冬桜の頃、そして再びの春を待つ

 講義を受けていた建物から外に出ると、立ち止まって構内の時計台を見上げた。時刻は午後五時。
 (途中でスーパーに寄って買い物をすればちょうどいい時間だな)
 スザクが来るのは明日の土曜日の予定だから、今夜は簡単なものでいいな。でも、事前に仕込んでおきたいものがあるし、明日また買い物に出るのも面倒だし、必要な食材は今日のうちに買っておくか。明日は肉料理の予定だから、今夜は魚料理にしようか。そんなことをつらつら考えながら歩を進める。
 献立がすっかりスザク中心だな、とこっそり笑った。
 でも、どうせ食べてもらうのなら喜んでもらいたい。スザクの喜んだ顔が見たい。
 それに、スザクが中心なのは今に始まったことではなかった。
 三百年前からスザクのことが好きで、ナナリーを除けば俺の一番はいつだってスザクだった。昨日今日スザクを好きになった女子とは年季の入り方が違うのだと思ったら、優越感のようなものも生まれた。
 スザクがもてることは知っている。彼女ができたのも早かった。
 女の子と付き合うことになったと報告を受けたのはスザクが中学生の頃で、俺がまだ幽霊をしていたときのことだ。
 あのときは大人の対応で祝福したつもりだが、ショックが顔に出ていたのか、以来、スザクは恋愛関係の話をしなくなった。
 それでも彼女ができたのだなと察することはあったし、たびたび告白されていたのも言葉の端々からなんとなくわかっていた。
 そして、そのたびに嫉妬していた。
 当時のスザクは中学生だったのに、中学生の彼に彼女ができて嫉妬していたのだ。
 実はあの頃、お前の彼女に嫉妬していたんだと言ったらスザクはどんな反応をするだろう。呆れるだろうか。馬鹿じゃないかと笑われるだろうか。
 (いいや、過去は関係ない。今のスザクの恋人は俺なんだから)
 強がりのように自分に言い聞かせた。俺も存外子どもっぽいと口の端で笑い、バッグを肩に掛け直す。

「うちの学生かな。ねえ、声かけてみようよ」
「でも誰か待ってる感じじゃない? 彼女だよ、きっと」
「聞いてみないとわかんないじゃん」

 ふいに会話が聞こえた。二人の女子学生が何やらはしゃいでいる。彼女たちの視線の先を何気なく追いかけて、あっ、と声を漏らした。
 正門の脇に佇んでいるのはスザクだった。
 何か用事だろうか。今日、ここで会う約束はしていないから、もしかしたら友達と待ち合わせているのかもしれない。それなら声をかけるのは控えたほうがいいかもしれない。しかし、正門を通るのに無視をするのも変な話だ。
 一瞬のうちにいろんなパターンを考えていると、スザクの顔がこちらを向いた。俺を見つけてにこりと笑う。
 隣にいた女子たちが色めき立つのに気付いているのかいないのか、「ルルーシュ!」と大きく手を振った。途端に彼女たちがガッカリするけれど、鋭い視線で俺のほうを見たあとになぜか頬を赤くした。それから、二人でこそこそ話をし出した。
 おかしな反応をするなと不思議に思いつつ、彼女たちに構っている暇はないので急いでスザクに駆け寄った。

「どうした? うちの大学に用事でもあったのか?」
「ううん。ルルーシュに会えるかなと思って」
「俺?」
「そう」
「なんで?」
「会いに来ちゃ駄目? 迷惑だった?」
「迷惑ってことはないが」
「それにね、もし今日ルルーシュに会えたら運命だなと思って」

 はあ? と怪訝な声を出せば、スザクは嬉しそうに笑みを深めた。

「何も約束していないのに偶然会えたら運命を感じない? あ、ちなみに僕、ルルーシュの講義がいつ終わるのか知らないからね」

 だから狙ってここに立ってたわけじゃないよ、と両手を上げるポーズをしたスザクに吹き出す。

「暇なことをしているな」
「だって凄くない?」
「はいはい。で、運命を感じて、そのあとは?」
「ルルーシュのうちに行こっかな」
「明日じゃなくて?」
「うん。駄目?」

 下から覗き込まれ、思わず息を呑んだ。
 スザクはときどきこうして上目遣いでおねだりをしてくる。ほとんど同じ身長のくせにわざと下から見上げるのはずるい。
 (それに……)
 スザクに見上げられるのは今に始まったことではない。この世界で出会ったときの彼はまだ小学生だったから、むしろ見上げられる期間のほうが長かった。
 高校生になってスザクの身長がようやく追いついたときには、三百年前を思い出して懐かしいような、ほんの少し寂しいような、不思議な感慨を抱いたものだ。
 (っていうか、俺がこのおねだりに弱いとわかっていてわざとやっているんじゃ)
 思い返してみれば、子どもの頃からスザクはおねだり上手だった。そして、俺はスザクの頼みを断われない。昔も今も、決して嫌とは言えないのが性分となっている。

