早く着きすぎたかもしれない。
そう思いながら向かった待ち合わせ場所にはすでにルルーシュがいて、スザクは急いで駆け寄った。
「ルルーシュ、お待たせ」
「なんだ、随分早いな」
「そういうルルーシュこそ。だいぶ待った?」
「いや、俺も今来たばかりだ」
ベンチから腰を上げ、ふわりと笑む。その顔がとても綺麗で、スザクは緩みそうになった口許を無理やり引き締めた。
「じゃあ行こっか」
「ああ」
二人並んで歩く。
今日は土曜日。三日前に学校で行われた七夕フェスティバル――短冊に願い事の代わりに自分の好きな人の名前を書くという、お祭り好きな生徒会長発案の企画だ――の日、ルルーシュから映画に誘われた。
誰もいない教室で、二人で花火を見ていた時間すら夢のようだったのに、さらには遊びに出かける誘いまでもらい、スザクは自分が本当に夢を見ているのではないかと思った。
家が隣同士だから会うのはたいてい互いの部屋で、遠出をする機会が今まであまりなかった。買い物に行こうとか遊びに行こうと誘うのはたいていスザクで、ルルーシュはそれに仕方なく付き合ってくれているのだと思った。だから夢かと疑ってしまうほど驚いたのだ。
家の前ではなくわざわざ映画館の近くで待ち合わせをしたのはルルーシュの提案だ。どうしてそんなことをと訊いても、なんとなくとしか答えは返ってこなかった。
(これってデートみたいだよね)
待ち合わせ場所で好きな人を待つ。デートとしか思えないシチュエーションにまた顔が緩みそうになり、慌てて引き締めた。
スザクは幼なじみで親友のルルーシュが好きである。もちろん誰にも打ち明けたことはない。親友から好意を寄せられていると知ればルルーシュは嫌悪感を露わにするかもしれないからだ。だったら、何も言わずに自分の心の中だけで想いを温めておけばいい。
それはつらいことでもあったけれど、親友としてルルーシュの隣にずっといられるポジションを失くさずに済むのなら別に構わないとも思っていた。
横を歩くルルーシュをそっと窺った。傍にいることが当たり前になっているけれど、たまにこうして出歩くと、ルルーシュは特別に綺麗な子だと実感した。事実、先ほどからすれ違う人たちの十人中九人はルルーシュを見たり振り返ったりしている。自分のことではないというのに、スザクは世界に向かって大いに自慢したい気分だった。
と同時に、これだけ人気のあるルルーシュだから、そのうち同じくらい綺麗な彼女が出来て、美男美女のカップルなんて言われるようになるのだろうと考えた。そして、自分の考えに自らヘコんだ。
気持ちは伝えないと決めたのに、ほかに彼女が出来るのは許せない。そんなことはひどく矛盾した自分勝手な思いだとわかっている。
でも好きなのだ。ルルーシュがどうしようもなく好きで、出来ることなら自分だけのものにしたかった。
(こんなことで親友の顔をしていけるのかな、僕・・・)
いつ好きになったのか覚えていないけれど、中学生の頃から自覚していた記憶があるからもうすでに五年になる。たった五年でこれだけつらいのに、これから先、何年どころか何十年も抱えていけるのだろうか。
「スザク?どうかしたか?」
気付けば心配そうなルルーシュの顔があった。スザクは慌てて首を振る。
「今日も暑いなぁって」
「夏だからな」
至極もっともな答えにぷっと吹き出す。ルルーシュは夏が苦手だ。日本の夏は湿気が多く過ごしにくいと出会った当時から言っている。
「夏になるとさ、昔はよくうちの父さんの田舎へ遊びに行って、川とか山で遊んだのを思い出すんだよね」
誤魔化すために出した話題は、思いがけずルルーシュの心を掴んだようだ。その目が優しく眇められる。
「最近は全然お邪魔していないから懐かしいな」
「ルルーシュはすぐバテて縁側で良く休んでたけどね」
「うるさい。お前みたいな体力馬鹿と一緒にするな」
「でもナナリーは僕と一緒に外で遊んでくれたよ」
