我が騎士の誕生日は盛大に祝うものである。
それはブリタニア皇族のルールではなく、ルルーシュの個人的なルールだった。
(スザクのために何かしたいと考えるのは普通のことだ。別に特別な意味も目的もない。騎士を労わるためのイベントのひとつだし、誕生日を祝われて嬉しくない人間はいない。ただそれだけだ)
つらつらと考えながら、ルルーシュはアリエスの離宮の廊下を歩いていた。
枢木スザク。彼こそがルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの騎士であり、建国史上初めての外国人騎士でもある。
ブリタニア人はブリタニア人というアイデンティティに誇りを持っている。縛られていると言ってもいい。ブリタニア人かそれ以外かという区別を当たり前のようにしていて、差別とも思っていないのが多くのブリタニア人の傾向だ。
そのため、スザクがルルーシュの騎士に就任した当初は批判が多かった。皇族のルルーシュには文句を言えないため、日本人の彼をターゲットにして心無い言葉をぶつける卑怯な連中も山ほどいた。
ブリタニア人以外を騎士にしてはいけない決まりなどないし、専任騎士は皇族の特権なのだから誰ひとり口を挟む権利などないのに、日本人という理由だけでスザクを否定されることがたまらなく悔しかった。
そんなルルーシュを励ましてくれたのは当のスザクだ。自分のほうがつらいだろうに、主となったルルーシュを気にかけ、僕は平気だからと笑ってくれた彼の優しさにささくれ立った心は癒された。
その後、うるさい奴らを黙らせるには結果を出すのが手っ取り早いと、二人三脚で成果を上げてきた。特に戦場でのスザクの働きは素晴らしく、戦女神と称される姉のコーネリアの信用を得たことで軍関係者からの評価も高めることができた。ルルーシュ自身は政治方面で活躍し、それぞれの得意分野で相手を補い合う理想の主従関係だと今では好意的に受け止められている。
小さな島国からやって来たスザクが騎士となってもうすぐ三年。出会った当初はお互いまだ十歳で、そのときにブリタニアへ渡ったスザクは人生の半分近くを異国の地で過ごしてきた。
子供の頃に親元を離れ、ルルーシュの騎士になるという約束のために頑張り、本当にその約束を叶えてくれた大事な友達で、大事な騎士だ。だからこそ誕生日は大切なのだ。
本来ならば親や友達からたくさん祝ってもらえるのに、自分のせいでスザクの幸せな時間を奪ってしまったという申し訳なさがルルーシュの中にはあった。
(だから俺がスザクの誕生日を特別に思うのは何もおかしなことじゃない。それなのにユフィが……)
ぐんぐん進んでいた足が不意にぴたりと止まった。
異母妹のユーフェミアに会ったのは昼過ぎのことだ。
今日はコーネリアの騎士であるギルフォードとの鍛錬でスザクは朝から出かけている。そのため、ルルーシュの隣にはスザクがいない。
普段は必ず側にいる騎士がいないのはひどく落ち着かないものだ。自分の半身を失くしたような、と表現するのは大袈裟すぎるのかもしれないが、そのくらいの違和感がある。
ならばいっそスザクの様子を見学してこようと思い付いた。姉のご機嫌伺いという名目もあるしと自分の中で言い訳をしたルルーシュは、そそくさと出かける準備をして姉の住まう城へと向かった。
コーネリア皇女殿下はお庭にいらっしゃいますと言われ、使用人に案内されてテラスのある庭園に向かうと、スザクはそこで手合わせの真っ最中だった。彼の視界に入るのは良くないだろうと、ルルーシュは少し離れた場所から見守った。
相手は熟練の騎士で、帝国の先槍と謳われているギルフォードだ。スザクも強いけれど、ギルフォードも強い。
だが、スザクが勝つだろうとルルーシュは思った。予想ではなく確信だ。
スザクの動きは美しい。ひとつひとつに無駄がなく、確実に相手を仕留める術を本能的に知っている。彼が特異なのは、生身での動きをナイトメアフレームに騎乗したときも再現できることだ。
通常のパイロットは機械を動かしているだけという感じだが、スザクの場合はまるで彼の生き写しのようにナイトメアを操った。
