君に伝えたい言葉

「付き合ってくれないか」

 ルルーシュの口からその一言が出たとき、スザクは自分が幻聴を聞いているのだと思った。
 幻聴でなければ夢だ。昨日の夜、ゲームをし過ぎて夜更かししたから、きっと寝坊してこんな夢を見てしまっているのだ。ということは、自分は間違いなく学校に遅刻するな。早く起きないといけない。

「おい、スザク」

 顔の前で手をひらひらとされる。
 夢にしては随分リアルだと思う。学校の様子も目の前にいるルルーシュも現実と寸分違わない。

「スザク!」

 腕を掴まれて力いっぱい揺らされる感覚まで現実のようだった。
 (そうか、夢なら自分の思い通りに行動していいのか)
 そう思い至ったスザクは、ルルーシュの手を取って一歩近付いた。ルルーシュが若干引き攣った顔をしている。どうせ夢ならばもっと嬉しそうな顔をしてくれてもいいのに、夢でも現実でもルルーシュはつれないらしい。

「付き合う!付き合うよ!まさか君からそんなことを言ってくれるなんて思いもしなかったけど、喜んで付き合う!」
「そ、そんなに好きだったのか……」
「当り前じゃないか!」

 スザクはルルーシュが大好きだ。家が隣同士で、生まれたときからずっと一緒で、兄弟のように育った二人である。たまに喧嘩をすることもあるけれど、嫌いになったことは一度もない。ルルーシュのこともルルーシュの妹のナナリーのことも、スザクはとても好きだ。
 ただ、スザクのルルーシュに対する好きという感情は、兄弟に対する好きではない。「愛している」という意味での好きなのだ。いつ気持ちが変わったかなんてわからない。気付けば自然と恋心を抱いていたように思う。
 だけど、「好きだ」と告げたことは一度もない。ルルーシュはスザクのことを幼馴染としてしか見ていないから、告白したところで理解してもらえないだろう。仮に理解したところで、一蹴されて終わるだけに決まっているし、下手をすれば嫌われて二度と一緒にいられなくなるかもしれない。だったらこの気持ちを押し殺し、幼馴染として過ごしたほうがいいと最近は思うようになっていた。
 (あ、もしかしたらそのせいでこんな夢を見ているのかも)
 自分では押し殺したつもりだが、好きという気持ちを抑えきれなくなっているのかもしれない。
 (だとしたらマズイなぁ)
 現実でルルーシュに何を仕出かすかわからない。とはいえ、せっかくの夢なのだ。今だけは本能のままに行動したかった。

「ありがとう、ルルーシュ!君から言ってくれてすごく嬉しいよ!」
「そう、か……。やはり、俺のせいでお前は自分の気持ちを伝えられなかったんだな」
「ルルーシュのせいじゃない。僕が臆病だっただけだ」
「でも、俺がいなければもっと早く上手くいっていただろう?」
「……ん?」
「俺が邪魔だったんだな。ずっと気付かなくてすまない」
「ルルーシュ……?」

 スザクは首を傾げた。なんだか会話が噛み合わない。ルルーシュが付き合ってくれと言ったのに、自分が邪魔とは一体どういうことだろう。しかもルルーシュの表情は妙に沈んでいる。

「だが、もう気に病む必要はないぞ」
「えっと」
「ナナリーもお前と一緒にいられてきっと喜ぶ」

 そう言って笑った顔は兄としての慈愛に満ちていた。スザクの目は点になる。

「は?……はあぁ!?」

 一拍遅れて声を上げた。何がどうなればナナリーの名前が出てくるのか。理解不能な展開はさすが夢だ。

「ちょっ、ちょっと待って!なんでそこにナナリーが出てくるの?」

 混乱のまま問えば、怪訝な顔をされた。

「何を言っているんだ。最初からナナリーの話をしているのだから当り前じゃないか」
「いつ!?いつからナナリーの話になったって言うんだよ?」

 すると、ルルーシュが明らかに不機嫌そうな顔になった。

「まさかと思うが……今までのは冗談だったと言うつもりじゃないだろうな」
「冗談はルルーシュだろ?君が付き合ってくれと言ったから僕は付き合うって言ったのに、まさか嘘だったの?」
「嘘じゃない!」
「だったら!」
「今度の日曜日がナナリーの誕生日だから付き合ってくれと言ったんだ!」
「……誕生日?」