痛いところを突くと、ルルーシュが憮然とした顔をした。あははと笑えば恨めしげに睨まれてしまう。だけど、ナナリーの名前を出された時点で勝ち目はないとわかったのか、文句の声は飛んでこなかった。お喋りをして笑って並んで歩いて、ただそれだけなのにとても楽しかった。
「また行けたらいいね」
「・・・ああ、そうだな」
短い相槌は、しかしどこか諦念のような色があって首を傾げる。ルルーシュは何も言うことなく、小さく笑った。
「ところで、映画の後はどこか行きたいところはあるか」
「うーん、今日は映画をメインに考えていたから特にないなぁ」
「そうか。ならちょっと食事をして帰らないか。行ってみたい店があるんだ」
映画の誘いのときもスザクは驚いたが、この発言にはさらに驚いた。ルルーシュは料理が得意で、外食するぐらいなら家で栄養バランスの良い食事を取るべきだと、ファーストフードが好きなスザクにいつも説教していた。その彼に行きたい店があるという。珍しさと好奇心が隠せなくても仕方ないだろう。
「俺が食事と言ったらおかしいか」
あまりにびっくりした顔をしていたからか、ルルーシュが少し不機嫌そうな様子を見せた。まさか、と否定する。
「一緒に外でご飯ってあんまりないから驚いただけ。ルルーシュの行きたい店ってどんなところだろう」
「別に特別なところじゃないさ」
「ルルーシュと一緒に行けるなら僕にとってはどこでも特別だよ」
「何を言っているんだ」
照れ隠しみたいな悪態にスザクは頬を緩めた。
そんな普通のやり取り――スザクだけはデート気分のままである――をしているうちに映画館へと辿り着く。二人が観たのはアクション映画だった。スザクは公開当初から観たい観たいと言っていたのだが、ルルーシュはアクション映画になど興味がないし予定の合う友達もいなかったので、週末に一人で行こうと思っていた。その矢先にルルーシュから誘われたので余計に嬉しかったのだ。
ジュースを買って席に着く。二人で映画なんていつ以来だろう。ずっと楽しみにしていた映画なのに、デート気分のスザクは隣のルルーシュが気になってたまらなかった。
激しいアクションや美女とのベッドシーンが画面に映っても、意識は常に横へ向いていた。時折明るい光に照らされ、顔がはっきりと見える。一秒一秒ルルーシュに見惚れている自分はどれだけ彼が好きなのかと内心呆れた。でも、好きなのだからどうしようもない。抱え続けている想いは五年経っても十年経っても、五十年経っても変わることがないような気がした。
どこか夢見心地のまま過ごした二時間はあっという間で、気付けばエンドロールすら終わっていた。
「なかなか面白かったな」
「う、うん」
「アクション映画は敬遠していたが、少しくらいは観てもいいな」
「そうだよ。ルルーシュ、昔は戦隊モノが好きだったじゃないか。なのにアクション映画が嫌いって完全に食わず嫌いだと思うよ」
「昔の話はいいだろう」
映画をまともに観ていなかったことを悟られないよう、無理やり別の話題を持ち出す。先ほどと同じ手だが、昔話はかなり効果があるらしい。
「映画観たらお腹すいたね」
「じゃあ食べに行くか」
「うん」
話題になるだけあって映画館は人で溢れていた。その合間を抜け、真夏の日差しが照りつける外に出た。
「少し歩くんだがいいか?」
「平気だよ」
むしろ心配なのはルルーシュだけど、とは心の中だけでこっそり囁いた。あまり体力のないルルーシュが消耗しないよう、出来るだけ彼を建物の影に入れながら歩く。
人の多い通りを抜け、路地裏へと入った。そこに、まるで隠れ家のような一軒の店があった。
「なんのお店?」
「ハンバーグ」
その一言にスザクは急激な空腹を覚えた。答えたルルーシュが少し誇らしげに見えたのは気のせいだろうか。
「このあたりに美味しいハンバーグの店があるって母さんに聞いたんだ。お前、好きだろう?」
「うん、大好き」
スザクはハンバーグ、特にデミグラスソースのかかったものが大好きだ。子供の頃、レストランに行くといつも頼んでいて、またかと親に呆れられた。でも、一番好きなのはルルーシュが作ってくれるハンバーグだとはスザクだけの秘密である。
