おはようも、おやすみも

 神聖ブリタニア帝国第九十九代皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの朝は早い。
 誰よりも早く、と言ったら多少語弊があるかもしれないが、皇帝に仕える人間たちと比べてもかなり早いのではないかと自負している。
 しかしそれはルルーシュが早起きの習慣を身に付けているからではない。むしろ朝は少し苦手だ。前日の夜が遅かった日など、どうしてこんな時間に目が覚めてしまうのだと己を恨めしく思うほどだった。
 にもかかわらず朝が早いのは、彼の騎士が原因である。
 (今日も早起きなことだ。こっちは今の今まで目が覚めなかったと言うのに)
 前夜のことを思い出して赤面するような時期はとうに過ぎた。が、まったく抵抗がなくなったかと言えばそんなことはなく、いたたまれなさに襲われるのは条件反射みたいなものだった。
 (まあ、スザクの体力馬鹿は昔からだから今さらか)
 枢木スザク。それが、日本人でありながらブリタニア皇帝の唯一の騎士となった男の名前である。そして、ナイトオブゼロの称号を与えられた男が、実は皇帝の生涯の伴侶でもあることはトップシークレットだった。
 時間はまだ午前五時。この時間になるとスザクはベッドを抜け出し、道着に着替えてから鍛錬のために庭に出る。そして一時間ほどで帰って来ると汗を流して今度は騎士の服に着替え、しばらくしてから自分を起こすため再び寝室に戻って来るのだ。

「そろそろ朝食のお時間です、陛下」

 いつの間にか眠っていたらしい。聞き慣れた声に意識が浮上する。
 毎日の鍛錬がスザクの日課ならば、スザクが戻ってくるのを待つ間に二度寝するのがルルーシュの日課だ。同じベッドで眠るようになって以来の習慣だから、かれこれ一年は続けている。おかげで朝は毎日眠い。寝起きが悪いのは朝が苦手だからと思われているが、それはお前のせいだとスザクに言ってやりたい。お前のせいで就寝時間は遅くなるし、朝だって無駄に二度寝をする羽目になると文句を言ってもばちは当たらないだろう。
 (そんなこと言えるはずもないが)
 もぞりと寝返りを打ったルルーシュは毛布の中に顔を埋めた。

「今日のスケジュール……」
「午前九時から先日の法案に関する意見交換会。正午に貴族の方々を招いての昼食会。午後は謁見が八件入っておりますので、一件につき十五分ずつお時間を取っております。その後、午後四時三十分から議長との面談。本日は夜の予定がないため、面談が終われば夕食の時間にちょうどいいかと」
「まあまあの予定だな。今日は余裕がある」
「謁見であまりお時間を取られませんように」
「つまらない話ならすぐに切り上げる」
「面白い話になると長引かせるのはやめてください。中には一ヶ月以上待っていた者もいるのですから」

 政策に役立ちそうな話や今後の世界情勢など有意義な内容に話が弾むのは当然である。そのせいで予定が押し、謁見の時間を途中で無理やり終わらせたことは一度や二度ではない。だからスザクはこうして釘を刺してくるのだ。

「そろそろ起きてください。午前の予定に響きます」

 言い終わるや否や、毛布を引き剥がされた。言葉遣いは丁寧なくせにやっていることは乱暴だ。仕方なくルルーシュは目を閉じたまま仰向けになった。

「皇帝に対する敬意がない」
「ここは皇帝陛下のプライベートルームでしょう?無礼講です」
「よく言う」
「なんとでも。それよりいい加減、起きてください。起きないと言うのなら……」

 ふと、瞼越しに光が遮られる感覚がした。なんだろうと思う間もなく唇に触れるものがあり、反射的に目を開く。目の前に深緑の色が広がっていた。
 軽く啄ばむだけで決して深くはならないキス。なのに昨夜の余韻を感じるのはなぜだろう。