 スザクはほんの数分前の会話を思い出そうとした。
 確か最初は、ナナリーももう一五歳だねという話から、誕生日の日はどうするのか尋ねたのだ。両方の家族で三人の子供たちの誕生日を祝うのが恒例で、今年もルルーシュが料理の仕込みをする予定だと言うから、自分も買い出しを手伝うとスザクは申し出た。何を作ろうとか、ケーキはどこの店のものを予約したとか、ごくごく普通の会話だったはずだ。
 (それから……そうだ、プレゼントの話になったんだ)
 今になって思い返してみれば、今年は何を送ろうかと訊いたところからルルーシュの様子がおかしかった気がする。どことなく思いつめた顔をしていて、どうしたのだろうと思ったところで冒頭の発言が出てきたのだ。

「あれ?じゃあ、これは夢じゃない?」

 思わず頬を捻ったスザクに、ルルーシュが呆れた顔をする。

「何を言っているんだ、お前」
「だって」
「とにかくだ、付き合うのか付き合わないのか、はっきりしろ!」
「え、えぇっ!?ちょっと待ってよ!」
「待つ?何を待つと言うんだ。……まさか、ナナリーが嫌だなんて言うつもりじゃないだろうな」
「そういうことじゃないだろう!」
「なら、どういうことだ!」
「どういうって……」

 スザクは口を開きかけてハッと周囲を見渡した。一斉に視線が外される。

「場所を変えるよ」

 ルルーシュの腕を掴んで廊下を突き進むと、スザクは使われていない空き教室に入った。ぴしゃんと扉を閉めて、両手をがっしり握ったままルルーシュに向き合う。

「ルルーシュ、もう一度最初から話してくれないかな。ぼーっとしてたのは謝る。聞いてなかったわけじゃないんだけど、上の空だったみたい。ごめん」
「……別にそこまで怒ってはいない」

 視線を外し、ぶっきらぼうにルルーシュが答える。素直じゃない様子にスザクは少しだけ表情を緩めた。
 こんなところが可愛いなと思う。だが、先ほどのやり取りを踏まえると、この後の展開は自分にとってあまりよろしくないものになるかもしれない。そう考えたら自然と体が緊張した。

「本当に?じゃあちゃんと聞かせてくれる?」
「だから……」

 言葉を切ったルルーシュは、真っ直ぐにスザクを見てきた。

「ナナリーと付き合って欲しいんだ」

 スザクは深く息を吸い込む。
 ここで感情的になっては意味がない。落ち着け落ち着け、と自分に言い聞かせた。

「……それはどうして?」
「ナナリーがお前のことを、好き、だからだ」
「ナナリーが言ったの?僕と付き合いたいって?」

 ルルーシュは小さく首を振る。

「なら、どうしてルルーシュが僕にそんなことを言ってくるの?頼まれてもいないのに」
「お前との時間を作ってやることが、一番のプレゼントになると思ったから……」

 そこで再びふいと視線が外された。俯き加減の横顔が憂いを帯びているように見えるのは、果たして都合の良い幻覚だろうか。

「じ、実は…、ナナリーには今度の日曜日に三人で出掛けようと話しているんだ」
「えっ?」
「でも俺はそこには行かない。お前だけが待ち合わせ場所に行ってくれ」

 これはマズイとスザクは慌てた。このままだと本当にナナリーとデートさせられてしまう。

「いや、でも一応ナナリーの意志もあるわけだし、本当に僕のことを好きかどうかなんて」
「好きに決まっている!」

 こんなシチュエーションでなければ嬉しい発言だが、悲しいかな、その意味合いはスザクの望むものではなかった。

「あんなに仲睦まじくしているし、お前を見る目はいつもきらきらと輝いている。ナナリーがお前のことを好きだと言うのなら、俺は手伝ってやりたいと思う。それに、お前だってナナリーが好きなんだろう?」
「好きか嫌いかで言うならもちろん好きだけど、僕の好きはそういう意味じゃなくて……」
「いつかそういう意味の好きに変わるかもしれないじゃないか。だからスザク――」

