いつものように生徒会室に顔を出し、ルルーシュはその美貌を盛大にしかめた。
「なんですか、この惨状は……」
部屋の半分は緑の植物で占められており、テーブルの上には色とりどりの紙が大量に乗っている。それだけでは足りないのか、ルルーシュ以外の生徒会メンバーが今もせっせと紙を同じサイズに切っていた。
お祭り好きな会長が今度は何を思い付いたのか知らないが、これを片付けるにしろ移動させるにしろ、駆り出されるのは自分達だ。その労力を思えば溜め息をつかずにはいられない。
「惨状とは失礼ね。七夕フェスティバルの大事な道具なんだから」
「七夕?」
ここは日本。世界の超大国であるブリタニアと友好関係にあり、交流も盛んだ。仕事で日本に滞在するブリタニア人も多く、ルルーシュの通うアッシュフォード学園にも日本人とブリタニア人が同じくらい在籍している。
そして、七夕とは日本の伝統的な行事の一つだ。日本にあるアッシュフォードで七夕を祝ったとしてもおかしなことではない。ただし、そこにミレイが関わらなければ、という条件付きで。
「日本には素晴らしい行事がたくさんあるんだから、楽しまなきゃ損でしょう?」とはミレイの言い分だが、「フェスティバル」という表現がすでに怪しさを醸し出しているのは気のせいか。確かに七夕は楽しむべき行事で、実際にお祭りとして町おこしをしている地域もある。しかし、どんちゃん騒ぎをしていいという意味では決してないはずだ。
「あまり聞きたくありませんが、今度は一体何をやらかすつもりですか」
「もうルルちゃんってば厳しいんだから」
「当たり前ですよ!予算を管理する身にもなって下さい!」
「大丈夫、だいじょーぶ。この笹は私の知り合いからもらったものだし、短冊も学校で余っている折り紙を有効活用しているだけだから、経費は一切かかっていないわ」
緑の植物は笹だったのかと、初めて見る実物にルルーシュの興味が湧く。経費がかかっていないとの言葉はいまいち怪しいが、すでに用意されているものだから疑っても意味がない。
「で?短冊に願い事を書いて、笹の葉に結ぶんですか?」
「その通りなんだけど、ただ願い事を書くだけじゃつまらないでしょう?」
「つまらないじゃなくて、七夕とはそういうものなんです」
伝統行事に余計なオプションをつけるなと何度言えばわかるのか。もっとも、ミレイがミレイたる所以は普通を普通で終わらせないことなので、今さら文句を言ったところでどうしようもない。
「普通の七夕なら家でも出来るじゃない。だから、アッシュフォードにしか出来ない七夕をやろうっていうのよ。で、思い付いたのが、願い事の代わりに好きな人の名前を書くこと」
「好きな人?」
それは普通の願い事を書くよりも妙に生々しくないだろうか。
「どうせ好きな人と付き合えますようにって書く奴もいるんだから、好きな人の名前でもあまり変わらないよな」
「そうだよね。無記名だから堂々と名前書けるし」
「好きな人がいなければ尊敬している人とか友達の名前でもいいから、全員参加しやすいんじゃないかな」
いつもは会長の企画に振り回されている生徒会メンバーだが、今回に限っては概ね好評のようである。あまり手間がかからず、無茶なこともしないのが要因か。
ともかく、ほかのメンバーが賛成しているのに一人だけ異を唱えるのは疲れる。今回は大人しく参加するかと、ルルーシュはメンバー達の輪に加わった。
「それで今は何をしているんです?」
「全校生徒分の短冊を作っているの。半分まで終わったから、残りあとちょっとよ」
短冊ぐらい生徒に作らせればいいと思うが、下準備は生徒会でというのがミレイのモットーらしい。だったら同じくらい生徒会メンバーにも気を遣ってほしいと思うものの、逆に言えばそれは信頼の証でもあり、本音を言うとあまり悪い気はしなかった。
ルルーシュは空いている席に座ると、折り紙を束で手に取った。隣のスザクが鋏を渡してくれる。それに「ありがとう」と礼を言って頬を緩めた。渡された瞬間、指先が触れ合ってどきりとしたけれどポーカーフェイスを装った。
スザクはルルーシュの親友であり幼なじみでもある。幼い頃からいつも一緒で、妹のナナリーと三人でよく遊んでいた。家も近所で学校もずっと同じで、まるで兄弟のように育った。たとえこの先互いの道が分かれたとしても自分達の関係は変わらないと思っていた。半年前、ルルーシュが自分の気持ちに気付くまでは。
「ところで皆、誰の名前を書くのかしら?シャーリー……はもう決まっているわよね」
「か、会長!何を言っているんですか!私よりリヴァルはどうなの?」
