イベリス

 現在、ナイトオブラウンズとして皇帝陛下に仕えているのは、ジェレミアとジノとアーニャの三人だけだった。
 ナイトオブゼロのスザクは別格扱いなので、ラウンズとしてはカウントされていない。戦闘能力だけで見ればスザクひとりでラウンズ十人分の働きをするのではとの声もあるが、いくら彼が強くても身体はひとつ。
 万が一の場合、この少ない人数では陛下をお守りすることができない恐れがあると言い出したのは、ルルーシュの皇帝即位に伴いナイトオブワンに出世したジェレミアだ。
 先の皇帝、シャルル・ジ・ブリタニアが退位した際、ラウンズは一旦解散となった。もともと彼らはひとりの皇帝に忠誠を誓うもので、次の皇帝へ自動的に引き継がれるわけではない。基本的には新皇帝の御世となった時点でお役御免である。ブリタニアの騎士制度とはそういうものだし、ルルーシュ自身、父親に仕えていた彼らを従わせようという気はさらさらなかった。
 しかし、新たにメンバーを選任するのは何かと面倒であった。ラウンズの権力は絶大なので希望者は山のようにいる。実力があれば採用したいところだが、下手な人選をすれば後々厄介が生じた。
 大きな権力を手にすると人は変わるものだ。ラウンズの権力を笠に着て好き勝手されたのでは皇帝の威信にも関わってくる。だからこそ、兵士達の憧れの存在として相応しい人材を起用したい。しかし、そういう人材は一朝一夕で見いだせるものではないから時間をかけてじっくり探したい、というのがルルーシュの建前であった。
 実際のところは、いずれ皇帝を廃す方向に持って行くとき、ラウンズをあまり残しておきたくないというのが本音だ。素直に従ってくれるのならば問題ないが、もし反旗を翻されたら国家の転覆すら有り得る。そういう懸念も含んでの構想なのだが、それはだいぶ先の話であり、まだルルーシュの頭の中にしかない計画なのでスザクにすら打ち明けていない。
 だから、ラウンズはあまり置かないよう密かに画策していたのだが、ルルーシュの身辺を憂慮したジェレミアがメンバーの選定を猛烈に勧めてきた。
 エリア政策白紙の宣言をしたことで不穏な動きがあったのも事実だ。貴族による反乱も警戒され、その対応にはジェレミアとスザクが当たってくれている。
 二人の働きのおかげもあって国内の反乱分子はすっかり静かになったものの、肝心の皇帝周辺の警備が手薄になるようでは心配だと、とうとうスザクからも苦言を呈された。
 お前がいれば充分だろうと諦め悪く反論すれば、「もちろん僕は誰にも負けるつもりはないけど、僕が遠征で不在のときに皇宮が襲撃されたら元も子もないだろう? 君の無事がしっかり確保されないと安心して戦えないよ」と子供に言い聞かせるように諭された。ここまで言われ、その上、大事な宝物を扱うように両手を握られたら何も言えなくなってしまい、ルルーシュはようやく諦めた。
 そうして真っ先に声をかけたのは、以前から親交のあったジノとアーニャである。二人のことは実力も人柄もよく知っていて、今さら身辺調査の必要もない。前皇帝のお下がりで代わり映えがしないという陰口は、二人の働きでしっかり一掃してもらった。
 メンバーが増えたことで遠征はジノとアーニャに任せ、その間、スザクは前以上にルルーシュの側にいることができ、この一件は解決したと思っていた。
 しかし、ジェレミアの心配は解消されていなかったようで、「一人が三人に増えただけではなんの解決にもなっていません」と再度訴えられた。
 メンバーを増やしたばかりじゃないか、ジノとアーニャだけでは不満なのかとルルーシュが嫌な顔をすれば、「不満とか不満ではないとかそういう問題ではありません」と彼にしては珍しく意見してきた。

「せめてあと一人、我らで四方を守れるようにどうかあと一人、ラウンズを任命なさってください」

 泣き縋るように訴えられては邪険にもできず、わかったあと一人だからなと不承不承ながらも了承した。
 身内にはどうしても甘くなるのは俺の悪い癖だと思ったけれど、ジェレミアの心配も理解できるのでたまには彼の望みを叶えることにしたのだ。
 それがナイトオブラウンズの新メンバーを決めるに至った経緯である。

