今年も来年も、その先も

 ※スザクは日本国首相の息子。ルルーシュはブリタニア皇子で、4月から日本に留学中。
 二人は夏ぐらいから付き合っていて、日本で年越しをすると言うルルーシュの家に、スザクが年末から泊まりに来ているという設定です。

「おはようルルーシュ、朝だよ!」

 一気にカーテンを引けば、不機嫌そうに呻く声が聞こえた。スザクは頬を緩める。

「今日はお雑煮食べて初詣に行くんだろう?寝すぎたらすぐに昼になっちゃうよ」

 ベッドで丸まる身体がもぞもぞと動き、毛布の隙間から少しだけ黒髪が覗いた。

「……今、何時だ」
「六時?」

 答えると、ルルーシュは再び芋虫のように丸まってしまった。

「えっ、まさかの二度寝!?」
「俺の予定では七時に起きるつもりだったのに一時間も早い……」

 そのまま寝入ってしまいそうな声が毛布の中から聞こえる。どうやら一日のスケジュールを初っ端から台無しにされて起きる気がなくなったようだ。自分の立てた予定はきっちりこなさないと気の済まないルルーシュらしい。
 とはいえ、二度寝をされて次に起きてきたら昼過ぎなんて事態は回避したい。新年早々、機嫌を悪くされても嫌だしなぁと心の中で今年初のぼやきをして、うーんと考えたスザクはおもむろにベッドに乗り上げた。きしりとスプリングが鳴る。
 何やら不穏な空気を感じたのか毛布の隙間からルルーシュが顔を出し、間近に迫った顔にぎょっとした表情を浮かべた。反射的にベッドの端へ避難しそうになった身体を、両腕で囲うことでスザクは阻止した。端正な顔を見下ろし、にこりと笑う。

「おはよう」
「お…、おはよう」
「僕の勝ちだね」
「は?」
「今年最初の「おはよう」をどちらが言うか。僕が先に言ったから僕の勝ちだね」

 その言葉にルルーシュが「あ」という顔をする。
 大晦日の夜を一緒に過ごし、年が明けてあけましておめでとうを言ったあと、今日からやることは全部今年最初のことなのだとスザクは告げた。すると、どちらが先に起きられるか勝負だなとルルーシュのほうから提案してきた。それは勝負なのかと首を捻ったスザクに、「だって今年最初のおはようを言うんだろ?」とルルーシュは笑って言ってくれた。
 スザクの父親は政治家で、両親は年末年始も挨拶周りに忙しくほとんど家にいなかった。物心付いた頃からスザクは一人で正月を過ごしていた。それが当たり前だと思っていたので寂しさは感じなかったけれど、ルルーシュと過ごす初めての年越しに、自分は寂しかったのだとようやく気付いた。そして、ルルーシュと過ごせる時間にたまらない幸せを感じたのだ。
 だからこそ、「今年最初のおはようを言うんだろ?」という一言が嬉しかった。滅多に甘いことを言ってくれないルルーシュなのに、スザクが口にした「今年最初のこと」に乗ってくれたのだから。
 そうして幸せな気持ちのままベッドに潜り込んだのが零時を過ぎた頃。それから約六時間。妙に興奮してぱちりと目を覚ましたスザクは早々に起きて、おはようを言うためにルルーシュを無理やり起こしたというわけなのだった。

「覚えていたのか」
「当たり前。それより本当に二度寝しちゃうの?」
「……すっかり目が覚めてしまって寝られなくなってしまった。お前のせいだ」
「それは良かった」

 手を伸ばしてシーツに散らばった黒髪を掬う。

「改めまして、あけましておめでとうございます」

 ルルーシュがむくりと起き上がった。スザクはルルーシュの身体の上から退くと、ベッドの脇に座り込んだ。

「あけましておめでとう、スザク」
「うん。えへへ」
「何を笑っているんだ」
「だって去年はこんなお正月を迎えられるなんて思っていなかったから」
「まあ確かに、それは俺にも当てはまることだな」

 ルルーシュはブリタニア帝国の皇子で、去年の四月から日本に留学で来ている。まだ一年も経っていないため、日本のお正月は初体験だ。

「僕と一緒で嬉しいってこと?」
「なんでそうなる。馬鹿なことを言っていないで、さっさと出かける準備をするぞ。正月の朝は雑煮というものを食べるんだろう?」

 つれないルルーシュは宣言通りさっさとベッドから離れるとリビングに行ってしまった。寝室に一人取り残されたスザクは「あーあ、残念」と呟いた。でも、その顔は幸せそうに笑っていた。