「ん…ッ」

 両手に指が絡まり、シーツの海に緩く縫い止められる。その手を握り返したルルーシュは瞼を下ろそうとした。

「はい、ここまで」

 ちゅっ、と小さく音を立てて唇が離れた。突然離れたぬくもりにぱちりとまばたきをすれば、にこりと自分を見つめる騎士の顔があった。

「続きは夜に」

 唇に人差し指を当てられる。するりと一往復した指が離れ、寝乱れた髪を梳いた。宥めるような仕草はこちらが駄々をこねているみたいで、思わず口を尖らせる。

「何が続きだ」
「夜を楽しみにしていてくださいね」
「誰がするか」
「はいはい、とにかく起きてください」

 脇の下に手を入れたスザクによって無理やりベッドの上に起こされた。俺は子どもじゃないと文句を言っても、ただひとりの騎士様はどこ吹く風だった。

「着替えはこちらにご用意しております。お手伝いいたしましょうか?」
「服くらい自分で着替えられる」

 むっとしたまま言い返せば、「ではお早く」と朝に相応しい爽やかな笑みを返された。
 これが普通の皇帝なら人に手伝わせるのだろう。いや、皇帝だけではない。皇族や貴族だって使用人の手を借りるのが当たり前だ。しかし、母の教育方針で幼い頃からなんでも自分でやってきたルルーシュにとって、手伝ってもらうのは煩わしいし余計に時間がかかるし無駄なことでしかない。

「自分はお部屋の外でお待ちしております」

 恭しく礼をとったスザクが部屋を出る。毎晩同じベッドで寝ているし、裸なんてお互い見慣れているし、それこそ口では言えないような部分だって晒しているのに、着替えとなると必ず部屋から出て行く彼は妙なところで律儀だ。
 広々とした洗面所で顔を洗い、髪を整えてから寝室に戻る。腰紐を解くと寝間着を肩から落とした。スザクが用意していた服に袖を通そうとしたとき、姿身に映った自分の姿が目に入り、胸の辺りに散った赤い痕に手が止まった。
 (目立つところに痕は残すなと言ったが、見事に服に隠れるところばかり……)
 胸だけじゃない。きっと背中や腿やほかの場所にも同じ印がつけられていることだろう。
 昨夜の痴態が蘇りそうになるのをなんとか押し留め、ルルーシュは着替えに専念した。遅くなると口煩い騎士が乗り込んで来てしまう。
 着替えと言っても朝食をとるためだけの恰好だ。スザクと数人の使用人以外は誰もいない、ほぼプライベートな時間なので着るものも皇帝にしてはラフなものだった。
 ならば着替えなくてもいいのではと言われたが、寝間着のまま人前に出るのはなんとなく抵抗がある。しかも、それは行為後にスザクに着せられた寝間着なのだ。周囲に自分たちの関係はばれていないが、閨を覗き見されるようで居た堪れない。
 シャツのボタンを一番上まで留めると、ルルーシュはようやく部屋を出た。

「済んだぞ」

 扉の前に立っていたスザクが頭を下げた。

「では参りましょう」

 笑いかけられ、ルルーシュも笑みを返した。
 二人連れ立って朝食の席へ向かう。皇帝とその騎士の朝の日常風景だった。

「そろそろお時間です、陛下」
「ん。わかった」

 促す声に頷き、手元の端末を操作してパネルを閉じる。
 目を通しておきたいものや必要な勉強のための時間として、朝食後の一時間程度、こうしてプライベートルームでひとりテーブルに向かうのがルルーシュの日課だ。
 日中は何かと予定が詰まっており、書類に目を通す暇さえないことがある。しかし、皇帝のやるべき仕事は多く、その内容は多岐に渡っている。中にはこれまで学んだことのないものもある。いくら皇帝直属のブレーンがいるとは言え、なんの知識もないまますべて人に丸投げするのは皇帝としての職務を放棄するも同然だ。実務的なことは専門家に任せるにしても、最終的な判断を下すのが自分である以上、学ぶことを怠りたくはない。
 そんなルルーシュのために、朝の一時間は予定を入れないようスザクが取り計らっていた。希望を直接伝えたわけではないのだが、こちらの意図を汲んでさり気なく周囲と調整してくれるのはありがたい。
 (昔はこんな気配りできなかったのにな)
 姿見の前に立ちながら、マントを手に自分の後ろに回った男の様子を見やる。
 スザクとの出会いは七年前だ。お互いまだ子どもで、自分はスザクを騎士に、スザクは自分を皇帝に、なんて他愛ない約束をしたのもあの頃だ。
 まさか本当に実現するとは思っていなかったけれど、即位式のとき、「これでようやく約束を果たせたね」と嬉しそうに笑った彼に胸が熱くなった。子ども時代の約束を覚えていただけでなく、実際に叶えてしまったのだ。これを一途と呼ばずになんと呼ぼう。
 日本出身者ということで風当たりも強かっただろうに、弱音ひとつ吐かずについてきてくれたスザクには本当に感謝している。
 (まさか恋人の関係にまでなるとはさすがに想像していなかったが……)
 鏡越しにスザクを見ていたら、ふいに目が合った。にこりと笑いかけられたのになんとなくばつが悪く、ルルーシュはそっと視線を逸らした。
 着替えは自分でするけれど、最後のマントを羽織らせるのはスザクの役目になっていた。自分でできると言ってもこればかりは頑として譲ろうとしない。毎朝言い争いをするのも疲れるので最近は好きにさせているが、最後の仕上げだけ手伝うなんて変な奴だと心の中で呟く。