 顔を上げたルルーシュはきゅっと唇を噛むと、勢いよく頭を下げた。

「頼む!日曜日にナナリーと一緒に出掛けてほしい」

 そんな風に頭を下げられて、さすがに嫌とは言えなかった。あまり拒否すればナナリーのことを嫌いだと言っているような気になるし、いつまでもルルーシュに頼み込まれそうだった。このためにわざわざスケジュールを開けているナナリーにも悪い。
 どうせ一回だけだからと、スザクは諦めた。
 これが夢だったら良かったのにと、性懲りもなく考えることは忘れずに。

* * *

 (なんだかなぁ……)
 待ち合わせ場所に指定された噴水の前で、スザクはベンチに座って溜め息をついた。
 ナナリーに会うことが嫌なわけではない。ナナリーは好きだ。彼女が生まれたときから知っているので、幼馴染というより妹みたいなものである。ルルーシュとの三人兄妹は毎日が楽しかった。それに、ナナリーはとても可愛らしい。ルルーシュがシスコンになる理由も頷ける可愛さだ。
 が、しかし。しかしである。
 (妹を彼女にしたいとは思わないだろ、普通は!)
 一体どこをどう見ていればナナリーがスザクを好きなことになって、スザクもナナリーを好きなことになるのか。スザクがナナリーに抱く親愛を男女の愛情と勘違いしたのだろうか。頭の良すぎる人間の思考回路は理解できなかった。
 (どうせなら、自分に向けられる感情の意味に気付いてくれればいいのに)
 スザクの好きな相手がナナリーだと勘違いされたこともショックだが、妹のためのプレゼントにされてしまったこともなかなかショックである。所詮、ルルーシュにとって自分は簡単に差し出してしまえる人間だとはっきり言われたようなものじゃないか。
 (これって遠回しにフラれた、ってことだよな。告白する前に玉砕って……)
 同じ振られるなら、せめて好きの一言ぐらいは伝えたかった。幼馴染のままでいいだなんて聞きわけの良いことを考えず、当たって砕ければ良かった。
 はああ、とスザクが後悔の溜め息をついていると、視界に見慣れた靴が入り込む。

「こんにちは、スザクさん」

 顔を上げれば、にっこりと笑顔を浮かべたナナリーが立っていた。

「わっ、ご、ごめん!」

 スザクは慌てて立ち上がった。今の溜め息を聞かれてしまったかもしれない。ナナリーに会うのを嫌がっていると思われたら大変だ。そう思ってわたわたしていると、ナナリーが可笑しそうに笑った。

「そんなに慌てなくても、私は何も勘違いしていませんから大丈夫ですよ」
「あ……」
「座って少しお話してもいいですか?」
「う、うん」

 ルルーシュからは一日付き合ってくれと言われただけだ。どこに行って何をしろという指示まではされていない。
 ちょこんとベンチに座ったナナリーの隣にスザクも腰を下ろす。

「今日はすみません。お兄様が無茶なことを言ってしまったみたいで」
「無茶ではないよ。まあ、ナナリーと二人で会えって言われたときはビックリしたけど」
「やっぱり」
「え?」

 ぽん、と手を打ったナナリーを窺えば、我が意を得たりという表情をしていた。その顔を見て、スザクは「あっ」と声を出す。
 ナナリーは笑っているが、さすがルルーシュの妹、ただ可愛らしいだけではなかった。

「おかしいと思ったんです。スザクさんとお兄様と三人で出掛けるのに、お兄様は用事があるから先に行ってくれとおっしゃるし、お兄様と出掛けるのにスザクさんはこんなところでひとり待っているし。スザクさんだったら、待ち合わせなんかせずにお兄様の部屋まで迎えにいらっしゃるでしょう?」
「えぇ、っと……」

 しまったと思うが後の祭り。
 今日の二人きりの外出がルルーシュの計らいであることは黙っているようきつく言われている。だから、ルルーシュは都合が悪くなって行けなくなってしまったことにする予定だったのに、最初から躓いてしまった。
 これはルルーシュに怒られるとスザクが肩を落とせば、ナナリーは笑みを深めた。