ナイトメアの性能がいいからだと言う人もいるけれど、ランスロットという名の最新のナイトメアを乗りこなせる人間は滅多にいない。スザクだからこそランスロットを自在に操ることができるし、ランスロットだからこそスザクの能力を最大限に発揮できる。相乗効果とはまさにこのことだろう。
そんなことを考えている間も二人の騎士の攻防は続いていた。剣を交える音が静かな庭園に響く。
次の瞬間、スザクが一歩踏み込んだ。その一手でギルフォードは倒れ、ルルーシュの予言通りにスザクが勝利した。
さすがは俺の騎士だと満足したルルーシュはくるりと踵を返した。声をかけるつもりはなかったので、このままアリエスに戻ろうと思った。
しかし、そこで異母妹のユーフェミアに捕まった。騎士の様子をわざわざ見に来たことを知られるのはなんだか恥ずかしく、用事があるふりをして帰ろうとしたのに、強引なユーフェミアによって客室へ連れて行かれてしまった。
「スザクには内緒にしておくから」
そう言われては諦めるしかない。絶対にスザクに言うなよと念を押し、ルルーシュは妹のお喋りに付き合うことにした。
お茶の席が用意されると、ユーフェミアは早速ケーキやスコーンを頬張った。そんなにお腹が空いていたのかと呆れていると、「やけ食いです」と紅茶で喉を潤したユーフェミアが拗ねたように上目遣いになった。
「お姉様が勝手に私の騎士候補者リストを作るんですもの。騎士は自分で選びたいって言っているのに」
「姉上はユフィが心配なんだ。それに姉上の選ぶ者なら家柄も実力も実績も問題ないんじゃないか?」
「そういう問題ではありません」
「どういう問題だ?」
「気持ちよ。心の問題なの」
「気持ち?」
ルルーシュが首を傾げると、ユーフェミアは頬を膨らませた。
「ルルーシュにはわからないでしょうけど、本当の意味での騎士を見つけるのはとても大変なんです。何があっても必ず主を守ることも、その騎士を心から信頼して自分の命を預けることも、そう簡単にできることではないんだから」
「俺にはわからないとは聞き捨てならないな。俺だって騎士を持っているんだぞ」
「だからよ。ルルーシュはスザクと相思相愛じゃない」
「相思相愛って」
「小さい頃から騎士を決めていて、その相手も騎士になることを受け入れていたなんて普通は有り得ません。奇跡です。そんな奇跡を起こした人に騎士探しの夢や苦労はわからないわ」
酷い言われようである。
これはただの八つ当たりだなと思い至り、今日は妹の愚痴を聞くことに徹しようと決めた。スザクの様子をこっそり見に来たことを内緒にしてもらう礼でもあった。
「でも、実際に会ってみないとわからないじゃないか。顔を合わせたら写真やデータからでは見えなかったものも見えてくるかもしれない。お見合いのようなものだ」
「ルルーシュはお見合いをしたことがあるんですか?」
「いや、それはまだないが」
「じゃあ会えばどうにかなるなんて適当よ」
「どうにかなるとは一言も……」
「もういいわ。ほら、こちらのケーキも食べて食べて」
皿にどんどんケーキを乗せられる。決して小食ではないが、山盛りのケーキは見ているだけで胸やけがしそうだ。
しかし、ここで断るとユーフェミアの機嫌がますます悪くなってしまうだろう。仕方なくフォークを取り、一個ずつ片付けていく。
「今度はナナリーも誘ってみんなでお茶にしましょうよ。最近はルルーシュが忙しくてなかなか揃わないからつまらなくて」
「悪かったな。俺だって好きで忙しくしているわけではない。今度っていつだ?」
「そうね、来月の一週目か二週目はどうかしら」
「十日を外してくれれば問題ない」
「十日はお仕事?」
「いや、スザクの誕生日なんだ。その日はうちでスザクのバースデーパーティーをする予定で。そうか、いつもアリエスの中でやっているからユフィはまだ呼んだことがなかったな。ユフィも来ないか? 大勢を呼ぶとスザクが気疲れすると思って身内だけにしているんだが、ユフィならスザクと仲がいいから大丈夫だ。料理もたくさんあるし、ユフィの好きなケーキも作っておく」
