みとせの夢

 ※ルルーシュ生存です。
 幾重にも張り巡らされた厳重なセキュリティを解除し、最後のドアを開け、すたすたと廊下を進んでリビングに入った僕はそこで足を止めた。
 人の気配はしなかったはずだ。部屋に入ったときも違和感はなかった。
 第一、並大抵の人間がこれだけのセキュリティを突破するのは不可能だ。警報は鳴らなかったし、見張りも異常は伝えなかった。
 では、どうして。
 呆然とソファを眺める。
 どうして。そもそも、何に対してその疑問を抱けばいいのだろうか。
 厳重なセキュリティを破って部屋に侵入されたことか。侵入者の存在に誰も気付いていないことか。
 それとも、目の前にいるのが死んだはずの人間であることか。

「遅かったな。やけに時間がかかったじゃないか。ゼロの執務室からここまで最短で十五分、途中邪魔が入ったとしてもさすがに一時間はかかりすぎだ」
「えっと……」
「まさか猫と遊んできたわけじゃないだろう? ゼロと猫の戯れなんてただのギャグにしかならないぞ」
「そうじゃなくて、ちょっと待って」
「いや、こんなところに猫は入ってこないか。まさかお前、アーサーから鞍替えしたんじゃないだろうな。これだから節操のない男は」
「だから待ってよ! ルルーシュ!」

 叫んだあとに、信じられないと思った。
 もう二度と呼びかけることはないと思っていた名前を呼んでいる。目の前の相手に向かって。

「何を待つんだ?」

 ソファに腰を下ろし、足と腕を組んで見上げてくるのは確かにルルーシュだった。
 枢木スザクが、ゼロが殺したルルーシュ・ヴィ・ブリタニア本人だ。

「君、生きて……」
「なんの話だ?」
「なんのって、だって、君は僕が――」
「ああ、お前に殺されたな、俺は」

 さらりと口にされて言葉に詰まる。
 お互いが納得し、計画のために実行したことだけど、本人の口から「殺された」と言われたら動揺する。
 それ以前に、これは本当に本人なのだろうか。
 ルルーシュの心臓が止まっていたことは僕自身が確認した。ほかの人間も確かめている。
 あのときルルーシュは死んだ。それは紛うことなき事実だ。
 ならば、今ここにいるルルーシュはなんだ。何者だ。
 見た目は普通の人間と変わらないけれど、果たして彼本人なのか。本人ならば生きているのか。あるいは、俗に言う幽霊というものなのか。
 混乱する僕にルルーシュは一瞥をくれ、おもむろに立ち上がった。
 こちらに歩いてくる足は存在していた。一歩一歩、床を踏み締めている。手を伸ばせば触れる距離にある身体は、実在するとしか思えない。では、やはり生きているのか。
 まばたきもせずにルルーシュを見つめていると、その口元が弧を描いた。

「何、狐につままれたような顔をしているんだ。とりあえず、マントと仮面は取ったらどうだ?」

 ルルーシュはゼロが僕だってことを知っているのだ。
 そんな当たり前のことを考えたあとに、ああそうかと思い至った。
 (僕は夢を見ているんだな)
 あるいは白昼夢か。
 いずれにしろ、これを夢だと結論付けた僕はふらふらと歩き始めた。

