あたたかい眠り

 冬。
 冬は寒い。
 好きか嫌いかと聞かれれば寒いのはあまり好きではない。寒いよりは暖かいほうが断然良い。しかし、である。

「スザク……」
「んー、何?」
「苦しいからそろそろ離してくれないか」
「ルルーシュ寒いの苦手でしょ?手も足も冷たいし、僕がこうしていれば少しは温まるかなと思って」
「温まることは否定しないが、こうがっちりと掴まれていては寝にくくてたまらない」
「気にしない気にしない」
「気にしろ!」

 二人で寝ること自体は珍しくない。クラブハウスにいた頃は、たまに遊びに来るスザクを泊めたことが何度もあった。
 せっかく広い客室のベッドを用意してやろうと思ったのに、準備の手間をかけるのは申し訳ないからルルーシュさえ良ければ同じベッドで寝させてよと言われたから、仕方なく頷いたのだ。
 そこで嫌だと断わればスザク自身を拒絶しているように見えてしまう。そういう弱みに付け込んでの発言だったかもしれないとあとになって思ったけれど、どちらにしろ同じベッドを分け合ったことに間違いはない。
 だが、あれはいわば緊急的な措置で、きちんとそれぞれに部屋を持つ今は寝床を同じにする必要性がなかった。
 (必要性がないのに、なぜ俺はスザクに背後から抱き付かれていなければならないんだ……?)
 同じベッドに寝るだけならまだしも、まるで恋人のように抱き締められて寝ている状況は明らかにおかしいだろう。なのに、スザクは気のない返事ばかりで力が緩まる気配はない。当然、部屋から出て行くつもりもないようだ。
 (せっかくの人の安眠を……)
 珍しいことに今日は日付を越える三十分も前にベッドへ入ることが出来た。
 ところが、寝床を完璧に整えてさあ寝ようと思ったところに訪ねてきたのがスザクだった。これから寝るんだろう?と訊かれたから、そうだと答えた。

「じゃあ一緒に寝よう」

 言葉の意味を理解できなかったルルーシュの腕を掴み、スザクは部屋の奥へ勝手に進んで行った。そして寝室までたどり着くと、ルルーシュをベッドに押し込め、さらには自らも潜り込んできたのだ。
 もちろんルルーシュとしては大いに抵抗したのだが、当のスザクが先ほどからこの様子なので、結局三十分近くも体を寄せて横になっているのだった。
 どうしたものかとこっそり溜め息をついた。
 考えられる選択肢は残念ながら二つしかない。一つは、腕の檻から抜け出して自分が部屋を離れる。もう一つは、諦めて寝てしまう。
 一つ目の選択肢は、自分とスザクの力の差を考えると到底不可能だ。
 となればもう一つの選択肢を選ぶしかないのだが、自分の腰に巻き付く逞しい腕と、背中越しに感じる鼓動にやけに緊張してしまい、目がすっかり冴えてしまっている。
 二つしかない選択肢の二つともが実現できないとなると、一体どうやって解決すればいいのか。
 (まったく、何がしたいんだ)
 目を瞑ったままもう一度溜め息をついた。
 そういえばスザクはこういう俺様なやつだったと思い出す。再会してからの彼は色々な事情が絡んで何かと複雑だったが、少なくとも出会ったばかりの頃はガキ大将という言葉がぴったりで、こちらの都合などお構いなしにぐいぐい踏み込んでくるようなタイプだったではないか。
 子どものときのスザクと同じだと思えば、意味不明な突然の行動も仕方ないの一言で片付けられそうな気がする。
 (離せと言っても聞かないし、俺がここから出ることも敵わない、だからと言ってこのまま眠れそうにもない。ならばとことんスザクに付き合ってやるか)
 いくらなんでもこの状態のまま朝を迎えることはないだろう。ならば残った唯一の選択肢は、状況を受け入れるということ。
 とはいえ腕の力が強くて少し苦しい。せめて力を緩めてくれないかと頼もうと思い、ルルーシュは振り返ろうとした。