***

「御前試合、ですか……?」

 ルルーシュの発言にスザクがなんとも微妙な顔をした。不満というより不安という表情だった。

「なんだ、私の案が不服か?」
「不服ではありませんが、それはつまり陛下がラウンズ候補の前で試合をご覧になるということですよね?」
「御前試合とはそういうものだろう?」
「でしたら自分は反対です。その他大勢の者の前にお姿を見せるのは危険です」
「私は敵が多いからな」

 茶化すように言えば、すかさず「陛下」と咎められた。主のこととなるとすぐに熱くなる騎士に肩を竦める。

「お前はいつまで過保護なんだ。そんなことでは視察ひとつ行けないではないか。お前のせいで止められた予定がいくつあると思っている」
「自分が止めなければいけない予定を組んだことについては反省されていないのですか」
「まあいい。今はラウンズの御前試合についてだ」

 面倒なことになりそうだったので無理やり話を戻した。何か言いたそうなスザクの顔は見なかったことにする。

「せっかくお前達の希望を聞き入れたのに文句があるのか」
「自分やジェレミア卿の希望を聞き入れてくださったことは感謝していますが、もっとほかに方法はあるでしょう。今はまだ陛下の周辺が落ち着いていません。これを機に陛下のお命を狙う者が現れないとは限らないのです」
「だからこその事前審査だ。スザク、お前が不届き者を片付けろ」
「どういう意味ですか?」
「これはトーナメントにする。だが、延々とトーナメントをやるわけにはいかないから、まずは一次審査で適正値以下の者を落とす。これはナイトメアのパイロット適正テストでいいだろう。二次審査は数を絞って実戦をやってもらう。そこでスザク、お前の出番だ」
「候補者と戦えということですか?」
「我が騎士は理解が早いな」

 お褒めにあずかり光栄ですと、スザクが平坦な口調で返した。

「陛下との付き合いもだいぶ長くなりましたので、嫌でもわかってしまいました。一体、二次審査で何人残すおつもりですか」
「安心しろ、お前が戦える人数にするし、一日で終わらせろと言うつもりもない。審査は一日ごとで、一週間ほどかけて行うつもりだ」
「それでしたら不可能ではないですが」

 一日の対戦数をまだ決めていないのに、不可能ではないとあっさり言い切るところがさすがは体力馬鹿、いや、我が騎士だとルルーシュは口元を緩めた。

「二次審査は生身でのテストで、お前には相手と一体一の対戦をやってもらう。これは相手の身体能力と適性を見極めるだけだから別に勝たなくてもいい」
「いえ、勝ちます」

 即座に否定され、ルルーシュはきょとんとした。

「僕は陛下の騎士です。たとえテストだとしても誰かに負けるつもりはありません」

 翠の瞳が主を真っ直ぐ見つめる。真剣な口調は彼が本気であることを伝えていた。

「お前は真面目だな」
「真面目な騎士はお嫌いですか?」
「いいや。私の騎士がお前で良かったと改めて惚れ直したところだ」

 その目を見つめ返せばスザクがわずかに狼狽した。いつもはルルーシュを振り回すくせにこの程度で動揺するとは、意外と可愛いところがあるじゃないかと肩を揺らす。

「私の騎士はまだまだ純朴だな」
「からかわないでください。いつもはお願いしても言ってくれないのにズルいんだから……」
「何か言ったか?」
「いいえ」

 惚れ直しただなんて、プライベートのときだったら恥ずかしくてとても言えない。でも今は、二人きりとはいえ皇帝と騎士という役割を演じている最中で、普段は口にできないこともあっさり言葉にできる。自分でも不思議だけれど、どちらも本心であることに変わりはなかった。