「えぇっ、俺に振るなよ!」
「あら怪しい。私の知っている子?」
「す、好きな人なんていませんって。そ、そうだ、スザクはどうなんだよ」
突然名前が出され、ルルーシュは自分のことのように緊張した。当のスザクはきょとんとした顔をしている。
「僕?それはもちろん内緒だよ」
「なんだよ秘密主義かよ」
「リヴァルだって同じじゃない」
リヴァルはミレイが好きだ。それは生徒会メンバー全員が知っていた。しかし肝心のミレイにだけは伝わっていなくて、先ほどの慌てっぷりだったというわけだ。痛いところを突かれてリヴァルが苦笑いをする。
「じゃあさ、お前ってどういうタイプが好み?」
「あ、それ興味ある」
「確かに、スザクの好きなタイプって謎よね」
「普通だよ」
「いいじゃん、ちょっとぐらい教えろよ」
はやし立てる周囲と困ったように笑うスザクを横目に見ながら、ルルーシュは鋏をぎゅっと握った。スザクの好きなタイプなんて聞きたくない。どうせ望まない答えを知るだけだ。だったら何も知らないままでいたい。そう思うのはわがままなのだろうか。
(だって、俺は……)
幼なじみであり親友でもあるスザクのことが、ルルーシュは好きだった。
自覚したのはほんの半年前。偶然、女子生徒に告白されている場面を目撃したときのことである。
スザクはもてた。人懐っこく親しみやすい性格でスポーツ万能となれば女の子が放っておかない。それまでも告白されたという報告は何度か受けたことがあるから、別に珍しいことではなかった。しかし現場を見たのは初めての経験で、それにショックを受けている自分に気付いた。
二人に見つからないようこそこそと家に帰り、胸の痛みの原因を探った。そして、散々考えた末に導き出されたのが、自分はスザクを好きだという結論だった。
気付いてしまえば、その感情はひどくしっくりするような気さえした。幼なじみで親友というポジションに甘んじていられたことが不思議なくらいだった。
とはいえ、相手は男で友人だ。好きですなんておいそれと言えるわけもなく、この半年、ルルーシュは好きな気持ちだけを温め続けていた。
だから、むやみにスザクの恋愛に纏わる話なんて聞きたくないのだ。
「タイプって言っても、好きになった人がタイプとしか……」
「でもさ、好みぐらいはあるだろう?」
「うーん、それはまあ」
スザクの答えにルルーシュの胸が緊張で高鳴る。
「どんなタイプ?」
シャーリーが興味津々といった様子で身を乗り出す。無邪気に聞ける彼女が羨ましかった。
「色が白くて、髪が黒い子かな」
「それじゃあ大雑把すぎるだろ。ほかに何かないのかよ。たとえば胸は?」
「それはもちろん大きい子?」
「やだ、何聞いてるのよリヴァル!」
「やっぱり男の子って大きい子が好みなんだ……」
「ちょっとシャーリー、本気で悩まないでよ」
きゃあきゃあとお喋りに興じるメンバーに混じり、ルルーシュは一人暗い気持ちを抱えていた。
大きな胸なんてどれほど望んだところで手に入るものではない。スザクは普通に女の子が好きな普通の男子高校生なのだ。そんなのは当たり前だとわかっていたじゃないか。幼いときからずっと一緒にいて、もしかしたらなんて少しでも夢見た自分が恥ずかしい。
「ルルーシュ?どうかした?」
「え……?」
「顔色が良くないよ。具合悪い?」
すでに別の話題に移っているメンバー達から離れて、スザクがルルーシュの顔を覗き込む。放っておいてくれて構わないのに、こういう優しさもスザクの人気の理由だ。そして、ルルーシュにとっては残酷な優しさだった。
「なんでもない。寝不足で顔色が悪く見えるだけだ」
「本当?また無理してるんじゃない?」
母親みたいな言い振りに苦笑いする。
「お前、うるさくなったな。昔は気を遣うことなんてしなかったのに」
「黙っていたら君は勝手に倒れちゃうからね」
「昔の話だろ」
中学の頃、ちょっと無理をして倒れた経験が何度かある。高校生になってからは体調管理も上手く出来るようになったが、スザクはいまだに昔のことを持ち出してくる。
「無理するところは今だって同じだよ」
「……そんなに心配するようなことではないだろう。お前は、好きな子のことでも考えてろ」
「何、それ」
スザクが少しムッとした顔をする。別に怒るところではないだろうとルルーシュは笑った。
「お前はよく告白されているじゃないか。今は好きな子はいないと言っていても、そのうち彼女を作って俺のことなんか構えなくなるさ」
「そんなことない」
否定してくれるのは嬉しいが、果たして彼女が出来たときにも同じことを言ってくれるのだろうか。
