世界は君の靴の下

「じゃーん、どう?どう?いいと思わない?」

 生徒会長のミレイに背中を押し出された美少女。その姿を見て、生徒会メンバー全員が感嘆の声を上げた。

「すっごく可愛い!」
「うわ、これはマジで綺麗かも」
「ふふん、ミレイさんの目に狂いはなかったでしょう?」
「さすがミレイちゃん」
「でも素直に褒めるのは女として何か悔しいような……」

 口々に好き勝手なことを喋るメンバー達。話題の中心になっている美少女はといえば、握った手をふるふると震わせて顔を俯かせていた。

「……いい加減にして下さい」

 しかも、可憐で麗しい外見とは裏腹にとても声が低い。
 当たり前である。どんなに完璧に着飾ってみても、中身が『男』であるという事実は変わらないのだから。

「これで満足したでしょう!もう着替えますよ!」

 美少女の名はルルーシュ・ランペルージ。性別は男。アッシュフォード学園高等部の二年生で生徒会副会長、といえば学園内で知らない者はいないほどの有名人だ。
 成績優秀。容姿端麗。勉強以外のところでも頭の良さを発揮し、教師からの受けも良い副会長様は学園中の憧れであり、親衛隊が出来るほどの人気ぶり。
 しかし、彼にはどうしても勝てない苦手な人物が一人だけいた。したくもない女装をする羽目になった元凶。

「誰が着替えていいって言ったかしら?お楽しみはこれからよ、ルルちゃん」

 腕を組んでにやりと笑みを浮かべたミレイに、ルルーシュは顔を引き攣らせる。
 そう、生徒会会長のミレイこそが天敵。最強の敵。ルルーシュが唯一勝てない相手だ。
 ミレイは派手なことが大好きで、何か思い付いては即実行に移すタイプである。これまでに打ち立てた企画は数知れず、そのたびに副会長であるルルーシュは振り回されてきたが、生徒達からは意外と好評で、苦労するのは生徒会メンバーばかりだった。もっとも、ほかのメンバーは愚痴を言いつつ楽しんでいる節があるので、目くじらを立てて怒るのはルルーシュだけとも言えた。
 どんなに理論武装をして攻めても全く効果がない相手、それがミレイだ。むしろ揚げ足を取られてさらに厄介な方向へ話を進められるのが常なのだ。理路整然としていないものが大嫌いなルルーシュにとって、突飛なことを言い出すミレイはどうやっても理解の出来ない相手だった。理解が出来ないから負けてしまう。その悪循環を断ち切ろうとしたところで、ミレイとルルーシュの性格が逆転しない限りは永遠に勝ち目がなかった。

「そもそもなんで俺が罰ゲームを受けなきゃいけないんですか!」
「だってこの間の男女逆転祭のとき参加しなかったじゃない。だからわざわざパート2をやることになったのよ」
「あれはナナリーの病院があったから止むなく……」
「たいした風邪じゃなかったのにルルーシュがわざわざついて来てくれたってナナリー言ってたわねぇ。ホント、妹思いのお兄さん」
「うっ……」

 なぜ会長にそんな情報を与えたのだと最愛の妹に心の中で訴えるが、妹のしたことならば仕方がないとすぐに諦める。大人気の副会長は重度のシスコンでもあった。ナナリーの名前さえ出せばどんな無茶でも押し通せることを知っているミレイの圧勝だ。

「だ、だからといって、二回も男女逆転祭をしなくてもいいじゃないですか!」
「副会長の女装姿が見たかったって要望、かなりあるのよね~。前回ルルちゃんが休んだことで涙した生徒も多いことだし、ここは生徒会長として皆の期待に応えなくちゃいけないでしょう?」
「応えなくていいです!」
「でも、ルルすっごく綺麗だよ」
「そうそう。俺が言うのもなんだけど、目の保養っていうか」

 悪意のない仲間達の言葉にルルーシュは口を開きかけ、そしてがくりと肩を落とした。
 男女の服が逆転さえしていれば着るものは自由、をコンセプトに企画された今回の男女逆転祭。全員が思い思いの服に袖を通し、学園は仮装行列の様相を呈している。その中で、ルルーシュには前回欠席の罰として『会長セレクトの服を着てメイクもばっちり、目指せ本格的な女装!』というオプションが付いていた。
 現在の彼は、白いブラウスに黒のタイトスカートを履き、髪にはウィッグをつけ、顔は丁寧にメイクが施された状態であった。さらに、足元はストッキングにハイヒールというこだわりよう。
 男だけど顔立ちが綺麗と評判のため、本気になったミレイの手による女装姿は完璧といえた。生徒会メンバーが感嘆の声を上げるのも至極当然のことだった。
 しかし、当の本人だけは不機嫌丸出しの顔。

