gift

 最初は彼が日本に来たときだった。
 彼の誕生日の日付を知って、その日になったらプレゼントを渡そうとずっと決めていた。初めての友達の初めて一緒に迎える誕生日だから何かあげたかった。
 だけど子どもの小遣いで買えるものは限られていて、しかも彼は人から施しを受けることをひどく嫌がった。
 これは施しではなくプレゼントなのだと説明しても、遠い異国の地から来てたった一人で妹を守っている彼の心は頑なだ。今でこそ友達と呼べるほど仲良くなれたけれど、些細なきっかけで関係が崩れてしまうかもしれない。そもそも自分自身、誰かに誕生日プレゼントを贈るなんて柄じゃない。
 そうして考えた末に思い付いたのが花だった。
 花ならば彼の妹も喜ぶ。妹が喜べば彼も喜ぶ。我ながらいい考えだと早速山に向かい、綺麗な花を選んで摘んだ。
 店で売っている豪華な花束に比べればだいぶ見劣りするが、子どもの自分にとっては満足する出来だった。
 彼は喜んでくれるだろうか。迷惑にならないだろうか。若干緊張しながら彼らの住処へ向かうと、彼は妹に本を読んでいる最中だった。

「あ、あのさ」
「どうした、スザク」
「あのさ、ルルーシュ」
「だからどうした」

 なかなか用件を切り出さない自分に彼が首を傾げる。
 変な間が空いてしまい、妙に居た堪れない気分になってきた。何かあったのかと彼の妹から心配そうに尋ねられ、思い切って両手を差し出した。
 その手の中の小さな花束を見て、彼がまた首を傾げた。

「た、誕生日って聞いたから、だから、その、お前にやる!」

 あらかじめ用意していた科白は全部吹っ飛んでしまった。せめて誕生日おめでとうと言えれば良かったのだが、まだ子どもの自分は「やる」とぶっきらぼうに言うのが精一杯だったのだ。
 きょとんとした彼は、自分と花を交互に見比べていた。
 やはり言い方を間違えたと内心おろおろしていると、目の前に来た彼がふわりと笑った。

「それでずっといなかったのか。ありがとう、スザク」

 不恰好な花束を受け取り、綺麗だなと言って笑みを深くする。
 ほらナナリー、良い匂いだよ。
 本当ですね、お兄様。
 兄妹の会話をぼんやり聞きながら、プレゼントを花にしたのはやっぱり正解だったと思った。

「ちょうど良かった。さっきためしにお菓子を作ってみたんだ。たくさん出来たから味見していってくれないか?」
「とっても美味しかったですよ、スザクさん」
「――うん!」

 二人に招かれ、大きく頷いた。
 彼が笑ってくれた。それがとても嬉しかった。
 あれ以来、彼の誕生日には花を見つけて飾るのが習慣になった。
 飾ると言っても、男だらけの軍隊生活の中なのでたいしたことは出来ない。空き瓶に水を入れて飾れたら上出来で、せいぜい摘んだ野花を枕元に置いておくくらいだった。
 それでも毎年十二月五日になると、自分で摘んだ花を見ながらどこにいるかわからない彼に向かって「誕生日おめでとう」と呟いていた。
 どうしてそんな習慣を続けたのかはわからない。
 誰かに誕生日プレゼントを贈って喜んでもらうという原体験が彼の誕生日だったからかもしれない。
 もしくは、彼らとの繋がりを失くしたくないという気持ちからだったのかもしれない。
 いずれにしろ、彼に贈る花を選ぶことは自分の中で密かな楽しみであり、安らぎでもあった。
 そんなことを繰り返して七年の歳月が経ち、再び直接花を贈れたことは言葉では言い尽くせないほど幸せだった。
 子どもの頃には持っていなかった財布を取り出し、色とりどりの花を揃えている店で小ぶりな花束を作ってもらい、夜にクラブハウスを訪ねた。
 今日は軍じゃなかったのかと驚いた彼は、すぐに嬉しそうに中へと招いてくれた。

「こんな時間にどうしたんだ」
「うん、ぎりぎりだから間に合わないかと思った」
「何がだ?」

 彼が首を傾げる仕草に、初めて花を渡した日のことを思い出した。
 あの頃とは比べものにならないくらい綺麗な花束を紙袋から取り出し、彼に差し出す。

「誕生日おめでとう、ルルーシュ」

 それはようやく伝えられた言葉だった。

「皆から色んなものをもらっていると思うし、たいしたものじゃないけど、部屋のどこかに飾ってくれたら嬉しいな。って、高校生の男子が部屋に花を飾るのは恥ずかしいか。それならナナリーの部屋でもいいんだけど」

