ぱん、と何かが弾けるような微かな音がした。
一体何がと思って窓から外を見れば、遠くに赤や青など色とりどりの光がきらきらと輝いている。暗闇に生まれては消えていくそれは、まるで空に浮かぶ星屑のようでとても綺麗だった。
「――あぁ、花火か」
久しく見ていなかったその正体にようやく思い至り、スザクは呟いた。
ただの独り言。誰かに聞かせるつもりのなかった呟きは、しかし、しんと静まり返った執務室ではむしろ大きく響いてしまい、思わず振り返り部屋の主の様子を窺った。
案の定、ルルーシュが顔を上げてこちらを見ていた。
「ごめん。邪魔するつもりはなかったんだけど……」
「お前の声が邪魔になるわけないだろう。ちょうど区切りが付いたから、休憩しようと思っていたところなんだ」
椅子の上で伸びをすると、ルルーシュは立ち上がってスザクのいる窓辺まで寄ってきた。
「花火が上がっているのか?」
同じように窓の外に目を向ける。ルルーシュが尋ねている間にも、再び夜空に光の大輪が咲いた。
「――綺麗だな」
「でもどうして花火なんて」
この時期にお祭りがあっただろうか。だけど、自分はそんなものがあるとは聞いていない。スザクが考えあぐねていると、ルルーシュの笑う声がした。
「まぁ、お祝いはお祝いなんだろうな。お祭り気分で上げているのだろうし」
「花火の理由を知っているのか?」
「心当たりがあるだけだよ」
スザクは首を傾げた。お祭り気分で花火を上げたくなるようなことがあっただろうか。しかし何も思い浮かばず、無言でルルーシュに答えを促した。
ルルーシュが笑みを湛える。
「多分だから、本当に正解かはわからないが。つい先日、俺が貴族制度を廃止しただろう?」
「あぁ」
ほんの数日前のことだ。皇帝であるルルーシュのたった一言により、貴族たちはすべての特権を失った。おかげで、制度廃止に不満を持つ貴族たちが抵抗をし、ただでさえ忙しいというのに、ここ数日は貴族たちの鎮圧のためにさらに忙しく動き回っていた。こんなに静かな夜は久しぶりだった。
でもそれがどうした?とルルーシュを見れば、「だからだよ」と諭すように言われた。
「花火の上がっている辺りは、貴族制度の恩恵を受けられない、比較的貧しい者たちが暮らしている居住区だ。大方、制度廃止を喜んでいるのだろう。もしかしたら、特権を奪われた貴族たちへの当て付けかもな」
「それで花火か。それにしても、特権階級の人たちは別にして、ほかの民衆やナンバーズにはルルーシュ皇帝は大人気だね」
「そのほうが、裏切られたときの怒りと失望は大きいからな。良い皇帝を演じていた分、その後の悪逆行為が引き立つというものだ」
世界は順調に計画どおり動いている。今は新しいルルーシュ皇帝に期待し支持している人々も、花火を上げてお祝いをしている人々も、いずれ皇帝に呪詛の言葉を投げ付けるようになるのだろう。そうなるように、自分たちが仕向けるのだ。
ルルーシュはどこか偉そうな笑みを浮かべている。自分の計算通りに物事が動いていることに満足している顔だ。こんな状況だというのに、スザクは可笑しくなった。
(どんなときでも、ルルーシュはルルーシュだ)
何をするにも真剣で本気で、決して手を抜かない。たとえ世界が相手でも、怯むことなく立ち向かっている。そうして、人々の明日のためにも、彼自身の願いを叶えようとしている。
このまま善政を続けようと思えば十分続けられるのに、それがもう不可能なことがスザクは残念に思えた。こんな形でしかブリタニアの皇帝になれなかったルルーシュは、一体どう思っているのだろう。
「そういえば」
ルルーシュの声に、スザクははっと我に返る。意味のないことを考えていた自分を戒めるように一度強く唇を噛み締めると、ルルーシュに視線を戻した。