「ほらほら、眉間に皺はやめなさい。せっかくの綺麗な顔が台無しよ」
「男が綺麗と言われて喜べますか」

 ミレイ曰く『デキるOL風』の格好をさせられたルルーシュは、腕を組んで苛々とした様子を隠さない。
 そこへ、生徒会室の扉をガラリと引く大きな音が聞こえた。全員の視線が一斉に後方へと向く。

「遅れました!すみません!」
「おっそーい。何してたのよ、スザク」

 登場したのは最後の生徒会メンバー、枢木スザク。いかにもコスプレ然としたセーラー服を着用している彼は、童顔と言われる顔と相まって可愛らしい見た目だ。が、日ごろの部活動のおかげで程良くついた筋肉が、ルルーシュとは違い女装であることをしっかり主張していた。

「先生に荷物運びの手伝いをお願いされて」
「スザク君、力持ちだからね」
「体良く使われているとも言えるな」
「ほかに人がいなかったから仕方ないよ」
「お人好しも度を過ぎるとただの馬鹿よ」
「うわ、カレンってば容赦ない」

 口々に語られる自分の評に、スザクは苦笑いをして申し訳なさそうな顔で皆の傍までやって来た。そして、正面に立つ『彼女』を見て目を瞠る。

「えっと……ルルーシュ?」
「認めたくはないがな」
「どうかしら?ミレイさん自慢の女装姿は」
「すっごく可愛いです!!」

 スザクが力を込めて即答する。
 可愛いなんて言ったら目で射殺してやるぐらいの雰囲気を醸し出していたはずのルルーシュだが、スザクの一言には言葉に詰まった。

「……可愛いわけないだろう。俺は男だぞ」
「関係ないよ。可愛いものは可愛いもの」
「そ、それは会長のメイクの腕によるもので、別に俺自身がどうというわけではなく…!」
「でも、元が良くなければそこまで可愛くならないって。僕とかリヴァルを見てみなよ」
「さりげなく俺の名前を出すなよ」
「だが、スザクも充分可愛いじゃないか」
「って俺は無視ですか……」

 いつの間にか褒め合い合戦になっている二人に、周囲はいつものことかと微妙な気分になった。この二人、昔からの幼馴染で親友なのはいいが、距離感が異様に近い。あまりに近すぎて、「お前達付き合ってるの?」と軽いノリで聞くことすらはばかられる。

「とにかく、女装は仕方ないとしても、せめてこのハイヒールは脱がせて下さい!足が痛いんです!」
「ええー」

 全員からのブーイングに、青筋を立てたルルーシュはさらに文句を言おうとして一歩踏み出し、

「ほわああぁぁ!」
「ルルーシュ!」

 そして、慣れない靴に見事に足元がふらついた。ぐらりと傾く身体をスザクが慌てて受け止めようとする。しかし手を伸ばしたのが数秒遅く、二人共に床へと倒れた。

「だ、大丈夫!?」
「俺はなんとか……」
「おーいスザク、平気か?」
「うん、僕も平気」

 幸い、スザクが下敷きとなってくれたおかげでルルーシュに怪我はなかった。受け止めたスザクもけろりとした顔をしている。

「助かった、スザク。すぐに退くから」

 とはいえ、いつまでも乗られているのは重いだろうと、身を起こしたルルーシュはそのまま立ち上がろうとした。
 ぐっと足に力を込めた、瞬間。

「痛っ!!」

 大きな声が上がって目が点になる。

「ど、どうした?」
「足……、足、が」
「足?」
「踏んで、る」

 不思議になって振り返れば、ハイヒールの踵がスザクの足の甲を思い切り踏みつけていた。
 スザクは膝を立てて床に寝転んだ状態だった。ルルーシュが普通に立ち上がろうとしただけなら踏むこともなかったのだろうが、履き慣れないハイヒールのせいでいつもと感覚が違う。足下に何があるかも気付けず、そこに運悪くスザクの足があったというわけだ。

「す、すまないっ!」
「痛たたたっ!」

 慌てたせいでさらに踏んづけてしまう。

「あーあー、何やってんだよ」
「見ている暇があったら助けろ!馬鹿!」
「いや、ルルーシュが足を上げればいいだけだし」

 何も難しいことではないだろうと呆れたリヴァルに助けられ、二人ともなんとか立ち上がった。

「大丈夫か?スザク」

 悲鳴を上げたきり一言も発しないスザクの顔を覗き込む。ほぼ同じ身長のスザクとルルーシュだが、今はハイヒールの分だけ若干ルルーシュが高くなっている。
 (この目線の高さは少し新鮮かもしれない)
 女装は受け入れられないが、違った視点で物事を見るのも面白いものだと考える彼は、どのような状況でも常に前向きだった。

「なんか……くすぐられたかも」

 ふいにぼそりとした声が聞こえた。
 誰もくすぐっていないぞ。ルルーシュのツッコミの言葉は、スザクに両腕を掴まれたことで飲み込まれる。顔が迫り、条件反射的に身体が震えた。