「ご安心ください。お兄様には黙っています」
「……ごめんナナリー。ありがとう」

 スザクは申し訳なさそうに謝り、同時に感謝の言葉を告げた。

「それにしても、お兄様には困りましたね。本当に鈍くていらっしゃるんだから」

 まるで困った子どもの扱いに手を焼く母親のような口調に、思わず苦笑いが漏れた。大事な妹からこんな風に言われていると知ったらルルーシュはショックを受けるだろうが、彼の鈍さに一番困っているのはスザクなので反論はしない。

「ルルーシュの中では、いつナナリーが僕を好きなことになったのかな?」
「それは私が聞きたいくらいです」

 ナナリーが可愛らしく膨れてみせる。

「スザクさんがいかにお兄様のことを好きか繰り返し伝えていたのに、それも全然伝わっていなかったのですね。私の言い方が悪かったのでしょうか」
「ルルーシュの鈍さは筋金入りだから」
「だからって鈍すぎます!スザクさんはこんなにお兄様のことが好きなのに!」

 力説され、スザクは居た堪れないような気分になる。ルルーシュのことは好きだが、その妹に兄のことを好きだと連呼されるのはさすがに恥ずかしい。
 ルルーシュは知らないが、ナナリーはスザクの恋路を応援してくれるありがたい存在だった。彼女が中学校に入るころ、「スザクさんはお兄様がお好きなのですか?」と訊かれ、「好きだよ」と正直に頷いたのが最初のきっかけだった。以来、ナナリーは何かとスザクの力になってくれる。
 ルルーシュがスザクとナナリーの関係を勘違いしたのだとしたら、それは仲睦まじいのではなく、スザクがナナリーに相談事をして、ナナリーが真剣に答えてくれているだけだ。男女の親密さなんてものはまったくない。
 (でも、まさかそのせいでナナリーの好きな相手が僕だと思い込むとは……。うかつだった)
 ナナリーのこととなると盲目になるルルーシュだ。彼女が瞳をきらきらと輝かせている理由が、目の前にいるスザクだと勘違いしてもおかしくはない。
 好きだと伝える前に誤解を解かなければいけないのか。そう考えるとちょっとだけ憂鬱になるスザクだった。

「でも安心してください。お兄様はちゃんとスザクさんのことがお好きですから」
「いや、それはないと思うけど……」

 ルルーシュはスザクが好きだと、なぜかいつもナナリーは言う。だけど、少しでもそんな気持ちがあるなら今回みたいなことは起きないだろう。好きな相手に自分の妹と付き合ってくれだなんて、いくらシスコンでも言わないはずだ。
 否定の言葉に、しかしナナリーは首を振った。

「お兄様は優しい人ですから、自分のことより私のことを優先されたんです」
「それは……有り得るかも」
「そうでしょう?だから大丈夫ですよ」

 好きな人の妹に太鼓判を押され、スザクははにかむように笑った。半信半疑とはいえ、大丈夫と言われば嬉しくなるものだ。

「では、私はこれからお友達と約束がありますので、スザクさんは先に戻っていてください」
「へ?」

 ベンチから立ったナナリーが、ふわりとスカートを揺らしてスザクのほうを向いた。その顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。

「夕食の時間までには戻りますと、お兄様にはお伝えしてくださいね」
「でも、今日は一日……」
「お兄様は今ごろしょんぼりされていると思いますから、スザクさんが一緒にいてあげてください」
「ナナリー……」

 スザクはしばらくぼんやりと彼女の顔を見上げていたが、その意図することを理解して同じように立ち上がる。

「いいの?今日は君の誕生日なのに」
「スザクさんとお兄様が仲良くされることが私にとっては一番のプレゼントです」
「――ありがとう」

 感極まったように礼を告げれば、嬉しそうな笑みを向けられた。

「健闘をお祈りしています」
「うん、頑張るよ」
「では私は約束があるので」

 ぺこりと頭を下げ、ナナリーは軽やかな足取りでその場を離れて行った。
 彼女の後ろ姿が見えなくなるまで見送ったスザクは、逆方向へと足を進めた。目指すは、ルルーシュの家だった。