顔を上げると、ケーキのお皿を持ったままユーフェミアが首を傾げていた。誘い方が良くなかっただろうかとルルーシュも思わず首を傾げた。
「もしかして毎年スザクのお誕生日をお祝いしているの?」
「ああ」
「ルルーシュが自分でお料理を作って?」
「ああ。スザクの好きなものを用意したいからな」
「どうして?」
「どうしてって、スザクは俺の騎士だぞ。大事な騎士の誕生日を祝うのは当たり前じゃないか」
「ルルーシュがそんな風にお誕生日をお祝いするのってスザクとナナリーとマリアンヌ様以外にいる?」
「いいや。それがどうかしたのか?」
「うーん」
何やら考え込んでいたユーフェミアが皿を置いた。
「つまり、ルルーシュにとってスザクは特別って意味よね?」
「はあ?」
何を言っているのだと眉を寄せる。
スザクは騎士だ。日本から無理やり連れてきてしまったという申し訳なさもある。だから、せめてもの心遣いとして誕生日を祝うだけだ。
「確かに騎士は特別な存在だし、ルルーシュとスザクはもともとお友達だったから仲がいいのはわかるけど、十七歳の男の子がそれってあまり一般的じゃないと思うのよね」
「ユフィに一般常識を諭されるのはなんだか癪だな」
「もう、ルルーシュったら酷い。私は学校のお友達から聞く男同士の友情について確認しているんです。だって、年頃の男の子はあまりベタベタしないって聞くんですもの。でも、本気で嫌なら文句を言うだろうし、スザクも満更ではないのかしら」
妹の何気ない発言にルルーシュは息を呑んだ。
結局、その話はそこで終わったけれど、アリエスに戻ってからもルルーシュはずっと考え込んでいた。
今の今までスザクの誕生日を祝うのは当たり前のことだと思い、なんの疑いも持っていなかった。しかしユーフェミアの話が本当ならば、自分の祝い方は間違っているのではないかという不安が生まれる。
「お兄様、どうされたのですか?」
聞き慣れた声にハッとした。廊下で突っ立っている兄を覗き込んできたのは妹のナナリーだった。
「ご気分でも悪いですか?」
「いや、なんでもないんだ。ところで、その……、今年のスザクの誕生日のことなんだが」
「今年もお兄様がお料理を用意されるのでしょう? ケーキは去年より大きくするのですか?」
「ナナリーは何も感じていないか?」
「何をです?」
無邪気な笑顔に「なんでもない」と返す。少なくともナナリーは毎年恒例のバースデーパーティーをおかしいとは感じていないようだ。
「もしかしたらユフィも来るかもしれない」
「ユフィ姉様も?」
「だからケーキは何種類か作ろうと思って」
「それは楽しみです」
言葉通り楽しそうな笑顔のナナリーにルルーシュも頬を緩ませた。
(スザクからの意見は聞いてみるとして、今回の分はすでに食材も頼んであるから今さら作らないというわけにもいかないし、今年はひとまず今まで通りでいいか)
そう結論付け、何事もなく誕生日当日を迎えるつもりでいた。
問題が発生したのは、誕生日の二日前のことだった。
「ギルフォード卿からお誘いがありまして、軍の関係者やラウンズの皆様と手合わせしてみないかということなんです。コーネリア皇女殿下もぜひとおっしゃっているそうなので、参加してきてもよろしいでしょうか」
にこにこと伝えられた内容に、ルルーシュは自分の胸がどんどん冷えていくのを感じた。
「殿下?」
「あ……、いや、俺のスケジュールがどうだったか考えただけだ」
「その日は以前から空けておくようにとのご指示でしたので何も入っていません。もちろん、騎士として殿下のお側を離れるわけにはいきませんから、問題があるようでしたらギルフォード卿にはお断りの連絡をいたします。勝手に話を進めてしまい、申し訳ございません」
スザクに謝られ、ぶんぶんと首を振った。話を通さず勝手に予定を進めていたことをルルーシュが不快に感じていると思われたようだ。
確かに騎士は主の側にいるのが当たり前だが、決して束縛したいわけではない。自分のプライベートもすべて投げ打って主に身を捧げろだなんて一方的な隷属は求めていない。そんなのは騎士ではなく奴隷だ。