「まあ、彼女が出来たら紹介してくれよ。俺だけ内緒にされたらショックだからな」
「僕は彼女を作らないよ」
真剣な目で告げられ、ルルーシュの胸はまた痛んだ。どうせ今だけの科白だ。いずれ忘れてしまう戯れ言よりもひどい科白だ。
それでも、スザクの言葉が現実になればいいのにと思ってしまう自分が嫌だった。
「お前の言うことが嘘にならないようせいぜい期待しておくよ」
ルルーシュは小さく笑うと、まだ何か言いたそうなスザクを無視して作業に没頭するふりをした。
「ほらルルちゃん、早く行かないと始まっちゃうわよ」
「すぐに追いかけますから、会長は先に行って下さい」
「そう?ちゃんと来るのよ」
ミレイが出て行き、一人残った生徒会室でルルーシュはそっと息を吐き出した。
今日は七夕フェスティバルの本番だ。
笹の葉に好きな人の名前を書いた短冊をくくり付けるだけだったはずの行事は、気付けば花火大会まで開催されることとなった。結局、打ち上げ花火の費用として経費はしっかりかかってしまったわけである。それでも皆が楽しそうな顔をしているので、まあいいかとルルーシュは思った。
ミレイが調達してきた笹は校舎の外に立て掛けられていた。生徒会メンバー全員で作った短冊はいろんな人の名前が書かれて飾られている。当然、ルルーシュの名前も多くあるのだが、自分のことで頭がいっぱいな彼には全く目に入っていない。
緑の短冊を渡され、どうしようと悩んだ挙げ句、ルルーシュはスザクの名前を書くことにした。見つかったところでどうせ誰の文字かわからない。それならば本来の七夕行事と同じく、スザクと想いが通じることを願って書いても問題ないだろう。子供騙しだと思いながら真剣にペンを握っていた自分は、意外とロマンチストなのかもしれない。
散らばっていた書類を片付けると、ルルーシュも生徒会室を出た。生徒達は花火が見やすい場所を選んで集まっているだろう。なんとなく人混みの中にいたくなかったルルーシュは誰もいない場所を考え、迷った末に教室を目指した。皆はきっと屋上か広場にいるはずだ。こんなときに教室に残る酔狂な人間はいないと思った。
なのに、足を踏み入れた教室には予想に反して人がいた。
「スザク……」
「あ、やっぱり来た」
それは、リヴァル達に連れられて三十分も前に生徒会室を出て行ったスザクだった。てっきり皆と屋上にいると思っていたのに、何故ここにいるのだろう。
不思議そうな顔をしていると、席を立ったスザクがルルーシュの前まで来た。
「君が遅れてるって聞いて、もしかしたら僕達とは違う場所に行くかもしれないって思ったんだ」
良い勘してるでしょ?
少し誇らしげなスザクに、ルルーシュは泣き笑いのような笑みを零した。
どうして。
どうしてスザクは自分を見つけられるのだろう。こんなことをされたら、まるで自分達は運命だと勘違いしてしまいそうになるじゃないか。
「ほら、花火が始まっちゃうよ」
手を取られ、窓際まで連れて行かれた。その手のぬくもりがひどく愛おしかった。
外を見たのと同じタイミングで、鮮やかな光と花火の音が響きわたる。生まれてはぱらぱらと消えて逝く光達。
こっそりと隣を窺えば、スザクが楽しそうに花火を眺めていた。その光に照らされる顔に思わず見惚れた。
(ああ、俺はやっぱり好きなんだ、スザクのことが)
改めて実感する。そして、決して手に入らないのだということも知った。
(このままずっと打ち明けなければ、親友で幼なじみのポジションは一生得られる。でも……)
スザクが誰かと付き合うことになったとき、一度も告白しなかったことを自分は後悔しないでいられるだろうか。
たとえこっぴどく振られても。親友でなくなり、幼なじみの関係が消えてしまったとしても。
(後悔をするのだけは、嫌だ)
ルルーシュは無意識に繋がれた手に力を込めた。スザクがゆっくりと振り返る。
「――なあ、スザク。今度の土曜日、どこかに行かないか」
「え?」
「映画でもいい。観たがっていた映画があっただろう?嫌でなければ一緒に行こう」
そっと笑うと、スザクが大きく頷いた。
「うん…、うん!行く!絶対行く!」
力一杯な返事に、そこまで気合いを入れなくてもと吹き出した。
「じゃあ約束だな」
嬉しそうに告げて、ルルーシュは外の花火に目線を移した。
きっと、これが親友として最後の思い出になるだろう。それでもスザクとの思い出を作ることが出来るのならば構わなかった。
誰もいない教室で、ルルーシュとスザクは手を繋いだまま花火を見つめていた。
そのぬくもりだけが、今の二人にとっては唯一確かなものだった。
(10.07.06)