『あなたのことが好きでした。』
その日、靴箱に入っていた手紙には短い一文が書かれていた。
いつものように朝を迎え、いつものように家を出て、いつものように登校し、いつものように自分の靴箱を開けた。
いつもと違っていたのは、そこに入れた覚えのない封筒があったことだ。
なんだこれはと手に取ったルルーシュは、白い封筒をひっくり返して表と裏を交互に見た。宛先はどこにもない。本当に自分宛てなのか、それとも靴箱を間違えただけなのかわからないが、ちゃんとした封筒だから中身もちゃんとした手紙なのだろう。宛先も差出人も不明だからといって捨ててしまうわけにもいかず、仕方なく鞄の中に仕舞った。
「なになに、もしかしてラブレター?」
ルルーシュの行動を目敏く見ていたのは同じクラスのリヴァルだった。興味津々といった様子に、お前も好きだなと呆れてみせる。
「そりゃあ俺はルルーシュみたいにラブレターをもらい慣れていないから? ラブレターがどんなものか興味があるのは当然でしょう?」
「人の手紙を見るのは悪趣味だぞ」
「中身は見てないだろ。で、ラブレターなのか?」
「わからない。宛名が書いていないからそもそも俺への手紙かどうかも怪しいな」
始業時間が近付き、次から次に生徒がやって来る。靴箱の周辺もごった返してきたのでルルーシュは教室へと足を向けた。
「だったら読んでみればいいじゃん。そしたら誰宛てか一目瞭然だろ?」
「もし人違いだったらどうする」
「それはうっかりミスを犯した相手が悪い。どっちにしろ読んでみないと正解がわからないんだから開けるしかないと思うけど」
「それもそうだな」
自分宛てなのか他人宛てなのか。いくら考えても中身を見ないことには正解は不明のままだ。
教室に入り、自分の席に着く。しかしすぐには封筒を開けなかった。ホームルーム前の教室は騒々しく、友達同士で談笑したりふざけ合ったりしているのは高校生の日常風景である。この中でラブレターかもしれない手紙を読むのはなんだか申し訳ない気がした。
おはようと言われればおはようと返し、朝の何気ない光景をぼんやり眺めた。一時間目の数学は担当教師の法則によると今日は当たる日だから居眠りはできないなとか、気温が上がってきたから三時間目の体育は憂鬱だなとか、どうでもいいことを考えながら前方の一番端の席に視線を向ける。席の主は不在だが、荷物があるからまだ部室にいるのだろう。
(毎日毎日よく朝練なんてできるものだ。まあ、スザクは体力馬鹿だからな)
思い浮かべたのは親友の顔だった。
幼稚園から一緒の彼とは腐れ縁で、示し合わせたわけではないのに小学校も中学校も高校もずっと一緒だ。いっそ大学と就職先も一緒にするかと冗談で言い合うくらいである。
見た目の雰囲気も考え方も得意分野もまったく違うのに、どうしてここまで仲良くなったのかはわからない。子どものときの友達は歳を重ねるごとに疎遠になっていくケースが多い中、スザクとは今も一番の親友と言えた。いずれ社会に出て、お互い結婚することがあったとしても、付き合いはずっと続くのだろうと思っている。
(友達、だからな)
胸の奥が痛んだ気がしてふいと視線を外す。
(いっそ友達でなければ良かった)
スザクへの感情が友達という枠に収まりきれなくなった。それを自覚したのは一年前のことだ。正確には、スザクに初めての彼女ができたときだ。
一年前のちょうどこの時期、スザクに初めての彼女ができた。中学の頃からもてていた彼だけど、今まではずっと断り続けていたからどういう風の吹き回しだと周囲は驚いた。それはルルーシュも同じで、スザクは彼女を作らないと心のどこかで思い込んでいたからショックを受けた。どうして自分がショックを受けているのか理由もわからず、スザクと彼女が二人で帰っていく姿を悶々とした気持ちで見送っていた。
友達に彼女ができるのは喜ばしいことだ。男子高校生なら誰もが憧れるし、それがきっと普通だろう。むしろ、スザクのような人気者に彼女がいなかったことが不思議なくらいである。だからショックを受ける必要はない。そう思うのに心はどんどん重くなるばかりで、自分は病気か何かなのではないかと不安になった。
