皇帝と騎士の物語の続き

 あの頃はいつもルルーシュの背中を見ていた。
 彼は皇帝で、僕は彼の騎士。前を歩く彼の後ろで、僕は彼の凛とした背中をいつも見ていた。
 僕の使命はゼロレクイエムの日までルルーシュを守ること。その日が来るまでは何があっても彼を守り通さなければならなかった。
 いずれは自分の手で殺す相手を命を賭して守る。その矛盾には目を瞑った。考えてはいけないと思った。一度でも考えたら立ち止まってしまいそうだった。
 僕達は、僕達の罪を償うために世界に殉じなければいけない。僕は生き、ルルーシュは死ぬ。だから僕はルルーシュを殺す。それが僕の役目であり、背負わなければいけないもうひとつの罪だった。
 ゼロレクイエムの概要を初めて打ち明けたときにルルーシュは言った。これはお互いへの罰なのだと。俺が死ぬことでこの計画は完成する、だから迷わず俺を殺せばいいと。とても晴れやかで、清々しささえ感じられる表情を浮かべて言った。
 でも、ルルーシュはひとつだけ思い違いをしていた。
 僕がルルーシュを殺したという事実は事実だ。どんな理由があろうと、僕は自分の意志でルルーシュを殺す。それは覆りようのない事実なのだ。
 純白の衣装が血で真っ赤に染まっていく光景も、ルルーシュの細い身体を刺し貫いたときの感触も、僕の中にはいつまでも残る。そのことをルルーシュは気付いていなかった。
 僕が喜んでルルーシュを殺すとでも思っていたのだろうか。あるいは、ユフィの仇を取らせるのだから満足するはずだとでも思っていたのだろうか。
 世界征服は実現したくせに、ルルーシュ個人に向けられる感情にはとことん鈍く、驚くほどに純粋だ。ナナリーすら自分を憎んでいると信じて疑わなかっただろうし、置き去りにされた僕達がどんな気持ちを、どんな感情を抱えて生きていくのかなんて考えもしなかったに違いない。ルルーシュのそういうところは少し残酷だ。
 だから、僕がルルーシュを好きなことにも最後まで気付かれることはなかった。
 気付くことがなくて良かったと思った。僕は僕の役目を果たすだけだ。それが最善で、それ以外のことを考えてはいけないと思っていた。
 そうして、僕達はあの日を迎えた。
 僕の剣が彼の胸を貫く瞬間、ルルーシュは笑った。穏やかに。満足そうに。これでいいのだと僕を慰め、褒めるように。
 剣先が胸を裂き、背中を貫き、溢れた血が白い衣装を汚した。そしてナナリーのもとに落ちて行った彼は、やがて静かに目を閉じた。
 ナナリーの慟哭と人々の歓声に包まれる中、僕は真っ直ぐ立っていた。
 ここから先はルルーシュのいない世界だ。
 ルルーシュによって創られた世界は、ルルーシュを失った世界でもある。
 どこで何をしていてもルルーシュの存在を感じるのに、ルルーシュはもうどこにもいない。世界中を探してもルルーシュはいない。
 この世界に独りぼっち。
 僕は孤独だった。