「別に駄目ではないが、お前はいいのか? バイトとかほかの友達との約束とか」
「ないよ、そんなの。それにさ――」

 スザクがおいでおいでをするように手を動かす。なんだろうと自然に体を傾ければ、耳元に顔が近付いた。

「ルルーシュを抱きたくてたまらないんだ」

 勢いよく顔を向けた俺は、にこにこ笑っているスザクにぽかんと口を開けた。頬がじわじわ熱くなってきたのを感じ、両手をぎゅっと握り締める。それから大きく息を吸い込み、「馬鹿じゃないか!」と怒鳴った。

「場所をわきまえろ!」
「だから小声で言ったよ」
「そういう問題じゃない!」
「いいからいいから、早く帰ろう」
「ちっとも良くない!」

 ぎゃあぎゃあ喚く俺の背中をスザクが押す。確かに小声だったし、周囲に行き交う人もいなかったので誰かに聞かれた心配はないけれど、それでも非常識であることに違いはなかった。
 文句を言いながら駅に向かい、電車に乗り込むと不機嫌をアピールするために黙り込む。隣のスザクは気にした様子もなく、ひとりで勝手に喋り続けていた。
 ちらりと横顔を見れば、こちらを向いた彼と視線が合い、良い笑顔を向けられる。それにまたムッとして窓の外に目を向けた。

「そんなに怒らないでよ」
「お前にデリカシーがないのがいけないんだ」
「そうかなぁ。普通だよ?」
「どこがだ」

 怒ってる顔も可愛いだけだよ、と公共の場でさらりと言ってくるところがデリカシーがないのだと思ったけれど、何を言ってもスザクには効果がないので黙っておく。
 (いくらなんでも明け透けすぎるだろう。秘め事は細心の注意を払うべきなのに、あんなところで、大学で――)
 初めて体を繋げて以来、スザクはそういう欲を隠さなくなった。今までずっと我慢していた分、箍が外れてしまったかのように積極的だ。
 一応、こちらの体力は考慮してくれているようで、抱き合うのは土曜日だけと最初の頃に決めたけれど、当然一回で終わるはずもなく、日曜日の半分は寝て終わるのが近頃の日常となっている。
 しかもタチが悪いことに、そういう日常を俺自身が嫌だと感じていない。
 体力を根こそぎ奪い取られるような行為はきついのに、あのスザクが俺を求めてくれているのだと思ったら嬉しいし、ようやく彼が自分のものになったという実感を得られるのも嬉しかった。
 だから、きついと口では文句を言いつつ本心では喜んでいて、満ち足りた毎日に幸せを感じていた。
 (ということはこいつには絶対に言えないけど)
 恥ずかしすぎてとても打ち明けられない。
 こんなことがもしばれたらスザクは調子に乗りそうだな、と横目でスザクを見やる。ふと、その唇が目に入った瞬間、また頬が熱くなった気がして慌ててそっぽを向いた。

「ルルーシュ? 顔赤いけど大丈夫? 熱でもある?」
「あるわけないだろ」
「そう? だったらいいんだけど」

 スザクはすぐに正面を向いた。なんで俺がいちいち反応しなければいけないんだと思っているうちに駅に着いた。
 改札を抜けると小さな商店街があり、そこで必要な食材を買う。あれもこれもと購入していくうちに荷物が重くなるのだが、すぐにスザクが袋を取り上げてしまうので俺の手元は空いたままだ。
 一緒に持つといくら言っても頑として譲らず、何かひとつくらい渡せと粘った末に、一番小さな袋を渡された。中身は食後のデザートにするつもりで買った大福だ。
 不満げにスザクを見ても、「じゃあ帰ろっか」とただ笑うだけで、仕方なく彼に荷物持ちを任せて自宅まで向かう。
 スザクと買い物に行くといつもこうで、「渡せ」「渡さない」のやり取りはすっかり恒例行事である。彼だけに持たせるのは悪いと思うけれど、嬉々として荷物を持っているスザクを見ていたらまあいいかという気持ちにもなった。

「買い物の袋を持つのがそんなに楽しいのか」

 ぽつりと疑問を漏らせば、楽しいよ、とスザクが弾んだ声で言った。

「だって、こうしていると新婚さんみたいじゃん」
「……馬鹿じゃないか」

 怒鳴るのも疲れたので呆れた口調で返す。
 何が新婚だと悪態を吐きながら先を行けば、すぐに追いつかれてしまった。どんなに荷物を持っていても歩調がまったく変わらないところが腹立たしい。
 俺の中にはまだ小さなスザクの面影が残っているから、いつの間にか背丈が同じになり、すっかり大人の男になったことが寂しくもある。これでは恋人と言うより親だなと可笑しくなった。
 マンションに到着すると二人でエレベーターに乗り込んだ。一番奥の部屋のドアを開けて先にスザクを通す。お邪魔しますと言った彼のあとに続いた俺は、鍵を閉めるために背中を向けた。
 ロックをかけ、やれやれと息をつく。その瞬間、後ろから抱き締められて息を止めた。いつの間に手ぶらになったのか、スザクの両腕がしっかり回されていた。