それに、騎士同士が親交を深めるのは良いことである。ラウンズとの顔繫ぎも悪い話ではない。騎士には騎士のネットワークがあるだろうから、そこにスザクが加わるのはルルーシュにとっても利点だ。
(だからここはスザクの主として、俺は快くスザクを送り出すべきなのだ)
机の下で両手を握り締めたルルーシュは、騎士に悟られないよういつもの笑みを浮かべた。
「騎士同士の交流はお前のためになる。俺のことは気にしなくていいから行ってこい」
「ありがとうございます」
礼を伝えるスザクの顔は嬉しそうだった。先日の手合わせは彼にとって有意義な時間だったのだろう。
しかも、今回はラウンズが参加する。ラウンズとは滅多に顔を合わせる機会がないので、帝国最強の面々と力比べができることが素直に楽しみなのかもしれない。
「ちなみに、その日は何時に戻ってくるつもりだ?」
「集合は午後で、手合わせが終わったあとは親睦会でもどうかと聞いています。もしかしたら夜になるかもしれません」
「夜……」
「もちろん翌日の任務に支障が出ないよう早く戻って参ります」
「――いや、せっかくだから羽を伸ばしてくるといい。なんなら翌日まで休暇にしていいぞ」
「そういうわけには」
「お前は自分の休みをちゃんと取らないじゃないか。人には休めと口うるさいくせに、肝心の自分が無休ではいい仕事ができないだろう」
だから休暇を取れと強引に決めた。申し訳なさそうにしていたスザクも、ルルーシュがしつこく勧めると最後には折れてくれた。
そしてスザクの誕生日当日、「では二日間、休暇をいただきます」と頭を下げた騎士をルルーシュは笑顔で見送った。扉が閉められ、部屋に独りきりになった途端、大きな溜め息をついて椅子に沈む。
「こだわっていたのは俺だけか……」
誕生日おめでとうの一言を言いそびれてしまった。
だけど、スザクの口から誕生日という単語が出てくることは一度もなかった。忘れているのか、あえて言わなかったのかはわからないが、毎年のパーティーをスザクも楽しんでくれていると思い込んでいた自分が恥ずかしい。
もしかしたら、スザクにとっては何もかもが苦痛だったのかもしれない。押し付けだと感じていた可能性もある。わざわざ当日にほかの予定を入れるということは、つまりはそういうことだ。
(スザクは何も悪くない)
こんなことならもっと早くパーティーの件を伝えておけば良かった。毎年のことだから今年も当然予定はないだろうと思い込み、確認を怠った自分の責任だ。
パーティーをするつもりでいたナナリーには悪いことをした。今年はやらないんだと伝えたとき、ナナリーはガッカリした様子だった。
用意していたプレゼントはスザクが戻ってきたら渡そうと慰め、ユフィのところへ遊びに行ったらどうか、せっかくだから泊ってきたらいいと勧めた。こちらから声をかけておきながらユーフェミアにパーティー中止を伝えるのも心苦しく、来週にでも必ずお茶会をしようと約束した。
そうして妹達のフォローが終わると、今度は取り寄せた食材の後始末に頭を悩ませる。今日のために用意してもらったものばかりなので捨てるなんてもってのほかだ。
(もともと今夜はパーティー用に俺が準備する予定だったからな。料理長達には休んでもらっているし普通の夕食として作るか。ナナリーはいないが、たまには母上と二人の食事もいいだろう。保存がきくものは残しておくとして、ついでだからお茶会のときのケーキを試作してデザートにしよう)
献立を組み立て直し、まずは食材の仕分けに取りかかる。
今日のために早々と用意していたプレゼントは引き出しの奥に仕舞い込んだまま、ルルーシュは騎士のいない一日を過ごすことにした。
「スザク?」
知っている声に呼び止められ、スザクは通路の途中で振り返った。驚いた顔をしているのはナナリーとユーフェミアだった。
「どうしてあなたがこんなところにいるの?」
「お二人のほうこそなぜこんな場所に」
「私達はお姉様に誘われて見学に来ただけです。そんなことよりスザク、あなたのほうが問題よ」
「問題とは?」
なぜか責められているらしく、スザクは首を捻った。
三人がいるのは軍の施設だった。皇女が来るような場所ではないが、軍人であるコーネリアの誘いならば二人がいてもおかしくない。しかし、ナナリーがこんなところに来ることをよくルルーシュが許したものだと驚いた。