***

 唐突に目が覚めて跳ねるように飛び起きた。
 直前までどんな夢を見ていたのか思い出せない。ただ、酷く暗くて寂しい場所にいた気がする。
 乱れた呼吸を整えていたら、隣で眠るルルーシュが寝返りを打った。肩が寒いのか、毛布を引っ張り上げようとしている。頬を緩めて寝床に戻れば、ルルーシュが手を伸ばして僕に抱き付いてきた。人の体温で暖を取っているだけだとわかっているけれど、普段の彼からは想像もできない幼い仕草が可愛らしく、毛布をかけると僕もルルーシュの身体に腕を回した。
 目の前の寝顔はとても気持ち良さそうだ。指先で頬に触れると柔らかい感触が伝わってくる。ふにふにと何度か軽く押したあと、顔の輪郭を辿って下唇をなぞった。すると微かな吐息が親指にかかった。
 (生きてる)
 ルルーシュが生きてここにいる。それを実感して胸がいっぱいになるのは何度目だろう。
 十九年ぶりにルルーシュと再会してからすでに半年以上。彼が復活したことはジルクスタンで知ったし、この半年は毎日一緒に過ごしてきた。それなのに、たまにこうしてルルーシュが生きていることを確認してそのたびに安堵した。
 今日もルルーシュがいる。生きている彼が僕の側にいる。その現実を噛み締めて、今この瞬間が夢ではないことを僕は確かめていた。
 多分、怖いのだ。コードを引き継ぎ、人ではない存在になったとわかっているのに、彼の息がまた止まるのではないかと一瞬でも考えてしまうと居てもたってもいられなくなる。十九年も離れていたのに、この程度のことで怖くなるなんて自分でもどうかしていると思った。
 (いや、十九年も離れていたからこそ怖いのかもしれない)
 ジルクスタンで別れたあと、僕はゼロとして過ごし、ルルーシュはC.C.と共に世界各地でギアスの欠片を回収してきた。その間、ルルーシュとは一度も会うことはなかった。
 会うつもりがあれば会えたのかもしれない。でも、ルルーシュはそれを望んでいないだろうと考えた。本人に直接確認したわけではない。でも、ゼロをやってほしいという僕の言葉にも、一緒に暮らそうというナナリーの言葉にも頷かなかった彼のことだ。きっと僕達には関わらないと決めて離れたのだろう。
 ゼロレクイエムという壮大な計画が成功したあと、本来ならば世界から退場するはずだったルルーシュが生きていたことは最大のイレギュラーである。イレギュラーを嫌う彼自身がイレギュラーな存在になるのはなんとも皮肉なことで、ルルーシュが僕達と別れた理由も理解できる気がしたから、僕はルルーシュの気持ちを尊重したかった。
 それに、僕達の協力関係はゼロレクイエムまでである。ゼロレクイエム後のルルーシュがどこで何をしようと僕が口を出す権利はない。だからこそルルーシュに関わるすべてに蓋をし、ゼロとしての日々に忙殺されながら日々を過ごしているうちに気付けば十九年もの時が経っていた。
 ルルーシュと離れている間は忘れているふりをしてきた。ナナリーやかつての仲間との会話でルルーシュの話題が上ることもあったけれど、それ以外ではルルーシュのことを思い出さないようにしてきた。そうすることが僕の心の均衡を保つのにもっとも適していたからだ。
 だけど、僕達は再会した。十九年ぶりにルルーシュと顔を合わせ、会話をし、生きている彼に触れ、押し殺していた感情が溢れそうになった。
 忘れたつもりでいたけれど、忘れてなんかいなかった。忘れられるはずがないのだ。
 (僕の側にいたいと君が言ってくれた。あのときの僕がどんなに嬉しかったか、君は知らないんだろうな)
 再会後の紆余曲折を経て、僕とルルーシュは一緒に暮らすことを決めた。
 ルルーシュのコードはいまだ不確定だ。不老ではあっても不死となったのかはわからない。ただ、僕達の見た目の年齢がどんどん離れていくのは確実だし、僕は年を取っていずれ死ぬだろう。未来永劫、続く幸せでないことはわかっている。
 ルルーシュの中で様々な葛藤があったであろうことも理解していた。これは僕の我が儘だ。自分勝手な願いだ。
 それでも僕は、ルルーシュと一緒にいたいという我が儘を今度こそ叶えると決めたのだ。

「僕の我が儘を聞いてくれてありがとう」

 寝ているルルーシュの耳元で囁いて抱き締めた。
 ルルーシュのぬくもりを感じ、ルルーシュの匂いを肺に吸い込み、ルルーシュの寝息を子守唄にして眠りにつく。たったこれだけの、ほんの些細なことがとても幸せで泣きたいような気持ちになった。
 無意識に強く抱けば、腕の中の身体がもぞもぞと動いた。瞼が動き、その下から紫色の瞳が現れる。

「すざく……?」
「ごめん、起こした?」
「なんで起きているんだ。眠れないのか?」

 眠たそうにまばたきを繰り返したルルーシュが僕の身体に手を回す。僕がルルーシュを抱き締めていたのに、気が付けば逆になっていた。

「まだ夜中だから寝てて」
「お前は寝ないのか」
「ちゃんと横になってるよ」

 夢見が悪かったせいですっかり目が冴えてしまった。朝まで眠れそうになかったけれど、ルルーシュを心配させたくないので誤魔化しておく。横になるのは本当なので嘘はついていないだろう。
 しかし、相手はルルーシュである。簡単には騙されてくれなかったようで、彼の眉間には皺が寄っていた。