「ちょっと寝てくる」
「夕飯は?」
「あとにする」
「わかった。では待っているから」

 その言葉に僕は振り返った。
 ルルーシュはこちらには興味を失った様子で、ソファに座り直すとテーブルに置かれた書類を手に取り、ぱらぱらと捲っていた。
 (待っている、か)
 夢には願望が反映されると聞く。ならばこれが僕の願望かと、仮面の中で苦く嗤った。
 リビングを抜け、寝室に辿り着くとそこで初めて仮面を脱いだ。マントも外し、ようやく身軽になると軽く頭を振った。
 そのままベッドに倒れ、目を閉じる。疲れているのは事実なので、睡魔はすぐにやって来た。
 次に目を覚ましたときには夢も終わっているだろう。
 (僕は望んでいない。ルルーシュのいる現実なんて)
 だから早く覚めてしまえ。
 こんな悪夢。
 きっちり一時間だけ仮眠を取った。
 そういえばゼロの衣装のまま寝てしまったと今ごろ気付き、これではルルーシュに叱られるなと思ってぴたりと手を止めた。
 いつも彼のことを思い出すわけではない。むしろ、思い出さないようにしてきた。思い出しても意味がないからだ。
 なのに、自然とルルーシュのことを考えてしまったのは、あんな夢を見てしまったせいだろう。
 小さく溜め息をついて部屋着に着替える。
 (とりあえず顔を洗おう。夕飯は……冷蔵庫に何かあったかな)
 ふあ、と欠伸をしながらリビングに向かった。
 不意に何かの匂いがした。良い匂いだ。鼻腔をくすぐり、食欲をそそる匂い。
 今日は食事を用意してほしいとは頼んでいない。咲世子さんが気をきかせてくれたのかなと思ってドアを開けた僕は、そこで再び固まった。

「そろそろ起きてくる頃だと思った。待っていろ、すぐにできる」
「なんで……」
「ん?」

 つかつかと詰め寄った僕は、ルルーシュの肩をがちりと掴んだ。
 感触がある。そのことに背筋がぞくりとした。
 恐怖ではない。有り得ない状況に混乱はしているけれど、怖いとは思わなかった。
 ただ、もしかして、と心の奥底で無意識に浮かんだ己の感情が怖かった。

「これは僕の夢じゃないのか?」
「お前、まだ寝惚けているのか?」
「じゃあ君は本人によく似たそっくりさんか最新式のアンドロイドで、僕を暗殺するために送り込まれたのか?」
「こんなに堂々と侵入して悠長に鍋をかき回している暗殺者がいるか?」
「だったら…!」
「お前が俺を呼んだんだろう」

 さらりと告げられ、僕は目を瞠った。

「今日はなんの日だ?」
「今日……?」
「十月三十一日。ハロウィン。つまり、死者の霊が戻って来る日だ」
「えっ……、まさかそれで化けて出てきたって言うつもり?」
「化けて出てきたとは失礼だな。だからお前が呼んだんじゃないか」
「僕は呼んでないよ!」
「まあそこのところはどうでもいい。それより、そろそろ離してくれないか。鍋が煮立っている」