「スザクさん、どうして今日はアリエスにいらっしゃらなかったのですか?」
「今日はギルフォード卿のお誘いでこちらに来たのですが……、何かありましたか?」
不在の間、ルルーシュの身に何かあったのではないかと緊張する。しかし、それにしてはナナリー達に緊迫感がない。
すると「今日はスザクさんのお誕生日ではないですか」と教えられ、予想していなかった回答にスザクは目を点にした。
「お兄様はスザクさんのバースデーパーティーをするつもりだったのですよ」
「え……?」
「でも、今年はしないって急に中止にされたんです。スザクさんは何も聞いていませんか?」
「誕生日……、あ……あああっ!」
今日が何月何日かを思い出し、それが自分の誕生日だとようやく気が付いた。
気が付いた途端、顔から血の気が引くような感覚がした。そんなスザクに二人のお姫様が顔を見合わせる。
「もしかして、自分のお誕生日を覚えていなかったのですか? 毎年ルルーシュがお祝いしているのに?」
「い、いえ、その、殿下がお祝いしてくださるのはもちろん嬉しいのですが、毎年期待するのは騎士としてどうかと思って、それで無意識に誕生日を忘れていたというか……」
何を言っても言い訳にしかならない。ナナリーの話では、今年もルルーシュが率先してパーティーの準備を進めていたことになる。しかし、主役がほかの予定を入れてしまったのでやむなく中止にしたのだろう。
そういえばギルフォードから誘いがあったと話したとき、ルルーシュはどこか様子が変だったかもしれない。せっかく準備を進めていたのに、すべて無駄になってしまったのだ。落胆するのは当然だ。
「スザクさん」
スザクが青くなっているとナナリーが眉を寄せた。怒っているのかと思いきや、その口調は憂いを帯びていた。
「スザクさんはお兄様のお祝いが負担でしたか?」
「そんなことはありません!」
「正直にお話ししてください。責めるつもりはありません。ただ、もし負担になっていたのならお兄様にちゃんとお伝えしてほしいのです。お兄様はスザクさんのお誕生日のお祝いを本当に楽しみにしていたから、それができなくなればガッカリするでしょうけど、スザクさんを無理にお付き合いさせていると知ったらもっと気に病まれると思うんです。だから、お兄様には良いことも悪いことも全部お話ししてください」
騎士ならば。いや、騎士だからこそ。そういう気持ちでナナリーは言ってくれているのだろう。
「もちろんわかっています。殿下に嘘はつきません。それから、ルルーシュ殿下にお祝いしていただけるのが嬉しいのは本当です」
「気を遣われていませんか?」
「ええ。毎年たくさんのごちそうとケーキを用意してくださることに感謝しかありません」
「良かった」
破顔するナナリーにスザクも頬を緩めた。それから慌てて時間を確認する。
「まだ間に合うでしょうか」
「はい。おひとりで拗ねていると思いますから、早く行ってあげてください。ただし、今年のごちそうは諦めてくださいね」
悪戯っぽく言ったナナリーに笑い、「ごちそうよりも殿下にお会いすることのほうが大切ですから」と伝えた。
「お姉様には私からお話ししておきます」
「はい! では、失礼いたします!」
二人の皇女に見送られ、スザクは全速力で駆けた。
途中、ギルフォードとすれ違い、「殿下の緊急事態なので帰らせていただきます!」と頭を下げた。ルルーシュ殿下の一大事ならば早く戻れと、コーネリア第一の彼はすぐに理解してくれた。
また今度手合わせをとお願いして再び走り出す。迎えの車に乗り込み、できるだけ早くアリエスへと命じるとすぐに動き出したけれど、そのスピードは普段の何倍も遅いように感じられた。
こんなことならランスロットに乗ってくれば良かったと思う。いや、いっそ自分の足で走るか。そんなことを考えるのは大いに焦っている証拠だ。
(怒っているだろうな、ルルーシュ)
毎年、騎士の誕生日にささやかではあるが心を尽くしたパーティーを開いてくれるルルーシュの顔を思い出し、胸が痛んだ。
