グラジオラス

 ※二人が騎士皇帝。本編とはまったく関係ない平和な世界です。
 ※あまり騎士皇帝要素がない気もしますが、これは騎士皇帝だ!と言い張ります。

「おめでとうございます、ナイトオブゼロ様」
「あ、ああ、ありがとう」

 本日、何度目になるかわからない祝辞の言葉に首を傾げつつ、スザクは礼を口にした。疑問符が付きそうなお礼も本日すでに何度言ったかわからない。
 (誕生日…は先月終わったし、大々的な成果は最近は上げていないし、そもそも遠征自体が減ってきたから成果を上げることは無理なんだけど、それはイコール戦争が減っているというわけで、つまりは戦争にまで持ち込まずとも話し合いで解決される陛下のご尽力と才能あってのことだ。今の平和な状態を作り上げられた陛下はやはり素晴らしいな。……って、そういうことじゃなくて)
 今朝から繰り返される「おめでとう」の理由を考えようとしたのに、気付けば皇帝陛下のことを考えていた自分に思わず苦笑いを漏らす。
 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。それがブリタニア帝国の頂点に立つ皇帝の名だ。
 スザクの唯一の主である彼は若干十八歳。スザクも同い歳でナイトオブゼロとして異例の出世を遂げたのだが、自分は剣とナイトメアの扱いにたまたま長けていただけで、能力としてはルルーシュが断然上だと思っている。
 (昔から頭の良い方だと知っていたけれど、十代の若さでこの大国を統べることになるとはさすがに予想していなかったな)
 ルルーシュがブリタニア皇帝の座に就いたのは一年前。そのときにスザクも皇帝唯一の騎士であるナイトオブゼロとなった。当時、主従共々十七歳という若さだったことも、決して皇位継承権は高くなかったルルーシュが突然皇帝になったことも話題を呼んだが、人々の一番の興味はスザクの出身にあった。
 スザクは留学という形で幼い頃からブリタニアで過ごしていたものの、生まれは日本で生粋のブリタニア人ではない。しかし、父親が日本の総理大臣をしていたことから幸運にもルルーシュとの繋がりを得、そのことがブリタニア人以上の待遇をもたらした。

『スザク、お前はいつ日本に帰るのだ?』

 それまでルルーシュと兄弟のように過ごしていたスザクは、彼からの一言に衝撃を受けた。
 自分がブリタニア人ではないこと。ブリタニアには留学で来ているだけでいずれ日本に帰らなければいけないこと。日本に帰ればルルーシュとは二度と会えないだろうこと。様々な現実にようやく気付き、ルルーシュと別れなければならない事実に足が竦むような心地すらした。
 そして、スザクは一つの決断をした。名誉ブリタニア人となり、一生をブリタニア人として生きることを。
 両親にもルルーシュにも相談はせず、すべて一人で決めたことだった。当然、歓迎される決断ではなかった。実家からは勘当され、ルルーシュからはこっぴどく叱られた。その後、ブリタニア軍に入り、軍人としての道を進んだことも彼の機嫌を損ねる結果となった。だけど、スザクは自分の決断を後悔しなかった。
 なぜなら、すべてはルルーシュの騎士となるために選んだ道なのだから。
 (名誉ブリタニア人になったことも、軍人になったことも、本当の理由は一度も話さなかったな)
 話す必要はないだろう、と思う。どれもこれもただの自己満足にすぎない。実績を積むためにナイトオブラウンズになったときも随分と反対されたけれど、スザクは頑として譲らなかった。
 しかし、彼の騎士になるより先にルルーシュは皇帝となってしまった。あのときは自分の夢が永遠に叶わないかと青褪める思いだったが、皇帝となったルルーシュは唯一の騎士として枢木スザクを選んでくれた。
 彼が何を思ってスザクを騎士にしたのかはわからない。スザクが名誉ブリタニア人の道を選んだ理由を話さなかったのと同じように、ルルーシュもその理由は話してくれなかった。ただ、少なくともスザクの思惑を知っての選択ではないはずだ。
 (陛下は――、ルルーシュはどうして僕を選んでくれたんだろう)
 興味はある。でも今さら聞けるわけがない。
 聞いたところで、だったらお前から先に理由を話せと言われるに決まっている。
 (言えるわけないじゃないか、本当の理由なんて。まさか、好きだからずっと傍にいたかったんです、なんて)
 思わず溜め息をつきそうになって、いけないいけないと首を振った。
 幼い頃はわからなかったけれど、今ならばはっきりわかる。いずれルルーシュと別れなければいけない事実にショックを受けたことも、迷わず名誉ブリタニア人の道を選んだことも、勘当されようとブリタニアに残ることを決めた理由も。
 答えは馬鹿みたいに単純だ。ルルーシュを好きだから。ただそれだけだった。
 (だからって言えるわけがないよなぁ)
 男が同じ男を好きだと露見すれば騎士解任、最悪の場合はブリタニア国内から追い出される恐れもある。ようやく手に入れた地位をみすみす逃すような愚行は犯したくない。