「スザク…っ」

 玄関先で何をするのだと振り返ったところで唇が合わさった。
 顔を固定され、頭を振ることも腕の中から抜け出すことも叶わない。持っていたスーパーの袋ががさりと音を立てる。

「ン……、んぅ」

 食らい付くようなキスを繰り返された。息継ぎをしようと、開いた口の隙間から舌が入り込んだ。

「ふぁ、ァ…っ」

 激しい口付けに追い付けず、されるがままに舌と舌を合わせた。表面を擦るように舐められるとたまらなくて、体が無意識に逃げを打つ。
 それを咎めるように首筋を撫でられ、ぞくりとしたものが背中を走った。

「ア……、ッ、買い物の、荷物」
「あとでいいよ」

 顎を掴まれ、口の端から零れた唾液を舐め取られる。それだけで体がまた震えた。
 しかしここで流されるわけにはいかないと思い直し、良くない! とスザクの胸を押し返した。

「生ものが傷むだろう! ちゃんと冷蔵庫に入れろ! それに――」

 シャワーだって浴びてない、とぼそぼそと呟いて顔を俯ける。
 すると、スザクの溜め息が聞こえた。生娘みたいな反応に呆れたのだろうかと一瞬で心臓が冷えた。
 面倒だからもういいと言われたら。今さら照れるようなことかと嗤われたら。そう思ったらどんどん体の芯が冷えていくようで、スザクのシャツを握っていた手から力が抜けた。

「そうだよね。ごめん、勝手なことして」

 両手を握られ、優しく外される。ハッとして頭を上げれば、スザクが申し訳なさそうな顔をしていた。

「やっと二人きりになれたと思ったら我慢できなくなった。嫌だよね、こんな一方的なの。ごめんね」

 何やらまたひとりで勘違いしている様子に、慌ててスザクの手を握り直す。

「嫌とは言ってないだろ! 勝手に勘違いするな、馬鹿!」
「えっ、嫌じゃないの?」
「嫌じゃない!」

 叫んですぐに我に返る。今日一日で何回頬を熱くさせているのだろう。でも、嬉しそうに笑み崩れているスザクを見ていたら、まあいいかと思った。
 (これも何回目になるんだか)
 俺はスザクの頼みを断われない。スザクがしたいことならさせてあげたい。
 何より、本心では俺が一番それを望んでいるのだ。

「とりあえず冷蔵庫」
「はーい。じゃあルルーシュは先にお風呂行ってて」
「まさか一緒に入るつもりか」
「そのほうが効率的でしょ?」
「何が効率的だ」
「だってさぁ――、実を言うと、結構限界」

 耳元で囁かれ、ついでに耳朶を噛まれ、さらには下半身を押し付けられ、うひゃあ! と変な声を上げてしまった。咄嗟に耳を塞げば、悪戯成功といった様子でスザクが笑みを浮かべていた。
 何をするんだと言いかけて、しかし翠の瞳の奥に欲の色を見つけた俺は息を呑んだ。

「それに、ルルーシュは僕のものだって実感したいし」
「そんなの今さら実感しなくたっていいだろ」
「だって嫌なんだよ。君に見惚れるのはいいけど、軽々しく話しかけようなんて気を起こされるのははっきり言って不愉快」
「なんの話だ?」
「気にしないで、独り言だから。ルルーシュはゆっくり洗いながら待っててよ」

 優しく髪を梳かれ、頬だけでなく体の熱が一気に上がるのを感じた。催眠術にかけられたような心地で脱衣所へ向かい、鏡に映った自分自身の姿をぼんやり見つめる。
 うっすらと赤らんだ頬に、どこか物憂げな瞳。その瞳には何かをねだるような色があり、こんな表情をスザクの前で晒していたのかと思えばまた羞恥に襲われ、顔を背けた。
 ドア一枚を隔てた向こう側ではガサガサと音がしていて、買ってきた食材をスザクが冷蔵庫に入れている。あちらには日常があるのに、俺ひとりが非日常に置き去りにされたような感覚だ。
 なんで俺がこんな気持ちにならなければいけないんだと心の中で文句を垂れつつ、それでも自らの意思でスザクを待っている。なんだかんだ言って、俺の本心はやっぱり嫌がっていなかった。
 多少強引だろうとスザクに求められて嬉しくないわけがない。
 (だって、スザクのことが好きだから)
 じんわりとした温かさが胸を満たし、それを実感してまた恥ずかしくなった。とにかく先に体を洗ってしまおうと、意を決して服を脱ぐ。
 こちらの動揺やら葛藤やらを察してくれたのか、スザクがバスルームに入ってきたのはそれから三分後のことだった。
 結局、一度だけでは済まず、おざなりに拭いた体をベッドまで運ばれ、そこで再び抱き合った頃には夜の帳が下りていた。
 目が覚めて真っ先に思い浮かんだのは、またやってしまった、という情けない気持ちだった。時計を見ればまだ二十時を過ぎた頃で、夜中ではなかったことにほっと息をつく。
 行為のあとは疲れ果て、そのまま眠り込むのが常となっていた。気付けば朝ということもたびたびだ。
 ピロートークに付き合うことなくすぐに寝てしまう相手をスザクはどう思っているだろう。今はまだ気にしていなくても、そのうち愛想を付かされるかもしれない。せめてもう少し体力をつけるべきかと思うものの、セックスのために体力作りに励むのはそれはそれで居た堪れない。
 (いや、逆だ、スザクの体力が異常なんだ。決して俺の体力がないわけではない)
 そういえばスザクは? と隣を見る。ベッドの横は空っぽで、シーツに手を這わせてみると冷たかった。首を回せばキッチンのほうが明るい。
 何をしているのだろうと身を起こすと、自分が新しいパジャマを着ていることに気付いた。こっちもか、と思って今度は恥ずかしさに襲われた。
 スザクが俺の体を清め、パジャマまで着せてくれるのも恒例となっている。意識を失った相手を着替えさせるのは面倒なはずなのに、毎回欠かさず丁寧に扱ってくれるのは嬉しいやら恥ずかしいやら情けないやらで複雑だ。
 すでに片手以上の回数は体を繋げていて、今さら恥ずかしいも何もないのだが、それでも男としてのプライドはある。何より、スザクに迷惑をかけているという負い目があった。当の本人は「気にしないで」と笑顔でさらりと言うけれど、こちらは気になって仕方ない。