* * *

 角を曲がったところで人とぶつかりそうになり、慌てて止まる。
 ルルーシュに早く会いたい一心で走っていたから、周りをまったく見ていなかった。それでもなんとか衝突を避けられたのは、ひとえにスザクの運動神経の賜物だろう。
 スザクはバランスを崩して後ろによろめいた相手の腕を咄嗟に掴んだ。

「すみません!」
「いえ、こちらこそぼーっとしてて……、スザク?」
「あれ?ルルーシュ?」
「何をしているんだ、お前」
「君こそこんなところでどうしたんだよ」
「俺は買い物に……」

 答えかけて、ハッとしたルルーシュがスザクの腕を振り払った。

「ナナリー!お前、ナナリーはどうした!?」

 驚いたせいで一瞬忘れていたようだが、スザクの隣にナナリーがいないことに気付いたらしい。その目には非難の色が込められていた。

「置いて帰ってきたのか!?」
「まさか。ナナリーは友達と約束があるそうだよ。友達と会うのに僕がついて行くわけにはいかないだろう?」
「友、達……?」

 ルルーシュが呆然と呟く。妹のためにスザクとのデートを画策したのに、肝心のナナリーがスザクを放って友達と遊びに行ってしまうとは思ってもいなかったのだろう。
 若干ショックを受けたような顔をしているルルーシュを見て、スザクは小さく息を吐き出した。
 この様子だと望みはかなり薄い。だけど何の進展もなく、幼馴染としての時間だけを増やすのはもう嫌だ。
 一歩足を進めて互いの距離を縮めると、スザクはいまだ呆然としたままのルルーシュに真っ直ぐ向き合った。

「ねえ、ルルーシュは僕とナナリーが付き合ってもいいと思っているの?」
「……お前たちがそうしたいのなら」
「僕たちは関係ないよ。君がどう思うのかを訊いているんだ」
「そんなの……」

 ぐっ、と唇を噛んでルルーシュが顔を俯けた。

「そんなの、仕方ないじゃないか。お前たちがお互いに好きだと言うのなら、俺がどう思おうと意味はないのだから」
「僕の聞きたい答えはそんなことじゃない。ルルーシュの本当の気持ちだ」
「……聞いてどうする」

 頑なにスザクを拒否しようとするルルーシュに、どうしようかなと内心ぼやいた。無理やり言葉を引き出そうと思えば引き出すことはできる。でも、それではなんの解決にもならない気がした。何より、ルルーシュにだけ言わせようとする自分がひどく狭小な人間に思えた。
 (となれば、自分が言うしかない)
 スザクはルルーシュの肩を掴むと、下から覗き込むようにしてその瞳を見た。顔を背けられたことは気にせず、大事に言葉を紡ぐ。

「好きだからだ。僕がルルーシュのことを好きだから、ルルーシュの気持ちを知りたい」
「……ぇ?」

 反射的に向けられた顔に笑いかける。

「好きだよ、ルルーシュ」

 ルルーシュは目を見開いたままスザクをじっと見ていた。どんな反応が返ってくるのかまったく想像ができなくて、スザクは知らず緊張した。沈黙の時間がとてつもなく長く感じられた。

「――嘘だ」

 ようやく返ってきたのは、スザクの告白を否定する言葉だった、

「本当だよ。君にこんな嘘をついてどうするんだ」
「でも、お前はナナリーが……」
「僕が一度でもナナリーを好きだと言ったことがある?」

 ルルーシュは一瞬言葉に詰まったが、すぐにキッと鋭い視線を向けてきた。

「な、ならば、いつもあんなに仲良くしているのは一体どう説明するつもりだ!二人でこそこそと楽しそうだったじゃないか!」
「えっと、それはね……僕はナナリーに君のことを相談していただけだよ。で、ナナリーは僕の相談に乗ってくれていただけ」
「……は?」
「それから、ナナリーは僕が君を好きだってことを知っててずっと応援してくれているんだ」
「……は?」