 確かに鍋はぐつぐつ言っていた。思わず手を離すとルルーシュは火を弱め、再び鍋の中をゆっくりかき回し始めた。

「ビーフシチュー?」
「ああ。いくらでもおかわりしていいぞ」
「子供じゃないんだから」

 紫の瞳が僕を見て、それから笑った。

「お前、いくつになった?」
「何それ」

 いくつになったかなんて子供扱いだ。異様な状況であることも忘れて不機嫌な顔をすれば、ルルーシュがくすくす笑う。

「俺の中ではいつまでも十八のままだからな。そういえば今はいくつなのかと思って」
「――二十一だよ」
「そうか」

 沈黙が落ちた。
 ルルーシュがいて、僕のために食事を用意していて、あの頃と変わらない顔で笑っていて。
 これは本当に現実なのだろうか。まだ夢を見ているのか。実はどこかで事件に遭い、現実世界の僕は昏睡状態に陥っているという可能性はないか。
 もし本当にこのルルーシュが幽霊だとしたら、なぜ幽霊が生身の人間のような身体をしているのか。なぜ食事を作れているのか。
 疑問は尽きないし、通常の判断ならば今すぐに人を呼んで彼を捕まえるべきだ。
 ルルーシュのように振る舞っている暗殺者という可能性は充分あるのだから、しかるべきところに突き出して詳しく調べるのが普通の対処である。
 (でも、これはルルーシュだ)
 僕の直感が、本能が、ここにいるのは確かにルルーシュだと告げていた。
 ならば、彼をほかの人間の目に触れさせるのは危険だ。悪逆皇帝の存在が知られれば世界はパニックに陥るし、もしこのルルーシュが僕にしか見えないものだとしたら、僕の気が触れたのかと疑われてしまう。
 (つまり、ここで匿うしかないってことか)
 簡単に結論を出してしまった自分に苦笑いした。
 その結論の意味はひとつ、どんな理由を付けてでもルルーシュと過ごしたいということではないか。
 幽霊だと信じたわけではない。墓の下から蘇ってきたと思っているわけでもない。あのときルルーシュは死んでおらず、今まで隠れてこっそり生きてきたとも考えられる。
 いずれにしろ、これはイレギュラーだ。ルルーシュの嫌ったイレギュラーを体験しているのだと思うと、それを受け入れてみるのもいいかと思った。
 判断能力が完全に低下しているなと呆れ、でも一晩だけだから、と僕は自分自身に言い訳をした。
 ハロウィンのせいで出てきたのなら、ハロウィンが終われば彼はいなくなる。そしたら、これは本当に夢の出来事になるだろう。
 だから、今だけだ。

「運ぶのを手伝ってくれないか」

 こちらを向いたルルーシュに、ああ、と短く答えた。
 テーブルに二人分の食事が乗る。見慣れない光景は違和感しかないが、同時に、ひどく懐かしいものでもあった。
 クラブハウスで一緒に過ごした時間は、十七歳だった四年も前のことなのだ。

「幽霊って食べられるの?」
「俺はお前が作り出した概念だ。お前が食べられると思えば食べられる」
「よくわからないんだけど」
「生きていた頃の俺と同じだと考えればいい、ってことだ」

 なんとも都合の良い設定だ。だけど、僕が生み出したものならばそうなのかなと思った。
 おかしい点を挙げればキリがない。そういうものなのだと受け入れてしまえば楽である。
 (これで実は暗殺者でした、明日の朝になったらゼロの居室に死んだはずの枢木スザクの死体が転がっていましたってことになったら笑い話だな)
 席について一緒に食事をとる。やはり違和感しかない、でも懐かしい状況だ。

「美味しい……」
「お前ちゃんと食べているのか? 冷蔵庫の中、何も入ってなかったぞ」
「いいんだよ、自分では作らないから」
「じゃあ食事はどうしているんだ」
「普段は咲世子さんが届けてくれる。昼間は仕事中に適当に食べてるかな」
「育ち盛りのくせにそんなことでいいのか」
「もう育ってるからいいんだよ」
「ゼロが倒れたら大事件になるんだぞ。体調管理だけは徹底しろ」
「わかってるって。だから咲世子さんが君の指示通りに動いてくれているんだろ」
「咲世子は優秀だが、お前にやる気がなければ意味がない」
「なんだよ、やる気って。仕事は真面目にやってるよ。もう、君って幽霊になってもお小言ばかりなんだね」
「お前が俺に対してそういうイメージを抱いているだけだ」
「イメージも何も事実じゃないか」
「うるさい」

 なんだか変な感じだった。
 この部屋の中で誰かと会話をするのは初めてだ。そもそもここはゼロの居室で、僕以外は立ち入れないようになっている。食事を届けてもらうときは部屋に繋がる専用ボックスを使っているので、咲世子ですら入ったことはない。
 そこに僕ではない人間がいる。
 いや、人間ですらない。幽霊だ。
 初めて招いたのが幽霊ってどうなんだろうと他人事のように思いながら、優雅にスプーンを使うルルーシュを見た。
 幽霊だとか概念だとか言われても意味がわからないが、要するにこれは超常現象である。
 もっとも、ギアスという超常現象を経験した身からすれば、どちらも理解しがたいものに変わりはない。そう考えれば、これはさほどおかしな現象でもないような気がしてきた。
 (やっぱり疲れてるのかな)
 各国首脳との会談のため世界各地を飛び回り、数日前にようやくブリタニアに戻って来たばかりだ。ハロウィンはもちろん、夏休みもお盆もすっかり頭から抜けていた。