「できました」
「ああ。では行くか」

 背後にスザクを従え、靴音を鳴らしながら廊下を真っ直ぐに進む。
 自分の部屋を一歩出れば常にブリタニア皇帝としての自分を意識しなければならない。プライベートなことやスザクとの関係について考えている暇はない。
 朝のひとときと皇帝の仕事から解放された夜と眠っている数時間。素の自分たちに戻れる自由な時間は半日もないのだと思えば、恋人としてのスザクに申し訳ないような気もする。休日だってあまりないし、普通の恋人みたいに大っぴらに二人で過ごすこともできない。
 そのうちスザクが嫌になったら。堂々と世間にアピールできる恋人がいいと思うようになったら。ともすれば浮かんでくる不安は彼と想いが通じたときから抱いてきたものだった。
 皇族として生まれた以上、普通を求めることは不可能である。それを知った上でスザクは自分を選んでくれたとわかっている。彼の気持ちを疑うつもりもない。
 だけど、未来は絶対ではない。もし彼が自分以外の人間を選びたいと思うときが来たら、主として、また友人として、自分はスザクの手を離してやらなければならないのだ。
 (こんなつまらないことを考えてしまうのはたるんでいる証拠だな)
 切り替えろ、と皇帝の自分に言い聞かせる。即位からまだ一年も経っていない治世は何かと不安定な部分も多い。今はスザクとのことを考えている場合ではないと、頭の中から無理やり追い出した。
 元よりこの身を捧げる覚悟で即位したのだ。
 国のために生きる。それがルルーシュの選択した道であり、スザクの人生を縛り付けてまで巻き込むつもりはなかった。

「どうぞ」

 謁見の時間が予定していたよりも早く終わり、次の面談までの休憩で執務室へ戻ったルルーシュは、紅茶と共に差し出されたサンドイッチに目を凝らした。次いで騎士の顔を見る。

「なんだこれは」
「昼食会は議論が白熱しておりましたので」

 出された食事にほとんど手をつけていなかったことを指摘しているらしい。騎士であるスザクは部屋の入口に控え、よからぬことが起きないよう周囲を警戒していたから気付いていないと思っていたのに、さすが目聡いと小さく溜め息をつく。

「腹は減っていない、と言っても無理やり食べさせるつもりなのだろう?」
「もちろんです」

 にこりと人の良い笑みを向けられるけれど、目の奥が笑っていないのは明らかだ。今度は盛大に息を吐き出した。
 スザクが食事にうるさいのは、寝食を忘れて仕事に没頭した結果、二回ほど倒れたことがあるからだ。一回目は見逃してもらったが、二回目は悲壮感漂う顔をされ、今後は何があっても必ず食事と睡眠はとってもらうと固く宣言されてしまった。以来、食いっぱぐれることがないよう目を光らせているのだ。

「わかったわかった。ちゃんと食べるから睨み付けるな」

 ハムや卵を挟んだサンドイッチを口に運ぶ。忙しいとあまり食欲が湧かないのはスザクも知っているので、食べ切れる量を用意しているのは心憎い。

「これでいいだろう?」
「はい」

 空になった皿を渡すと口許を拭い、淹れてもらったばかりの紅茶を一口飲んだ。
 そういえば、ここしばらくはゆっくりお茶をする時間もなかったと思い出す。以前は妹のナナリーやほかの兄弟姉妹とお茶会を開くこともあったけれど、即位してからは多忙な毎日でそんな暇もなかった。それでも、たまには息抜きをしろとスザクが言ってこないのは、皇帝としての責務を全うしたいという主の気持ちを慮っているからだろう。

「スザクのくせに……」
「何かおっしゃいましたか?」
「いいや」

 出会った頃は日本で言うところの典型的なガキ大将で、皇族相手にも臆することなくぐいぐいと人の心に踏み入ってきたのに、ここ最近のスザクはすっかり大人しい。と言うより、人を気遣うようになった。こちらの無茶も我儘もすべてわかった上で受け入れて、本当に手が必要なときだけさり気なく支えてくるところは騎士として合格点だが、幼馴染としては少し面白くない。まるで自分だけが置いていかれたような心細ささえ感じる。
 (馬鹿か。そこは普通、相手が成長したと思うところだろう。これでは俺が大人になれていないみたいではないか)
 カップを傾け、残りの紅茶を行儀悪く一気に飲み干した。