「疲れているんじゃないのか。ここのところ忙しかっただろう? 適度な疲労は心地よい眠りのために必要だが、疲れすぎると逆に眠れなくなる」
「最近は体力仕事も少ないし、精神的に疲れることも減ったよ」
「なるほど。では、年ということか」
「それ言うのやめて。結構傷付く」

 寄る年波には勝てぬと言うし、十代や二十代の頃とまったく変わらないとはさすがに言えないが、体力や身体能力は平均以上だと自負している。しかし、見た目は十八歳のルルーシュに言われると傷付くのも本当だ。さめざめと泣くふりをすればルルーシュが肩を揺らした。

「お前でも気にするんだな」
「ほかの人に言われても気にしないよ。でも、君と並んだら自分の年を実感するというか」
「見た目はほとんど変わってないと思うが」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどね。じゃあさ、僕が眠れるようにキスしてよ」
「なぜそうなる」
「寝るにはリラックスする必要があるから?」
「疑問形で言うな」

 まったく、とぶつぶつ言っていたルルーシュだけれど、むくりと起き上がってシーツに両手をついた。

「目は瞑ってろよ」

 キスは数え切れないほどしてきた。その上、寝室は真っ暗だ。僕は夜目がきくので周囲の様子がわかるけれど、普通はほとんど何も見えないだろう。それでもキスひとつで恥ずかしがってくれるルルーシュが可愛い。
 可愛いと言ったらルルーシュは「子供扱いするな」と怒る。だけど、その指摘は違っていた。
 確かに四十になった僕からすれば十八歳のルルーシュは子供なので、可愛いと感じるのは自然な感情かもしれない。しかし、決して子供扱いしているわけではない。僕はルルーシュを恋人扱いして一人勝手に浮かれているのだ。
 恋人だとかデートだとか、あの頃には夢にも思わなかったシチュエーションである。もちろん僕はゼロなのでいついかなるときも冷静さと平常心を心がけたし、僕とルルーシュには共に罪を償うという目的があることも忘れていなかった。
 それでも、ふとしたときにただの枢木スザクに戻ってしまい、ルルーシュの隣にいられる幸せを噛み締めている自分がいた。
 (駄目だな、僕は)
 命じられたとおりに目を瞑ると、ルルーシュの匂いが近くなった。次の瞬間、唇に柔らかい感触がした。
 触れるだけのキスをしてすぐに離れたルルーシュは、すぐにまた僕の口を塞いだ。一度で終わりかと思っていたので、これは良い意味で予想外だった。
 何もかもを奪うように互いの唇を求めるのもいいけれど、こうして相手の存在を確かめ合うキスも嫌いではない。

「ん……」

 暗がりの中で濡れた音と微かな吐息がやけに響いて聞こえる。そのせいか、ルルーシュはどんな顔をしてキスをしているのだろうと好奇心が芽生えた。
 目を開けたら怒られるかなとか、僕のほうから仕掛けたら怒るかなとか、他愛ないことを考えながら薄い背中にそっと両手を回す。途端にキスが解かれたのでやはり怒らせたと焦れば、僕に乗り上げるようにしてルルーシュが身体を倒してきた。パジャマ越しに伝わってくる心音が心地よい。
 ルルーシュを抱き締めたまま耳元に口付けると、腕の中の身体が小さく震えた。その何気ない反応に、まずい、と別の焦りが生まれる。熱を帯びてきた下半身を誤魔化すためにルルーシュを離そうとするけれど、逆に強く抱き付かれてしまった。

「えーと、この体勢は嬉しいんだけど、僕としては寝るのにちょっと困るというか……」

 密着しているのでルルーシュの体温も匂いも吐息も身体の感触も何もかもが近い。しかも、この暗さなので感覚がより鮮明だ。
 最近はゼロの活動が忙しく、ルルーシュと過ごす時間がほとんど取れなかった。こうして同じベッドに入るのも久しぶりだから朝までゆっくり寝ようと思っていたのに、夢見が悪かったせいで目が覚め、今のキスによって完全に覚醒した。
 キスをねだったのはほんの出来心で、おやすみのキス程度のつもりだったのに、自分がどれほどルルーシュに飢えていたのかを失念していた。
 (キスだけで勃った、って言ったら嫌な顔するだろうなぁ)
 僕はともかく、ルルーシュは直前まで熟睡していたのだ。そんな気分になるはずがないし、安眠を妨害するなと叱られるはずだ。
 好きな人と一緒にいるのだからいつでも欲しいに決まっているけれど、これでも一応タイミングは図っているつもりだった。ルルーシュにまったくその気がないとわかっているときまでするつもりはないし、嫌がる相手を無理やり押さえ付けてセックスに及ぶ趣味もない。
 ここはベッドを抜け出してソファに移動するか、いっそ起きてしまうか、でも僕がベッドからいなくなったらルルーシュに心配されるかもしれない、と悩んでいる間もルルーシュの身体はしっかり抱き締めていた。するとルルーシュが身じろぎして顔を上げた。何かに困っているような表情だ。