「あのさルルーシュ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「やはりどこか痛むのか?俺に出来ることならなんでも聞くぞ」

 不用意な一言が余計な事態を招くことは知っているはずのルルーシュなのに、つい甘やかしてしまうのは相手がスザクだからである。何せ二人は恋人同士。普段は猫のようにつんと素っ気ないルルーシュも、スザクに対してだけは態度が違った。スザクはスザクでルルーシュの甘やかし方が半端ではない。二人が付き合っていると知らされていない周囲も、ただの友達とは何かが違うと薄々勘付いていた。ただ、恐ろしくて聞けないだけで。
 ともかく、どんな無理難題でもスザク相手ならばルルーシュは絶対に断われないのだ。

「じゃあさ、さっきリヴァルに言ったみたいに『馬鹿』って言ってくれる?」
「なんでそんなこと……」
「お願い!ルルーシュになら出来るから!」
「よくわからないが……馬鹿……?」

 首を傾げながら口にすれば、違う違うとスザクが駄目出しをした。

「もっときつい口調で」
「ば…、馬鹿じゃないのか!?」
「あ、そんな感じ」
「本当に馬鹿だぞ、お前!」
「じゃあさ、今度は僕を罵りながらさっきみたいに足を踏んでくれない?」
「はあぁ?」
「お願い!遠慮しなくていいからやってみて!」

 喧嘩をしているわけでもないのに何故罵らなければならないのだ。全く意味がわからなかったけれど、スザクのお願いならば聞くしかないだろう。
 ルルーシュは気合を入れるように息を吸い込み、ハイヒールの踵をスザクの足の甲に押し当てた。

「お前、その格好、自分では可愛いと思っているだろう」
「ちょっとは」
「ふん、いい気になるなよ。童顔で可愛いと女子生徒達からちやほやされているが、男がそんなことを言われて喜んでいいのか?可愛いというのは褒め言葉のようで実は全然褒めてないんだよ、このお人好しの馬鹿が」

 憎まれ口を叩くものの、実はスザクの女装も可愛いとルルーシュは思っていた。だけど、それを口に出すのはなんだか悔しいし、女子から可愛いと言われてでれでれしている顔を見るのは大嫌いだ。

「そもそもお前は体力しか取り得がないんだ。お前から体力を取ったら何が残ると思う。ただの馬鹿しか残らないってわかってるのか?」

 罵るふりをするだけのはずが、喋っているうちにテンションが上がってきたルルーシュは、気付けば踵に力を込めていた。ぐりぐりと甲を踏む。

「痛いか?痛いだろう?」
「痛い……けど、ルルーシュに踏まれてるのだと思うと気持ち良いかも」
「ふん、とんだ変態だな。こんなことで喜ぶのか」
「うん、変態かも。だからもうちょっとやってみて、ルルーシュ」
「違うな、間違っているぞ。それが人にものを頼む態度か?」
「お願いします、ルルーシュ様!」
「誰が勝手に名前を呼んでいいと言った!下僕は下僕らしくしていろ!」
「……何やってんの、あいつら」

 もはや本気なのか寸劇なのかわからない光景にリヴァルがぼやく。ほかのメンバーも二人を生温かい目で見守っていた。

「うーん、さっき足を踏まれたときのルルーシュの命令口調にスザクの中で何かが目覚めちゃったのかしら。今のルルーシュは女装でいつも以上に女王様キャラがハマるし」

 冷静に分析するミレイ。いまだ続けられている女王様と下僕のやり取りを眺めながら、そんなものに目覚めないでくれと全員が心の中で思った。

「せっかく全校生徒にルルーシュのお披露目をと思ったんだけど、しばらくは無理かしら。それともあのキャラのまま行かせる?」
「と、とりあえず俺達は別の準備をするか!」
「そうだね、リヴァル」
「会長も行きましょう!」
「ええー、仕方ないわねぇ」

 名残惜しそうなミレイの背中をシャーリーとカレンが押す。ルルーシュとスザクを残し、全員が生徒会室をあとにした。
 MでもSでもどちらでもいいが、人前でやるのだけはやめてほしい。女装したルルーシュがやたら美人で、日頃から命令口調なところがあるだけにあまり違和感を覚えないのだ。

「そうだ、今度はご主人様と召使の日なんてどうかしら」
「とりあえず次回の企画はまたあとで考えましょう」
「うん、今はまだいいよね」
「今日は男女逆転祭だし」
「そうそう」

 四人は努めて話題を逸らそうとした。とにかく今は生徒会室から離れたい。密室で一体何が行われるのか、想像するとさらに恐ろしくなるので何も考えないようにした。

「でもスザク君にMの素質があったなんて知らなかったわ~」

 出来れば知らないままでいたかった。全員が同じ瞬間、同じことを考える。そして、同時に盛大な溜め息をついた。
 その日、一組のカップルがある特殊嗜好に目覚めたとか目覚めなかったとか。
 (10.06.13)