「……なんでハロウィン?」
「は?」
「僕、日本人だよ。死者が戻ってくるならハロウィンよりお盆のほうが馴染み深いんだけど」
「ここはブリタニアだ。日本じゃない」
「だって君は僕の生み出した概念なんだろ? だったら、ハロウィンに出てくるのはおかしいよ。だいたい、ハロウィンはよく知らないし」
「細かいやつだな。俺がブリタニアの行事にのっとって出てきたのがそんなに不満か」
「不満とかそういうことじゃなくて」
「いいから早く食べろ」

 幽霊に話を打ち切られるのはなんだか納得がいかない。
 せっかくの食事が冷めてしまうのは嫌なので食べることを再開するが、喋るほうもやめなかった。

「君って意外とイベント好きだったんだね」
「別に好きじゃない」
「わざわざハロウィンに出てくるなんて充分イベント好きだよ」
「死者の蘇りをそこらのイベントと一緒にするな」
「だってお祭りみたいなものでしょう? 確か、お菓子をくれるんだよね」
「よく知らないという割には詳しいな」
「一般常識程度なら」
「じゃあ、お菓子をくれるのか?」
「そんなの用意してないよ。君こそ、僕にお菓子くれないの?」
「なぜ幽霊のほうが渡さなければいけないんだ」
「いいじゃん、お菓子作りなら君のほうが得意なんだから。トリックオアトリート、って言うんだろう?」

 上目遣いに見れば、ルルーシュはあどけない表情をしていた。
 幽霊ならば死んだときと同じ十八才の姿のはずだが、少し大人びているようにも見えるのはこれも僕の願望だろうか。
 一緒に年を取りたかったという、どうしようもない願望だ。
 僕はテーブルを回ってルルーシュの横に立った。こちらを見上げてくる顔は相変わらず綺麗だった。
 人々が悪魔と罵ったこの姿を、しかし一部では崇拝する輩がいる。
 カルト的な信仰は、美しすぎるものに対する畏怖から生じたものだ。彼らは絶世の美貌を密かに崇め、悪魔もかくやと悪逆の限りを尽くす皇帝を畏敬した。
 そういう連中がいることをルルーシュも把握していて、当面は放ったままにしておくが、万が一信者が増えるようならば対策を取る必要があると言われていた。皇帝亡きあとは、彼らの信仰がおかしな方向に行かないか密かに見張らせている。
 だから、もし悪逆皇帝が復活したとなれば、普通の人々の混乱よりも、皇帝を信奉していた連中の暴走のほうがよほど厄介だ。
 (そんな不穏の種になりそうなルルーシュがここにいる)
 たとえ幽霊だとしても、いや、幽霊のほうがよりいっそう人々に恐怖と畏れを抱かせるだろう。
 だけど、僕にとってはただのルルーシュだ。
 幼い頃に出会い、唯一無二の友となり、生き別れ、七年後に再会し、銃を向け合い、憎み合い、そして手を組み、僕がこの手で殺したルルーシュでしかない。
 さらりとした黒い髪に触れ、白い頬に触れ、赤い下唇に親指で触れた。
 どれも感触がある。やはり生身の人間としか思えなかった。

「スザク?」

 不思議そうに名前を呼んだ口を見つめ、僕はおもむろに身を屈めた。
 唇と唇が触れてもルルーシュは動かなかった。驚きすぎて動けなかったとも言える。
 幽霊でも固まるのかと可笑しな気持ちになった。
 柔らかな頬を両手で包み、顔を傾けて唇を味わう。ルルーシュとの初めてのキスが幽霊になったあとだなんてと、やっぱり可笑しな気持ちだった。