「すごい人なんだな」

 神社の境内を物珍しそうに眺めたルルーシュは、感心しつつも呆れたようにそれだけを口にした。
 ルルーシュの作ってくれた絶品お雑煮を食べ、着替えて出かける準備をした二人は、早速近所の神社へと足を向けた。ちなみに、スザクは“いそいそ”という表現がぴったりなくらい浮かれていた。毎年ただなんとなく義務のように行っていた初詣。今年は大好きな人と一緒に行けるのだ。浮かれるなと言うほうが難しい。

「でも、大きい神社はもっとすごいよ。参拝するのに一時間以上待つこともあるし」
「へえ。日本人がそんなに信心深いとは知らなかったな」
「まあ一応は信心深い……のかな」

 クリスマスもお正月もなんの違和感もなく受け入れているのは果たして信心深いと言えるのか。だけど、あらゆる宗教の要素を取り入れることが出来る許容範囲の広さは日本人の長所なのかもしれない。
 神社には人が溢れていた。参拝をするだけで一時間待ちというほど大きな神社ではないが、元日の今日は大変賑わっている。気を付けて歩かないとすぐに人にぶつかってしまいそうだ。

「お参りのやり方は知ってる?」
「もちろんだ。前もって調べておいた」

 こんなところでも勉強熱心なのはさすがルルーシュだ。スザクとしてはお正月初体験のルルーシュにいろいろと教え、少しくらいは羨望の眼差しで見てもらえればと思っていたのだが、計画はあっさり崩れてしまった。そもそも、ルルーシュに何かを教えようと考えたこと自体が間違いだったのかもしれない。
 参拝客の列に並び、しばらくするとようやく自分たちの順番が来た。賽銭を投げ入れ、作法通りにお参りをする。顔を上げて横を見ると、ルルーシュもスザクのほうを見ていた。

「もういい?」
「ああ」
「じゃあ行こっか」

 脇に退けようとすれば、列に阻まれてなかなか進めない。ようやく抜け出しても今度はおみくじやお守りを買う人々にもみくちゃにされそうだった。

「お参りをする前も後も大変なんだな」
「お正月だからね。普段はもっと閑散としてるんだけど」

 話している最中も通り過ぎる人とぶつかりそうになる。ルルーシュがよろめいたのを見かねてスザクは迷わず手を伸ばした。握り締めた左手は外の気温が低いせいで少し冷たくなっていた。

「スザク…っ」
「はぐれちゃいそうだからちょっとだけ」
「でも人が、」
「この人混みじゃ誰も見ないよ。ここを抜けたらすぐに離すから」

 諭すように言えば、それ以上ルルーシュの口からは何も出てこなかった。手を離そうとする様子もないことにスザクは内心安堵する。手を繋ぐなんて冗談じゃないと意地になられたら新年早々ショックを受けていただろう。

「ルルーシュは何をお願いしたの?」
「そういうお前は?やけに熱心にお参りしていたようだが」
「僕は、ずっとルルーシュと一緒にいられますようにってお願いしてきたよ」
「神様になんてことを祈っているんだ」

 呆れたような声で言われた。でも隣のルルーシュをちらりと見ると頬が少し染まっていたから、今のは照れ隠しに違いない。

「で、ルルーシュは?」

 促すと、ルルーシュは小さく笑った。

「皆が元気でありますように」

 それはとてもオーソドックスで、でも家族思いで優しいルルーシュにとっては本当に心の底から想う願い事なのだろう。

「えっ、なんで!?それだけ?」

 しかし、スザクにとっては少し不満な願い事だ。ルルーシュが家族を大切にしていることは知っているし、自分と一緒にいたくないと思っているわけではないと信じている。ただ、こんな日くらいは恋人らしいことを言ってくれてもいいではないかと考えてしまうのは我儘だろうか。
 小さく首を傾げたルルーシュは、可笑しそうに、でも優しくふわりと微笑んだ。

「だってお前とはもう一緒にいるじゃないか」
「へ……?」
「それとも、俺たちは神に祈らなければ一緒にいられないような仲なのか?」

 そう言うと、するりとルルーシュの手が離れた。いつの間にか境内を抜け、人通りがまばらな場所に出ていたらしい。

「る、ルルーシュ!」
「どうした?おみくじでも引きたかったのか?」
「そっ、そうじゃなくて!」

 甘いなんてものではない。激甘だ。まさかそんな激甘な科白がルルーシュの口から出てくるなんて信じられず、スザクは咄嗟に返す言葉を失った。
 先で待つルルーシュは穏やかな笑みを浮かべたままだ。自らの爆弾発言を理解しているのかどうか。