今年もきっとたくさんのごちそうを用意し、ケーキは何にしようと頭を悩ませてくれたに違いない。それをすべて無駄にしたのだ。
誕生日を覚えていなかったから仕方ないと言い訳をするつもりはなかった。パーティーをするなら前もって言ってくれれば良かったじゃないかとか、パーティーを勝手に企画したのはルルーシュなのだから誘ってもらわなければわからないとか、ルルーシュに責任転嫁するつもりもない。毎年の恒例行事なのだ。今年もいつも通りと考えるのは自然なことだった。
(すべてはそれをすっかり忘れて、あろうことかほかの予定を入れてしまった僕の責任だ)
ルルーシュが毎年お祝いしてくれるのはとても嬉しい。それは本当だ。
日本からたったひとりブリタニアへやって来たスザクのために、ルルーシュが心を砕いてくれていることは知っている。だから、スザクも毎年楽しみにしていた。それも本当である。
ただ、ルルーシュとの生活があまりに幸せで、このままこの幸せがずっと続くのだろうかと考えたら少し怖い。そのうちルルーシュに大切な人ができて、その人と過ごす時間のほうが優先されたら騎士でしかないスザクには立ち入る隙がない。
お前はもういらないと言われたら。騎士を辞めてほしいと言われたら。ルルーシュはそんな無責任な発言をしないとわかっているのに不安は少しずつ降り積もり、どんどんスザクの心を覆っていく。
(僕がただの騎士なら、こんなつまらないことは考えなかったのかな)
車が着くまでは焦っても無意味なので、座席にもたれかかって夜の景色をなんとなく眺める。
子供の頃からルルーシュの騎士になりたかった。ルルーシュは友達で、出会ったときから綺麗な子供で、子供なのにやけに大人っぽくて、そのくせどんくさいところがあって、すぐに転んで怪我をして、痛いくせにやせ我慢をして、とにかくいつも目が離せなかった。
こんな弱っちいやつは俺が守ってやらなきゃ。騎士になりたいと思ったきっかけは子供の頃のそういう感情だ。
やがてルルーシュと別れなければならないことを知り、だったら俺がブリタニアに行くと決めた。ブリタニアに行ってたくさん勉強して強くなってルルーシュの騎士になるのだと、十歳のスザクは子供心に決意した。
スザクの選択を両親は止めなかった。いずれ諦めて戻ってくるだろうと思われていたのかもしれない。
しかし、スザクは諦めなかった。ルルーシュの側にいたかったし、ルルーシュを一番に守りたかった。そうして四年の歳月をかけて念願を叶えた。
当初は日本人騎士に対して批判的な声のほうが多かったけれど、言われっぱなしは悔しいからとルルーシュと二人で必死に頑張った。
自分が騎士になったせいでルルーシュの評判を下げたくないというスザクなりのプライドもあった。騎士のために尽力してくれるルルーシュのためにも、彼の騎士として相応しくありたかった。
そうした努力は実を結び、今では理想的な主従関係だと周囲からは評価されている。
(理想的、か)
これほど皮肉な言葉はないと苦く笑う。
友達への幼い憧れと、弱い者は守らなければいけないという正義感は、いつから形を変えてしまったのだろう。
同性であり、唯一無二の主であるルルーシュを、どうして好きになってしまったのだろう。
この恋心が報われることはない。騎士を続けるならばひた隠しにしなければならない。生涯、悟られるわけにはいかない。だけど、日増しに大きくなっていく気持ちをこの先も押さえ付けていけるかどうか自信がない。
無防備に接してくるルルーシュに密かな劣情を抱いていると知られたらきっと侮蔑される。騎士を辞めさせられる。それだけはなんとしても避けなければならなかった。
(だからって、誕生日を忘れていた理由にもならないか)
小さく息をついたとき、アリエスの離宮が視界に入った。今は自分の恋路よりルルーシュへの謝罪が先だと、車を降りるとすぐさま駆け出し部屋に向かった。
しかし、いくら声をかけてもルルーシュは出てこない。まさか怒りのあまり口もききたくないのではと青褪めていたら、ルルーシュ付きの使用人に「殿下は厨房にいらっしゃいますよ」と教えられた。
「厨房?」