「勃ってる、よな」

 ルルーシュの口から出てきたとは思えない言葉に一瞬思考が停止した。すぐさま我に返ったものの、しっかりバレているじゃないかと冷や汗が流れた。絶対呆れているよなと、悪戯が見つかって叱られる飼い犬の気分でルルーシュを窺う。

「これは生理現象なわけで」
「付き合ってもいいぞ」
「……へ?」

 空耳でも聞こえたのかと綺麗な顔をまじまじと見つめる。ルルーシュは居心地が悪そうに視線を逸した。

「これ、放っておくわけにはいかないだろう。だから付き合う」
「えっ……、いや、いやいや、そこまでしてもらうわけには」
「付き合うと言ってるんだ。それとも俺が相手では不満か」
「不満なんてないけど、こんな時間でまだ眠いだろう?」
「眠気ならどこかに行った。――俺だって、同じなわけだし」

 遠慮がちに腰を押し付けられる。そこは確かに僕と同じ状態になっていて、僕は思わず口元を覆った。
 好きだと伝えて以来、ルルーシュとは何度も身体を繋げてきた。経験のなかったルルーシュは最初の頃こそ戸惑った様子だったけれど、セックスを覚えた今は彼のほうから求めてくれることもある。
 とは言え、見た目に反して性的なことには疎かったルルーシュなので、直截的な誘いは滅多にない。その滅多にないお誘いをされて興奮しないはずがなかった。

「やっぱり、嫌か?」

 僕の反応のなさに不安を覚えたのだろう。恐る恐る問われ、僕の中の理性はいとも簡単に吹き飛んだ。ルルーシュの身体をひっくり返してベッドに押し付けると、驚いている顔にキスを落とした。

「す、すざく」
「嫌なわけないだろう。ただルルーシュのほうから誘ってもらって驚いただけ。そんなに僕としたかった?」

 からかうように聞けばルルーシュがそっぽを向く。

「したかったら悪いか」

 拗ねた口調に頬を緩めて「全然」と返す。

「そんなの僕だってしたいに決まってるよ」
「忙しかったくせに」
「忙しいのとルルーシュとエッチすることは別」
「てっきりお前は疲れているだろうと思っていたのに、こんなの予定外だ」

 居たたまれなさそうにぼやく姿を見て、僕は声を出して笑った。僕の目が覚めなければ二人とも朝までぐっすり眠っていたに違いない。それがこういう状況になっているのだから、嫌な夢を見た甲斐があったと言うべきか。
 上半身を傾けるとルルーシュの首筋に口付けた。静脈をたどるように下りていき、鎖骨の辺りに舌を這わせる。薄い皮膚を甘噛みすればルルーシュがびくりとした。さらに強く吸い上げると短い悲鳴が上がる。
 ここに赤い痕を付けるたびに、僕の中の独占欲が満たされることをルルーシュは知らないだろう。こんなことで繋ぎ止められるとは思っていない。でも、この瞬間だけは僕のものなのだと仄暗い充足感を僕は密かに抱いていた。

「ン……っ」

 鎖骨から喉仏を舐めながら片手でパジャマのボタンを外していく。
 素肌に触ればルルーシュが小さく声を漏らした。舌と掌で胸を愛撫し、乳首の周りを指先でぐるりとなぞったあと、爪を引っかけた。

「ここも勃ってるね」
「み、見るなっ」
「暗いんだから見えてないよ」

 ルルーシュがほっとした表情を浮かべたので、実はちゃんと見えていることは黙っておいた。
 ぷくりと勃ち上がった突起を爪の先でいじったりつまんだりして可愛がる。もう片方の乳首も同じように弄ると気持ち良さそうな吐息が漏れた。