 しかし渡して初めて、同性に渡すプレゼントとして花はないのではないかと思った。
 遅すぎる気付きだが、自分の中でずっと習慣になっていたことだったので本人を前にするまで思い至らなかった。

「俺がもらったものだろう?確かに花ならナナリーのほうが似合うが、これは俺の部屋にちゃんと飾らせてもらうよ」

 彼の手が伸び、花束を優しく受け取る。

「ありがとう、スザク」

 そう言って彼が微笑んだ。
 もう一度見たいと、この七年ずっと願っていた顔だった。

「――ありがとう」
「なんでお前が礼を言うんだ。おかしなやつだな」

 くすくす笑う彼に笑い返しながら、心の中でありがとうと繰り返した。
 君と再会できたことが、僕にとっては何よりの幸せだったんだ。

* * *

「計画の一部とは言え、自分の誕生日を大々的に祝われるというのはあまりいいものではないな」
「何を言っている。世界中からお前のもとに贈り物が届くんだぞ。普通の人間は大喜びじゃないか」
「俺はこういうことは好きじゃない。やるならもっとひっそりがいいんだ」
「はいはい、愚痴なら終わったあとに言え。ピザが不味くなる」
「だから皇帝の執務室でピザを食べるなといつも言っているだろう」
「君たちはまた何をやっているんだ」

 入り込んできた声に顔を向ければ、皇帝の唯一の騎士が眉間に皺を寄せて立っていた。

「お前も人の部屋に入るときはノックをしろ。これから仕事をするんだ、ピザなら別の部屋で食べろ」

 前半はスザクに、後半はC.C.に向かって言う。
 はいはいとやる気のなさそうな返事をしたC.C.は、大事そうにピザの箱を抱えるとようやく部屋を出て行った。残るは騎士ひとり。

「ロイドさんから書類を預かってきた」
「そうか、わざわざすまないな」

 書類を受け取り、目を通す。スザクは机の前に立ったままで動こうとしない。
 ほかの用事があるのかと訊けば、用事は終わったと言う。
 戻らないのかと訊けば、うんと短い返事が返ってきた。

「世間話をしている暇はないぞ」
「世間話というか、明後日のことなんだけど」
「明後日?俺の誕生日か?」

 皇帝に即位して初めての誕生日は国を挙げて祝うことになっている。もちろん、祝われたくてそんなものを企画したわけではない。
 皇帝の威信と権力を国内外に知らしめ、さらにはゼロレクイエム後に一つのわかりやすい記念日として残すためだ。

「こんなことでもなければ誕生日を大勢に祝われるなんてまっぴらなんだが」
「君は生徒会でお祝いされるのも嫌がっていたよね」
「あれは誕生日を祝われるのが嫌と言うより、会長の悪ふざけに乗りたくなかっただけだ」

 今は人気キャスターとして活躍する元生徒会長の数々の武勇伝を思い出して小さく笑う。
 でも、口で言うほど自分が嫌がっていなかったのも事実だ。気持ちの籠もっていないお祝いはいくら受けても嬉しくないが、皆が楽しんで純粋に祝ってくれる誕生日は嫌いじゃない。

「だけど、ここまで大きく取り上げなくても良かったんじゃない?君の目論みはわかるけどさ」
「計画の一部でなければ俺だって御免だ。だが、悪逆皇帝の生まれた日というキャッチコピーはなかなかのインパクトがあるだろう?」

 わかりやすい記号は必要だ。毎年必ず迎える日付は尚のこと。

「それでその誕生日がどうかしたか?」
「いや、当日は朝から晩まで忙しくなるだろうなと思って」
「そうだな、各国の代表を招いてのパーティーやら国民向けのパレードやら派手な催しを詰め込んでいるから、落ち着くのは日付が変わって明け方になるかもしれない」
「じゃあ当日は意味がないってことか……」
「なんのことだ?」

 スザクが何を気にしているのかわからず首を傾げる。
 それだけ確認できればいいんだ、と言って彼は出て行った。

「変な奴だな」

 一体何を確認したかったのだろう。
 スザクのおかしな言動は気になったものの、今日のうちに終わらせたい仕事を思い出し、途中になっていた書類へと目を落とした。
 そうして集中していると時間を忘れてしまうのはゼロをやっていたときも今も変わらない。気付けば深夜と呼べる時刻になっていた。
 ひと段落ついたし、あまり夜更かしをしていると口煩い誰かさんがまたやって来る。伸びをしたルルーシュは、仕方なく私室まで移動した。