年季の入った木製のドアを開け、店内へと入った。冷房のひやりとした空気が肌に当たる。路地裏の目立たない場所にあり、昼の時間帯も過ぎているというのに、席は程良く埋まっていた。どうやら人気の店らしい。ルルーシュの母が見つけたというだけあって味も間違いなさそうだ。
席に着くとお勧めのメニューを頼み、他愛ないお喋りをしながら待った。学校のこと、ナナリーのこと、進路のこと。内容は普通の友達同士が話すようなことばかりだ。
ふと周りを見れば、自分達以外は全員がカップルだった。
(もし僕とルルーシュが付き合うようになったら、こんな風にデートしたり……)
有り得ない妄想を無意識に思い浮かべ、ハッとして打ち消す。自分達が付き合うことはないし、万が一にも恋人になれたとして、人ごみが嫌いなルルーシュが積極的に外へ出てくれるとは思えない。だけど、それが実現したらきっと毎日は今以上に楽しく、ささやかな日常すら愛しくなるだろう。
それほど待たずに料理が出てくると、揃ってナイフとフォークを握った。やはり味に間違いはなかった。同時に、ルルーシュのハンバーグが食べたいと無性に思ってしまった。
「ねえ、ルルーシュ。今度さ、またハンバーグを作ってくれないかな」
「俺の手作りなんてたいしたことないぞ」
謙遜の言葉に首を振る。
「ルルーシュのがいい。ここのお店のはもちろん美味しいけど、ルルーシュの作るハンバーグじゃなきゃ意味がないんだ」
スザクからすれば理屈の通った科白なのだが、ルルーシュには伝わらなかったのだろう。不思議そうな顔をしている。
「とにかく作ってほしいんだよ。お願い」
「お前がそんなに言うなら別に構わないが……いつか、時間があったらな」
「本当?ありがとう!」
嬉しくて礼を言えば、ルルーシュが少しだけつらそうな表情を浮かべた。快く引き受けてくれたけれど、実は無理をしているのだろうか。不安になって窺うが、いつもと変わらぬ様子で食事を続ける姿に、今のは気のせいだろうとスザクも食事を再開させた。
すべて平らげ、食後の紅茶を飲んでしばらくのんびりした後、店を出て再び日差しの下に出る。今日の予定としてはこれで終了だ。しかし、これだけで終わらせるのはひどくもったいなかった。
「アイス食べたくない?」
「たった今、食事をしたばっかりじゃないか」
「でも暑いと冷たいものがほしくない?」
「それはもちろんそうだが……」
「この近くに公園があるからさ、ついでにそこでちょっと休んでいかない?駄目?」
「まったく、子供みたいだな」
呆れ口調でルルーシュが笑う。文句を言いつつも結局は許してくれる彼に、自分は特別だと勘違いしてしまいそうになるのは致し方ないだろう。
近くのアイスクリームショップでそれぞれ好みの味を頼んだ。スザクはコーン、ルルーシュはカップに入れられたアイスを受け取る。行儀が悪いとルルーシュが少し渋ったものの、舐めながら公園までを歩いた。
そこは緑豊かな場所で、真ん中には噴水が設置されている。それを取り囲むようにベンチが置かれ、さらに周囲は木々が植わっていた。
日陰になっているベンチに腰掛け、二人揃って黙々とアイスを食べる。時折聞こえる歓声と、噴水から吹き出る水以外には何も音がしなかった。
「休みなのに静かだね」
「ちょうどそういう時間帯なのだろう」
「ちょっとラッキー」
「ん?」
「だって外なのにルルーシュと二人きりで過ごせるじゃない」
にこりと笑えば、ルルーシュはぽかんとして、次の瞬間には嬉しそうに、でもどこか寂しそうに笑みを返した。
まただ、とスザクは思った。今日のルルーシュはずっとこんな顔をしている。何か気がかりなことでもあるのだろうか。まさか気分を害するような失態をしてしまっただろうか。考えてみるけれど、スザクには全く心当たりがない。
「お前は本当に馬鹿だな。そういう科白は俺じゃなくて彼女に言うものだろう」
「彼女なんていないよ。それに僕はルルーシュに言いたいから言っているんだ」