「あ、目が覚めた?」

 悶々と考えていると、こちらの気配に気付いたらしいスザクが振り返った。リビングの明かりがつき、眩しさに目を眇める。

「電気ぐらいつければいいのに」
「だってルルーシュが気持ち良さそうに寝てたから」
「だから、そういう気遣いは不要だ」
「気遣いなんてたいしたものじゃないよ。僕がそうしたいだけ」

 起きられる? と問いながら手を差し出された。それに掴まってベッドを下りる。

「何してたんだ?」
「晩ご飯。食べ損ねちゃったから」

 誰が原因だと思っているんだとじと目で見れば、原因となった張本人は隣で誤魔化すように笑っていた。

「で? もう食べられるのか?」
「うん。と言っても、雑炊作っただけなんだけど」
「寝起きであまり食欲がないから軽いほうが助かる」
「じゃあすぐに並べるからちょっと待ってて」

 リビングに追いやられ、何もすることがないので仕方なくソファに腰掛けた。キッチンでてきぱきと動いているスザクを眺めながら、いつもとは逆の光景になんだか新鮮さを感じた。スザクが料理をする姿もいいなとこっそり思う。
 やがてテーブルの上に雑炊とサラダが置かれ、いただきますと一緒に手を合わせて食べ始める。

「味どう?」
「ちょうどいい」
「本当? 母さんにレシピを聞いてて良かった。今度はもっと難しいものを教わってくるからね」

 楽しみにしてると笑い、スプーンを口元に運ぶ。
 こうしているとほんの数時間前まで抱き合っていたのが嘘のようだ。熱に浮かされ、感じるままにお互いを求める濃密な時間も、こうして他愛ない会話をする穏やかな時間も、どちらも同じように好きだった。
 スザクと一緒にいられる時間は貴重で、とても大切で、何よりも愛しい。

「ところで、ルルーシュって月曜日の午後は講義入ってないよね?」

 スザクがそんなことを聞いたのは、食後のお茶を淹れている最中だった。テーブルの上には皿に乗せた大福があった。

「ああ。それがどうした?」
「ちょっと遠出しない?」
「また?」

 思わず嫌そうな声を出せば、そんなに嫌がらなくてもと苦笑いが返ってきた。

「山登りだったら断わるからな」
「違うって。今度は山じゃないから安心して」
「お前の安心しては一番安心できない」
「どうしても連れて行きたいところがあるんだよ」
「枢木神社のほかに?」
「うん」
「前世と関わりのある場所か?」
「ううん」

 不思議に思って首を傾げた。スザクがどうしても行きたいと言う場所に心当たりがない。観光地かどこかに行きたいのだろうかと結論付け、たまには普通に遊びに行くのもいいかと「わかった」と答えた。