「ん……んぅ、ッ、スザ、ク……っ」

 ようやくルルーシュが僕を押し返してきた。残念、とあっさり顔を離せば、潤んだ瞳が僕を睨んだ。

「お、お前、何を…!」
「キスだよ」

 さらりと答えれば、白い肌に赤みが差す。

「ば…っ、馬鹿じゃないか! 幽霊と、こ、こんなこと」
「幽霊としちゃいけない決まりなんてある?」
「決まりはないが常識的に考えれば」
「幽霊なのに常識って」

 俺はお前の作り出した概念だと言うくせに、人間らしいことを口にする。
 幽霊になってもルルーシュはルルーシュだなとからかえば、ルルーシュはムッとして顔を背けた。

「ルルーシュとのファーストキスはビーフシチューの味かぁ」
「な……っ、お、お前が悪いんだろ! だいたい、こういうことを食事中にするなんて非常識だ!」

 とうとう僕は吹き出した。人間の常識を説くとは、幽霊なのにどこまでも人間くさい。
 声を立てて笑えば、「笑うな! この節操なし!」と叱責が飛んできてさらに笑う。
 笑って笑って、腹を抱えて笑って、気付けば涙が出ていた。笑っていたはずなのに、いつの間にか泣いていた。
 感情なんてとうになくしたと思っていたのに、どうしてこんなに可笑しくて、どうしてこんなに涙が流れるのだろう。
 崩れるように床に両膝をつくと、「おい、大丈夫か?」と声をかけられた。
 顔を上げると、声音と同じくらい心配そうな顔があった。

「かなり疲れているようだな。さっさと食事を済ませてシャワーでも浴びて今日はもう――」

 手を伸ばし、ルルーシュの細い腰を抱き締める。幼子が母親に抱き付くような格好だった。
 (あったかい)
 確かに肉の感触があるのに、これが幽霊だなんて嘘みたいだ。
 ルルーシュを抱いたまま目を閉じる。彼は何も言わず、それこそ母親のように優しく髪を梳いてくれた。

「どうして僕のところに出てきたの」
「言っただろう。お前が俺を呼んだんだ」
「今まで一度も化けて出てきてくれなかったくせに」
「知るか。俺に言うな」
「――幽霊でもいいから、会いたいと思っていた」

 ルルーシュの手がぴくりとした。

「お前は俺の顔なんか見たくもないだろうと思っていた」
「なんで?」
「だって、お前にとって俺は疫病神みたいなものだ。俺といたからお前は不幸になった。違うか?」
「違うよ」

 きっぱり否定する。下から見上げた綺麗な顔が、今は不安そうな色を浮かべていた。
 幽霊なのにやはり人間っぽい。それとも、これも僕の願望が見せているのだろうか。

「それを言うなら、僕といたから君は不幸になったんじゃないの?」
「あれは俺自身が選んだ道だ。ほかの誰のせいでもない」
「だったら僕も同じだよ。今の僕は、僕自身が選んだんだ。君のせいじゃない」

 腰を抱き締め直し、両腕に力をこめる。
 肌に触れる体温が温かい。
 (こんなに温かいのに)
 やっぱり酷く疲れているようだ。思考がまとまらない。
 自分が抱き締めている身体が生身の人間なのか幽霊なのかも判断が付かない。もし本当にルルーシュが生きているのなら大問題なのに、それを問い詰める言葉が浮かばない。
 仮眠を取ったばかりだけど、眠くて眠くてたまらない。意識を保てない。
 眠ってしまったらルルーシュとはお別れだ。それが嫌で必死に目を開けようとするものの、意思に反して瞼はどんどん重たくなっていく。