そんなある日、街中で彼女と手を繋いで歩いているスザクを見かけた。次の休みに買い物でも行かないかと誘ったとき、用事があるからごめんと断ったのはデートの約束があったからかと納得した。そして、ひどく傷付いている自分に気付いた。彼女ができたと知ったときよりもショックだった。
お前は俺よりその女を選ぶのか。
無意識に心に浮かんだ声が自分のものとは信じられず愕然とした。
これではまるで嫉妬だ。しかもこの場合、嫉妬する対象は同性であるスザクのはずなのに、明らかに彼女のほうに嫉妬していた。
その理由と意味を知りたくなくてルルーシュは逃げ出した。電車に乗っている間も家に帰ってからも心臓はばくばくと音を立てていて、息が収まっても鼓動はちっとも落ち着いてくれなかった。
どうして。
どうしてスザクに彼女ができてショックだったのか。
どうしてスザクが彼女と一緒にいるだけで傷付くのか。
どうして。どうして。
何度も何度もどうしてを繰り返し、そしてようやく気付いた。
自分はスザクを好きなのだと。友達の枠を越えた感情を抱いているのだと。
それを知ったときはこの世の終わりのような気分だった。恋を自覚すると同時に絶望を味わった。
たとえばこれが異性の幼なじみだったらまた違っていたかもしれない。異性なら誰でも恋人になるとは限らないけれど、少なくとも男女の関係になれる可能性はある。だけど、同性ではなんの進展もない。スザクが自分を好きになる可能性はゼロだ。気持ち悪がられて友達という関係すら失ってしまうかもしれないことを考えればむしろマイナスだ。
ああ、そうか。俺は失恋したのか。
部屋のベッドに寝転がり、ぼんやりと天井を眺めながらルルーシュは思った。恋を知ってすぐに失恋するなんて笑えて仕方なかった。泡沫のように終わる恋なら知らないままが良かった。そんなことを考えながら、じわりと滲んだ視界を誤魔化すように目を閉じた。
あれから一年。スザクへの感情はいまだに消えていない。さっさと忘れてしまえば楽なのに、絶望しかない感情なのに、どうしてこんな気持ちを後生大事に抱えているのだろうと自分でも不思議だった。
スザクとあのときの彼女が別れたのは半年以上も前のことだ。別れた原因は知らないけれど、これでもう二人が一緒にいるところを見なくて済むのかと安堵してしまった自分にルルーシュは嫌悪した。
あれ以来、スザクは誰とも付き合っていないが、いずれまた新しい彼女ができるのだろう。そのたびに自分は嫉妬して、別れれば安心するという繰り返しを何年もするのだろう。それはスザクの結婚まで続くに違いない。
(ならばいっそ早くその日が来てしまえばいい)
実際にそんな日が来たら馬鹿みたいに泣いて自棄を起こすのだろうが、いつまでも報われない気持ちを抱え続けて無意味に心が疲弊するよりはずっといい。きっと。
「おはよう、ルルーシュ」
聞き慣れた声にルルーシュはびくりと振り返った。そこには朝練を終えたらしいスザクがいた。随分ぼんやりしていたのか、後ろの入り口から入ってきた彼にまったく気付かなかった。考え事が顔に出ていないだろうかと、どことなく疚しい気持ちを抱えながらルルーシュは無理やり笑みを作った。
「おはよう。今日も朝から部活か?」
「うん、大会が近いからね。あー、お腹すいた」
「もうすぐ授業が始まるぞ」
くすくす笑う声に不自然さはないだろうか。スザクを見上げる視線に変な感情は混じっていないだろうか。スザクを好きになってからというもの、彼の前では自分を取り繕ってばかりいる気がする。
「ほら、いつもの」
鞄から取り出した紙袋を押し付ける。受け取ったスザクが顔を輝かせた。
袋の中身はおにぎりだった。朝練のあとは「お腹すいた」がスザクの口癖で、実際、午前中の授業は空腹と眠気で完全にやる気をなくしている。来年は受験なのに今からこれでは先が思いやられると心配したルルーシュが、だったらとおにぎりを作って持っていったらいつの間にかそれが習慣になっていた。
こんなことはスザクの母親に任せればいいのに、朝からせっせとおにぎり作りに励んでいる自分はまるでスザクの彼女みたいだなと思って密かに落ち込んだ。それでも彼の喜ぶ顔が見られるならと、いつまでもやめられないでいる自分は馬鹿なのかもしれない。
「ありがとう、ルルーシュ!」