「ア、あぁッ」
「気持ちいい?」
「っ、そこ、あんまり、触るな」
「触られたくないの? じゃあ――」
「ひァ! アっ、やだ、ぃヤ……、ああッ」

 顔を寄せて舌を伸ばし、べろりと舐め上げる。軽く噛んでみせれば、悲鳴を上げた細い身体がびくびくと震えた。腰に腕を回して拘束し、舌と唇で赤く熟れた尖りを刺激する。
 上目遣いに見ると、ルルーシュは両手を交差して目元を隠していた。瞳はきっと泣き濡れ、頬は真っ赤に染まっているのだろう。暗がりの中ではそこまでわからないことがじれったく、僕は手を伸ばしてサイドテーブルの灯りをつけた。ついでに棚の中から素早くローションを取り出す。

「なっ……、馬鹿か! 消せ!」
「やだ」
「やだじゃないだろう! すぐに消せと――、ッ、アっ!」

 突然明るくなった寝室にルルーシュが暴れるけれど、胸への愛撫を再開するとすぐに大人しくなった。

「だって暗いと顔が見えない」
「舐めながら、喋るな、……ッ」

 ルルーシュは感度が良く、どこを触っても感じて啼いてくれる。押し殺した声はそそられるし、刺激を与えるたびに反応する身体にも興奮するけれど、相変わらず顔を隠したままなのはいただけない。
 動きを止めて伸び上がると、ルルーシュの両手をシーツに縫い付けた。
 泣き濡らした頬はやはり赤く染まっていた。すっかり蕩けた顔に、僕は思わず喉を鳴らした。まだ下半身には触れていないのに、胸への愛撫だけでこんなに溶けてしまうルルーシュがとても愛しく、興奮が増す。

「は、離せ」

 じたばたと藻掻くけれどその抵抗は弱々しい。僕がやめないことも、自分が本当は先をねだっていることもちゃんとわかっているのだろう。でも、頭がいいからその頭蓋の中で色々考えてしまい、素直に欲しがれないのだ。
 そんなルルーシュが快楽の虜となり、普段のプライドをかなぐり捨てて必死に僕を求めてくる瞬間がたまらなく好きだと言ったら怒るかな、と考えながらぱっと両手を離した。突然の解放に戸惑った表情が向けられる。僕は唇に弧を描いた。

「こっちも触ってあげないとね」
「アぁッ!」

 パジャマのズボンの上から下肢に触る。そこはすでに硬くなっていて、強弱を付けて扱くと手の中がじわりと温かくなったことに気付いた。

「もしかしてイっちゃった?」
「イってない!」
「ふぅん。じゃあ確かめてみようか」
「わっ、ば、馬鹿! 触るな! 脱がすな!」
「脱がさないと続きができないでしょう?」

 指を引っかけ、下着ごと引きずり下ろす。待ちわびていたように黒ビキニの中から性器が現れ、先走りが糸を引いた。
 えろい、と素直な感想を声に出せば、熟した林檎や苺でもここまで赤くならないのではないかと思うほどルルーシュの顔が紅潮した。隠れるように顔を横に背けられるが、赤くなった頬も首筋も丸見えだ。

「一度イっておく?」
「……いい」
「でも、出しておいたほうがここも柔らかくなるし」

 窄まりに指を押し当てると、ルルーシュがびくんと反応した。それから横を向いたまま「疲れるから今日はいい」とぽつりと呟いた。
 ルルーシュはとにかく体力がなく、最中に息も絶え絶えな状態になるのはしょっちゅうだ。性欲の尽きない僕に「お前は一体何歳なんだ」とよく呆れているけれど、へとへとになりながらも僕のために付き合ってくれた。
 悪いことをしているみたいで申し訳なさを感じるものの、ルルーシュをこの腕に抱けることが嬉しくて、僕はその優しさに甘えていた。

「じゃあ今日は一回だけにしとくね」
「出来もしないことを……」
「だったら二回」
「すぐに訂正するな。明日、いや、もう今日になっているのか。とにかく今日はゆっくりできるんだから好きにしろ」

 今夜も僕を甘やかしてくれるルルーシュに笑みが零れる。とは言え、あまり疲れさせたらルルーシュは昼過ぎまで起きてこないし、せっかくの休みに寝ているだけなのはつまらない。
 (頑張って自制しよう)
 ルルーシュ曰く出来もしないことを心に誓い、細い足首からズボンも下着もすべて抜き取る。転がしていたローションの蓋を外して中身を垂らしながら「足開ける?」と尋ねれば、膝を立てたルルーシュがおずおずと両足を動かした。文句を言いつつ、本心では先を望んでいるのだとわかって口元が緩みそうになった。
 たっぷり濡らした指を後ろの口に当て、軽く擦って反応を見る。ただ指を這わせているだけなのにそこはひくついていた。