「では、二次審査の時点で本気を出せ。手を抜いて負けることは許さない」
「もちろんです。二次審査のあとは?」
「ファイナリストを選出し、トーナメントをやってもらう。優勝した者が晴れてラウンズ入りできるというわけだ」
「わかりました。それではすぐにトーナメントの手配をいたします」
「反対ではなかったのか?」
「騎士の反対であっさり覆す陛下ではないでしょう?」
「視察のときは強硬に反対するくせに」
「視察はまた別です。それに、ただの思い付きでトーナメントを提案されたわけではないでしょう?」

 顔を覗き込まれ、ルルーシュは口の端を上げた。

「君、皇帝になってからすっかりガサツになったね」

 普段の口調になったスザクに、今度は声を立てて笑った。

「度胸がついたと言ってほしいな」
「度胸と無謀は全然違うからね」
「はいはい」
「ルルーシュ」

 叱るように呼ばれるけれど、そこには心配の意味がこもっていることを知っていた。スザクが心配するのはそれだけルルーシュを想ってくれているからだと考えたら少しくすぐったい気もする。

「無茶はしない」
「本当だね」
「ああ」

 疑うような目をしていたスザクは、小さく息を吐くと後ろから抱き締めてきた。ルルーシュは力を抜き、彼の肩に頭を預けた。

「日程はどうする?」
「決勝は二ヶ月後。それ以外はお前達に任せる」
「わかった」

 ルルーシュの耳に唇が当てられる。顔を動かせば唇にキスが落ちてきた。
 まだ勤務時間中だという文句は飲み込んだ。皇帝の執務室は公的な場所だが、半分は私的な場所でもある。プライベート以外は騎士としての態度を崩さないスザクが珍しく素顔を覗かせてくれるのだから、堅苦しいことは言わない。
 ちょうど休憩にするところだったからと自分の中で言い訳をし、ルルーシュは目を閉じて恋人のぬくもりを堪能した。
 ナイトオブラウンズ選定のためのトーナメントを開催すると発表されたのは、それから十日後のことだった。
 新皇帝が新しいラウンズを探している。ブリタニアもしくはブリタニアのエリア出身者であれば参加可能。年齢も性別も問わない。条件はただひとつ、強い者であること。そんな内容が公となり、注目ニュースとして各局各紙が大きく取り上げた。
 一番話題になったのは、ナンバーズにまで門戸が開かれたことである。枢木スザクという前例があるので前代未聞の事態ではないものの、ナンバーズであってもラウンズになれるとはっきり示されたことで各エリアは上を下への大騒ぎとなった。
 エリア政策白紙の一件と相俟って、新皇帝はやはりナンバーズの味方なのだとますます支持される一方、ルルーシュ皇帝はやはりブリタニアの敵だと目する反皇帝過激派を刺激することにもなった。
 そういう状況を憂慮するどころか、逆に楽しんでいたのは企画立案者であるルルーシュだった。狙い通りの反応だなと満足気に言えば、スザクは「楽しそうで何よりです」と呆れ気味の反応をした。

「まだ不満か」
「いいえ」
「だったらもっと前向きに捉えろ。それに、お前にはしっかり働いてもらわなければいけないんだ。皇帝の唯一の騎士が負けたなんてことになったら目も当てられないぞ」
「誰にも負けるつもりはありませんのでご心配なく」

 きっぱりと言い切ったスザクに、自分の騎士を見上げたルルーシュは晴れやかに笑った。

「我が騎士が世界最強であることをちゃんと証明しろよ」
「イエス、ユアマジェスティ」

 答えるスザクの顔は騎士であり恋人でもあって、ルルーシュは笑みを深めた。
 うちの陛下は物好きで度胸があってちょっとやそっとのことでは動じなくて為政者としては完璧なんだろうけどいかんせん前に出過ぎで困ったものだと、パイロット適正テストの結果をチェックしながらスザクは溜め息をついた。

「何、変な結果でもあった?」

 データをまとめていたロイドに声をかけられ、いえ、と姿勢を正す。

「今回は通常の適正テストと比べてだいぶ数字をいじってるからね。そこそこのセンスがなければ合格点には達しないはずだよ」
「だいぶってどの程度ですか?」
「軍のトップクラスに入れるくらいには」

 随分と思い切ったものだが、ラウンズの選定なので当然の対応だろう。一次審査の応募者はかなりの数だと聞き、二次審査の対戦相手はどれだけいるのだと少々げんなりしていたのだが、これは精鋭揃いとなりそうだ。