「枢木卿!」

 今度こそ溜め息を漏らしそうになったとき、自分を呼ぶ声に気付きスザクは慌てて振り返った。見れば、皇帝付きの文官がこちらに向かって駆けていた。
 優秀な人材は人種や地位に関係なく登用するのがルルーシュの方針で、彼が皇帝になったときにこれまでなら考えられなかった人事が行われた。彼もその才能を見出され、一気に出世した人間である。しかし、ルルーシュ同様体力はないようで、率先して身体を動かしている姿は見たことがない。その彼が走っているということは余程大変な出来事があったのか。
 (まさか、ルルーシュの身に何か……?)
 スザクの中で一気に緊張が走る。

「枢木、卿、皇帝陛下がお呼び、です。今すぐに、お戻りっ、ください」

 ようやく目の前まで来た文官は、荒い呼吸を整えながらスザクに伝言を伝えてきた。
 その内容からルルーシュに何か起こったわけではないと胸を撫で下ろすものの、ここまで慌てる理由がわからず首を捻った。すると、まるで溺れた人間が縋り付いてくるような必死さで腕を掴まれ、思わず身体を仰け反らせた。

「陛下がご機嫌斜めなのです!あまりお待たせするとほかの者にまで危害が及びます!早くお願いいたします!」
「そ、そう言われても、僕に心当たりはないんだけど……」
「枢木卿の心当たりなんて知りません!ただ、スザクを連れて来いとの陛下のご命令なのです。今は私室にいらっしゃいますので、どうかお早く!」
「わ、わかったよ」

 これ以上彼を刺激するのも悪い気がして、よくわからないままスザクはルルーシュの部屋へと足を向けた。
 呼び出されるようなヘマはしていないつもりだし、火急の事態が発生したとも考えられないが、とにかく今すぐ向かわないといろんな方面に影響が出るらしい。
 (ご機嫌斜めって、こういうときだけ僕のせいにされるのは腑に落ちないよなぁ)
 ルルーシュ皇帝は人気だ。頭の良さや容姿の良さも大いに影響しているだろう。いつも難しい顔をしている皇帝陛下が、ふとしたときに柔らかな笑みを浮かべるだけで貴重なものを拝めた気分になる。おかげで国民だけではなく、宮殿内で働く人間の間でもルルーシュの人気は高い。
 そして、彼の唯一の騎士として彼からの信頼を一身に受けているナイトオブゼロを羨ましく思う人間も多かった。ルルーシュに選ばれたことはスザク自身も優越感に浸っていることなのでたとえ妬まれても何とも思わないが、何かあるたびに責任転嫁されるのは少々困る。
 (それも選ばれた人間の特権だと思えば我慢できるけど)
 優越感を抱いている時点で自分も同類かと結論が出たところで、ルルーシュの私室前へと辿り着いた。ノックをすれば中から応えがあった。

「失礼いたします」

 部屋に入ると、皇帝服を脱いでラフな恰好でソファに腰掛けるルルーシュがいた。

「急ぎの御用件でしょうか?」
「ああ、たいした話ではないのだが……まあそこに座れ」

 勧められるままに腰を下ろす。文官の必死さとは裏腹に、目の前のルルーシュはひどく落ち着いているように見えた。早く早くと急かされるような状況とは思えない。

「その、今日、なのだが」

 わざと煽られたのだろうかと疑念を抱いていると、しどろもどろな声が聞こえた。ルルーシュらしくない口調に内心首を傾げる。

「何か記念日があれば真っ先に言ってくるお前が、今日は何も言ってこないということは……やはり忘れているのか?」
「は?」
「そう、か……そうだな、お前にとっては忘れてしまえる程度のことだったのだな」