「お前がいなければ、家族からの再三の説得を断ったりするわけがないだろう」
「え…っと、それってやっぱり」

 ルルーシュの頬が赤くなったような気がした。
 ルルーシュはブリタニア皇室からの留学生だ。ただの留学生ではない。当然、年末年始には皇子として参加しなければいけない行事もあったはずである。だから、日本に残ると言ったのは自分と一緒に新年を迎えたいからではないかとスザクは考えた。確認したときは「そんなことあるわけない!」と否定されたのに、どうやらあのときの指摘は正解だったらしい。が、突然真実を告白したルルーシュに一体どんな心境の変化があったのかはわからない。
 しかも自ら打ち明けながら、恥ずかしそうに頬を染めているのはずるいではないか。
 (ホント、ルルーシュには敵わないよなぁ)
 自分がルルーシュに勝てる日が来るのだろうか。もしかしたら永遠に勝てないかもしれない。でも、それを嫌だとはスザクは思わなかった。

「ほら、行くぞ」

 ぼうっと突っ立ったままのスザクに焦れたのか、あるいは自分の発言に居た堪れなくなったのか、ルルーシュがくるりと背を向けた。待ってよ、と慌ててスザクは後を追った。
 隣に並んで手を繋ごうかと指を伸ばしかけたが、前方から家族連れが歩いてくるのに気付いて引っ込めた。境内の中で手を繋げた。今はそれで充分だ。

「――あっ。ねえ、せっかくだからやっぱりお守り買って行こうよ」
「戻るのか?」
「ルルーシュは日本のお守りを見たことないだろ?」
「それはそうだが……。ブリタニア人にもご利益があるものなのか?」
「日本の神様は心が狭くないから大丈夫だよ」

 自信を持って言えば、ルルーシュに胡散臭そうな目をされた。本当だってとスザクは笑った。

「いい一年になるといいね」

 来た道を戻りながらぽつりと呟く。

「来年も再来年も、またこうしてルルーシュと一緒に年末年始を過ごしたいな」

 それは叶わない夢だろう。ルルーシュはブリタニアの皇子だ。留学期間が終わってしまえばブリタニアに戻らなければならない。そして、スザクには彼を追う術がない。神様が願い事を叶えてくれない限りは、ただの夢物語だ。

「過ごせばいいじゃないか」

 しかし、スザクの憂いを知っているのかいないのか、ルルーシュはさらりと肯定するようなことを口にした。

「だってルルーシュは、」
「何もやらないうちからお前は諦めるのか?努力ひとつもしないで諦めるなんて、俺は絶対に嫌だな」

 前を向いて力強く告げたルルーシュの横顔をスザクは見た。
 凛として、真っ直ぐで、不可能なことなんて何もないと自信に満ち溢れている表情。こんなとき、ルルーシュは普通の学生ではなく、世界に名高い超大国の皇子なのだと思い知らされる。「神に祈らなければ一緒にいられないような仲なのか?」と言うだけのことはあった。
 スザクは小さく吹き出した。

「ルルーシュらしいな。――うん、でも確かにそうだね」

 願うだけでは何も叶わない。願いを叶えるために努力しなければ、欲しいものは何も手に入らない。もし本当に神様がいるのなら、手伝ってくれるのはほんの少しの奇跡だけだ。

「じゃあ僕は、十年、二十年先もルルーシュと一緒にいられるように頑張るよ」
「随分と長い話だな」
「それとも一生分がいい?」

 顔を覗き込んで訊けば、ルルーシュが言葉に詰まったのがわかった。

「君の一生、僕にくれる?」
「そ…、そんなことすぐに答えられるわけないだろう!」

 怒ったように言われたかと思えば、歩く速度を速めてしまった。そのあとを今度は慌てることなく追いかける。

「ねールルーシュ、駄目かな?」
「知るか!」

 付き合って半年も経っていないせいか、ルルーシュが恥ずかしいと思うポイントがいまだに把握できない。だけど焦る必要はないだろう。だって、自分たちはこれから一生付き合うことになるのだから。
 境内に戻れば再び人混みに揉まれる。スザクはさり気なく手を繋いだ。

「はぐれちゃいけないから」

 先ほどと同じ理由を口にすれば、やはりルルーシュは何も言わなかった。
 (いつまでもルルーシュの隣に立っていられるような、そんな自分になりたい。いや、ならなければいけないんだ)
 たとえブリタニア皇帝が反対したとしても、ルルーシュを諦めることはしたくない。

「決めた、心願成就のお守り買おう」
「心願成就?」

 ルルーシュが不思議そうな顔をする。何を言い出すんだと思ったのかもしれない。
 願いを叶えるためには強く願い、自分自身で行動することが必要なのだと言う。ならば自分はいくらだって努力しよう。この幸せをずっとずっと続けていくためならばどんな努力も厭わない。
 心の中で密かに誓ったことを聞いていたのは神様だけ。
 ルルーシュににこりと笑いかけたスザクは、想いを伝えるように握る手に力を込めた。
 (11.01.03)