「それと、今日の数学お前も当たるからな」
「えええっ」
「居眠りするなよ」
「ルルーシュに言われたくないよ」
軽口を叩いていると予鈴が鳴った。慌ただしく席に戻るスザクを見送って、ルルーシュは今朝の手紙を取り出した。
真っ白い封筒は実にシンプルである。中身が本当にラブレターなら随分と飾り気のないものだ。しかし、女の子らしい可愛さを全面に主張したものはあまり好みではないので、このくらいシンプルなほうがかえって好感が持てた。
封を開けると、中には便箋が一枚だけ入っていた。
『あなたのことが好きでした。』
書かれていたのはそれだけだった。やはり宛先はない。差出人の名前もない。ラブレターにしては味気なく、気持ちを伝えるつもりがあるのかどうかもわからない手紙である。しかも「好きでした」と過去形だ。
この手紙の主は相手と付き合いたいとか恋人になりたいとかそういう希望はなく、ただ想いを伝えたかっただけなのだろうか。過去形で好きだと言っているから、気持ちに整理をつけるために文字にしただけなのだろうか。色々と想像は膨らむけれど、これだけでは判断がつかない。
(俺もそう言える日が来ればいいのにな)
好きでしたと過去形にしてしまえるのだろうか。この気持ちはいつか終わりを迎えられるのだろうか。
終着点の見えない恋を嘆くように視線を落とす。おもむろに窓の外へと目を向ければ、そこには雲ひとつない綺麗な青空がどこまでも広がっていた。
ふいに意識が浮上する。
自分がどこで何をしていたのかすぐには思い出せず、辺りをきょろきょろと見回した。
「起きた?」
声の方向を見れば、漫画の単行本を読んでいるスザクがいた。漫画は持ち込み禁止だろうと優等生っぽい科白が浮かぶが、今の問題はそこじゃないと思い直す。
「なんでスザクがいるんだ?」
「部活が終わって来てみたら君が寝ていたから。会長さんにあとはよろしくって言われたから不法侵入じゃないよ」
笑いながら説明され、居眠りする前のことを思い出す。今日は生徒会の日で、溜まりに溜まった書類を全員で片付けていたのだ。しかし、そのうち会長が飽きてサボり始めた。会長に巻き込まれてお喋りに付き合うほかのメンバーを尻目にルルーシュは黙々と作業をしていたのだが、ここ最近の睡眠不足がたたって猛烈な睡魔に襲われ、少しだけ休ませてくれと机に突っ伏したところまでは覚えている。
本当に少しだけ寝るつもりだったのに、どうやらしっかり熟睡してしまったらしい。生徒会室に来たときはまだ日が高かったのに、空をオレンジ色に染める太陽はだいぶ傾いていた。
「部活が終わったならさっさと帰れば良かったのに」
「ルルーシュを置いて帰れないよ。帰り道は危ないし」
「俺は女子じゃない」
「いいからいいから」
体力は残念ながら皆無だが、これでもれっきとした男子である。思わずむっとしてみてもスザクは笑って取り合わない。
「もう帰れそう?」
「いや、この山だけ終わらせる。お前はもう帰っていいぞ」
「だったら待ってるよ。僕のことは気にしないで」
また漫画を読み始めたスザクは、これ以上何を言っても動かないだろう。あまり待たせても悪いからとルルーシュは再び作業に取りかかった。
放課後の静かな生徒会室に紙をめくる音とペンを走らせる音だけが響く。会話がなくてもスザクと二人きりだと気まずさはまったく感じない。今さら遠慮するような仲ではないし、何か話さなければと必死になることもない。気楽で居心地のいい関係だ。
黙々と書類を片付けながら、朝の手紙のことをふと思い出す。あの手紙を読んでから何かがずっと引っかかっていた。それは文面や内容ではない。ただ、何かが気になる。
何かの正体に気付いたのは生徒会室に来る前だ。しかし、今日はそれを確かめることはできないし、あえて確かめる必要もないだろうと思っていた。
だけど、なんの偶然かここにスザクがいる。部活があるときは別々に帰る彼が今日に限って生徒会室に立ち寄り、こちらの仕事が終わるのを待っている。
(確かめるだけなら……)
ペンを止め、ルルーシュは顔を横に向けた。ソファに座って漫画を読んでいるスザクを見ながら口を開く。
「なあ、ひとつ聞いてもいいか」
「ん? 何?」
「――あの手紙はお前か?」
