happiness

「というわけで、男女逆転祭リターンズin生徒会室を開催しまーーす!」
「何が“というわけ”なのですか」

 盛り上がっている周囲を余所に、ルルーシュはひとり不機嫌そうに呟いた。が、その声を拾う者は誰もいない。

「ささ、ルルちゃんこれを着て、これを」
「だから嫌だと言っているでしょう!だいたいなんで俺だけ!」

 じりじりと逃げるルルーシュを、じりじりと追いかけるミレイ。ほかの生徒会メンバーは積極的に追いかけてはこないものの、ルルーシュが逃げ出さないよう出入り口付近をしっかり押さえている辺り、ルルーシュの味方ではなさそうだ。
 無駄な足掻きとわかっていながら、ルルーシュは声を上げた。

「リヴァル!シャーリー!」
「会長のため、生徒会のためだ。諦めろルルーシュ」
「ルルならきっと似合うから大丈夫!」
「カレン!ニーナ!」
「いいんじゃない?似合うのなら」
「ミレイちゃんの言うことだから。ごめんね」

 言葉は違えど、要するに全員が全員、会長命令には逆らえないということだ(一部私情を交えている者もいるが)。

「ルルちゃん、諦めなさい」
「絶対に嫌です!!」
「もう、どうしてそんなに嫌がるのよ」

 理解不能だと言わんばかりの口調で問われ、ルルーシュは激昂した。

「当たり前じゃないですか!誰がそんな服!」

 そう喚いて指差したのは、ミレイが手にしている洋服。―――どこで手に入れてきたのか、所謂、セーラー服(夏物)というものだった。
 襟とプリーツスカートの黒が、そのほかの部分の白によく映えた。胸元にあるのはネクタイで、襟のラインと同じく三本の白線が入っている。シルエット自体は学生の制服らしく楚々としているのだが、スカートはアッシュフォードの制服よりもかなり短い。
 ちなみに、黒のニーハイソックスとローファーもミレイはしっかり準備していた。ルルーシュはあえて視界に収めないようにしていたけれど。

「ぜーーったいルルちゃんなら似合うから!ほらほら、観念してさっさと着なさい!」

 ミレイがにじり寄ってきて、ルルーシュはさらに一歩後退した。そしてミレイの後ろにキッと目を向けると、

「スザク!!何ぼーっと眺めてるんだ!助けろ!」

 事の成り行きをのんきに見物している友人に向けて怒鳴った。

「え?僕?」

 だが、怒鳴られた本人はあっけらかんとした顔で、まったく危機感がない。
 所詮は他人事か。ちっ、とルルーシュは内心で舌打ちした。

「大丈夫、ルルーシュ。安心していいよ」
「はぁ?この状況のどこが大丈夫なんだ」

 だって、とスザクが気持ち悪いほど爽やかな笑顔を浮かべる。ロクなことを言いそうにない、と思った。

「前の男女逆転祭のときの君の写真を持っていたら、セシルさんからもロイドさんからも『彼女?』って普通に聞かれたんだ。男だなんてちっともバレてなかったよ。だから大丈夫」

 それのどこが大丈夫なんだとルルーシュは叫んでやりたかったが、スザクのあまりの科白にがっくりと撃沈してしまい、声に出すことすら出来なかった。
 (間違っている!間違っているぞスザク!問題にすべきところはそこじゃない!そもそもなんで俺の女装写真なんかを軍に持ち込んでいるんだ!そこからしておかしいだろう!)
 しかし悲しいかな、この場でスザクの発言にツッコミを入れてくれる人間は一人もいなかった。あえてスルーしたというのもあるが、下手にルルーシュを庇って会長のオモチャの対象が自分になったらたまらない、というのが総意だった。

「そもそもなんで俺ひとりだけがこんなものを着なきゃいけないんですか!」
「それがね~、最近生徒会も資金不足に陥ってて」
「会長がパーティーだ何だと無駄遣いをしているからでしょう。俺はちゃんと忠告しましたよね」
「うん、でもこれから先もいろいろと資金は必要だし、ここは生徒会メンバーで力を合わせるべきだと思って」
「俺だけが割を食ってるんですが」
「で、前回の男女逆転祭のとき、ルルちゃんの写真が一番よく売れたでしょ?結構マニアも多いし、今回も売り出せばかなりの額になるんじゃないかと思って」
「肖像権の侵害です」
「さらに今回は売り上げ増倍を目指して、3パターンくらい出そうかと思うの」
「………は?」