 先ほどとは違う意味合いでルルーシュが呆然としている。

「だから、僕とナナリーの間には、君が考えているようなことはひとつもない。こう言ったら信じてくれる?」

 にこりと笑えばルルーシュはぱちくりと瞬きをし、それから慌てて口許を覆った。見れば、その瞳は少し潤んでいてスザクはぎょっとする。

「な、泣いてるの!?」
「泣いてなんかいない…!」

 いろんな反応を想定していたが、これは考えてもいなかった。罵倒されたり軽蔑されたりすることは覚悟していたから、まだ対処の仕様がある。でも、泣かれてしまうとどうすればいいのかわからない。

「……ごめん」

 気付けば、謝罪の言葉が口から出ていた。

「ナナリーが、君は僕のことが好きだって言ってくれるからなんとなく期待していたけど、そうだよね、普通は気持ち悪いし嫌だよね」
「スザ、ク……」
「ごめん、僕が悪かった。今のはなかったことにしてまた元の幼馴染に、っていうのは虫が良すぎるか……」

 はは、と乾いた笑みを浮かべて、スザクは視線を落とした。

「僕も今すぐ気持ちを切り替えるのは無理だけど、君への気持ちはちゃんと捨てる。だから、ルルーシュの気持ちが落ち着いたら、普通の友達同士に戻ってくれないかな。自分勝手なことを言っているのはわかってるんだ。でも……、とにかく今のは忘れてほしい。ごめんね」

 それ以上はルルーシュの顔を見ていられなくて、スザクはくるりと背を向けた。ここまで走ってきたときの勇んだ気持ちはすっかりしぼんでいた。
 このあとルルーシュの家でナナリーの誕生日パーティーをするはずだが、今日は行けそうになかった。せっかくの誕生日を台無しにしてしまうことも、ナナリーの励ましを無駄にしてしまったことも申し訳ない。
 ごめん、と心の中でナナリーに謝る。

「スザク!」

 同時に、名前を呼ばれてびくりと肩を揺らした。今、この場で自分の名を呼ぶ人間はひとりしかいない。スザクは恐る恐る振り返った。そこには、怒ったようにスザクを見るルルーシュがいた。
 一言何か言わなければ気が済まないほど怒らせてしまったのかと思っていると、ルルーシュは開いた距離を縮めてスザクの目の前に立った。

「……人の気持ちをかき回して、言いたいことだけ言って、挙句の果てに告白までしてきて。勝手だな、お前は」
「うん、ごめん……」
「謝るんだったら、返事くらい聞いて行ったらどうだ。告白したくせに返事も聞かないなんて最低だ」

 最低、の一言に地味にダメージを受ける。
 どうせ答えはわかっているのに、それでも返事を聞かなければいけないのだろうか。そう尋ねたかったけれど、問い質すだけの気力は今のスザクにはなかった。
 そもそも、ルルーシュは一体何を言いたいのだろう。振られて落ち込んでいる人間にさらに追い打ちをかけたいのだろうか。
 泣いたり怒ったり、返事を聞けと言ったり、ルルーシュがわからない。

「……少しは察したらどうなんだ。ナナリーにも言われたんだろ」
「何が……?」

 反応の鈍いスザクに、ルルーシュは不機嫌な表情を浮かべる。そして、ばつが悪そうに顔を横へ向けた。

「だから!俺も……俺も、お前を好きだと言えばいいのか」

 今度はスザクがぽかんとして目を見開いた。

「……同情?」
「同情で幼馴染に好きだと言うわけがないだろう!」

 ルルーシュは憤慨するが、にわかには信じられない。同情でなければからかわれているだけだと思ってしまう。

「だって君、泣いてたじゃないか」
「あ、あれは…!」

 その顔が赤くなった。どこか狼狽した様子のルルーシュに、おや?とスザクは首を傾げた。ここはそういう反応を返すところではない気がするのだが。

「……安堵、したからだ」
「安堵?どういうこと?」
「お、お前、鈍すぎるぞ!いい加減わかれ!」

 鈍いルルーシュに鈍いと言われ、スザクはムッとなった。

「鈍いのはルルーシュだろ!君の鈍さのせいで僕がどれほど苦労したか…!」
「知るか、そんなこと!俺が鈍いとわかっているなら、最初からはっきり伝えればいいだろ!」
「はっきり伝えたってわかってくれないじゃないか!」
「好きだと言われてもいないのに、どうやってわかれと言うんだ!俺は、お前たちがお互いに好きだと思ったから――っ」