スザクの手が止まった。漫画に目を落としたまま微動だにしない。彼が顔を上げるまでのほんの数秒間が永遠にも感じられた。
「なんの話?」
「俺の靴箱に入っていた手紙だ」
「そんなものがあったの?」
「上手く誤魔化していたようだが、よくよく見るとお前の筆跡に似ていた。気付かないはずがないだろう? 何年一緒にいると思っているんだ」
スザクは無言だった。無言のままこちらを見つめる顔にはどこか悲しそうな色があった。
「もし……、もし本当にそれが僕の書いた手紙だったとしたら、ルルーシュはどうする?」
「――別に」
手紙の主がスザクかもしれないと気付いたとき、ルルーシュは一瞬だけ歓喜し、しかしすぐに落胆した。
あれは恐らく自分に対する憐憫だ。彼女を作らないのかと聞かれるたびに、俺はもてないからと返していたのを可哀想だと思ったのだろう。あるいは、ラブレターをもらうことで少しでもその気になることを期待したのか。
もちろん、単純に悪戯で靴箱に手紙を入れた可能性もある。いずれにしろ、好きな相手から偽のラブレターをもらうほど残酷で惨めなものはない。
「あの手紙を読んでどう思った?」
「どうもこうも、ただの悪戯だろう? 俺が本気になると思ってリヴァルあたりと一緒に企んだんじゃないのか?」
自分に言い聞かせるように答えれば、なぜかスザクが悲しげに笑った。
「ルルーシュは好きな人がいるの?」
「ああ」
「――そっか」
スザクが立ち上がり、二人の距離を縮める。目の前に立った彼を見上げていると、ふいに左手が伸ばされた。手のひらで視界を遮られ、反射的に目を閉じる。
「少しだけ、このままでいて」
懇願する声に、訳がわからないまま小さく頷いた。両目を塞ぐ手は少し汗ばんでいた。
「一度でも手紙を出せば自分の中の気持ちを整理できるかと思ったんだ。君に気付かれる可能性なんて考えてもいなかった。ごめんね、気持ち悪いことして」
「スザク……?」
「君はただの悪戯だと思っているかもしれないけど、違うんだ。本当は……、本当は、」
言葉が途切れ、何かを躊躇う気配がした。長く続く沈黙に、自分の心臓がやけに大きく音を立てているのをルルーシュは感じた。
もしかしたら。そんな期待が浮かんですぐに押さえ付ける。
こんな都合のいい展開があるはずがない。勘違いしてはいけない。あの手紙が本物だったかもしれないなんて決して思ってはいけない。これもきっと悪戯の延長だ。動揺する自分を見て、ドッキリだと笑うつもりなのだ。
早鐘を打つ鼓動を誤魔化すように机の上の両手を握り締めた。相変わらず両目はスザクの手のひらに覆われていて、彼がどんな表情をしているのかわからない。
「僕はね、ルルーシュ、本当はずっと君にこうしたかったんだ」
スザクの匂いが近付く。同時に、何かが唇に柔らかく触れた。
ごめんね、ともう一度言われて目隠しがなくなる。そこには困ったような、泣き出しそうな顔のスザクがいた。
「ごめん。本当にごめん。もう二度と君には近付かないから、だから……、ごめん」
何度も謝る親友を茫然と見つめる。それを返事と捉えたのかスザクが背を向けた。
体は硬直し、頭は混乱しきって何も考えることができない。ただ、ここでスザクを捕まえなければ後悔する。二度と彼は自分に接してくれなくなる。そんな確信があったから、固まっていた足を必死に動かしてスザクの腕を掴んだ。
「わからない…!」
伝えるべき言葉が見つからない。何を言えばいいのかまったくまとまらない。ただ、想いのまま声を発する。
「今のじゃわからない。何をされたのか、お前が何をしたのか、全然わからない。だから、もう一回してくれないか」
「ルルーシュ……」
「だって、俺はお前を見ていなかった。何も見ていないのに、嫌かどうかなんて判断できない」
喘ぐように言葉を紡いだ。スザクの顔はまともに見られなかった。腕を掴む手に力がこもり、制服のシャツに皺が寄る。
「あの手紙が本当に本物だったとして、お前は勝手に過去にするつもりか。俺にはなんの了解も得ずに過去形にするのか。あんな……、あんな手紙を人に渡しておきながら、俺の気持ちは確かめずにひとりで終わらせるつもりか。そんなこと許さない。今まで俺がどんな気持ちでいたのか知らないくせに、勝手に終わらせるなんて許さな…っ」