「ルルーシュ――」

 僕はただ、君のことが好きなだけだったのに。
 心の奥底に閉じ込めていた想いを吐露したのは現実だったのか、それとも夢の中だったのか。
 俺もだよ、と返ってきたのは都合の良い幻聴だったのか、それとも夢の中の返事だったのか。
 (本当は望んでいたんだ。君がいる現実を)
 ずっと忘れられなかった。五感で感じたルルーシュのすべてを忘れたくなかった。
 だから、目覚めたくない。
 たとえ悪夢だったとしても、君がこの世のものではないものになっていたとしても、君がこの世界にいないことを再確認するだけだったとしても、それでも僕は君といたい。
 君のいる世界にいたいんだ。

***

「ほぉら、私の予言したとおりになったじゃないか。あの枢木がお前を簡単に諦めるような人間だと思うか? お前への執着をなくした枢木はもはや枢木じゃないだろう。しかしまあ、幽霊なんて馬鹿げた設定をよく実行したものだ。信じる枢木もどうかしている。その上、睡眠薬入りの食事をさせて枢木が眠っている間に逃げ出し、さも幽霊のように演出したのはいいが、あいつに好きだと言われて動揺するとは。お前もまだまだお子様だなぁ、ルルーシュ」

 にやにやと笑いながらからかえば、ルルーシュが怒りの形相でC.C.を睨み付けてきた。しかし、その頬はうっすら赤くなっていて、元ブリタニア皇帝の威厳は欠片ほどもない。

「いくらなんでも動揺しすぎだぞ。セックスしたわけでもあるまいし」
「セッ……、っいくら魔女でもそういうはしたないことを平気で口にするな!」
「だから動揺しすぎだと言っているだろう。枢木とキスもできない童貞坊やだから想像力だけは逞しいのか?」
「キ、キスなんかしていない!」

 その反応に、C.C.はおやと首を傾げた。

「まさかキスはしてきたのか? 私が聞いたのは音声だけだが、もしかしてあのときの濡れた音はそういうことか。そうかそうか」

 口をぱくぱくさせたルルーシュは、そのままふいと顔を逸らした。
 どうやら正解らしいと、金の双眸が細められる。

「まあとにかく、覚悟を決めてもう一度あいつに会ってやるんだな」
「――どの面下げて会えと言うんだ。スザクもナナリーも今の生活を受け入れて暮らしている。そこに俺が現れても困るだけだろう」
「その面を下げて会いに行ったのはお前だろう」
「スザクが病気になってしかも重篤でゼロの責務を果たせないかもしれないとお前が報告してきたからだろう! だから回復するまで看病して、ついでに俺に対する恨みを思い出させて奮い立たせるしかないと……」
「で、幽霊という設定で乗り込んだら、恨まれるどころか告白されて帰ってきたというわけか」
「告白されていない!」
「あれが告白じゃなかったらなんなんだ。お前は酷い男だな、あんなに切実な告白をされてポイ捨てするとは」
「人聞きの悪いことを言うな。俺はスザクにもナナリーにも直接関わらないと決めたんだ。今回はイレギュラーだっただけで、もう二度と会うつもりはない」
「ふぅん」
「とにかく用事は済んだ。またしばらくブリタニアを離れるぞ」

 そのとき、部屋のベルが鳴った。訝しげな顔をするルルーシュに、C.C.は「ピザだ」と教えた。

「早く取ってこい」
「お前な……。俺達は一応、潜伏中の身なんだぞ。少しは我慢しろ」
「いいからほら、鳴ってるぞ」

 繰り返し鳴らされるベルに、ルルーシュは眼鏡とマスクで簡単に変装をすると、小さく舌打ちしてから玄関に向かった。その後ろ姿がドアの向こうに消えた途端、C.C.は口元に笑みを乗せた。
 玄関を蹴破ってこないだけあの男も成長したということかな、と独りごちる。

「あいつはずっと願い続けていたんだから、そろそろ叶えてやってもいいだろう? あいつとナナリーの願いを叶えてやれるのはお前だけなんだよ、ルルーシュ。だからいい加減、観念しろ」

 それから五秒後。
 ルルーシュの素っ頓狂な悲鳴を耳にするのは、三年ぶりのことだった。
 (17.10.31)