イバラヒメ

 ※DVD-BOX特典の茨ルルーシュ(タペストリー)に触発されて書いたものです。スザクが少々病んでいます。無理やりな表現があるので苦手な方はご注意ください。
 長い廊下に靴音が響く。
 急くように歩くのはひとりの少年。
 足を進めるたびに栗色の髪がふわふわと揺れていて、どことなく幼さを残した顔立ちにはぴったりだ。が、童顔に似合わずその視線は険しい。この世のすべてを憎悪するような瞳で、真っ直ぐ前を見つめる姿は修羅を思わせた。
 彼が踏み締めるのは年代を感じさせる古い建物だった。隅々まで手入れが施され、この場所の本来の持ち主をいつでも迎えることが出来るよう細心の注意が払われている。屋敷を彩る絵画や装飾品はどれも高価なものばかりである一方、単に派手なだけではなく上品な重厚さも窺わせた。
 しかしそれらの装飾も屋敷の豪華さも、とある場所を目指す少年にとってはどうでもいいことだった。
 今の目的はただひとつ。
 頭の中を占めるのはただひとり。
 屋敷の奥まった場所にある重々しい鉄の扉を前に、ようやく少年の足が止まる。
 取り出したのは扉に相応しい重みのある鍵。すべてのものが自動化されている社会において、手動で開けるタイプの扉は珍しい。だけど、ハッキングをして簡単にロックを外してしまう相手に対しては、前時代的であるからこそ非常に有効な手段だった。道具が揃っているならともかく、手元に何もない状態で複雑な構造の鍵を開けることはさすがの彼にも不可能だろう。
 だからこそ、この屋敷が選ばれたに違いない。
 ぎいい、と音を立てて扉が開かれる。その向こうには足を踏み入れるのを躊躇うような闇が広がっていたが、少年は気にすることなく奥へと進んだ。
 数メートル先にもうひとつの扉が現れ、同じように鍵を開けて入るとようやく人の息遣いがする部屋に辿り着いた。元は一体何に使われていた部屋なのか。いかにも南国といった風情の島で、休暇を楽しむときにまさか監禁や拷問をすることはあるまい。
 だけどあの人ならばあり得そうだと思い、自分もその同類かと少年は口の端を上げた。

「――ルルーシュ」

 それは、部屋の絨毯の上で打ち捨てられたように倒れている黒髪の少年の名前。
 しかし彼はぴくりとも動かない。虚ろな瞳を虚空に向け、静かに息だけをしている。身に纏った服は裂け、そこから覗く白い肌には至るところに傷が付き、赤い血が流れて痛々しい。
 両手には茨の蔓が巻き付けられていた。ルルーシュが逃げないように拘束しようと思ったのだが、手枷となるものがなく、たまたま庭に自生していたものを緊急的に使用したのだ。手錠とは違って茨には無数の棘があり、細い手首に生々しい痕ができている。
 栗色の髪の少年――スザク――は、小さく溜め息をついた。

「抵抗しているつもりかい?それとも、僕なんかに命乞いをしたって無駄だと思ってる?確かに君の処分を決めるのは僕じゃない、皇帝陛下だ。でも、今は僕が君の生殺与奪権を握っている。ここで君が素直に僕の言うことを聞けば、僕から陛下に口添えしてあげることも可能だ。それでも君は命乞いをするつもりがないの?」

 応えはない。
 足を進めてルルーシュの前に立つ。しゃがみ込むと無造作に髪を掴んで顔を上げさせた。やはり反応はない。
 暗く濁った紫の瞳は、目の前のスザクを通り越してどこか遠くを見ていた。そのことがひどく苛立たしくてスザクは舌打ちをした。
 少なくとも、ここに来た一週間前はこうではなかった。
 力では敵わないとわかっているくせに激しく抵抗し、何度も逃亡を図ろうとした。だが、彼に絶望を与えてやるために無理やり犯し、それが二日三日と続いていくうちに、ルルーシュはだんだん物を言わない人形になっていった。
 最初の三日目までは部屋に入るだけで恐怖に体を震わせ、気が狂ったのではないかと思うほど暴れていたのに、四日目を過ぎると諦念が恐怖を上回ったのか、抱いている最中ですら反応を見せなくなった。
 自分に憎しみを向けて銃の引き金を引いた人間と同一人物とはとても思えない。