 何やら一人で納得し、一人で落ち込んでいるルルーシュにスザクの中は疑問符でいっぱいになった。朝から身に覚えのないおめでとうをもらったり、何かを忘れているらしいことを言外に責められたり、ちっとも意味がわからない。

「あ、あの、陛下、失礼を承知で申し上げます。今日は何かの日だったでしょうか……」

 思い切って尋ねれば、キッと睨み付けられた。

「わからないだと?よくもそんなことが言えたな!この裏切り者!」
「裏切り者ぉ!?」

 心外な言葉に声が引っくり返る。すると、ソファから立ち上がったルルーシュがスザクの胸倉を力任せに掴んできた。

「立派な裏切り者じゃないか!記念日は忘れないなどと言っておきながら、あの日、俺の騎士になれて嬉しいと口にしたことは全部嘘だったのか!お前なんか知るか、馬鹿スザク!」
「あ……」

 ようやく頭の中で繋がった出来事と久々に聞いた皇帝らしくない言葉遣いに、その美しい顔をぽかんと眺める。

「もういい、出て行け!」

 胸元から離れた手を今度は逆に掴まえる。一秒も迷うことなく。

「っ、離せ!無礼者!」
「いいえ、誤解を解くまでは離しません」

 暴れる腕を押さえながらきっぱりと宣言すれば、ルルーシュの動きが止まった。

「誤解……?」
「はい、誤解です。自分は今日の日を忘れていたわけではありません」
「……言い訳なら聞きたくない」

 拗ねた様子に、小さく苦笑いを浮かべた。

「そうですね、言い訳なのかもしれません。でも、自分にとっては陛下の騎士でいることが当たり前だとずっと思い続けていたから、今日の日もその延長線上にあったのです」

 8月31日。
 一年前の今日は、その数日前にブリタニア皇帝となったルルーシュが、唯一の騎士として枢木スザクを迎えると世界的に発表した日である。
 正式な騎士就任式はそれから少し後なのだが、宣言をした当人であるルルーシュは、今日を自分とスザクにとって特別な日だと認識していたらしい。だからスザクが覚えていないことに落ち込み、激昂したのだろう。
 (どうしよう……すごく嬉しい)
 まさかルルーシュがこれほど特別に思ってくれていたとは考えもしなかった。怒った彼をなだめるべき場面だというのに顔がにやけそうになる。

「陛下が皇帝になられた日も、自分が正式な騎士になった日も当然覚えています。ですが、まさか陛下が今日のことを覚えて下さっているとは思いませんでした。ありがとうございます」

 礼を告げれば、ルルーシュが唇を引き結んだ。

「陛下はただの言い訳と思われるかもしれませんが、先ほど申し上げたことは本当です。自分はずっと陛下の騎士になることを夢見ていました。それを当然とすら考えていました。だから、陛下が騎士として自分を迎えて下さると聞いたとき、夢だと思う気持ちと、当然だと思う気持ちの両方があったのです。しかし、周りの人間からおめでとうと言われたときに今日の意味に気付くべきでした。申し訳ございません」
「別に……。俺も大人気なかった、すまない」

 いいえ、と首を振ると掴んだままの手をようやく解放する。感触が消えてしまうことへの名残惜しさには気付かないふりをした。

「スザク。せっかくの機会だ、お前にもうひとつ言っておく」
「はい、なんでしょう」
「ここは皇帝のプライベートな空間だ。臣下といえども滅多なことでは立ち入ることは出来ない」
「はい?」
「だから…っ」

 意味を掴めずにいると、ちっ、と舌打ちが聞こえた。

「陛下、舌打ちはお行儀が悪いですよ」
「うるさい、そういうことには気付くくせに肝心なことには気付かない鈍感が!だから、ここは皇帝のプライベートな場所だと言っている。つまり今の俺はブリタニア皇帝でも何でもない、ただのルルーシュだ!」