「はい、お昼からずっと。もうそろそろお夕食のお時間なのですが、まだ出ていらっしゃらないのでどうしようかと」
「わかった、ありがとう!」
話を遮り、今度は厨房を目指して走る。常にはない騎士の様子にすれ違う使用人達は何事かと目を丸くしていたけれど、いちいち説明している余裕はなかった。
「ルルーシュ殿下!」
ようやく厨房に到着するとノックも忘れて扉を開け放ち、大きな声で主の名前を呼んだ。
厨房の真ん中にいたルルーシュがぽかんとしている。デコレーションの最中だったのか、その手には絞り袋があった。調理台の上に生クリームがぽたりと落ちて、スザクは思わず「あっ」と声を漏らした。
「スザク、お前どうして……」
ハッとしたルルーシュが時計を見て、え? という顔をし、再びスザクのほうを見た。
「まだ夕方だぞ。夜まで戻ってこないのではなかったのか。まさかもう懇親会は終わったのか?」
「いえ、途中で抜けてきました」
「抜けてきた? なぜだ?」
ルルーシュに歩み寄ると、申し訳ございませんと頭を下げる。
「自分の誕生日なのにすっかり忘れていました。そのせいで殿下には大変申し訳ないことをしてしまいました」
「お、俺は別にお前の誕生日なんて気にしていないし、それでお前が謝るようなことは……」
「今年も僕のために誕生日パーティーを予定されていたのでしょう? ナナリー様に伺いました」
誤魔化そうとしていたルルーシュだったけれど、妹の名前を聞くと観念したように絞り袋を置いた。
「ナナリーが話してしまったのなら仕方ない。お前にちゃんと言わなかった俺がいけないんだ。毎年やっているから今年も当然そのつもりでいたが、お前にはお前の予定があるという大事なことをすっかり失念していた。騎士同士で交流を深めるのはいいことだし、俺のためにほかとの交流を蔑ろにする必要はない。だから気にするな。それに――」
何やら言いにくそうにしているルルーシュに首を傾げる。それに? と先を促せば、紫の瞳がスザクをちらりと見てきた。
「誕生日を祝いたいというのは俺の勝手な気持ちだ。お前に押し付けるつもりはない。もしほかの人間と誕生日を一緒に過ごしたいと思うのなら、俺のことは気にしなくていいから、だから」
「僕はルルーシュと過ごしたい」
騎士の口調を忘れて一歩踏み出した。あらぬ誤解をしているルルーシュに、それは違うと伝えたかった。
僕が一緒にいたいのはルルーシュだけだし、祝ってもらいたいのもルルーシュだけだと言いたかった。
「君が僕のために毎年パーティーを開いてくれるのが本当に嬉しいんだ。忙しいのにいつもごちそうを作ってくれて、ケーキだって手作りしてくれて、僕は世界一幸せな騎士だって思ってる。ただ、君に負担をかけたいわけじゃないんだ。ルルーシュのほうこそ毎年準備が大変だろう? 忙しいときは無理してほしくないし、僕はルルーシュからおめでとうって言ってもらえるだけで嬉しいんだ」
「スザク……」
ルルーシュが頬を緩める。その表情はどこかほっとするような色を浮かべていた。
「負担なんかじゃない。俺がやりたいからやっているだけだ。でも、もし本当に忙しくて時間が取れないときはできないとちゃんと伝える。それでいいか?」
大きく頷いた僕に、ルルーシュの笑みが深まった。
「そういえばまだ言ってなかったな。誕生日おめでとう、スザク」
「ありがとう」
「で、懇親会に出ていないということは夕飯はまだなのか?」
「うん。実はさっきからずっとお腹空いてる」
「まったく。それならそうと連絡してから帰ってくれば良かっただろう」
早くルルーシュに会いたい一心で飛び出してきたため、連絡をする暇なんてなかったのだ。空腹感だって今の今まで忘れていた。
「少し待ってくれないか。ケーキのほうに集中してしまってまだ食事の準備ができていないんだ」
「それって全部君が作ったの?」
調理台には完成済みとおぼしきホールケーキがいくつもあった。試作品だと言われるけれど、こんなに作ってどうするつもりだったのか。すると、いくつかはユフィのところへ届けるんだと教えられた。
「お前はどれが食べたい?」
「僕?」