「で、行き先はどこなんだ?」
「内緒」
「またか」
「大丈夫、枢木神社よりは断然近いから。今度はちゃんと日帰りにするし」
「当たり前だ」

 温泉にはもう泊まらないからなと睨めば、えー、とスザクが不満そうに唇を尖らせた。

「うるさい。文句はあるなら行かないぞ」
「それは駄目。絶対行こう、月曜日だからね、絶対だよ」

 念を押してくるスザクにはいはいと適当な返事をする。食べ終わった食器を流しに運ぼうとすれば、僕がやるからルルーシュはシャワーを浴びてきなよと背中を押された。

「僕が洗ってあげてもいいけど」
「それ以上余計なことを言ったらここから追い出すぞ」
「はーい」

 腕まくりをして機嫌良く皿を洗い始めたスザクに小さく笑い、バスルームへと向かう。
 満腹になったせいか眠気が襲ってきた。ひとりで先に寝るような失態は今度こそ避けたいけれど、この状態でベッドに入ったらすぐに寝てしまうかもしれない。
 (それは駄目だ。とにかくシャワーで目を覚まそう)
 軽く頬を叩くものの、眠気を訴える瞼にどこまで耐えられるかは正直あまり自信がなかった。
 その懸念は正しく、髪を拭いている間にうつらうつらとし始めた俺に、「先に寝てて」とスザクが促した。初めは渋っていたものの、無理やりベッドに入れられ、幼子にするみたいに髪を撫でられるのが気持ち良く、気付けば夢の国の住人になっていた。
 自分の右手がしっかりスザクの手を握っていることと、スザクがそれを幸せいっぱいの様子で見ていたことに、声にならない悲鳴を上げて真っ赤になるのは翌朝のことである。
 約束の月曜日。
 金曜からずっと泊まっていたスザクと共に家を出ると、彼に連れられて電車に乗った。行き先は先日と違い、北のほうだった。
 こちらの方面には馴染みがなく、本当に前世とは関わりがなさそうだと納得したけれど、そうなるとなおさら行き先に心当たりがない。
 一体どこへ連れて行くつもりなのだろうと訝しく思いながら電車に揺られ、終点に到着すると今度はバスに乗り換えた。人家がだんだん少なくなり、ますますスザクの目的がわからなくなる。
 どのくらい揺られたか、ようやくバスを降りた先には公園があった。こんな場所になんの用が? と首を傾げていたら、「こっち」と手を引かれた。

「おい、スザク…っ」
「今日は平日で人が少ないし、誰も見ていないから大丈夫だよ」
「それはそうだが……」

 ぎゅっと握られた手を離すのは忍びなくて、それ以上は文句を言わないでおいた。冷たい土を踏み締め、目的地がわからないままスザクについて歩く。

「ここ、ちょっと遠いけど、春になると桜や綺麗な花がたくさん咲くから結構人気の観光地なんだ」
「でも今は冬だぞ。見るものなんてないだろ?」

 振り返ったスザクが口元の笑みを乗せた。悪戯を企んでいる子どものような顔だった。
 どんどん公園の奥に進むけれど、案の定辺りの木々はどれも葉を落として寒そうだ。やはり見るものなんてないじゃないかと口を開きかけたとき、ふいにスザクが立ち止まった。

「やっと到着。あれがここに来た理由だよ」

 スザクが指し示す先に視線を向けた俺は、眼前に広がる光景に思わず声を漏らした。
 そこには桜が咲いていた。寒空の下で美しく。

「冬桜なんだって。ちょうど今週が見ごろで、どうしてもルルーシュに見せたかったんだ」
「冬の桜は初めて見たな」
「でしょ? 春になる前に君と桜を見られないかなと思って探したら、ここが一番近かったんだよね」
「だが、なんで桜なんだ? それこそ春でいいだろ?」
「今日じゃないと意味がないの」

 どういうことだと首を捻れば、スザクの唇が「ハッピーバースデー」を紡いだ。
 一秒、二秒とたっぷり考えた末にようやくその言葉の意味を理解した俺は、今日がなんの日かを思い出した。

「俺の誕生日!」

 謎が解けたと言わんばかりに声を出せば、スザクが吹き出した。

「もしかして本気で忘れてた?」
「すっかり……」
「僕の誕生日は欠かさず祝ってくれるのに自分の誕生日は忘れるなんて、ルルーシュらしいね」

 くすくす笑ったスザクがもう一度おめでとうを言い、それから泣き出しそうな顔をした。
 腕を引かれ、傾いだ体を掻き抱かれ、首筋に顔を埋められる。

「スザク?」
「やっと――、やっと、十九歳の君に会えた」

 搾り出された声は泣き濡れていて、スザクの言わんとするところを悟った俺は胸が潰れるような気持ちになった。
 三百年前の俺は十八の年に死んだから、スザクは十九歳の俺を知らない。
 俺も十九歳のスザクを知らなかったから七月の誕生日のときには感慨深く思ったものなのに、自分の誕生日のことはすっかり忘れていた。

「会いたかった。君に、僕と一緒に年を取ってくれるルルーシュに、ずっとずっと会いたかった」
「スザク……」
「これは僕の我儘で、単なる自己満足だ。あのときのやり直しはできないってわかっているのに、十九歳になる君に会いたくてたまらなかった」

 腕の中でスザクの匂いを吸い込む。背中に手を回して抱き返すと、ますます強く抱き締められた。服越しに心臓の鼓動が聞こえる。
 俺たちが生きている証は、何度確かめても心地のよい音だった。

「でも、桜ならいつもの場所でも良かったのに」
「この世界で僕たちが出会ったのは満開の桜の下だったから、せっかくなら咲いている桜を見たいと思って。この世界の綺麗なものは全部ルルーシュに見せてあげたいんだ。世界はこんなに綺麗なんだよって、君に全部全部見せたいんだ」