 言い切ると、ルルーシュがぷいと顔を逸らした。叫んだせいか頬が少し赤い。そして、澄んだ紫色の瞳は少しだけ翳りを帯びているような気がした。

「……お前、軍人になると決めて以来、ずっとその口調じゃないか。もちろん、それが騎士としての正しい振る舞いであり、あるべき姿だとわかっている。だけど俺とお前は、友達、じゃなかったのか……?」

 自信のない声にスザクはハッとした。
 ルルーシュの言う通り、軍人となり、いずれ彼の騎士になると決めたときからスザクは乱暴だった口調を改めた。騎士として恥ずかしくないよう、ルルーシュに恥をかかせることのないよう、礼儀作法も身に付けた。
 だけど、それ以来ルルーシュのことを名前で呼ばなくなった。子供の頃のように気軽に笑い合ったり、一緒に遊んだりすることがなくなった。
 (もしかして、寂しかったのかな)
 皇族であるルルーシュには同年代の友達がいない。周りは損得勘定で近付いてくる人間ばかりだ。その彼にとってスザクは初めて出来た友達で、皇族や皇位継承権などに関係なく付き合えた唯一の人間だったのかもしれない。それなのに、勝手に名誉ブリタニア人になって、勝手に軍人になって、勝手にナイトオブラウンズになった。
 どんどん離れていく自分をルルーシュはどんな気持ちで見ていたのだろうと思えば胸が痛んだ。守るべきルルーシュを逆に傷付けてしまっていたなんて騎士失格だ。

「僕は君の友達だよ、――ルルーシュ」

 スザクは迷わずルルーシュの手を取った。その指先がぴくりと動く。
 久しぶりに呼んだ敬称付きではない名前は、心の奥にじんと温かなものを感じさせた。
 皇帝陛下にこのような振る舞いは許されない。でも、ここはプライベート空間だとルルーシュ自身が言ったのだ。許可なく触れても、呼び捨てで呼んでも許されるのだ。

「君の傍にいたくて、君とずっと一緒にいたくて、僕は君の騎士になることだけを夢見て生きてきた。だけど、そのせいで君を不安にさせていたのだとしたら本末転倒だよね」
「お前……そんな理由で日本人を捨てたのか」

 聡いルルーシュにはスザクが名誉ブリタニア人になった理由がわかったのだろう。信じられない、とその顔が言っていた。

「捨ててはいないよ。ただ、僕が日本人であること以上に、ルルーシュのことが大切だったというだけ」
「なっ…、馬鹿じゃないのか!俺にそこまでされる価値はない!俺は身勝手で、本当は誰よりも自分が可愛い人間なんだ!皇帝になったのだって――、」

 何かを言いかけたルルーシュは、自分の言葉にぎょっとすると空いている手で口を塞いだ。

「皇帝になった理由?争いのない世界を作るためじゃなくて?ほかに理由があったの?」
「う……」
「ルルーシュ?」
「っ、うるさい黙れ!鈍感男のくせにこんなときばかり興味を出すんじゃない!」
「だって気になるよ。あんなにブリタニアは嫌いだって言っていたのに、まさか皇帝になるなんて誰も思っていなかったんだから」

 力ある者だけを認め、弱者を虐げるブリタニアのやり方をルルーシュは嫌っていた。弱肉強食を国是とする先代皇帝だった父親のことも嫌っており、皇位継承権を捨ててブリタニアを出て行くのだといつも言っていた。そのルルーシュが皇帝になったのだから、彼や先代皇帝を知っている人間達は誰もが驚いた。二人の間でどのようなやり取りが交わされたかは今も謎であり、大変興味深いところである。
 スザクは逃げようとする身体を引き止め、ずいっと顔を近付けた。しばらく唸っていたルルーシュが観念したように顔を俯かせる。

「……絶対に。絶対に、誰にも言うなよ」
「もちろん」

 こんな重大な秘密、誰かに打ち明けるなんてもったいないことはしない。

「皇族とはいえ、皇位継承権の低い皇子のままでは風当たりも強い。だが、皇帝になれば誰も文句が言えなくなる。……端的に言ってしまえば、そういうことだ」
「え…と、全然わからないんだけど……」
「おっ、お前は本当に空気の読めないやつだな!」