そういえば、先日の七夕準備のときも「そのうち彼女が出来る」なんて言っていた。スザクの気持ちも知らないで酷いことだと思ったのだ。
「……そういうことにしておくよ」
文句の言葉が出かかったが、儚く笑われてしまいそれ以上は何も言えなくなった。仕方なくコーンの部分を齧る。
頭上では太陽が燃え盛っていた。蝉の声が聞こえてもおかしくなさそうな暑さだ。
噴水に目を向けると、いつの間にか数人の子供達が水遊びをしていた。かけ合う水が光に反射してきらきらと綺麗だった。
「懐かしいね。ルルーシュは水が苦手で、僕とナナリーがプールに誘っても絶対来なかったよね。そのくせ、近所の乱暴者がナナリーに意地悪すると、怒って水の中まで追いかけようとして。結局、水に足を取られて転んで、仕返しは僕がしたんだっけ」
「昔のことだろう。今はちゃんと泳げるし、あの頃とは違う。それに……」
「それに?」
「――いや。ところで、これ。良かったらもらってくれないか?」
鞄から出されたのは丁寧にラッピングされた白い包み。はて、と首を傾げる。
「これを僕に?何かあったっけ?」
疑問を口にすれば、ルルーシュが呆れたような顔をした。
「まさか覚えていないなんてことは……ないよな」
「え、えぇっ、何?ホントにわからないんだけど」
「お前……」
がっかりしたような溜め息をつかれ、自分は何をしでかしたのだろうと不安になる。するとルルーシュが可笑しそうに笑った。
「誕生日」
「へ?」
「今日はお前の誕生日だろう?」
「――あっ。あああぁ!!」
まだ半分残っているアイスクリームを手に、スザクは思わず立ち上がっていた。その拍子にコーンから中身が溶けて落ちそうになってしまい慌てて食べる。
「何やっているんだ」
くすくすと笑われ、残り全部を口の中に放り込んだ。
「だってビックリするよ。自分の誕生日を自分で忘れてたんだから」
「俺もビックリした。まさか本当に忘れているとは思わなかった」
七夕の日までは誕生日という意識があったと思う。今年もルルーシュはケーキを焼いてくれるだろうかとか、家では何かしてくれるだろうかとか、それなりに楽しみにしていたはずだ。しかし、ルルーシュの「映画に行こう」発言に浮かれ、綺麗さっぱり忘れてしまったらしい。一緒に出掛けられることがどれだけ嬉しいのだと内心苦笑いをする。
「じゃあ思い出したところで改めて。――誕生日おめでとう、スザク」
差し出された包みを今度は迷うことなく受け取った。
「ありがとう、ルルーシュ。これ、開けてもいい?」
「ああ」
了解をもらってがさがさと包装を解く。中から出てきたのは黒の財布。以前、滅多にない二人での外出時、店頭に飾られているのを見てスザクが欲しがっていたものだった。
覚えていてくれたのかと、自然と顔が綻ぶ。ルルーシュに言えばきっと「たまたまだ」と言うだろう。でも間違いない。自分が欲しがっていたのを知って、欲しいものを贈ろうと選んでくれたのだとスザクは確信していた。
「なんだ、気持ち悪いやつだな」
あまりににやにやとした笑みを浮かべていたのか、ルルーシュの眉が若干寄せられる。
「嬉しいなぁって」
「そんなに欲しかったのか?」
「うーん、ちょっと違うけど、まあそんなところかな」
変な奴だなと言われる。今は何も言われても嬉しさしか感じなかった。
プレゼントを渡し終えて目的は達成されたのか、ルルーシュはカップに残っていたアイスクリームを食べ始めた。赤い舌がスプーンを舐める様をこっそり眺める。ただ食べているだけなのにひどくいやらしく感じられ、これはマズいと顔を逸らした。美人でエロくて甲斐甲斐しいなんて反則技のオンパレードだ。
(でも、ルルーシュにもいつか彼女が出来るのかな。僕の彼女のこと気にしてたし、年頃なんだから当たり前か……)
やたら彼女のことを口にしてきたのは、自分も彼女が欲しいというアピールだったのかもしれない。そう考えたら、プレゼントをもらって舞い上がっていた気持ちが一気に沈んでしまう。