 三百年前の俺にもそう思ってくれていたのだろうか。俺がいなくなった世界で、スザクはいつも俺に語りかけていたのだろうか。
 この世界はとても綺麗で、美しいと。

「ありがとう、スザク」

 そんな風に思ってもらえて嬉しいと囁けば、身を起こしたスザクが頬に掌を当てた。当たり前のように瞼を下ろすと、優しい口付けが降ってきた。
 幽霊として存在していた頃、スザクの前から消える覚悟で彼の頬にキスをしたことを思い出した。涙を拭うのが目的だったし、唇ではなかったけれど、あれが俺たちの初めてのキスだった。

「春になったら今度は僕たちが出会った桜を見に行こう?」

 ああ、と答えればスザクは嬉しそうに笑ってくれた。それが嬉しくて、俺も頬を緩めた。
 何気ない約束は、未来に繋がる約束でもあった。

***

 ナナリーの机の上には短く切られた桜の枝が飾られていた。
 桃色の花びらは懐かしく、しかしなぜここに? と仮面の中で首を傾げる。そんな疑問を読み取ったのか、ナナリーがにこりと笑った。

「日本からの贈り物なんです。来賓室に飾っているのですが、我儘を言って一本だけ枝をいただきました」
「そういうことでしたか」

 桜を贈るという風流なことを思い付いたのは神楽耶だろうか。細やかな心遣いは僕にはないもので、悔しいけれどさすがは皇家のお姫様である。

「桜は春だけかと思っていましたが、冬にも咲くのですね」
「冬桜と言うそうです」
「冬桜……。良い響きですね」

 嬉しそうに笑ったナナリーは目を細めて桜を眺めていた。日本では定番の花で、兄妹が日本にいた頃にも毎年咲いていた花だから珍しいものではないはずだ。
 どうしてそんなに感慨深そうなのかと疑問に思い、彼女が自分の目で実物を見るのはこれが初めてなのではないかと気付いた。
 盲目だった彼女は世界の色も形も知ることができなかった。目が見えていた頃に暮らしていたブリタニアの景色はまだ想像できたかもしれないが、生まれて初めて訪れた日本は未知のものに溢れていたことだろう。
 代表となった現在はブリタニアで生活しているから、日本の空気や雰囲気は肌で感じていても、実際の光景は写真や映像でしか見ていないのだ。だから、桜の枝一本にこれほど喜んでいるのだと思い至り、胸に迫るものを感じた。

「ある方が、春になるといつも教えてくれたんです。桜が咲いているよって」

 そんな僕の気持ちを見透かしたかのように、顔を上げたナナリーが優しく語り始めた。

「それがどんな花なのか、どんな色でどんな形をしているのか、私の目には見えなかったけれど、それでも私に伝わるようにと丁寧に教えてくれたんです。それから、私の目が見えるようになったら皆で一緒にお花見しようとも言ってくれて」

 ふいに目を伏せたナナリーは、可憐に咲く花びらを指でそっと触れた。

「あの約束はもう二度と叶わなくなってしまったのに、花はこうして毎年咲くのですね」

 ナナリー、と声を出そうとして唇を噛んだ。
 約束を破ったのは彼だ。でも、約束を破らせてしまったのは僕だ。
 そんな僕に彼女を慰める資格なんてない。

「ねえ、ゼロ。ひとつお願いを聞いてくださいませんか」

 しかし、次に顔を上げたナナリーは晴れやかな顔で笑っていた。憂いや苦しみなど一片も見せない表情に、思わずたじろぐような気持ちになったのは彼女への罪悪感のせいだろうか。
 すると、またもや僕の心を見透かしたのか、ナナリーが笑みを深めた。

「どうしてお願いなんか聞かなきゃいけないんだって思いました?」
「いえ、そんなことは」
「わかりました、ゼロが私のお願いを聞かなければいけない口実を作らないといけませんね。――では、お誕生日のお祝いに」

 誕生日という単語に首を傾げ、それが誰の誕生日を指すのかすぐに察する。漏れそうになった名前を慌てて飲み込んだ。
 カレンダーが十二月になったときにもうすぐだなと思ったものの、まさかここでその話題を出されるとは考えてもいなかった。
 毎年、特別何かをしているわけではないけれど、その日は特別な一日という感覚が今でもある。僕ですらそうなのだから、ナナリーの思いはもっと強いだろう。
 表向きは誰からも祝われない、むしろ悪魔の生まれた日として世間的には忌み嫌われている日を、僕たちだけが特別なものとして共有している。言葉には出さなくても、二人の間では彼への想いが繋がっていた。
 ほんの一瞬だけ寂しげな色を浮かべたナナリーは、優しい笑みのまま口を開いた。

「春になったら日本に行ってお花見をしませんか」
「え……」
「お仕事のついでに日本に立ち寄れば問題ないでしょう? それこそ何か口実を作ってしまいましょう。参加者は――、ほかの皆さんをお誘いしたい気持ちもありますが、まずは私とあなたの二人で」
「二人きりのお花見ですか」
「二人ではつまらないですか?」