 眦を上げた秀麗な顔が、今度は向こうから迫ってきた。

「だから!俺が誰を騎士にしようと誰からも文句を言われないようにするためには、皇帝になるしかないじゃないか!」
「へ……?」

 本日二度目の呆気に取られた顔をすると、ルルーシュが不機嫌そうな表情を浮かべた。

「満足したか。もういいだろう、離せ」

 ぐいぐいと引かれる手を、しかしスザクは力を緩めることなく握り続けた。それどころか自分のほうに引き寄せ、バランスの崩れた身体を迷うことなく腕の中に捕えた。

「ほわああぁぁ!す、すざ…、」
「ありがとうルルーシュ!嬉しい、すごく嬉しい!」

 これまでずっと保ってきた騎士の顔もポーズも忘れてぎゅうぎゅうと抱き締める。
 何度も夢見てきたルルーシュの感触。傍で感じるルルーシュの匂い。線の細い身体。温かい体温。頬に当たるさらさらの髪。
 もう二度と触れることは出来ない、触れてはいけないと自戒し続けていたものすべてが腕の中にある。本当に夢のようだった。

「ありがとう、皇帝になってくれて。僕を君の騎士に選んでくれて」
「……全部俺自身のためだ、礼を言われるようなことではない」

 ぶっきらぼうな返事にくすりと笑う。

「今日は記念日だね」
「記念日?」
「君と僕が皇帝と騎士になった記念日」
「騎士と皇帝になった日はお互い別じゃないか」
「わかってるよ。でも、君が僕を騎士にすると言ってくれた日が僕にとっては騎士になった日なんだ」
「忘れていたくせによく言う」

 痛いところを指摘され、今度は苦笑いを浮かべた。決して忘れていたわけではないのだが、言われるまで口にしなかったのだから結果としては忘れていたことになるのだろう。

「だからさ、これからは絶対忘れないように記念日にするんだよ」
「都合の良いやつだな」
「もう、根に持たないでよ」

 毎年記念日のたびに文句を言われるのかなと思いつつ、再びそんなやり取りが出来るのならばむしろ喜ばしいことである。

「今日を僕達二人だけの記念日にしよう、ルルーシュ」
「ほかの者達からも祝いの言葉をもらったんじゃないのか?」
「それはそれだろ。ブリタニアの正式な記念日じゃないんだから、僕達だけの記念日でいいんだ」
「まったく強引なやつだな。でも……まあ悪くはない」

 素直ではないことを言いながらもその口許は優しく微笑んでいた。スザクも自然と頬を緩める。
 まだ好きとは言えないし、これから先もずっと言えないままかもしれない。
 だけど、何のしがらみもなく、ごく普通の友達として付き合えていた頃と同じ空気を取り戻せただけで充分だ。これ以上を望んだら罰が当たってしまう。

「これからもよろしくお願いいたします、皇帝陛下」

 その場に膝を付き、すらりとした手を取る。甲に口付ければ、ルルーシュが国民の前で浮かべる皇帝らしい笑みを見せた。

「ああ。これからもよろしく頼むぞ、我が騎士枢木スザク」

 彼の笑顔を守るためならば自分は何だってしよう。
 そのために彼の騎士になったのだから。
 (君も僕と同じことを考えてくれていた。それだけで僕は一生分の幸せをもらったも同然だよ)
 声には出さずに心の中でそっと囁く。
 手の中のぬくもりに、ルルーシュの傍にいられることに、世界中のあらゆるものに対して感謝したい気持ちだった。

「スザクさんはご存じなかったんですか?」
「え?何を、ですか?」
「宮殿内では公然の秘密だと思ってましたのに。でも肝心のスザクさんが気付いていなかったのなら、私達がもっとけしかけるべきでしたね」

 ルルーシュの部屋を出たあと、廊下の途中で彼の妹であるナナリーとばったり会った。そこでお茶をしないかという誘いをもらい現在に至るわけだが、何故ナナリーの口から冒頭の発言が出てきたのかさっぱりわからない。