「もうちょっとだけ待って」

 が、逃げられると勘違いしたのか、さらに強く抱き締められてしまった。

「ちょっ…、スザク、俺はただ、」
「あと少しだから。あとほんの十秒。十、九、八、七……」

 突如始まったカウントダウンに眉を寄せる。零になったら何が起こるのだ。
 息を詰めてそのときを待つ。

「二、一、零。――おめでとう、ルルーシュ」

 しかし、まったく予想していなかった言葉に「は?」と間抜けな声を出した。

「何を言っているんだ。俺にめでたいことなどあったか?」
「君のほうこそ何を言っているの。今日は君の誕生日だろ。だからおめでとうじゃないか」

 誕生日。
 と言われても、おめでとうと誕生日の関連性をすぐに見つけられない。しばらく考えたルルーシュは、頭の中に今日の日付を想い浮かべた。

「ああっ、そういうことか…!」

 そしてようやく意味を悟る。

「もしかして自分の誕生日に気付いてなかった?今日はルルーシュ皇帝陛下の生誕記念イベントを大々的に開くのに?」
「……いや、今日がイベントという意識はあったがそれと自分の誕生日が直結していなかった」

 呆れたように訊かれて正直に話す。
 ブリタニア皇帝としての威厳と権力を誇示するため、生誕記念イベントを盛大に開催しようと計画を立てたのは自分自身だ。だけどそれは、利用できるものは利用しようと考えてのことであり、自分の誕生日を祝ってもらいたいからではなかった。
 その時点でルルーシュにとっては誕生日も道具の一つとなり、誰かにおめでとうを言ってもらう行事ではなくなった。だから、こうして面と向かっておめでとうを言われてもすぐに理解できなかったのだ。

「すまない、せっかく祝ってくれたのに反応が悪くて。ありがとう」
「これでまた同い年だね」
「ああ、そうだな。誕生日なんてもう関係ないと思っていたが、こうして祝ってもらえるとやはり嬉しいものだな」

 これから死に逝く人間が歳を取ったところで意味はない。死ぬとわかっているのに誕生日を祝うのも滑稽だ。
 でも嬉しい。
 祝ってくれるのがスザクであることが嬉しい。
 すると、自分を抱き締める腕の力が再び強くなった。どうやらこの状態は自分におめでとうを言うためのものだったようだ。
 一緒に十二月五日を迎え、一番最初におめでとうを言うための。

「これで最後じゃないよ」

 背中越しにぽつりとした声が聞こえた。

「何年経っても何十年経っても、僕は君におめでとうを言い続ける。僕が死ぬまで、ずっと」
「……気の遠い話だな」
「その言い方だと、僕がいつか忘れると思ってるだろ」
「さあな」
「いいよ、じゃあ君がずっと僕のことを見ていればいい。死ぬまで忘れずにおめでとうを言い続けるか、ずっと監視していればいい」
「監視って、お前じゃないんだから」

 笑うふりをして微かに肩を揺らした。スザクが後ろから抱き付いているのは幸いだ。これがもし真正面だったら今の自分の表情を見られていただろう。
 誕生日を祝われて目頭を熱くさせるなんて、世界征服をした皇帝に相応しくないじゃないか。
 (監視なんかしなくても、お前はずっと覚えていてくれるのだろう?)
 誕生日を。
 ルルーシュという一人の人間がいたことを。
 敵であり、主従であり、共犯者であり、友達だった一人の幼馴染のことを。
 きっとずっと忘れないでいてくれるのだろう。
 ルルーシュは自分を抱き締める腕にそっと手を乗せた。

「スザク……、ありがとう」
「どういたしまして」

 スザクの手が髪を梳く。さっきまで眠れないと思っていたのに、優しい感触が気持ち良くて瞼がだんだん重くなってきた。
 おやすみと言われた気がして、声には出さずにおやすみと囁く。
 やがて静かな寝息が聞こえてきた頃、ルルーシュの口許には幸せそうな微笑みが浮かんでいた。
 この先、世界中の人々が君の誕生日を恨んで憎んでも、僕だけは君が生まれてきたことに感謝するよ。
 ありがとうルルーシュ。
 誕生日、おめでとう。
 (11.12.05)