星空の下

 誰が最初に言い出したのかはわからない。
 ただ、新しいものや珍しいものに目がない会長が食い付いた時点でそれは決定事項となり、生徒会メンバーの強制参加が決まったことは間違いない。

「だって好きな相手と一緒に観たら恋が実るプラネタリウムだなんて、どんなものか一度は行っておくべきでしょう?」

 企画発案者の言葉にあまり不満の声が上がらなかったのは、恋を実らせたい人間が実は生徒会には多いからだ。
 アッシュフォード学園から電車で数本のところに出来たショッピングモール。その建物の最上階にプラネタリウムが併設されていることは知られていたけれど、最初の頃はそれに興味を示す生徒は少なかった。
 プラネタリウムよりも買い物やゲームセンターで遊ぶほうが楽しい年代だから仕方ない。唯一、友達のルルーシュが妹を連れて行きたいと口にしていた程度で、話題に上ることもなかった。
 それが急に人気のスポットとなったのは、『好きな相手と一緒にプラネタリウムを観たら恋が叶う』という噂がまことしやかに流れるようになったせいである。
 開館からまだ一年も経たない場所でそんな噂が流れるのは非常に怪しい。入場者数アップを目論んだ施設側の情報操作ではないか、と眉をひそめていたのはルルーシュだ。せっかく足を運ぼうとしていたのに、星なんて興味もない学生が大勢押しかけて迷惑だと思ったのだろう。
 ともかく、高校生たちの間でそのプラネタリウムは恋愛成就の場所として一気に注目の場所となり、興味を示した会長の一声で生徒会によるプラネタリウムツアーが計画されたのだった。

「プラネタリウムに行くこと自体は構わないが、会長の場合は面白半分だろう。俺は静かに星の解説を聞きたいのにこれでは台無しじゃないか。そもそも、恋愛スポット的な扱いをされているのが気に入らない。今まで誰も話題にしなかったのに現金なものだな」
「まあまあ。確かに人が増えて混雑はしているみたいだけど、さすがに上映中に騒ぐ人はいないだろうし静かに観賞は出来ると思うよ」
「静かに観賞できなかったらそれこそ問題だ」

 不機嫌を隠すことなく隣を歩く友達にスザクは苦笑いを浮かべた。
 (実は僕も噂にちょっと興味がある、って言ったら怒られるだろうなぁ)
 好きな人と一緒に行けば本当に恋が叶うのか、その真相を確かめてみたいとは思っていた。
 だけど、いきなりプラネタリウムに行こうと言い出したらルルーシュに怪訝な顔をされるに決まっている。お前もほかの連中と同じかと、幻滅したような目を向けられるのは確実だ。
 (ルルーシュに嫌われるのは嫌だから言い出せなかったけど、会長さんのおかげで口実が出来たな。リヴァルやシャーリーもノリノリだったし、多数決で決まればルルーシュだって諦めてついて来てくれるし)
 今回のツアーにリヴァルが賛成だったのは、もちろんミレイ会長との恋愛成就を狙ってのことだ。そしてシャーリーはルルーシュ。もしかしたらカレンあたりもルルーシュ狙いかもしれない。渋った様子を見せていたけれど反対とは言っていなかった。
 一人の人を巡って複数の人間が恋の成就を願った場合、恋愛の神様は一体誰に微笑んでくれるのだろう。
 (プラネタリウムに一緒に行く口実は出来たものの、さすがにライバルが多すぎるな……。こんなことならもっと早く誘っておけば良かった)
 思わず溜め息をつきそうになって、誤魔化すように荷物を抱え直した。
 古い資料を見るためルルーシュと二人で倉庫に行った帰りで、日の落ちかけた廊下にはほとんど人影がない。残っているのは部活生ぐらいだった。

「そうだ、今日の夜は一人か?」
「うん、父さんも母さんも地方だからね」

 スザクの父親は政治家をやっている。その活動の一環で両親とも三日前から地方に行っていた。家に残るのはスザク一人だが、幼い頃からよくあることなのでもう慣れっこだ。

「じゃあうちに夕飯を食べに来ないか。ナナリーもお前に会いたがっているし」
「本当?行く、絶対行く!」
「わかったわかった、大声を出さなくてもちゃんと聞こえている」