 いいえ、と僕は首を振った。

「――そうですね、口実は神楽耶様にでもお願いしましょう。ついでに、桜の名所で人払いのできるところを押さえてもらうよう頼んでおきます」
「あまりお願いするとご迷惑ではないですか?」
「きっと喜んで力になってくれますよ」

 僕に対しては嫌そうな反応をするだろうが、この仮面を被っている限り、邪険にされることはないはずだ。
 近頃はこういう計算をするようになっていて、僕もだいぶ彼に似てきた。もっとも、彼が見ていたら「お前なんかまだまだだ」と腕を組んで偉そうに言われるに違いない。

「それにしても不思議ですね。いつか私もあなたも死んで、今のこの時代がただの歴史になってしまったときも、この世界が続く限り花は咲き続ける。私たちが見たものを百年後、二百年後の方たちも目にするかもしれないんです」

 今がいつか過去になっても、未来の人たちは同じ花を見るのだ。そう考えると確かに不思議な感じがした。
 この世界は連綿と続いている。どこかで命が終わり、どこかで新しい命が生まれ、人の世界は続いていくのだ。
 形あるものはいつか必ず失われるけれど、誰かが残した想いを誰かが引き継いでくれれば、それはのちの世に繋がれていく。たとえ誰にも引き継がれなかったとしても、想いの欠片は世界のどこかに残り、また誰かが同じ想いを抱いてくれるのかもしれない。
 そうして世界は巡るのだ。

「では、私からもひとつ提案をよろしいですか」
「なんでしょう?」
「未来に繋がるかもしれないものを残してみませんか」
「未来に繋がるもの?」
「あなたの手で桜の木を植えてみるのはいかがでしょう」
「え?」
「桜を植えませんか、日本で」

 彼が死んだ、日本で。
 その意味を察してくれたようで、ナナリーは一瞬だけくしゃりと顔を歪め、それから口元を綻ばせた。

「一緒にプレゼントを贈りましょう」
「――っ、はい!」

 大きく頷いた彼女の瞳から涙が一粒落ちたことには気付いていないふりをして、僕は桜の花に目をやった。
 最愛の妹の手によって植えられた桜を彼はきっと喜んでくれるだろう。春になるたびに咲く花を見て、遠く離れたブリタニアの地にいる妹を想ってくれるだろう。
 (そしたら僕も君と一緒にお花見をしているような気分になれるかな)
 これはナナリーのためだけど、半分は僕自身のためだ。
 そう言ったら、ナナリーを利用するなと怒られるかもしれない。でも、今回だけは目を瞑ってほしい。
 だって、春を待たずに散ってしまった君へ、春に咲く花を見せてあげたかったんだ。

***

「ああ! 思い出した!」

 突然声を上げた僕に、ちょうどお風呂から上がってきたルルーシュがうるさそうに顔を顰めた。

「いきなりなんだ」
「あ……っと、今さら言っても怒らない?」

 上目遣いに聞けばルルーシュが小首を傾げた。

「怒られるようなことをしたのか」
「違うよ。そうじゃなくて、今になって思い出したことがあるんだけど……」
「前世のことか? 話してみろ」
「えっと……」
「俺には話しにくいことなのか」
「そういうわけじゃないんだけど……」
「まさかほかの女と付き合っていたことを思い出したのか。それならいちいち報告する必要はない」
「違うよ! だいたい、正式に付き合っていた人なんていなかったし!」
「遊びで付き合っていた相手ならいるのか」
「それも違うって!」
「じゃあなんだ。さっさと言え」

 なかなか切り出さない僕にルルーシュがどんどん不機嫌になるのがわかった。これ以上だんまりを決め込んでも無駄に機嫌を損ねるだけだと腹を括り、ルルーシュをちょいちょいと手招きした。並んでベッドに腰掛ける。

「前世の僕のことは確かに覚えているけど、細かい記憶はたまに夢で見たときに思い出すような感じだから、全部思い出したわけじゃないんだ」
「それは前に聞いた」
「だから、わざと隠していたとか秘密にしていたとかそういうことではなくて」
「それがなんなんだ」
「だから――、あの桜の木のことで思い出したことがあるんだよ」

 思い切って打ち明ければ、きょとんとした表情が返ってきた。

「あのって、俺が幽霊だった頃に会っていたあの桜か?」
「うん」
「あれがどうした?」
「うん……」

 膝の上で両手を握り締め、ルルーシュの目を真っ直ぐ見つめて息を吸い込む。

「あの桜はね、ナナリーの木なんだ」

 言葉の意味がわからないのか、ルルーシュはきょとんとしたまま僕を見ていた。

「ゼロレクイエムのあと、日本に来たときにナナリーが桜の植樹をしたんだ。それがあの桜。もちろん、直接植えた木はもう駄目になってしまったけど、ナナリーが日本との友好のために植えた桜ということで、挿し木や接ぎ木をして大事に残されてきたんだ」
「じゃあ、あの桜は……」
「アッシュフォードはナナリーとも関わりの深い地だし、君が在籍した学校としても有名だったから、友好の象徴として贈られたみたい。残念ながら今はアッシュフォードも残ってないけど、あの桜の木だけは残った。それを今さっき思い出したんだ、ごめん」