堰を切ったように溢れた言葉は、強引に塞いできた唇によって遮られた。先ほどとは違い、今度は何かをぶつけるみたいに荒々しいキスだった。
スザクとキスをしている。それがにわかには信じられなかった。腕を引かれ、背中を抱き寄せられ、唇を重ね合わせる。
初めてなのに、まだ告白すらしていないのに、なんでこんなことをしているのだろうと冷静に思う自分が頭の片隅にいた。スザクに触れられるのなら何もかもどうでもいいと開き直っている自分もいた。
ようやく唇が離れたときにはお互い軽く息を乱していて、唾液の濡れた感触がやけに生々しく感じられた。
「……ごめん」
また謝られ、ルルーシュは思わずむっとした。
「ほかに言うことはないのか」
「ごめん」
「だから…!」
「好きだよ」
真摯な瞳に見つめられて息を呑んだ。もしかしたらと高まっていた期待が現実のものになって、どんな顔をすればいいのかわからなくなる。
「ルルーシュは僕を好き?」
先にキスしちゃったけど、と少し悪戯っぽく言われて今さらながらに頬が熱くなった。
「お…、俺は嫌いなやつとキスをする趣味はない!」
「ホント? 好きって言ってもらわないと信じられないんだけど」
先ほどまでの態度はどこへ行ったのか、しれっと意地の悪いことを口にする。思わず睨んでもにこにこと笑うばかりだ。
「……好きな相手としかキスをするつもりはない」
「まあ、それでもいっか」
「何がまあだ。だいたい、先に回りくどいことをしたのはお前のほうじゃないか」
「仕方ないだろ。本当は君を諦めるつもりであの手紙を書いたんだから。一度でも想いを伝えれば忘れられるかもしれないと思って」
「なんで諦めるつもりだったんだ」
「だって男同士だよ? 最初から望みなんてないじゃない」
「それは否定しない……」
自分もそのつもりで諦めようとしたのだからスザクばかりを責められない。差出人不明の手紙がきっかけで思わぬ幸運が舞い込んだものの、スザクが行動を起こさなければお互い気持ちを胸に秘めたまま永遠に友達を続けていたのだ。
「でも、お前は彼女がいたくせに」
ショックを受けていたことは隠したまま愚痴っぽく言えば、スザクが苦笑いを浮かべた。
「女の子と付き合えばルルーシュのことを忘れられるかもって思ったんだよ。でも、かえって逆効果だった。忘れるどころか君のことばかり考えるようになってしまって、そしたらデートとか会話とかがおろそかになって、とうとう愛想を尽かされて別れたんだ。でも仕方ないよね、ルルーシュのことは子どもの頃からずっと好きだったから。年季の入り方が違うんだもん」
「そう……だったのか」
「ルルーシュは? いつから僕のことが好きだった?」
あんなに隠そう隠そうとしてきた気持ちを種明かしするように話すのはなんだか照れくさい。でも、スザクにばかり話させるのはフェアではないと口を開く。
「自覚したのはお前に彼女ができたときだ。街中でデートしているお前たちを見かけて、すごくショックで、だから……」
「ってことは、彼女を作ったのは良かったってこと? なんだ、じゃあ僕の選択は正解だったんだ」
「調子に乗るなよ」
頭を小突くとスザクが笑う。そこに悲しげな色はもうなく、ルルーシュは頬を緩めた。
ふいに手を取られて真っ直ぐな目に見つめられる。
「順番が逆になっちゃったから改めて告白するね。ルルーシュのことが好きです。僕と付き合ってください」
「俺も……」
スザクが好きだ、と小さく応える。
ようやく言葉にできた想いにじわりと胸が温もった。スザクを好きでいていいのだと、泣きたいような気持ちでいっぱいになった。
「キス、してもいい?」
「――ああ」
大事なものを扱うみたいに頬を包まれた。優しく唇が触れ、至近距離で交わった視線を和らげる。自然と瞼を下ろし、ルルーシュはスザクの右手を上から握り締めた。
あのラブレターに返事を書いたと教えたらスザクはどんな顔をするだろう。
短い一文の下に綴った想いは返さないつもりでいた。でも、今なら渡してもいいのかもしれない。
あのときの精一杯の気持ちが、今はとても愛しく感じられた。
『たとえお前が俺のことを嫌いになっても、俺のことを忘れたとしても、俺はずっとお前のことが好きだよ。』
(15.05.23)