「だってラウンズになるためのテストだよ? そこらの一般兵以下じゃ使い物にならないでしょう」
「その割には結構残りましたね」
「ま、所詮はテストだから。シミュレーションに特化した訓練をすれば試験だけでもパスすることは可能だよ」
「なんのためにそんな訓練を?」

 首を傾げれば、ロイドがにやりと笑った。

「それはもちろん、皇帝陛下とナイトオブゼロのご尊顔を拝するために」

 二次審査進出者は皇帝陛下に直接会えるということを大々的にアピールしている。しかも、二次審査で対戦するのは皇帝の騎士ナイトオブゼロということで、こんな機会は滅多にないと腕自慢が多く集まったらしい。
 スザクにはその動機がよくわからないが、ジェレミア曰く「ナイトオブゼロとの手合わせは軍人ならば誰もが一度は憧れるもの」らしいので、そういうものかと一応は納得した。しかし、皇帝のルルーシュはともかく、その騎士に会いたがる者がいるとはあまり本気で信じていなかった。

「わざわざですか?」
「わざわざだよ。それだけの価値が君と陛下にはあるってこと」
「僕もですか?」
「当たり前でしょう」
「物好きが多いんですね」

 肩を竦めて書類に目を落とす。この中に将来のラウンズがいるのかと思えばチェックにも力が入った。
 書類にはテストの結果のほかにこれまでの経歴が載っていた。虚偽があるかもしれないので、諜報部に頼んで裏付けも取ってある。誰でも応募可能とは言え、過去のテロや犯罪に関係した者まで受け入れるわけにはいかない。ルルーシュは実力さえあれば過去は気にしないと言いそうだが、護衛する身としては大いに気にする。
 二次審査進出者の選定はスザクの裁量に任されたため、日頃は煙たがられている過保護さを存分に発揮するつもりだ。

「あれ、この人……」
「ん? 誰?」
「彼女です。すごいですね、テストの結果」
「ああ、彼女は逸材だよ。ナイトメアの扱いに関しては君クラスなんじゃないかな。ライバル出現ってところ?」
「なんですか、それ」
「君だってライバルがいないと張り合いがないだろう?」
「そういうことを考えて騎士をやっているわけではないので」
「でもさ、陛下をお守りする人間は強ければ強いほどいいじゃないか」
「それはそうですけど」
「うかうかしていたらナイトオブゼロの座を誰かに奪われるかもよ」

 睨むように見れば、「おおっと、陛下の騎士様は怖い怖い」とちっとも怖がっていない口調でロイドはどこかへ行ってしまった。逃げたなと胡乱な目で見送ると、スザクは写真の中の女性に視線を戻した。

「カレン・シュタットフェルトか……」

 二次審査に残った者はほかにもいるが、彼女の結果はひときわ目を引いた。トーナメントの決勝にはきっと彼女が残るだろうと思ったのは、軍人の勘のようなものだった。

***

 二次審査前に皇帝陛下への謁見が行われることとなった。
 皇帝が直接やって来ることは事前に知らされており、審査会場となるアリーナは熱気と緊張感に包まれていた。
 ブリタニアにおいて皇族は最上位に属し、貴族でなければ直接会うことすら叶わない。皇帝となればその存在は文字通り雲の上の存在だ。
 その皇帝がわざわざ会場まで足を運んでくれるとなれば、普段は皇帝に否定的な人間でも興奮するものである。しかも、今回はラウンズになりたいと志願した人間ばかりなので興奮の度合いはさらに高い。
 観客席はマスコミに解放し、皇帝陛下がラウンズ候補の面々に言葉をかけるシーンを撮ろうとカメラが多数向けられていた。これはルルーシュが呼んだもので、二次審査と最終審査であるトーナメントはすべて放送される予定だ。

「まもなく陛下のご到着だ」

 二次審査に進む三十名は、兵士の言葉で一斉に背筋を伸ばした。
 まずジェレミアが現れ、そのあとにスザクを伴ってルルーシュが出てきた。澄んだ湖面のような静寂と緊張感が会場に満ちる。
 場内を見渡したルルーシュは穏やかな笑みをたたえた。