「ん……、ンっ、すざ、く」

 僕の腕を掴んだルルーシュが物欲しげに名前を呼んだ。僕に慣れた身体はこの程度の刺激では足りないのだろう。今日はじらすつもりはないので、ねだられるままに中指をゆっくり潜らせた。

「っあ、ッ、ん……」
「痛くない?」
「平気、だ」

 身体を倒して頬に頬を押し当てると、薄く開いた口にちゅっと音を立ててキスをする。唇を触れ合わせたまま中を探り、初めは浅く、馴染んだ頃合いを見計らって奥まで抜き差しを繰り返した。
 ローションとルルーシュ自身の先走りでそこはすっかり濡れ、ぐちゅぐちゅと卑猥な音が立つ。指を増やしてもルルーシュは苦しそうではなく、むしろ感じているようだった。

「んぅ、ン……、ッ、ンンっ!」

 根元まで突き入れた指で中を掻き混ぜたあと、しこりをぐいっと押し上げた。逃げを打つ身体を抱きかかえ、そこばかりを責める。熱に浮かされた声が上がり、腕の中でルルーシュが大きく身震いした。

「はっ……ア、あぁッ、アッ」
「気持ちいい?」
「ふぁ、あ……、やだ、っや」
「嫌なの? 腰揺れてるのに?」
「っ、イきそう、だから」
「いいよ、イって」

 ぎゅっと目を閉じたルルーシュがふるふると首を振った。感じているのに何が嫌なのだろうと思っていたら、やだ、ともう一度小さく零した。

「一緒が、いい」

 蚊の鳴くような声で言うと、手を伸ばして僕の首にしがみ付いてきた。
 一人ではなく一緒にイきたいと、あのルルーシュが子供のようにせがんでいる。こういうことは初めてではないけれど、何度聞いても顔がやに下がりそうだ。
 こんなに可愛くおねだりされて我慢できる男がいるだろうか。いやいない、と自分の中で結論付けて指を引き抜く。

「アっ……すざく」
「ん、そうだね、一緒にイこっか」

 ルルーシュを抱き上げ、僕の上に乗せる。ちょっと待ってて、と下着の中から自分の高ぶりを取り出した。ずっと我慢していたそれはすでに準備が整っていて、視線を下ろしたルルーシュが怖気付くように息を呑んだ。
 だけど、瞳の奥には隠しきれない期待が覗いている。こくりと喉を鳴らしたルルーシュに、僕は口の端を上げた。

「腰、自分で上げられる? うん、そう。上手だね」

 ほぐした場所に僕のものを擦り付けてゆっくり挿入していけば、ルルーシュが僕の肩を強く掴んだ。半分ほど押し込んでから、息が吐き出されたタイミングで奥まで貫く。強い刺激に感じ入った声を上げてルルーシュの身体が慄いた。
 すぐにでも動きたい欲求をこらえ、呼吸が整うのを待ってからゆるゆると揺さぶる。

「あぅ……、ア、ア……」

 緩やかな律動しか与えられないことが次第にじれったくなってきたのか、僕の首に抱き付いたルルーシュが遠慮がちに、しかし自らの意志で腰を動かし始めた。
 性に淡泊な彼が積極的に求めてくれることが嬉しく、背筋にぞくぞくとした痺れが走った。自分の些細な仕草が僕の劣情を煽っているとは本人はまったく気付いていないのだろう。

「すざく……」

 上目遣いに呼ばれ、僕は衝動的に下から突き上げた。

「ひァあ! あっ、アアっ」

 欲を剥き出しにして容赦なく腰を打ち付ける。ルルーシュの悦いところを狙って抉れば、逃げるように身体が跳ねた。激しい蹂躙に嬌声が響き、耳に心地よい。

「アっ、あ、すざく、すざ……ッ」
「好きだよ、ルルーシュ」
「ン、俺、も」

 嬉しそうに笑ったルルーシュの唇に食らい付く。僕に応えるようにルルーシュが口を開き、舌を伸ばした。

「ふ……っ、んぅ、ン」

 腰を強く掴んで奥まで突き上げる。繋がった場所はずっといやらしい音を立てていた。
 感じる場所を手加減なく突いていると、大きく喘いだルルーシュが身体を震わせてとうとう熱を吐き出した。搾り取るように中を締め付けられ、僕も自分の精を注ぎ込んだ。
 強烈な快感に肩を上下させて息をする。倒れ込んできた身体を抱き留めれば、ルルーシュは腕の中でぐったりしていた。