「そうして現実から逃げるつもりか。そんなことは許さないルルーシュ……いや、ゼロ」

 自分たちは恋人同士だった。
 ほかの誰よりもルルーシュが好きだったから、抱くときもまるで壊れものを扱うみたいに大事に大事に愛した。
 だから、殴る蹴るの暴力の代わりにめちゃくちゃに犯されたルルーシュはきっとショックだったはずだ。あれほど暴れて恐怖に怯えていたのは、相手がスザクだったせいもあるのかもしれない。
 首に手をかける。
 ルルーシュは苦しそうな顔をしただけで、もがく様子はなかった。自分の命すら投げ出したような姿は彼らしくなく、ますますスザクを苛つかせた。自分がそうさせたのだとしても、抗おうとしないルルーシュなんてルルーシュではない。
 首から手を離すと、背中を抱いた。唇を合わせ、隙間から舌を捻じ込む。歯列を割って咥内を貪ってみてもルルーシュからの抵抗はない。ただ息苦しそうにするだけで、何も反応しない相手を抱くのは人形を抱くのと変わらなかった。
 やっと手に入れたのに、こんなにもルルーシュは自分の思い通りにならない。
 神根島での対峙のあと、ロイドを通じて本国に連絡を取ったスザクが耳にしたのはブリタニア皇帝の声だった。
 まさか直接話をすることになるとは思わずさすがに緊張していると、ブリタニアと日本の間にある小さな島の名前を告げられた。そこにある屋敷にゼロを拘束し、逃げ出さないよう見張っておくことが当面のスザクの仕事となった。
 皇帝からの指示は簡単で、「ゼロは生かしておけ。決して殺すな。生きてさえいればそれ以外の扱いは任せる」という短い言葉だけだった。
 どうやらこの屋敷は皇帝がお忍びで過ごす場所のようで、小さな島とは思えないほど充実した設備があったし、ブリタニアからの使者が二日置きに訪ねてきたから食べるものにも困らない。
 これが単なるバカンスならばどれほど良かっただろう。南国の空気を肌に感じながら、恋人と二人きりで一日中気ままに過ごす。夢のような日々だ。
 しかし実際に行われているのは、薄暗い部屋で力ない人間を一方的に痛めつける凌辱。
 そもそもどうしてこんなことになったのか。
 どうしてルルーシュがゼロなんだ。
 どうして自分の邪魔をする最大の敵がルルーシュなんだ。
 間違っている。こんなのは間違っている。絶対に間違っている。
 傷付き血を流しているルルーシュを犯しながら、どうして、と悲痛な声を漏らした。
 その体内に熱をぶちまければ、ルルーシュはすでに意識を失っていた。彼が抵抗をやめたのは、休みなく与えられる快楽と苦痛に体が限界を訴えていたのも原因かもしれない。だけど、今のスザクはルルーシュの体を気遣うことはできなかった。
 どうして。
 どうして。どうして――。
 密室にスザクの声だけが響いた。
 やがて皇帝からの命令で、ルルーシュをブリタニアへ連行することが決まった。
 いつもの部屋に行くと、彼は床の上で死んだように眠っていた。その服は真新しい拘束衣に変わっている。捕虜なので当然の措置だが、これを贈ったのがあの父親であることをルルーシュは知らない。もし知っていたら着替えさせるときに大いに暴れただろう。
 スザクは腰を下ろし、髪を梳きながら語りかけた。

「君は悪い魔女に誑かされたんだ。だから、僕が君の目を覚ましてあげるよ」

 ルルーシュにはこれから裁きが待っている。自分を騙し、ユフィを殺した彼に相応しい罰が与えられるはずだ。

「お姫様はお城に閉じ込めておくべきだったんだ。外に出るから魔女に出会うし、悪い人間に騙される。だけど、もう安心だよ」

 顔を近付け、唇にそっとキスを落とした。
 長い睫毛が震える。瞼の下から愛しい紫がゆっくり現れた。目覚めたルルーシュに、スザクはにこりと微笑んだ。

「おはようルルーシュ。さあ、行こうか」

 お城という名の牢獄へ。
 眠り続けていたお姫様は、目を覚ましたことを幸せだと思っただろうか。
 お姫様の本当の気持ちなんて、誰も知らない。
 (14.01.29)