 じゃじゃーんと笑顔で出されたのは、セーラー服のほかにチャイナドレスとメイド服。コスプレの王道ともいえる衣装の数々に、ルルーシュはぐらりと目が回るのを感じた。

「さーて」

 ミレイがにっこり笑ってさらに近付いた。思わず後ずさるルルーシュ。が、背中にあるのは壁の感触。

「というわけで、大人しくお着替えしましょうね。ルルちゃん」

 ルルーシュの声にならない悲鳴が上がった。

* * *

 夕暮れのオレンジ色が生徒会室を染めていた。
 その中で、ルルーシュはぐったりと机に突っ伏している。ハッキリ言って疲れ切っていた。体力的にもだが、それ以上に精神的に。はぁぁ、と何度目になるかわからない深い深い溜め息を吐く。
 そんなルルーシュの頭を優しく撫でる手があった。

「お疲れさま」
「……屈辱だ」

 伏せったまま、机の上でぎゅっと両手を握り締める。
 ミレイの宣言どおり、チャイナドレスとメイド服とセーラー服を順番に着せられた。最初は着替えにも撮影にも抵抗していたルルーシュだったが、次第に疲れだけが増していき、最後のセーラー服のときは諦めの境地でされるがままだった。
 写真の出来に満足したのかミレイはとてもご機嫌で、早速写真を焼き増しして売りさばくわよ!とスザク以外の生徒会メンバーを連れて部屋を出て行った。
 明日から自分の女装写真が学校中に出回るだなんて、考えただけで気分が悪い。
 疲労と憂鬱さから、御役御免で解放されたというのに着替える気力が湧かず、ルルーシュはそのままの格好で机と仲良くしていた。つまり、彼はいまだセーラー服姿なのである。

「でも僕が思ったとおり、よく似合っているよセーラー服」
「こんなもの似合ってたまるか」
「可愛いのに」
「…なおさら似合ってたまるものか」

 頭を撫で続けてくれている手が気持ちいい。
 だが、いつまでもこんな格好でこんな場所にいるわけにはいかない。ルルーシュは足に力を入れると、椅子から立ち上がった。

「着替える」
「え、もう着替えちゃうの?」

 胡乱な目つきでスザクを見やる。

「お前、さっきから聞いていれば…。そんなに俺に女装をさせたいのか」
「させたいわけじゃないけど、せっかく可愛いんだから着せたいじゃない」
「馬鹿なこと言うな。とにかく俺は着替えるからな」

 そう言って一歩踏み出したルルーシュを引き止めるように、スザクが腕を掴んだ。

「スザク?」
「ねぇ、せっかくこういう格好してるんだからさ」

 そして、ルルーシュの耳元に口を寄せると、
 たまには違ったシチュエーションで楽しまない?
 そっと囁いた。
 言われた科白の意味がわからず、ルルーシュは「は?」とスザクを見た。妖しげに笑った顔に、身体が本能的に逃げをうつ。が、それよりスザクの手がルルーシュを引き寄せるほうが早かった。

「ちょっ…スザク!」

 抱き込まれ、反射的に暴れる。しかし、スザクは簡単に押さえ込んだ。

「なんかさ、こういうのもたまにはいいよね。倒錯的、っていうのかな」

 そのまま首筋に唇を寄せられ、ルルーシュは「ひゃっ」と身を竦めた。くすぐったくて、でも明らかに目的を持って触れられる唇に、心は逃げようと思うのに、身体はまったく動かすことが出来ない。
 放課後の生徒会室。いつ皆が戻ってくるかもわからない場所で、いけないと思うのに流されそうになる。
 スザクの言った「倒錯的」という言葉が頭の中にべったりと貼り付いていた。女装姿でスザクに抱き締められているという普段とは違う状況に、自分もどこか興奮しているのだろうか。
 ルルーシュが冷静に自己分析している間にも、スザクの唇は首筋から鎖骨へと動き、手はスカートの上から太ももの辺りを撫でている。