「大丈夫?」
「疲れた……」

 相変わらず色気のない発言だ。でもそれがルルーシュらしく、頬を緩めると掬い上げるように口付けた。下唇を甘く噛み、吐精後の余韻に二人で浸る。

「愛してる」

 キスの合間に囁くと、目を開けたルルーシュが幸せそうに笑った。とても綺麗で、何度でも見惚れる笑みだった。
 紫色の瞳に僕が映る。
 それは紛れもない幸福で、僕はルルーシュの細い身体を掻き抱いた。

***

 厳重なセキュリティをいくつもクリアしてからようやく玄関のドアを開ける。仮面を取ると「ただいま」と言ってリビングに向かった。

「ルルーシュ?」

 普段ならばすぐにおかえりの声が聞こえてくるのに、いつまで経っても返ってこない。そもそも人の気配がない。
 食事の準備中かなとキッチンを覗けば、そこには調理途中とおぼしき食材や道具が置かれていた。いるわけがないとわかっているのに棚を順番に開けて確認する。次いでリビングに戻って思いつく限りの場所を探し、さらにはトイレやバスルームもすべて見て回った。やはりルルーシュはいなかった。

「ルルーシュ……?」

 広い部屋に僕の声だけが響く。
 ルルーシュがいない。
 そのことを理解して背筋がぞっとした。まだ探していない寝室に急いで向かい、僕の部屋を見て、最後にルルーシュの部屋のドアを開けた。机に向かって熱心にキーボードを叩く後ろ姿をようやく見つけた。
 ルルーシュだと認識した途端、安堵で膝から力が抜けそうになった。真っ先にルルーシュの部屋を確認すべきだったのに、見当違いな場所を探し続けていたことが可笑しい。どこかで倒れているのではないかとか、誰かに連れ去られたのではないかと、悪い想像をして青ざめた自分が恥ずかしくなる。
 僕が部屋に入ってきたことにルルーシュはまだ気が付いていない様子だ。何かの作業でよほど集中しているらしい。一体何をとモニターを覗き込んでみるけれど、文字の羅列がものすごいスピードで流れていくだけだ。これは完全に僕の専門外だなと解読は諦め、どこか楽しげな後ろ姿を眺めることにした。
 こうしていると彼が皇帝だった頃を思い出す。世界のトップに立ったというのに、ルルーシュはこまごまとした作業を自分で処理していた。ゼロのときも同じように動き回っていたのだろうが、ゼロ時代の苦労を僕は知らない。表に出ている部分しか見ていなかったから、その裏にどんな努力と心労があったのか知る由もなかった。
 もっとも、当時の僕はゼロへの否定的な感情しか持っていなかったので、たとえ裏の顔を知ったとしても素直に受け取ることはできなかっただろう。

「よし、完璧だ。これで一網打尽だな」

 最後のキーを叩いたルルーシュが高らかに声を発した。ついでに高笑いが聞こえてきそうだ。
 足音を忍ばせてそっと近付いた僕は、後ろに立つと背後から腕を回した。

「ほわぁっ!」
「終わった?」
「す、スザクか、驚かせるな」
「ただいまって言ったよ。でも全然聞こえていないみたいだったから。何してたの?」
「それはすまなかった。集中していてつい。この間、お前が持ち帰ってきた案件だ。最近、ネットワークに不正侵入して口座から金を引き出す事件が増えていると言っていただろう?」
「もしかして一人で対応してたの?」
「少し調べを入れてみたら偶然犯人の尻尾を掴んだんだ。それでたった今、追い詰めたところだ」
「追い詰めたって……」
「心配するな。こちらの情報は漏れていない。あとのことは地元警察に任せるさ」