「生徒会の皆と約束をしたんだ。また花火を上げようって」
「皆と?それはいつごろの話」
「お前が復学したあとだな。ちょうどナナリーがエリア11に来て、総督になったころだ」
ここでその話が出てくるとは思わず、スザクはうろたえた。その様子に、ルルーシュが「あ」と何かに気付いたような声を出す。
「勘違いするな。あのときのことをどうこう言うつもりではなく、たまたま時期があのときだったというだけで」
慌てたようなルルーシュの言い訳に、スザクは苦笑いを浮かべた。
「わかっているよ。僕だって君にどうこう言うつもりはないし」
お互い様だ。二人が再会してから、再び手を組むまでの間のことはすべて話し尽した。何を考えていたのか、何を思って行動していたのか、すべてだ。
過去について、今さら咎めるようなことは何もない。ただ、それでも場面場面を思い出してはときどき心が疼くだけで。
「で?花火は上げられたの」
話題を変えようとスザクは尋ねた。
「いや。あれからいろいろあったからな。そんな時間はなかったし、メンバーもなかなか揃わなくて……」
ルルーシュが寂しそうな顔をする。見つめる先には、まだ続いている花火があった。
「お前とナナリーとカレンとニーナと、あのときいなかったメンバーも含めて全員で花火をしたいと思ったんだが。それから、今はロロもな。だけど、些細なことほど叶わないものだな」
「ルルーシュ……」
まさか敵対している最中に、ルルーシュがスザクも含めて花火をしたいだなんて思っていたとは知らなかった。
(君って人は、本当に……)
スザクや、自分の内側に入れた人に対してどこまで優しく寛大なのか。スザクなど早い段階で切り捨ててしまっていれば、ゼロとしての彼の計画はもっと簡単に達成できただろうに。
「――また願えばいいと思うよ」
「え?」
「また願えばいい。君自身の願いを」
これは無責任だろうか。最終的には自分が死ぬために突き進んでいる彼にこんなことを言うのは、無責任で残酷だろうか。
でも、何もかも諦めて時間を過ごしてほしくなかった。たとえ死しか待っていない未来だとしても、何かに希望を抱いてほしかった。
(勝手だな、僕は)
やはり酷なことを言ってしまったとスザクが後悔しかけたとき、ルルーシュが「そうだな」とぽつりと呟いた。見れば、先ほどの寂しさは影を潜め、今はとても穏やかな顔をしていた。
「願うのは自由だからな。お前もたまには良いことを言うじゃないか」
「たまにじゃなくて、いつもだよ」
思わず言い返せば、ルルーシュが笑った。
「スザク」
ルルーシュが真っ直ぐにスザクを見つめてくる。
「すべてが終わったら。すべて終わって、人が人に優しくできるような世界が訪れたら、そうしたら日本に戻って皆で花火を上げよう」
「――あぁ」
それは決して叶わない願い。わかっていて、二人とも何も言わなかった。
だけど、願い続けていれば、いつか本当にそんな日がやって来ると思えるようになるかもしれない。それを滑稽だと笑われたって構わない。願う人の心は自由なのだから。誰にも邪魔などさせない。
(その願いを叶えてあげられるのが僕だったら良かったのに)
ルルーシュの願いを知りながら、ルルーシュの未来を壊すのが自分だなんて。スザクは思わず顔を伏せる。
そう思ったことに気付いたのか、ルルーシュがそっとスザクの手を取った。何も考えなくていいと言われているようで、気を緩めたら涙が零れそうだった。
顔を上げれば、ただ優しく微笑むルルーシュがいた。
「大丈夫だ。俺たち二人がいればできないことなんて何もないのだろう?」
「そうだね。――あぁ、そうだよ」
だから、大丈夫。
窓の外ではまだ花火が上がっていて、生まれては消えるその儚い光を、二人でただ静かに見つめた。
(09.04.28)