「すざ、く」
「ねぇルルーシュ。―――このままここで、最後までしちゃおうか」

 笑いを含んだ声で告げられ、ルルーシュの背筋がぞくっと震えた。
 (…ダメだ!生徒会室で、そんなこと!)
 何かを振り切るように、ルルーシュは首を振った。

「やめろスザク!ここじゃ、ダメだ…!」
「誰も来ないよ」
「そんなのわからないだろ!」
「来ないよ」
「もしかしたら戻ってくるかもしれないじゃないか!」
「もう黙ってて」

 鎖骨にあった唇が移動して、ルルーシュの唇を塞ぐ。触れるだけのキスはすぐに深いものとなり、ルルーシュはぎゅっと目を閉じた。
 薄く開いた口から舌をねじ込まれ、口腔内を蹂躙される。身体はいつの間にか逃げることを忘れていて、無意識にスザクの制服の胸元を掴んでいる。
 気を良くしたスザクは、右手でセーラー服の上着の裾から脇腹あたりを、左手はスカートの下に入れて足を撫でた。
 その感触にルルーシュはハッとする。

「…スザっ、頼むから」

 唇を振りほどき、ルルーシュが懇願する。

「嫌だ」
「スザク!」
「何をそんなに嫌がってるの?」
「だからここは生徒会室だろう!せめて部屋に、」
「だから誰も来ないって。それに、君だって興奮してるじゃないか」

 ほら、とスカートの中で蠢く手が前を触る。

「―――っ!!」

 その瞬間、ルルーシュの中でぷつりと何かが音を立てた。

「っっ、こんの、馬鹿が!!!」

 ルルーシュの右ストレートが、スザクに向かって炸裂し。
 珍しく命中した。

* * *

「あれ?スザク、顔どうしたんだ?」
「構っていた猫に暴れられちゃって」
「…それ猫か?」

 リヴァルの疑わしげな視線に、スザクは苦笑いを返す。その左頬は、あまり酷くはないが腫れている。

「ちょっとやんちゃな猫でね」
「ふぅん?」
「どうせお前がしつこく手を出したんだろう」

 自分の席で本を読んでいたルルーシュが、冷たく言い放つ。

「僕はそんなつもりなかったんだけどな」
「ふん。相手の気持ちを考えないからだ」
「向こうもその気だったと思うけど」
「それはお前の勝手な解釈だ」
「だってどうしようもない状況ってあるじゃないか」
「少しは相手の言い分も聞け」
「それって、場所が違えば問題なかったってこと?」
「そんなことは言っていない」
「…えーと、そういえば次の授業の準備まだしてなかったな。その前にちょっとトイレに行っておこうかな」

 乾いた笑みを浮かべたリヴァルがそそくさと離れる。これ以上二人の会話を聞いているのは危険だと第六感が告げていた。
 離れて行ったリヴァルを訝しげに見送るルルーシュに、スザクはそっと近付くと声を潜めて言った。

「ねえ。また着てよ、セーラー服」

 ルルーシュの眉がぴくりと動き、目線を本に戻した。

「断固拒否する」
「えー似合ってたのに」
「昨日と同じ会話をするつもりはない」
「まぁいいけどね。写真はちゃんともらったから」
「は!?しゃっ、写真って…!」
「ロイドさんとセシルさんには、ちゃんと“彼女”だって紹介するよ」
「スザク!」
「嫌なら、着る?」
「どっちも嫌に決まっているだろう!」
「ワガママだなぁ」
「それはお前だ!」

 結局は折れてしまう自分をわかっているからこそ、ルルーシュは無駄な足掻きとも言える拒否をし続けた。本当は昨日だってほとんど流されかけていたのだ。右ストレートがスザクに頬に当たったのが予想外だっただけで。
 ちょっとぐらいなら…とスザクの提案を心の中で無意識に受け入れている時点で、拒否は拒否になっていない。
 スザクも自分に甘いルルーシュを知っているから、多少強引に出ることが出来る。
 要するに、これも二人のスキンシップ――傍から見れば単なるじゃれ合い――にすぎないのだった。
 ちなみに、女装写真3枚セットが過去最高の売り上げを記録したとミレイから嬉々として報告され、ルルーシュがその場で撃沈したことは言うまでもない。
 (09.03.01)