「書類を片付ける。急ぎの案件以外はしばらく入れるな」
「かしこまりました」

 紅茶を淹れ直したスザクは、そのまま執務室を出て行った。扉が閉まれば途端に静かな空気が広がる。
 窓の外に目を向けると麗らかな午後の陽射しが気持ち良さそうで、ルルーシュは目を細めた。
 (今度、ナナリーとスザクの三人でお茶にしよう)
 久しぶりの誘いを妹は喜んでくれるだろうか。愛する家族の顔を思い浮かべれば自然と頬が緩んだ。
 仕事の合間ではあるけれど、ひとりになったときに妹と騎士兼恋人のことを考えるわずかな時間は、忙しい日々の中でほっとできる幸せなひとときだった。

「お疲れですか?」

 頭上から降ってきた声にうっすら目を開けた。
 夕食と入浴を済ませたあと、ちょっとだけ休憩するつもりでソファに横になったらうとうとしていたらしい。ぼんやりした頭は靄がかかったようで、いつもならすぐに覚醒するのに今日はなぜか起き上がる気力がない。

「少し眠いだけだ……」
「最近ずっとお忙しかったから疲れが溜まっているのですよ。眠るのならベッドに行きましょう」

 ソファの前に跪き、そのまま抱え上げようとするスザクに首を振った。

「お前はシャワーがまだだろう。それまで待っている」
「待つのならベッドでいいじゃないですか」
「ベッドに行ったら寝てしまう」
「眠いのでしょう?」
「だって、寝たらお前と一緒にいられない」

 朝の言葉を真に受けてキスの続きを期待しているわけではない。ただ、プライベートな時間はスザクと一緒に過ごしたいだけなのだ。
 皇帝でもその騎士でもなく、ただのルルーシュとスザクとして傍にいたいのに、眠ってしまったらもったいない。

「ルルーシュ……」

 思わず漏れたらしい声にルルーシュは無意識に笑みを零した。
 即位して以来、公私問わず「陛下」と呼ばれるのが常だった。ベッドの中では耳元で名前を囁いてくれるけれど、それ以外は騎士として自分を律しているのか今までのように呼んでくれなくなった。それを寂しいと思うのは子どもっぽいとわかっていても、プライベートでは名前を口にしてほしかった。

「なあ、スザク。俺の部屋では今まで通りに接してくれないか。騎士としての役目を怠るなとは言わない。ただ、言葉遣いだけはせめて」
「それでは示しがつきません」

 己の失態に気付いたらしいスザクはいつもの口調に戻っていた。やっぱり寂しいと感じてしまう。

「私とお前がもともと友達であることは誰もが知っている。プライベートな空間を覗く者などいないし、今さら見咎める者もいない」
「そうではないのです」
「ここは俺の部屋だから無礼講なのだろう?」

 朝の会話を持ち出してもスザクは首を縦に振らなかった。
 やはり距離を取られているのかもしれない。自分が皇帝になったからなのか、それとも以前からだったのか思い出せないが、スザクは自分との間に一定のラインを引き、そこを越えないようにしている。
 (踏み込むほどの価値がないということか。俺が、普通の恋人ではないから)
 そもそも自分たちは男同士なのだ。皇帝と騎士という関係性がなかったとしても障害は多い。その上、相手は世界の大国を治める皇帝だ。いろんなことに嫌気が差し、距離を置こうと考えるのも無理はない。
 すべては自分の勝手な想像でスザクは何も言っていないけれど、脳が夢と現実の狭間にいるせいか感情が理性を上回ってしまう。考えてはいけないことを考えてしまう。
 このままではみっともなく泣き出してしまいそうだと、ルルーシュは腕の中に顔を埋めた。

「陛下?」
「もういい。自分でベッドに行くから、お前はさっさと風呂に行け」

 駄々をこねてぐずって。これがブリタニアの頂点に立つ皇帝だと言うのだから笑ってしまう。
 なかなか離れない気配に息を潜めながら、後ろ向きになった感情を元に戻そうと試みる。

「――ルルーシュ」

 しかし、再び呼ばれた名前にルルーシュは体を強張らせた。ここで呼ぶのは反則だときつく目を瞑る。

「もしかしたら何か誤解しているのかもしれないけど、僕が騎士らしく接しているのは君のためじゃない、僕自身のためなんだ。プライベートが今まで通りだと、君をここに閉じ込めて僕だけのものにしたくなるから」
「え……?」

 反射的に顔を上げるとスザクが困ったような表情をしていた。
 右手を伸ばして優しく髪を梳いたかと思えば、こめかみに唇が押し当てられた。スザクの匂いが近くなり、ひどく安心している自分がいた。
 無意識に騎士服の胸元を掴むとその手を取られ、指を絡めてぎゅっと握られる。