(せっかく名前書いたんだから七夕効果ってないかなぁ……)
三日前の七夕フェスティバル。短冊に好きな人の名前を書くとミレイが宣言したときから、スザクの頭の中にはルルーシュの名前しかなかった。どうせ誰がどれを書いたかなんてわからないのだ。ならば、堂々と好きな人のことを書ける機会を大いに利用しなければもったいないだろう。
とはいえ、本当に願いが叶うとも思っていなかった。所詮は子供騙しだ。
「ごみ捨ててくるよ」
ルルーシュが食べ終わったタイミングを見計らって手を伸ばす。
「ごみくらい自分で」
「手を洗いたかったからついでだよ」
少し戸惑った表情に、気にすることはないと言う代わりにそう告げた。
「じゃあ……」
空になったカップが手渡される。触れた指先は、夏だというのにスザクの体温より少し低かった。
ゴミ箱まで歩き、近くの水道で手を洗う。太陽で温まった水はひどく温い。
(このまま帰りたくないな……。でもあまり暑いとルルーシュがバテちゃうし)
どちらかの家へ帰ればいい。そしたら夕飯の時間まで一緒にいられる。だけど、今日はもう少し外を歩きたい気分だった。
ベンチまで戻ると、ルルーシュは背中を預けて噴水をぼんやり眺めていた。
「ルルーシュ」
静かに呼べば、紫玉がスザクを捉える。
どこかへ行かない?
その提案をする前に、ルルーシュの唇が動いた。
「おめでとうのほかに、もう一つ言っておきたいことがあるんだ」
やけに真剣な声に、自分の言いたかったことも忘れてスザクは緊張した。大事な話をするのだと、伝えられたわけではないのに表情だけで悟ってしまった。伊達に幼なじみをしているわけではないのだ。
「――スザク。俺はお前のことが好きだ」
その刹那、噴水の水が止まり、喧噪も遠くなったような気がした。辺りに広がる静寂。
「多分……、というか絶対、お前のタイプは俺じゃないし、そもそも友達で幼なじみで男同士で有り得ないと思う。でも、お前が誰かと付き合う前にこれだけは言っておきたかった。お前が、好きなんだ」
言い切ると、ルルーシュは口を噤んで俯いた。そしていきなり立ち上がったかと思えば、スザクを一瞥することなく駆けて行こうとした。
「ルルーシュっ!待って!」
迷うことなく追いかける。すぐに追いついた細い手首を掴み、顔を覗き込んでハッとした。
澄んだ瞳は少し潤んでいる。
何をされても何を言われても涙を流したことのないルルーシュが、泣いていた。泣いていると気付かないほど、静かに泣いていた。
「――っ、仕方ないだろう、お前のことがどうしようもなく好きなんだ、でもお前は俺のことなんてどうでもいいだろうし、お前が俺だけのものになればいいなんて思ってしまう自分は嫌だし……、もう滅茶苦茶だ…っ」
スザクは呆然としたまま、想いを吐露する顔を見つめた。
「すまない、男友達に好きなんて言われて気持ち悪いよな。だから……離してくれないか」
「嫌だ」
驚くほど簡単に否定の言葉が出ていた。
ルルーシュの告白をすぐに信じることは出来ない。だって夢でも有り得ないのだ。でも、今ここでルルーシュを離してはいけないということだけは理解できた。
「友達だから気にしているのか?だったら余計なお世話だ!憐れむぐらいなら、」
「僕だって君のことが好きなんだ!好きな子が泣いているのに放っておけるわけがないだろう!」
今度はルルーシュがきょとんとした顔をする。
「だってお前……好きなタイプは胸の大きな子だって……」
あんな話を信じていたのかとスザクは愕然とした。
「それは周りに合わせただけ!胸が大きい子って言っておけば皆が納得するだろう?それに、胸のこと以外は正直に話したつもりだよ。色白で黒髪って、ルルーシュしかいないじゃないか」
「え……?」
さらりと口にすれば、ルルーシュの顔がみるみるうちに真っ赤になった。これほど素直な反応をされるとは思わず、恥ずかしいことを言ったわけではないのにスザクまで恥ずかしくなるようだった。