「今日は未来のラウンズに会えると楽しみにしていた。それぞれの実力を充分に発揮し、悔いのないよう戦ってくれ。ちなみに私の騎士は強いぞ。だが、この中に我が騎士を打ち負かす者がいるかもしれない。その者には枢木スザクの代わりにナイトオブゼロの座を与えてもいいと思っている。そのつもりで励んでほしい」

 信じられない発言に会場がざわめくが、ルルーシュの後ろに控えていたスザクは眉ひとつ動かさなかった。

「陛下、こちらへ」

 ジェレミアの先導でルルーシュが移動する。このあとは皇帝陛下が激励の言葉をかけることになっていて、本日のメインイベントとも呼べた。
 参加者のもとへルルーシュが向かい、彼らに声をかけて握手を交わすという一連の流れを繰り返す。
 ルルーシュは全員の経歴やこれまでの実績などをすべて完璧に頭の中に入れていた。そのため、陛下は自分のことをそこまでご存知なのかと誰もが驚き、ブリタニアの皇帝陛下に顔と名前を覚えてもらえたことにひどく感激していた。

「君がカレン・シュタットフェルトか」

 続いて声をかけたのは赤い髪の女性だった。テスト結果を見てカレンを高く評価したルルーシュは、スザクとロイドも彼女は逸材だと目を付けていることをまだ知らなかった。

「出身は日本で、ブリタニア人と日本人のハーフということだが、今はブリタニアに?」
「はい。父に呼び寄せられ、現在は母と共にブリタニアで暮らしています」
「シュタットフェルトは新興貴族の中でも名門だ。その一人娘である君は、正式な戸籍では純粋なブリタニア人となっているのではないか? 自分の出自を明かせば選考で不利になるとは思わなかったのかな」
「日本人の騎士をお持ちの陛下でしたら、出自で人を判断されることはないと思ったからです」
「それは買いかぶりだ。私だって差別することがあるかもしれない。では聞くが、私が君の期待通りの人間でなかったら?」
「そのときは私の目が節穴だったというだけです」
「人を見る目がなかった自分の責任だと?」
「はい。勝手に期待したのは私です。自分の望んだものが与えられなかったからと言って、その原因を他人に押し付けるのは傲慢というものです」

 潔い回答にルルーシュは笑みを浮かべた。

「最後の質問だ。君はなぜラウンズになりたい?」

 カレンの目がルルーシュを見つめた。

「自分の力で生きていきたいからです。それから、この国を変えようとされている陛下のお力になりたいと思って志願しました」
「なるほど。よくわかった」

 ルルーシュが手を差し出せば、カレンは急に緊張したような顔になって握り返した。健闘を祈る、と告げてルルーシュは歩みを進めた。
 予定は順調に進み、最後の参加者の前へ行く。あと一人だと周りの空気がほんの一瞬緩んだとき、突然誰かが「ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアっ!」と怒鳴った。
 聞こえてきたのはアリーナの後方からで、何事かと全員の意識がそちらへ向く。その隙にルルーシュの近くにいた参加者達が腰の剣を抜き、無言で襲いかかってきた。

「陛下!」

 異変に気付いたカレンが迷うことなく剣を手にする。しかし、それより早く現れた者がいた。
 襲撃者を一気に斬り伏せたのはナイトオブゼロ、枢木スザクだった。一体どこから現れたのかと全員が呆気に取られていたら、スザクはルルーシュを庇いながら剣の鞘を構えた。
 銃声が聞こえたのと、スザクの持つ鞘が動いたのはほぼ同時だった。銃弾をそれで弾いたのだとわかったのは果たしてどれだけいただろう。突然の襲撃に右往左往するマスコミや逃げ惑う者達は、スザクが何をしたのか見えてもいなければ理解もしていなかったはずだ。