 ルルーシュが晴れやかに笑う。
 こういうとき、彼は表にいるべき人間なのだと実感した。
 世界征服を果たした悪逆皇帝で、コードによって年を取ることがなくなった彼を表舞台に出すわけにはいかない。それはよくわかっているからルルーシュには裏方として手伝ってもらい、決して表には出ないことも確認し合った。
 でも、ルルーシュの能力とカリスマ性を隠すのはもったいないと思う自分もいた。それを話せば、ルルーシュはきっと困った顔をするだろう。
 人の世界に関わらないと決めていた彼を無理やり関わらせることとなった原因は僕だ。僕が一緒にいてほしいと言い出さなければ、ルルーシュは今ごろ姿を消して世界のどこかで旅を続けていただろう。それを引き留めたのは僕の我が儘なのだ。

「スザク?」

 ルルーシュが心配そうに僕を覗き込む。なんでもないよと答えれば、形の良い眉が寄せられた。

「まだしばらく忙しいんだろう? そろそろ悪逆皇帝が死んだ日で式典も執り行われると聞いている。お前は世界平和の立役者なわけだし、準備で大変じゃないのか?」
「それは……」
「なんて顔をしているんだ。世界が悪逆皇帝の圧政から解放された日だぞ。めでたいじゃないか」

 解放の日。
 それはゼロが悪逆皇帝を討った日であり、僕がルルーシュを殺した日でもある。こうしてルルーシュが蘇ったからといってあの日をなかったことにはできない。
 ゼロレクイエムのあと、記念式典は何度も行われてきたことで今さら嫌だと言うのもおかしな話だ。
 だけど、ここにルルーシュがいるのに彼の死をどう喜べというのだ。そんな式典に僕が参加することは苦痛以外の何物でもない。
 君を殺したくなかった。
 十九年、いや、ゼロレクイエムの計画を聞かされたときからずっと隠し続けてきた本音が口から漏れそうになり、僕は唇を引き結んだ。
 殺したのは僕だ。彼を殺す計画に頷いたのも僕だ。誰かに強要されたわけではなく、僕自身が決めたことだ。
 それなのに、殺したくなかったという思いがいつまで経っても消えないのは僕の弱さなのかもしれない。

「スザク」

 立ち上がったルルーシュが僕の頬を両手で包み込んだ。柔らかくて温かい掌だった。
 白い手を上から握り、頬を押し当てる。

「俺はここにいる」
「うん」
「だから何も心配いらない」
「――うん」

 僕の寿命はいずれ尽きる。それは変えられない運命で、ルルーシュとの別れはいつか必ず訪れる。
 (ただ、そのときが来るまでルルーシュの側にいたい)
 目の前の身体を引き寄せて抱き締めた。ルルーシュも僕の背中に腕を回し、ぎゅっと抱き返してくれた。伝わってくる温度は確かにルルーシュが生きている証だ。

「あっ、夕飯」

 しばらくお互いの体温を感じ合っていると、不意にルルーシュが声を上げた。夕飯? と首を傾げ、いろんなものが放置されていたキッチンを思い出す。

「誰かが忍び込んで荒らしたあとかと思って焦ったんだからね」
「う……すまない」

 申し訳なさそうな声に肩を揺らす。それだけ事件解決に集中していたのだろう。仕事熱心なのはいいことだが、ルルーシュはすぐに無茶をするから心配だ。
 そろそろC.C.からギアスユーザーを捕まえるための依頼が来そうな予感もした。どうやって断ろうかと考えるけれど、ギアスの欠片の回収を使命としているルルーシュは依頼があればすぐに応じてしまうはずだ。そのときはまた僕が出張るしかないと、自分の中で勝手に決める。

「こんな時間でお腹すいてるよな。すぐに用意する」
「じゃあ一緒に作ろうよ」
「だが、お前は帰ってきたばかりなのに」
「それを言うなら、君はひと仕事終えたばかりだろう? お互い今日の任務は終了なわけだし、二人で作って一緒に食べよう」

 ね? とルルーシュの手に指を絡める。
 僕を見上げたルルーシュはその顔を綻ばせ、僕の手を握り返した。

「そうだな。お前と一緒に作るとするか」

 かつて悪逆の限りを尽くした皇帝とその騎士がいた。
 彼らは正義の味方に討たれ、歴史の表舞台から消え去った。歴史は次の時代に引き継がれ、人々は新しい平和な世界の訪れを歓迎した。そうして皇帝と騎士の物語は終わりを迎えた。
 でも、僕とルルーシュの物語はまだ続いている。
 この先に二人の未来は確かにあるのだ。
 (20.09.28)