「ん……?」

 暗い寝室に明かりを灯すと、サイドテーブルに見慣れないものを見つけた。

「朝はなかったはずだが……」

 そこにあったのは花瓶に活けられた花だった。
 しかし花を飾れとは命令していないからこんなものが寝室にあるのはおかしい。皇帝の部屋に誰かが勝手に入ったのなら問題だが、花を置く暗殺者などいるだろうか。

「あ、」

 そしてふと気付く。
 誕生日。花。スザクのおかしな態度。

「もしかして、プレゼントのつもりか?」

 可憐な花弁に触れてみた。
 去年もこうして花を受け取ったことを思い出した。去年だけではない、日本に来て初めての誕生日のときもそうだ。

「律儀なやつだな」

 だから誕生日当日のスケジュールを確認したのか。
 人がいない隙を狙って飾るなんて。しかも当日は無理だから前日に。

「日付が変わる前に俺が戻っていたらどうするつもりだったんだ。それとも、どうせ俺が夜更かしすると読んでの行動か?」

 スザクにしては手の込んだことをと口許を緩める。
 まさか今でも彼から誕生日を祝ってもらえるとは思わなかった。
 自分たちの間にあるのはゼロレクイエムだけで、それ以上でもそれ以下でもないのに。こんなことをされたら嬉しくて気持ちが溢れそうだ。

「ありがとう、スザク」

 そっと囁いて花に触れると、何かに応えるように花弁が震えた。
 (小さな一輪の花がどれだけ嬉しかったか、お前は知らないんだろうな)
 ありきたりな礼の言葉しか伝えられなかったけれど、あのときも去年も、そして今年も、とても嬉しかった。
 どんなに高価な贈り物よりも嬉しかった。
 最後の誕生日を祝ってくれて、ありがとう。

* * *

 朝起きて今日の日付を確認する。その数字にまだ少し寝惚けていた頭が覚醒した。

「今日は……」

 回線を繋ぐと、ゼロ専用のスタッフがすぐに出た。

「すまない、ひとつ頼みがあるのだが」

 電話の向こうから淡々とした返事が返ってきた。それに頷き、回線を切る。
 もう一度日付を見てから顔を洗うために洗面所へ向かった。その足取りは普段より少しだけ軽い。
 我ながら単純なものだと思う。何かを楽しむ心はこの一年すっかり忘れていたと言うのに。
 しばらくして部屋に届きものが来たことをベルが知らせた。受け取りのボックスを見れば、頼んでいた通りの花束が置かれていた。どうして急に花なんて、とスタッフたちは訝しがっているかもしれない。
 (本当は自分で選びたかったところだけど、さすがに今はね)
 早速、一緒に届けてもらった花瓶に花を活ける。殺風景な部屋が一気に色付いた気がした。
 ルルーシュは今日という日をわかりやすい記念日にしようとしていた。そしてその目論見は成功した。
 恐らく今日は世界のあちこちで悪逆皇帝に対する憎しみを新たにし、同時に今の平和を歓喜するのだ。
 その人々の中に、彼の誕生日を純粋に祝う人間はどれだけいるだろう。
 本当の彼を知り、今も彼を想ってくれる人はどれだけいるだろう。
 (あのとき、君にちゃんと伝えておけば良かったね。君は君自身の誕生日を利用するつもりでいたけれど、心から君の誕生日を祝う人もいるんだってことを。そして僕も――)
 去年はおめでとうを言えないまま終わってしまった。
 誕生日前日に彼の寝室にこっそり花を飾ったけれど、あれが自分からの贈り物だということを彼は気付かなかったかもしれない。
 結局、ルルーシュにちゃんとおめでとうと伝えられたのは一度きりだ。後悔と呼ぶものがあるとすれば、その一つだけである。
 贈るべき相手を失った花に触れた。
 それでも自分はこの習慣をやめないだろう。
 だって今日は、彼が確かにこの世界に生きていたことを確認する日なのだから。

「死人の誕生日なんて意味がないって君なら言うかもね。でも僕はずっと祝い続けるよ」

 いつか世界が今日という日を忘れたとしても。
 君を愛した人たちは、きっと今日の日を忘れない。
 誕生日おめでとう、ルルーシュ。
 (12.12.05)