 ふいにルルーシュが口を噤んだ。込み上げてくるものを耐えているような顔をしていて、スザクは我に返った。泣き出してはいないけれど、その瞳は先ほどのように少し潤んでいる。
 ルルーシュの言う通り、スザクは今まで一度も好きと言ったことがない。
 どうせルルーシュはわからないからと、その鈍さを言い訳に告白を先延ばしにしてきた。ルルーシュにナナリーとのことを誤解され、こんなことなら当たって砕けていれば良かったと思ったくせに、はっきり振られるのが怖くて返事も聞かずに逃げ出した。
 (確かに、最低だ)
 スザクは手を伸ばすと、ルルーシュの頬に触れた。涙は流れていないが、まるで拭うように親指の腹でなぞる。
 ルルーシュはぴくりと反応し、黙ってスザクを見つめていた。

「――うん。やっぱり僕が悪いよね。告白して理解してもらえなくても、繰り返し伝えてわかってもらう努力をしなければいけなかったんだ。それなのに最初から諦めて、伝えることすらしなかった」

 ルルーシュはかぶりを振った。

「いや……さっきのは俺も言い過ぎた。俺だってナナリーを言い訳にしていたんだから、お前と一緒だ」

 ナナリーの名前に、スザクは確認しておかなければいけないことを思い出す。

「ルルーシュは、本当にナナリーが僕のことを好きだと思ってたの?」

 事の発端はルルーシュの勘違いだ。そのおかげで、こうして気持ちを伝えることができたとも言えるが、スザクとしては非常に心臓に悪い出来事でもあった。

「……お前たちは俺を除け者にして、いつも二人で楽しそうに話していたじゃないか」
「話題が君のことなのに、君を誘うわけにはいかないだろ」

 さらりと本当のことを告げれば、ルルーシュは何とも言えない顔をする。自分の何を話題にしていたのか確かめたいのかもしれないが、さすがにそこまではできないようだった。

「ナナリーは、僕がどれだけ君のことを好きかってことを君に伝えていたらしいけど、それも気付かなかったの?」
「気付いてはいたが、スザクの良いところばかりを楽しそうに挙げるから、ナナリーはスザクのことを気に入っているのだとばかり……」

 まさかそういう捉え方をされるとは、彼女も予想していなかったに違いない。ナナリーの努力をあっさり水の泡としてしまう鈍さはさすがルルーシュ、とスザクは違う意味で感心した。
 溜め息をつきそうになるのをなんとか我慢して、スザクは両手をルルーシュの肩に置いた。

「僕はルルーシュが好き。ナナリーは僕たちのことを応援してくれている。これが真実だよ。大丈夫?もう誤解していることはないね?」
「あ…ああ」

 こくりと頷いたのを確認して、スザクはその体を引き寄せた。

「うわっ」

 驚いた声は聞こえたけれど、文句は出てこなかったので安心する。単にパニックになっているだけだとしても、道の往来での暴挙を許してくれるくらいには愛されていると自惚れてもいいだろうか。

「そういえば、ルルーシュはどこに出掛けようとしていたの?」

 誕生日パーティーの準備をしていると思ったからルルーシュの家に向かったのに、こんな場所で会ってしまった。

「買い物に……」

 すると、腕の中からごにょごにょと返事が返され、スザクは首を傾げた。

「今から?君のことだから準備万端にしていると思ってたけど」

 今はもう午後二時だ。普通に夕飯の支度をするなら早いくらいの時間帯だが、今日は一年に一度のナナリーの誕生日である。ルルーシュにしては準備が遅い気がした。

「……時間を忘れていたんだ」
「忘れてた?」

 そんなことがあるだろうかと腕を緩めて思わず顔を覗き込めば、ルルーシュは柳眉を寄せていた。

「……もし、お前たちが一緒に夕飯を食べて帰ることになったら料理を作っても無駄になるじゃないか。でも、食べずに帰ってきたときに何もないなんてことは絶対に駄目だし。そんなくだらないことを考えて悩んでいたら、買い物に行く時間が遅くなった……」
「ルルーシュ」
「わ、わかっている!大事な妹の誕生日なのだから、何があろうと祝うための準備は怠りなくしなければいけないんだ!それなのに、俺は、俺は……」