 犬が尻尾を振るように喜べばルルーシュが可笑しそうに笑う。横顔に夕陽が当たり、ルルーシュの周りだけきらきらと輝いているみたいだった。
 (好きだなぁ)
 友達から好意を寄せられていることを彼は知らない。しかもその好意は友情の域を超えたもので、いわゆる恋愛における好意である。
 ルルーシュとは幼馴染で、幼い頃から一緒にいる。初めて意識したのは中学のときだけど、もしかしたら小学生のときから好きだったのかもしれない。
 好きだという気持ちは日に日に強くなり、友達として彼の隣に立てることが嬉しいけれど少し複雑だ。妹のナナリーを除けば自分がルルーシュにとっての一番だと自負している。だけど、そのうちルルーシュに彼女が出来れば今の地位は簡単に奪われてしまうだろう。
 ルルーシュを好きなのは自分やシャーリーやカレンだけではない。学校中の女子生徒がライバルと言っても過言ではないし、中には男もいるかもしれない。
 (僕が女の子ならもっと簡単だったのにな)
 女の子なら告白できるし彼女にもなれる。でも、男の自分には告白すら叶わない。
 プラネタリウムの噂に惹かれたのは、そんな叶わない恋をしているからかもしれなかった。

「じゃあ、この資料を早く整理して帰ろう」
「うん」

 廊下に二人の影が長く伸びる。
 いつかルルーシュに彼女が出来たとしても、友達として彼の特別のままでいられたらいいのにと願うように思った。
 次の日曜日。ミレイ会長企画によるプラネタリウムツアーが決行された。
 ルルーシュと一緒に待ち合わせ場所に行くと、自分たち以外のメンバーはすでに揃っていた。

「おっそーい!」
「遅刻はしていません。それに時間はまだあるはずですよ」
「席は早い者勝ちなの」
「噂のスポットを見るだけなのに席なんて関係あるんですか?」

 ルルーシュがもっともなことを言えば、わかってないわねとミレイが首を振った。

「こういうところはご利益が大事でしょう?それにせっかくだから良い場所で見たいじゃない」
「ご利益も何も単なるプラネタリウムなのに……」
「もう、ルルーシュは女心をもう少し理解しなさい。みんな揃ったことだし、じゃあ行きましょうか」

 ミレイの先導で施設へと向かう。チケットはリヴァルがあらかじめ人数分用意してくれていたので並ばずに入ることが出来た。しかし早い者勝ちという言葉通り、座席は四分の三ほど埋まっていた。全員が一列になって座るのは難しく、二人一組でばらばらに席を見つけることとなった。
 シャーリーがしきりにルルーシュを窺っているのにはすぐに気付いた。きっと彼の隣を狙っているのだろう。

「ルルーシュ、僕たちはこっちに行こうか」

 スザクは先手を打って声をかけた。大人気ないという自覚はある。シャーリーは優しいからこうすればあっさり諦めてくれることを知った上での行動だ。
 ごめんと心の中で彼女に謝ったものの、今はまだほかの人間にルルーシュを譲りたくなかった。
 運良く一番奥に空いている席を見つけ、そこにルルーシュと並んで座った。リクライニングシートを倒せば天井が目に入る。