「ジェレミア卿!」
「ああ、予定通りだ。全員、こっちに避難しろ!」

 ジェレミアが取り残された人々に向かって叫ぶ。すると、警備のために配置されていたナイトメアが動いた。
 てっきり犯人を取り押さえるのだろうと誰もが思っていたら、なぜかルルーシュのほうに向かってきたので周囲はさらにパニックとなった。しかも反旗を翻したのは一機ではなく、半数以上が敵対行動を取っている。味方のナイトメアが応戦するけれど、数が多いので苦戦していた。

「君、人間のほうを相手にできるか」

 誰が敵なのかを見極めようとしていたカレンは、それが自分にかけられた声だとすぐには気付けなかった。
 ハッとして振り返れば、ルルーシュを守ることに全神経を注ぎながら敵を見据えるスザクがいた。

「一般人に危害を加えようとする者は斬って構わない。ただ、あとで取り調べをしたいからできれば生かしておいてくれると助かる」
「あ……はい!」

 カレンのほうを見たルルーシュが頼むぞと言うように頷いた。自分の命が狙われているにもかかわらず、ルルーシュの表情はずっと変わらない。凪いでさえいて、冷静にこの状況を把握しているようだ。
 そこへアリーナの壁を突き破ってナイトメアが現れた。スザクの前でぴたりと止まったのはランスロットだった。

「失礼します、陛下」

 ルルーシュを抱き上げたスザクはそのまま跳躍し、コックピットに飛び乗った。まさか皇帝陛下を乗せて戦う気かと、信じられない光景にカレンは「嘘でしょ……」と呟いたけれど、今は敵を倒すのが先だと剣を握り直した。
 敵の狙いは皇帝ただひとりのようで、ルルーシュがランスロットに乗り込んだとわかればすべてのナイトメアが白い機体に向かって行った。カレンは人間のほうの敵を片付けていくが、生身ではナイトメアを止めることができない。
 さすがのナイトオブゼロも多勢に無勢では負けるかもしれないと参加者達がはらはらしながら見守っていたら、ランスロットはなんの問題もなく一機ずつ確実に活動不能にさせていた。
 スラッシュハーケンを巧みに使い、背後の敵は振り向きざまに回し蹴りで蹴り飛ばし、エナジーウイングで上空に移動するとスーパーヴァリスで確実に仕留めていく。それは演舞のようでもあり、動きの一つ一つに美しささえ感じられた。

「すごい、本物の白き死神だ……」

 誰かがぽつりと零した感想はその場の総意だっただろう。
 あれがルルーシュ皇帝唯一にして最強の騎士であるナイトオブゼロで、ラウンズをも超える存在なのだと全員が身震いする。
 やがて複数のナイトメアがやって来た。今度こそ味方のようで、倒された敵を拘束していく。

「怪我人がいれば申し出るように。無事な者は控え室へ」

 アリーナはようやく落ち着き、兵士のアナウンスに従って人々は歩き始めた。
 二次審査のはずがとんだ事件に巻き込まれたと疲労困憊の空気が漂う中、カレンは真剣な面持ちで歩いていた。脳内で枢木スザクの動きを再生する。悔しいけれど圧倒されてしまった。
 今は彼のほうが強い。
 それを認めなければいけなかった。

***

「これはまた随分と派手にやりましたねぇ。伝統あるアリーナだったのに修繕はどうするおつもりですか。まさかここまま放置ってわけにはいかないでしょう」
「ロイド……、頼むから今は黙っていてくれ……吐く」

 左手で口元を覆ったルルーシュが吐き気をこらえる。顔色は真っ青で今にも倒れそうだった。
 大丈夫ですかとスザクが背中をさするので、全然大丈夫じゃないと悪態をつく。「文句を言えるのは元気な証拠ですね」と言われたが冗談ではない。
 参加者の前では堂々と勝利宣言をしたものの、裏に回った途端、あまりの気持ち悪さに倒れ込んでしまった。傾いたルルーシュの身体を焦った様子で抱きかかえたのはスザクなのに、もう平然としているのがなんだか悔しい。