しかし、今ならば大胆なことも伝えられる気がした。せっかくルルーシュが勇気を振り絞って想いを伝えてくれたのに、応えなければ男が廃る。
「ねえ、さっきプレゼントをもらったばかりだけど、もう一つもらえないかな」
突然変わった話題にルルーシュが首を傾げた。スザクはにこりと笑う。
「君を僕にちょうだい」
これ以上ないほどストレートな言葉。一拍遅れて、ルルーシュの頬がさらに真っ赤に染まった。
「駄目?」
畳み掛けるように言えば、唸るような顔をされた。どうやら葛藤しているらしい。スザクの告白が真実なのかどうか判断に迷っているのかもしれない。
「……俺で良ければ、いくらでもやる」
ようやく返ってきたのは、小さな小さな声。しかし、スザクの耳にはしっかりと聞こえた。
「ありがとう。一生大事にするから」
「別に、一生じゃなくても……」
「なんで?好きな人をもらったんだよ?一生大事にするに決まっているじゃないか」
さも当然とばかりに言い聞かせる。
一生抱えていくとばかり思っていた気持ちが通じたばかりか本人までもらえたのだ。手放す馬鹿がどこにいる。
スザクは掴んでいた手首を離すと、代わりに手を握った。幸い、近くに人はいない。誂えたとしか思えない状況はまるで運命みたいだった。
「それにしても、ミレイ会長には感謝だな」
「会長?」
頬を赤くして可愛かったのに、鬼門である名前を口にしただけで顔を顰められた。
「七夕だよ、七夕。だって僕、短冊にルルーシュの名前を書いたもん」
「お前、もしほかの人間にバレたらどうするつもりだ」
「どうもしないよ。僕の好きな人はルルーシュですって宣言するだけ」
「馬鹿だろ、お前」
呆れた口調なのに、表情が少し嬉しそうなのは決して気のせいではない。
「それに無記名だからバレないし。ルルーシュは?僕の名前、書いてくれなかったの?」
わざと顔を覗けば、うっ、と言葉に詰まったのがわかった。それだけで答えは出たようなものだが、ルルーシュからの言葉が欲しくて辛抱強く待つ。五年も待ったのだ。数分を待つくらい今さらたいしたことではない。
「書いた……」
ようやく得られた回答に、スザクは満面の笑みを浮かべた。
幸せだ。
世界中に向かって叫びたいような気分だった。
「織り姫と彦星は一年に一度しか会えないけど、僕達はこれからも毎日会えるよね。人間で良かったぁ」
「やっぱり馬鹿だな」
「馬鹿でもなんでもいいよ。ルルーシュと一緒にいられるのなら」
開き直りではなく、本気でそう告げる。ルルーシュと一緒ならばどんなことでも出来るのだ。
「……仕方ないな。お前が馬鹿なら、その馬鹿に付き合う俺も馬鹿だ」
口では可愛くないことを言いながら表情はとても優しい。スザクは指を伸ばして涙が浮いていた目尻を拭った。ルルーシュが笑みを浮かべる。そこにもう悲しげな色はなかった。
「スザク、誕生日おめでとう」
「ありがとう、ルルーシュ」
手を強く握った。花火を見ながら感じていた温もりが自分のものになったなんてまだ信じられない。
「そうだ、夜になったら星を見に行かない?」
「星?」
「ありがとうございましたってお礼しとかなきゃ」
大真面目な顔をしてみせれば、ルルーシュが吹き出した。
「そうだな。礼を言っておかなければいけないな」
また馬鹿にされるかと思ったが、どうやら悪い提案ではなかったようだ。
スザクはルルーシュの耳元に唇を寄せた。
「やっと掴まえた」
彦星が織り姫にそんなことを言ったかどうかは知らない。でも、もし自分が彦星ならば、織り姫に会えた瞬間に掴まえてそのまま逃げてしまうだろう。
「馬鹿」
そして、織り姫もこんな風に嬉しそうな笑みを浮かべてくれたに違いない。勝手に捏造した伝説に心の中で頭を下げながら、口許を幸せの形に綻ばせた。
来年の七夕も互いの名前を短冊に書こう。別々の短冊ではなく、今度は一つの短冊に二人で名前を書くのだ。
次の誕生日も、そのまた次の誕生日も、ずっと一緒に過ごせることを願って。
(10.07.10)
Happy Birthday!