「君はこの国の皇帝で、皇帝は国や国民のもの。僕はその皇帝を守るための唯一の騎士。そんなことはわかっているのに、君を僕だけのものにしておきたいと思ってしまう自分がいる。君を皆に返したくない、ここに閉じ込めて僕だけのものにしておきたいと思ってしまう自分がいる。だから僕が自分を律するのは君のためじゃない、僕自身のためなんだよ。こんなことじゃ騎士失格だよね」

 覆い被さるように抱き締めながら、騎士としての懺悔を口にするスザクにルルーシュの思考はようやく働き始めた。

「お前は、俺のことが嫌になったから距離を取っているのかと思った……」
「嫌?なんでそうなるの?」

 ぎょっとしたように顔を覗き込まれ、ばつの悪さに目線を下げる。

「俺は男だし、皇帝なんてプライベートはほとんどないし、そんな面倒な相手は嫌になったかと……。でも今からだって遅くない、騎士の結婚は自由に認められているから、もしほかにいい人がいればお前は普通に幸せな家庭を、」
「それ本気で言っているの」

 低くなった声にびくりとする。握られた手にも力がこもり、どうやらスザクを怒らせてしまったらしいと内心冷や汗が流れた。
 だけど、胸のうちではじわじわと喜びが広がっていた。怒るくらいには想われているのかと場違いなことを考えてしまう。

「君の即位式と僕の就任式、あれ、僕としては結婚式ぐらいのつもりだったんだけど」
「け、結婚!?」
「全世界に向けてお互いはお互いのものだって宣言したんだよ」
「そんなことは宣言していない」
「宣言したも同然だよ。少なくとも、僕は死ぬまで君だけのものだって誓った。それって結婚式と何が違うの?」

 当然のように言われ、唖然としたまま騎士の顔を見上げる。
 真剣な表情のスザクは、ふっと口許を緩めるとおもむろに頬に口付け、それから薄く開いた唇に優しくキスを落としてきた。神聖な儀式で行われる誓いのキスみたいに感じるのは、結婚なんて言葉を聞いたせいだ。

「僕は君だけのために生きるって誓ったんだ。嫌いになるわけがないし、一生離れるつもりもない。でも、そのせいで君を誤解させたのならごめん」
「いや、勝手に誤解した俺も悪かった。……それにしても、自分を律していた割にはベッドの中だと好き勝手していたな」

 ばつの悪さと照れくささを誤魔化すために呟けば、だって、とどこか甘えたような口調が返ってきた。

「ルルーシュが腕の中にいるのに、さすがにそこまで自分を抑えられないよ」
「慣れないことをするからだ」
「うん、そのせいでルルーシュを不安にさせちゃったからプライベートではもう我慢しないって決めた。だからベッドに行こう」

 何がどうすれば「だから」になるのだと胡乱な瞳を向ける。我慢する必要はないが、今の流れでよくそんなことを言えるものだと頬を抓ってやった。

「痛いよ、ルルーシュ」
「うるさい、馬鹿。お前は俺の体にしか興味がないのか」
「それをルルーシュが言うとなんかやらしく感じるね、って本当に痛いから」
「黙れ。俺は今日はひとりで寝る」
「寂しくて泣いてたのに?」
「泣いていない!」
「はいはい、あんまり騒ぐと落ちちゃうから静かにね」
「だから人の話を…!」

 最後まで言う前に抱きかかえられる。いわゆるお姫様抱っこの状態だ。いきなり体が浮いたため咄嗟にスザクにしがみ付けば、何が楽しいのかにこにこと見下ろされた。

「続きは夜にって言っただろう?」
「そういうことは覚えているんだな」
「君とのことは全部覚えているよ」

 さらりと口にされた言葉に、腕の中で溜め息をついてみせる。

「明日も早いんだからな」
「わかってる」

 額に軽くキスをされた。ルルーシュは腕に力を込めるとスザクの首筋に顔を埋めた。
 (スザクの匂いがする)
 その匂いに体の奥が疼いたなんて言ってやらない。本当は自分も欲しかったなんて絶対に口にしてやらない。
 (俺だけのものだ)
 自分だってもう我慢しない。人がせっかく最後のチャンスを与えたのに、そんなものはいらないと突き返されたのだ。だったらもう二度と離してなんかやらない。
 皇帝を守るのは騎士の務めだ。おはようからおやすみまで。さらには眠っている間も、四六時中自分と一緒にいてもらおう。
 それが二人の日常。
 (14.05.11)