「それで首謀者はどうなりましたか?」

 主の代わりにスザクが首尾を尋ねれば、ジェレミアが進み出て膝をついた。ソファの上で蹲っているルルーシュにも聞こえるようにとの配慮だろう。

「ほぼ陛下の読み通りです。監視を付けていた貴族共はもれなく動いてくれたのですべて逮捕しています。知らぬ存ぜを通している者もいますが、実行犯達の証言とこれまでに集めた証拠で充分起訴できるかと。それから軍の内部にも関係者がいましたので事情聴取をし、容疑が固まり次第、逮捕する予定です」
「ふん、どうせ俺が宰相補佐だった時代から快く思っていなかった連中だ。宰相府襲撃事件のときにシュナイゼル兄上が不穏分子を片付けてくれたが、まだ残党が残っていたわけだな。しかし、これで残らず一掃できただろう。今回のはいい機会だった」
「どこがいいんですか。危うく命を落としかけたのですよ。ご自分の身を囮にするのは金輪際やめてください」

 すかさずスザクが意見してきたので、ルルーシュは眉を寄せた。

「その前にお前は私に謝れ。なんだあの動きは。私を乗せて戦うことは許可したが、飛んだり回転したりしていいとまでは言っていない」
「自分の戦い方は陛下が誰よりもよくご存知でしょう。今さら文句を言われても困ります。第一、必ず勝てとおっしゃったのは陛下ではないですか」
「勝てと言ったが、常人離れした動きをするな。私が一緒ならば普通はもう少し遠慮して動くものだろう。いつも通りの戦闘をされたら私が死ぬ。おかげで酷いナイトメア酔いだ。私を殺す気か」
「こうでもしないと陛下は大人しくならないのでちょうどいいのではないですか」
「なんだと。スザク、お前それでも私の騎士か」
「その座を勝手に人に与えようとしたのはどこの誰ですか。ナイトオブゼロをゲームの景品にしないでください」
「お前が勝つと信じていなければあんなこと言うわけないだろう。それとも自信がないのか」
「自信ならありますよ」
「だったら別に構わないだろう」
「そういう問題ではありません」

 ヒートアップする言い争いに、まあまあまあとロイドが割って入った。

「ラウンズをかけたトーナメントにかこつけて反陛下派を炙り出し、一掃するという作戦は無事に成功したんだからいいじゃないですか。しかし、警備の半数近くが敵対勢力というのはさすがにやり過ぎじゃないですか? スザク君じゃないけど、僕も冷や冷やしましたよ」
「それについては私も反省している。警備を厳重にし過ぎれば犯人の入り込む余地がない、だからと言って緩すぎる警備では罠ではないかと警戒されてしまう。今回は敵が馬鹿だったおかげで不審に思われなかったが、警戒心の強い相手だと失敗していた可能性がある。絶妙な配分というのは難しいものだな」

 反省するところはそこなのかという目でスザクが見てきたけれど、いちいち付き合っている暇はないので無視をした。

「マスコミのほうは?」
「陛下のご命令通り、マスコミ対策は万全にしております」
「私の狙いとナイトオブゼロの活躍については大々的にアピールしてくれ。私に歯向かう気運もこれで少しは下がってくれるだろう」

 あとは――、と立ち上がってスザクに向き直った。

「中途半端になってしまった二次審査だな」
「これから対戦というのは参加者にとってなかなか過酷なのでは」
「この程度で根を上げてどうする。ラウンズの戦場はもっと過酷だぞ。それに、参加者が三分の二ぐらいに減ったおかげでお前の負担も減ったから良かったじゃないか」
「ちっとも喜べません」

 二次審査進出者のうち、三分の一が敵の送り込んできた実行犯というのは通常ならば大問題だ。しかし、今回はあえてそういう人間を弾かないようにとロイドに頼んで選出条件を設定した。
 さすがにスザクに黙っているわけにはいかないので事情を説明したが、「なんのための僕のチェックですか」と嘆かれてしまった。それでも三分の二はまともな人間をねじ込んできたのだから、我が騎士は諦めが悪い。

「今日の映像はあとで私にも回してくれ。あの状況下でパニックにならずに動けた者はかなりの人材だ。戦闘レベルが低かったとしてもなんらかの形で採用したい」
「すぐにご用意いたします」