「こうしていたら眠くなりそうだね」
「寝るんじゃないぞ」
「わかってるよ。あ、この肘掛けって上がるみたい。上げてもいい?」
「ああ」

 肘掛けを上げれば自分とルルーシュの間を隔てるものは何もなかった。並んで寝転ぶように座り、手を伸ばせば隣の相手はすぐ傍だ。
 ふいに、おかしな衝動が湧き起こった。
 このままルルーシュの手を握ったら彼はどんな反応を示すだろう。
 子どもの頃はよく手を繋いでいた。ルルーシュの手を引いて裏山まで星を見に行ったこともある。無邪気に触れることが出来なくなったのはいつからか。
 扉の締まる音が聞こえ、会場が少しずつ暗くなっていく。光り輝く星が映し出されて静かなナレーションが始まった。ルルーシュをそっと窺えば、その瞳はじっと夏の夜空に向けられていた。
 ルルーシュの意識がナレーションと映像に向けられているのをいいことに、スザクはじっと彼を見つめた。
 (やっぱり綺麗だな)
 腕を動かすと思いがけず隣の温もりに触れた。指と指が当たり、お互い反射的に手を引こうとする。
 しかしスザクはすぐにその手を追いかけた。無意識だった。
 今度はしっかりとルルーシュの指先を捉え、そこでようやく自分の行動に気付いて愕然とした。触れたいという願望が強すぎて表に出てきてしまったのかもしれない。
 ごめんと言ってすぐに離そうと思った。カップルならともかく、同性の友達に手を握られても気味が悪いだけだろう。
 だけど、今度は逆にルルーシュの手に力が籠もった。自分を引き留めるような仕草に思わず顔を向ければ、彼は相変わらず夜空に目を向けていた。
 ルルーシュが何を思っているのかはわからない。でもこれはきっと了承の意味だ。
 馬鹿な勘違いだとしても今は都合良く解釈しようとスザクは指先を深く絡めた。
 暗闇の中、隣り合ったシートでこっそり手を繋ぐ。まるで恋人同士のような状況にスザクの心臓は鼓動を早め、ナレーションの声はまったく耳に入らなかった。
 やがて一時間ほどの映像が終わり、それと同時に繋いでいた手がするりと離れた。室内が明るくなってもリクライニングシートを元に戻してもお互い無言で、二人して正面を向いている。
 周囲を見回せば、席を立つ客の中に生徒会メンバーの姿があった。いつまでも座っているわけにはいかない。
 スザクは大きく息を吸った。

「ルルーシュ」

 名前を呼ぶとルルーシュがぴくりと反応した。
 外に出て皆と合流すればいつもの空気が待っているのだろう。今の出来事なんか忘れ、自分たちはただの友達に戻るのだ。
 でも、触れた指先のぬくもりを忘れることは出来ない。雰囲気に飲まれただけだったとしても、ルルーシュが手を離さなかったことは事実である。
 その事実に賭けよう。

「今から言うこと、驚かないで聞いてくれる?」

 どこか怯えたように横を向いたルルーシュは、それでも小さく頷いてくれた。

「僕は君が好きなんだ」

 綺麗な紫の瞳が丸くなる。

「愛してるって意味だよ」
「愛……」
「すぐに返事をくれとは言わないよ。急にこんなこと言って君に迷惑をかけていることもわかっている。駄目なら駄目って言ってくれて構わないし、男同士で気持ち悪いと思うのなら僕のことを嫌っていいから。――ごめんね、皆が待ってるし行こうか」

 にこりと笑いかけ、鞄を持つと立ち上がった。告白したのに謝るなんてカッコ悪い。
 雰囲気に飲まれていたのは自分のほうかもしれない。思い切って告白しようと決意したくせに駄目なら駄目でいいなんて、予防線を張るくらいなら初めから言わなければ良かったのだ。
 ルルーシュの顔を見られなくて背を向けようとした。しかし、急に鞄を引っ張られたことで後ろに軽く仰け反る。驚いて振り返れば、何やら難しい顔のルルーシュが自分を見上げていた。

「ル、ルルーシュ?」
「好きな相手と一緒に観たら恋が叶うんだろう?」
「え?」
「俺だって……、少しくらいはジンクスを信じているんだ」

 それだけを言うと、ルルーシュは逃げるように席を立った。

「あっ、待ってよルルーシュ!」

 ちらりと見えた耳は赤く染まっていて、今の科白の意味を考えながら追いかける。
 もしかしてルルーシュも自分と同じ気持ちなのでは、と思うのは決して都合の良い解釈ではないはずだ。
 この場合、プラネタリウムにありがとうと言うべきなのだろうか。
 噂が正しいのか正しくないのか今は関係ない。プラネタリウムというきっかけがなければルルーシュに告白することすら出来なかったのだから、そういう意味では感謝だ。
 今度、本物の星空を見に行こう。
 皆と別れたらルルーシュにそう伝えようと決めて、スザクは溢れそうな想いをそっと笑みにのせた。
 (13.05.10)