリタニアに帰ることはいずれ露見してしまう。
 叶えられない約束をするよりは、今ここで自らの決断を伝えたほうがタイミングとして良いのではないかとルルーシュは判断した。

「――来年は、俺は行けないんだ」
「どういうこと?」
「来年は無理なんだ。あと三ヶ月で俺の留学期間が終わるから……」

 隣で息を呑むような気配がした。かと思えば、肩を掴まれスザクのほうを向かされた。突然のことに今度はルルーシュが息を飲み込む。

「三ヶ月って、それってどういうこと?あと三ヶ月でブリタニアに帰るの?どうして?」
「最初から決まっていたからな」
「嘘だ!ルルーシュの留学は一年か二年のどちらかを選択できるんだろ?どうして二年を選ばないんだよ。そんなに日本が、僕の家が嫌だった?」
「日本もお前の家も好きだ」
「だったらそんなに急いで帰らなくていいじゃないか」

 肩を軽く揺すられる。ルルーシュは視線をわずかに落とした。

「お前こそどうして二年もいてほしいと思うんだ?余所者がずっと家にいたら邪魔だろう?」
「ルルーシュは邪魔なんかじゃない。そんなこと一度も思ったことない」
「でも、家に人が増えれば何かと不便になるものだ。俺がいなくなれば俺の世話もなくなるし、自由に伸び伸びできるじゃないか」
「そうじゃなくて…!」

 肩に置かれた手に力が籠もる。痛みを感じたけれど、ルルーシュは眉根を寄せただけで何も言わなかった。本当のことを隠していたという後ろめたさが口を噤ませた。

「嫌なんだ……」

 ぽつりとした声に首を傾げる。

「君と離れるのが嫌なんだ」
「手紙やメールのやり取りなら続けられるだろう?」
「そうじゃないんだ!だって僕は……、君が好きだから」

 囁くような一言に思考が止まる。

「ルルーシュのことが好きなんだ」

 違う、と自分に言い聞かせた。いきなり友達がいなくなると知ってスザクは混乱しているのだ。今のは友達としての意味で言っただけだ。自分の好きとスザクの好きが同じはずはない。そんなことあるわけがない。
 なのに心臓は何かを期待するようにどくどくと早鐘を打っていた。

「初めて会ったときから君のことが好きだった。ルルーシュは日本に二年いるだろうと勝手に思い込んでいたから、気持ちを伝えられなくても毎日一緒にいるだけですごく幸せだった。まだ告白するつもりはなかったのに、君がブリタニアに帰ると知って我慢できなかった。ごめん」

 迷惑だよね、と強がるような笑みを浮かべたスザクをルルーシュは呆然と見つめた。

「本当に……?」
「一世一代の告白で嘘はつかないよ。でもこんなこと言われたら余計に僕の家に居づらいよね。本当にごめん」

 謝るばかりのスザクに、ここで黙っていたら悪いほうに勘違いされてしまうと本能的に悟った。そしたらきっと、今の告白すらなかったことにされてしまうだろう。
 相変わらず頭の中は混乱したままだ。考えはまとまらないし、何が正解なのかもわからない。ただ、二度とないチャンスを自ら手放すのは大馬鹿だと、それだけはわかった。
 だからルルーシュは両手をぎゅっと握り、大きく息を吸った。

「ごめん、今のは、」
「俺だってスザクが好きだ!」

 深夜の住宅街に自分の声が響く。普段ならば絶対に有り得ないシチュエーション。でも今は、誰かに聞かれたらと懸念する気持ちよりスザクに想いが届いて欲しいという気持ちのほうが大きかった。

「友達として……?」

 しばらく放心していたスザクがほうけたように尋ねる。

「違う。お前と同じ意味でだ」
「え……、でも……嘘」
「本当だ」
「本当に?」
「ああ」

 スザクの顔がくしゃりと歪んだ。そして両手がルルーシュの背中に回り、力いっぱい抱き締められた。

「好きだよ、ルルーシュのことが好きだ」
「俺も……スザクが好きだ」
「なんだか夢みたいで信じられないや」

 夢みたいだと思うのはルルーシュも同じだった。
 さっきまでスザクへの気持ちは諦めるはずだったのに、気付いたら両想い。都合の良い初夢を見ているのではないかと疑ってしまう。
 だけど、体を包み込むぬくもりや腰を抱く腕の強さは確かに本物だった。

「ねえ」
「ん?」
「僕たちが両想いだとわかってもルルーシュはあと三ヶ月で帰るの?」

 それはスザクが一番気にしていることで、突然の告白に繋がった原因だ。ルルーシュは身を起こすと、翡翠の瞳を真っ直ぐに見た。

「やっぱりやめた、――って言ったらいい加減なやつだと思うか?」
「まさか。大歓迎に決まっているじゃないか」

 嬉しそうな顔に思わず安堵する。ころころと考えを変えて我ながら呆れたものだと思うものの、本心ではずっとスザクと一緒にいたかったのだ。一年で帰ると伝えていた人たちには申し訳ないことになったけれど、両想いと知った以上、自分の気持ちには逆らえなかった。

「おじさんやおばさんに謝らないとな。もう一年お世話になりますって」
「二人ともルルーシュのことを気に入っているから大丈夫だよ。でも帰国が一年延びただけで、ルルーシュがブリタニアに戻ることに変わりはないんだよね……」

 先のことを心配してしゅんとするスザクに、ルルーシュは口角を上げてみせた。

「そこはいくらでも方法があるだろう。俺が日本の大学に行ってもいいし、お前がブリタニアの大学に来てもいいし」
「ええっ、僕、ブリタニア語苦手なんだけど」
「日本の大学だとしてもブリタニア語は必須だ。しっかり勉強しろ」
「ええー」
「文句を言うな」

 ふいに沈黙が落ちる。目と目が合って、二人とも小さく吹き出した。
 告白してお互い想いを確かめ合ったばかりだと言うのになんて色気のないことだろう。でも、こんな空気がとても自分たちらしかった。

「大学のことはまたあとでゆっくり考えるとして、今年もよろしくね、ルルーシュ」
「ああ、よろしく」
「それから、出来れば今年だけじゃなくて来年もその先も、ずっとよろしくお願いします」

 まるで永遠を誓うような言葉を告げられる。まばたきをしてスザクの顔をまじまじと見つめたルルーシュはそっと微笑んだ。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 改まっての科白がどこか照れくさく、また一緒に笑い合う。些細なことが楽しくて嬉しい。
 新しい年をスザクと迎えるのはこれで最後と思っていたから、こうして向き合っているのが不思議な感覚だ。

「寒くなってきたから帰ってこたつで温まろう」
「そうだな」

 スザクの手が伸び、しっかり指を絡められる。今度はルルーシュも自然と握り返した。
 お互いのぬくもりを感じながらの帰り道は、真っ暗闇でも空気が冷たくてもそれでもとても幸せだった。
 (13.01.02)