 ジェレミアが下がり、ランスロットの調整のためにロイドもいなくなると、皇帝の控え室にはルルーシュとスザクの二人だけになった。
 しんとした空気が肌に突き刺さるようで、ルルーシュはさり気なく顔を背けた。

「ルルーシュ」

 しかしスザクは見逃してくれなかったようで、低い声にルルーシュの身体は強張った。
 この国で一番偉くて彼の主でもあるのに、疚しさを自覚しているせいか強く出られない。これも惚れた弱みと言うのだろうか。

「こうなることはあらかじめ予想していたじゃないか。事前の調査で実行犯と思しき人物に目星を付け、狙い通りに配置して俺を襲いやすくしたのは計画の内だし、実際そのとおりになったのだから作戦としてはなんの問題もない。お前のランスロットも遠隔操作でちゃんと呼び出せただろう? あの機能は使えるからほかのナイトメアも標準装備にしていいな。それから」
「ルルーシュ」

 背後から抱き締められ、ルルーシュはぴたりと口を噤んだ。余計なことをまくし立てるのはやはり疚しさの証だ。

「こういうことはもう二度としないで」
「俺自身が餌になるのが一番効率のいい方法なのはお前だって理解しているだろう?」
「前にもお願いしたよね。君自身を囮にするような危ない真似はもうしないでほしいって」

 初めての戦場での話を持ち出され、懐かしいような気持ちになった。
 何年前になるだろう。あのときはスザクに褒美をやると言ったんだったなと思い出し、叱られている最中だというのに胸が温かくなった。
 あの頃からスザクの心配性は変わらない。むしろ、今のほうが強くなっているかもしれない。
 皇帝の騎士になったのだからもっと大きく構えていなければ駄目ではないかと思うけれど、スザクを心配性にさせているのはルルーシュの行いのせいなので申し訳なさも感じる。
 自分を抱き締める腕にそっと触れた。力を込めたスザクはルルーシュの肩に顔を埋めるようにした。先ほどまで敵を容赦なく倒していた騎士が今はひどく子供っぽい。

「心配をかけて悪かった。だが、自分から動くのは俺の性分なんだ。それはお前が一番よく知っているだろう?」

 スザクの戦い方もルルーシュのやり方も、一番にわかっているのはお互いである。今さら改めろと言うのは不可能だと彼も理解しているはずだ。
 だから、これはただのわがままなのだ。大事な人を心配するあまりの。
 (そう考えたら心配されるのも嬉しいものだな。ってことをスザクに伝えたら憤慨されそうだが)
 身体を動かして向きを変えると、腕を伸ばしてスザクに抱き付いた。彼の匂いを吸い込めば、酔いの気持ち悪さが治まるようだった。

「俺を守ってくれた褒美だ。お前の欲しいものをやろう」

 顔を上げたスザクにルルーシュは微笑んだ。

「なんでも?」
「ああ。お前が望むのならばなんでも」
「じゃあ、君が欲しい」

 ルルーシュを覗き込む翠の瞳には欲の色があった。外には人が大勢いるし、このあとは二次審査進出者との対戦が残っているのに、仕事場で情欲を隠さない騎士は随分と独占欲が強い。
 しかしそれを嬉しいと思ってしまった俺も大概だと、ルルーシュは胸の内で呟いた。
 スザクを引き寄せ、近付いた唇に触れるだけのキスをする。欲を濃くした瞳を見つめてルルーシュは艶やかに笑んだ。

「夜になったらいくらでもやるから、今はこれで我慢しろ」

 だからしっかり励めよ、我が騎士。
 そう囁けばスザクが頬を緩めた。

「イエス、ユアマジェスティ。ご褒美分の働きはしっかりしますので」
「馬鹿。そこは褒美以上に働くんだよ」

 額をくっ付けて笑い合い、再び口付けた。唇を薄く開いて互いの舌を探ると濡れた音が耳に届いた。
 もしかしたら命を落としていたかもしれない状況を切り抜けたからこそ、こんなに甘ったるいことができるのだ。
 ルルーシュはスザクを強く抱き締めた。すると優しく背中を撫でられて、安堵と愛しさが全身を包み込む。
 (なんて甘い)
 それは、生きていることを実感する甘さだった。
 (19.08.31)