「もともとはお前のためのケーキだからな。これはまだ試作なんだが、今日はこれで我慢してくれ」
「我慢だなんて、ここにあるので充分だよ」
並んでいるケーキはどれも綺麗にデコレーションされていて美味しそうだ。とても試作には見えない。しかしルルーシュは満足していないようで、いいや駄目だと首を振った。
「お前には完成品を食べてもらいたいんだ」
「わかった。楽しみにしてる。じゃあ、今日はチョコレートのやつがいいかな」
「これだな。では、残りはユフィのところに届けさせるとしよう」
ルルーシュの横顔はどこか楽しそうだ。その様子に僕も自然と笑顔になる。
「ところでユフィから指摘されたんだが、俺がお前を特別だと思うのはおかしいことだと思うか?」
「へ?」
思い出したように問われ、僕は間抜けな声を発した。
「普通の十七歳の男子は違うと言われても何が普通なのかわからないし、俺にとってお前は大事な友達で騎士なわけだし、こうして誕生日を祝うのは変じゃないよな?」
「えっと……」
「今日はお前が側にいなくて変な感じだった。いつも一緒にいるからそれが当たり前になっているんだな。お前にはお前の付き合いがあるのに、俺だけがお前を独占するのはいけないんだろうな」
呟くように言ってルルーシュが小さく笑った。困ったような、自分自身に戸惑っているような、そんな笑みだった。
「いつかお前に大事な人ができても、俺の騎士でいてくれるか?」
「何を言ってるの。当たり前じゃないか。それに、僕にとって大事なのはルルーシュだけだよ」
「でも」
「僕にはルルーシュしかいないんだ。ルルーシュ以外を選べって言われても困る」
思わず漏れた本音にルルーシュが目を瞠っていた。気持ちはひた隠しにしなければいけないのに、これでは自ら暴露しているようなものだ。しまったと後悔するけれど、一度声にした言葉はなかったことにできない。
「――そうか」
次の瞬間、ルルーシュが綺麗に微笑んだ。あまりに綺麗で、スザクはしばし見惚れた。
「お前にそう言ってもらえて嬉しい」
横顔を向けたルルーシュの頬がほんのり染まっているのは気のせいだろうか。この反応をどう捉えればいいのかわからず、スザクの胸は意味もなく鼓動を速めた。
「食事ができるまで部屋で待っていろ。準備ができたら呼びに行かせる」
「う、うん」
どこか夢見心地のまま厨房を出た。
好きだと言ったわけではない。好きだと言われたわけでもない。ただ、特別だと伝えられた。
(僕がルルーシュにとっての特別)
友達としてとか騎士としてとか、そういう意味合いでしかないのはわかっている。
でも、嬉しかった。
この恋が片想いのまま終わるのだとしても、ルルーシュの特別に入れてもらえただけで充分だ。
(最高のプレゼントをもらった気分だな)
温かい気持ちに満たされ、スザクは厨房を振り返った。
ありがとう、と胸の中で伝える。
ルルーシュを好きになって良かったと誕生日に実感できることが何よりも幸せだと思えた。
「……顔が熱い」
思わず両手で頬を触った。熱でもあるのだろうかと額にも触れてみるけれど、体調が悪いという感じではない。
どうしたものかとルルーシュは困惑した。
スザクから「大事なのはルルーシュだけだ」と言われ、じわじわと嬉しさが広がった。あのときの感覚をどう言葉にすればいいのかわからない。
ただ、スザクのことを考えるとそれだけで幸せになるような、甘酸っぱいような、不思議な感情が湧き起こった。
(騎士だから大事に思ってくれているだけなのに、勘違いしてしまいそうだ)
何を勘違いするのか。ふと疑問に思ったけれど、答えはいつまで経っても出そうにない。
(余計なことを考えている場合じゃない。まずは料理だ)
予定していたパーティーではないけれど、今年も彼の誕生日をお祝いできるのだ。一緒に食事をして、食後はケーキを用意して、それからプレゼントを渡そう。
スザクの喜んでくれる顔を思い浮かべるだけで幸せな気持ちになれる。
(俺のほうがプレゼントをもらったみたいだ)
おめでとう、と心の中でもう一度伝える。
来年もその次も、ずっと一緒に祝えることを願ってルルーシュは唇に笑みを乗せた。
(19.07.10)