「えぇっと…ナナリー皇女殿下、それはどういう……」
「ナナリーです」

 ぴしゃりと指摘され、一瞬言葉に詰まったスザクは渋々「ナナリー」と言い直した。
 当然、ナナリーに対してもこれまでは皇女殿下として接してきた。しかし、プライベートでは昔のように「ルルーシュ」「スザク」と呼び合うことになったと知られ、「自分だけ名前で呼んでもらえないなんて、お二人ともずるいです!」という訴えにより、誰もいないところでだけという条件付きで彼女を皇女扱いしない約束をしたのだった。
 ナナリーの訴えもわかるが、皇帝陛下の妹君を子供の頃と同じように呼ぶのはスザクとしては少々躊躇いが残る。

「公然の秘密とか、けしかけるとか、なんだか不穏な言葉が聞こえた気がするんだけど」
「まあ。不穏だなんて人聞きの悪い。だってお兄様がスザクさんをお好きなのは誰もが知っていることですよ?」
「へえ、そうなんだ…………は?」
「気に入ってもらいたくて皆さん毎日お兄様のために頑張ってらっしゃるのに、お兄様が気にされるのはスザクさんのことだけなんですもの。スザクさんにちょっと冷たく当たってしまうのは仕方のないことですよね」

 さらりと爆弾発言を落とされる。しかも一つや二つではない。
 これは度を越えた冗談だろうか。それとも新手の嫌がらせだろうか。いや、ナナリーに限って嫌がらせなんてことはしないだろう。では、この冗談としか思えない発言の数々は一体なんなのか。
 混乱しきった顔を向ければ、ナナリーがにこりと微笑んだ。

「まさかお互い超の付く鈍さとはさすがの私も思いませんでした」
「ナ、ナナリー……?」
「公私混同してしまうくらい好きなのに、清く正しいお付き合いどころかまだ告白のひとつもしていないだなんて。でも、このままでは男性として不甲斐ないと思いませんか?それとも、スザクさんはお兄様から告白してもらうのを待っているのですか?そんなことはありませんよね?」

 気のせいか、ナナリーの笑顔が少し怖い。
 ルルーシュのシスコンぶりは宮殿内で有名だが、ナナリーも実は相当なブラコンだ。ルルーシュの影に隠れて見えないだけで、兄を独占したがるところは昔も今も変わらなかった。

「私は、お兄様がスザクさんと一緒にいたいと思うからお譲りするだけです。スザクさんなら私もよく知っていますから安心ですし。でも、もしお兄様を泣かせるようなことがあれば、そのときはナイトオブゼロと言えども容赦しませんからね」

 わけがわからないうちに随分と進んでしまった話は、スザクの許容範囲を超えていた。
 (要するに、ルルーシュは僕のことが好きで、それは周りの人間にはバレバレで、知らなかったのは僕達だけで、ナナリーにさっさと告白しろとけしかけられて、ルルーシュを泣かせるようなことがあればこの国にいられなくなるわけで……)
 やはりこれはタチの悪い冗談だろう。
 現実逃避気味に思うものの、ナナリーの笑っていない瞳が本気だと言っていた。
 (ルルーシュが、僕のことを好き……)
 改めて考えると嬉しさでどうにかなっていまいそうだが、ナナリーの手前、ポーカーフェイスをなんとか維持する。

「――わかった。ルルーシュは泣かせたりしない。約束だ」
「必ずですよ?」
「もちろん」

 先ほどまで混乱していたのが嘘のようにはっきりと答えた。我ながら現金だと思ったけれど、好きな相手の妹に直々の許可を与えられたのだ。もう迷う必要はない。
 お茶のお代わりを断わるとスザクは椅子から立ち上がった。

「どちらへ?」
「皇帝陛下のところへ」
「そうですか」

 ナナリーが笑う。いつもの可愛らしい笑顔で。

「お兄様にどうぞよろしく、ナイトオブゼロ」
「はい。ナナリー皇女殿下」

 恭しく礼を取ってルルーシュのいる私室へと戻る。
 今日という日はまだ残っていた。二人が皇帝と騎士になった記念日に、もう一つ特別なことが加わっても問題はないだろう。
 無理やり背中を押される形となったが、こんなきっかけでもなければ一生打ち明けずにいたかもしれない。そういう意味ではナナリーに感謝だ。
 ルルーシュの顔を思い浮かべながらスザクは歩を進めた。
 二人だけの記念日がもっともっと増えることを願いながら。
 好きだと伝えるまであと数分。
 花言葉 : 愛の祈り、情熱的な恋、忍び逢い
 (10.09.09)