 ベッドに腰掛けたまま頭を下げる。ナナリーに纏わる話だというのに、ずっと忘れていたことを申し訳なく思った。
 すると、なんでお前が謝るんだ、と可笑しそうな声が頭上から聞こえた。

「深刻そうな顔をしているからどんな打ち明け話をされるのかと思えば」
「だって、ナナリーに関係することなのに」
「全部思い出したわけじゃないと言ったのはお前だろ。そもそも、前世のことなんて思い出さないのが普通なんだからいちいち怒りはしない」
「良かった……」

 安堵して呟けば、びくびくし過ぎだと笑われた。

「でも、そうか――、あの桜はナナリーが遺したものだったのか」

 遠い昔を思い出すような横顔に、手を伸ばしてルルーシュの右手を握り締めた。ルルーシュも僕の左手を握り返してくれた。

「ナナリーが俺たちを繋いでくれたんだな」
「そうだね」
「今日はたくさんのプレゼントをもらった気分だ。ありがとう、スザク」
「僕は何もしてないよ。ただ、君の誕生日をお祝いしたかっただけ。もう二度とこんな日はこないと思っていたから、僕のほうが嬉しいくらい」

 髪を梳き、手を繋いだまま顔を寄せた。そっと唇に触れるとルルーシュが瞼を下ろしたので、触れ合わせるだけのキスを繰り返す。
 月曜だけどいい? と囁けば彼の口元が可笑しそうに笑みの形になった。

「この状況で聞くのか?」
「うん、野暮なこと聞いてごめんね」

 細い体をベッドに押し倒し、顎の下から喉仏へと唇で辿りながらパジャマのボタンに手をかける。

「あのさ、ずっと考えていたことがあるんだけど」
「ん……?」

 擽ったそうに身を竦めたルルーシュが目を開いた。まだ快楽には染まっていない紫色の瞳を見つめながら、ちゅっ、と音を立ててもう一度キスをした。

「僕たち、一緒に暮らさない?」
「へ?」
「言葉だけの約束じゃなくて、本当にずっと一緒にいようよ」
「本当にって……」
「死ぬまで僕と一緒にいてくれませんか」

 掬った掌に唇を押し当てる。ルルーシュは泣き出すのを我慢するように眉を寄せた。

「僕としてはプロポーズのつもりなんだけど」
「日本は今でも同性婚禁止だぞ」
「知ってるよ。だから式はブリタニアで挙げよう」
「馬鹿か、そうじゃなくて」
「三百十九年分の想いが詰まっているプロポーズなんだからね、すっごく重いよ。覚悟して?」

 茶化すように言えば、馬鹿、と呟いてルルーシュが肩から力を抜いた。

「言っておくが、重さでは俺も負けてないからな。あとでギブアップしたいと思っても知らないぞ」
「望むところだよ」

 両手が伸ばされ、誘われるままに上半身を倒した。首の後ろに腕が回り、強く抱き締められる。

「お前は本当に馬鹿だ」

 涙をこらえるような溜め息が耳元で聞こえた。

「――でも、それを嬉しいと思ってしまった俺が一番の馬鹿だな」
「二人とも馬鹿でいいじゃない。で、答えは?」

 頬に口付け、僕もルルーシュを力いっぱい抱き締めた。このぬくもりが腕の中にあることを実感し、今でもふと信じられないような気持ちになる。
 以前の僕たちの運命が別れることだったなら、再び巡り会えたこともまた運命なのだろう。そして、その運命に僕たちは感謝すべきなのだろう。

「イエス以外の答えが返ってくるとは思ってもいないくせに」
「だってルルーシュ、僕のことが好きでしょう?」
「だからその自信はなんなんだ。――だが、まあ仕方ないな。お前の望みは俺の望みでもあるんだから」

 さらりと嬉しいことを言ってくれたルルーシュは、照れ隠しのように僕の肩に顔を押し付けた。それじゃあ赤い耳が隠れてないよ、とこっそり笑う。

「愛してる、ルルーシュ」

 この言葉を伝えられることがとても幸せで、とても嬉しい。
 俺も、とくぐもった声が返ってきて、ふいに僕も泣きたいような心地になった。

「春になったら絶対にあの桜を見に行こうね」
「ああ」
「絶対だよ」
「わかってる。ナナリーが繋いでくれた俺たちの桜を見に行こう」

 過去に縛られる必要はない。でも、すべては過去から現在、現在から未来へと繋がっていくのだ。だからこそ、同じ時代を生きられる幸せを噛み締めなければならない。
 この世界に生まれてきてくれてありがとう。
 僕をずっと待っていてくれてありがとう。見つけてくれてありがとう。
 君に出会えた奇跡を、僕は大切にしたい。そして、生涯君を大切にする。今度こそ、違えずに。
 一緒に生きよう、ルルーシュ。
 そして冬が終わり、僕たちの出会った春が再び巡り来る。
 (16.12.05)