 それ以上は言葉が続かず、ルルーシュは隠すようにスザクの肩に顔を埋めた。
 スザクはその頭を優しく撫でる。
 (これはきっと自己嫌悪だな)
 自らスザクとナナリーのデートを画策したくせに、夕飯の有無について悩み、実は二人は何でもなかった、それどころかスザクはルルーシュのことが好きだったことがわかって安堵し、一度は妹のために身を引こうと決めたのに、告白されて自分も好きだと返事をした。そういった諸々に対する自己嫌悪。
 (可哀相だけど……可愛いな)
 スザクのことで思い悩んでくれるルルーシュは可愛い、と思う。
 原因の半分以上はスザクにもあるので申し訳ないとも思うのだが、それだけスザクを好きだと言ってくれているようなもので、嬉しさのほうが先走ってしまう。
 たった一言、「好き」と告げただけでこれほど可愛らしいルルーシュが見られるのだ。臆病で気持ちを伝える勇気すらなかった今までの自分を大いに反省した。

「好きだよ」

 自分よりも細い体をもう一度抱きしめ、スザクは耳元でそっと囁いた。

「今まで伝えられなかった分、何度も何度も伝えるから」
「でも、俺はナナリーに対して……」
「ナナリーは怒ってないから大丈夫。むしろ、僕たちがお互いの想いを伝えたって聞いたら喜ぶよ。ナナリーにとっては一番の誕生日プレゼントになるかもね」
「なっ…、まさかナナリーに報告するつもりか!?」

 ルルーシュががばっと身を起こす。腕の中に閉じ込めたまま、スザクは爽やかな笑みを浮かべた。

「うん」
「馬鹿じゃないのか!?絶対にやめろ!」
「なんで?ナナリーは僕たちの一番の協力者だよ。だったらちゃんと報告しないと。ルルーシュの勘違いで、ナナリーには余計なこともさせちゃったんだし」
「う……」

 自分の勘違いを持ち出され、ルルーシュはぐっと詰まった。やはり今回の件に関しては、あまり強く出られないらしい。
 ちゅっ、とスザクはその頬にキスを落とした。目を瞠ったルルーシュを見て口許を綻ばせる。

「早く買い物に行って、早く準備しよう。夕飯の時間までには戻るって言ってたけど、すぐに日が暮れちゃうよ」
「あ、ああ……」

 突然のことで頭が追いついていないらしい。どこか反応の悪いルルーシュに、やっぱり可愛いなとスザクは微笑ましくなる。
 抱きしめていた体を開放し、その手を引くとスーパーへ向かって一緒に歩き出した。まだ呆気に取られているのか、非難の声は出てこない。それに気を良くして、スザクは握る手にぎゅっと力を込めた。

「好きだよ、ルルーシュ。大好きだから」

 顔を見て言えば、その頬が赤く染まる。

「どんなに君が嫌がっても、好きだと言い続けるからね」

 臆病だった自分をかなぐり捨てて、好きな人のためだけに好きだと伝える。これほど甘美なことがあるだろうか。

「……俺も」

 小さな声だったけれど、隣にいたスザクにははっきりとその声が聞こえた。

「俺も、お前のことが好きなんだからな」

 言い切ったルルーシュは耳まで真っ赤にさせていて、スザクは嬉しさのあまり自分の顔がどうにかなってしまうのではないかと思った。
 幸せだ。
 本当に幸せだ。
 今日はナナリーの誕生日だというのに、逆にプレゼントをもらってしまった。ナナリーにはたくさんお世話になったから、ちゃんとお返しをしないといけない。

「ねえ、ルルーシュ」

 自分を映した紫の瞳に笑みを向け、スザクは自らの提案を伝えるために口を開いた。
 きっとルルーシュは賛成してくれるはずだと確信して。
 (09.10.29)