カラメリゼ

 ドアベルの軽やかな音色が響く。
 いらっしゃいませと笑顔で振り返れば、二人組の若い女性が嬉しそうに頬を緩めた。

「カフェのご利用ですか?」
「はい。あの、本日のケーキってまだ残ってますか?」
「ええ、大丈夫ですよ」

 二人を席に案内し、メニューをテーブルに置いた。が、その必要はなかったようで、二人は本日のケーキセットを注文した。

「ドリンクはいかがいたしましょう」
「二つとも紅茶でお願いします」
「かしこまりました」
「この前、来たときはケーキが完売していて食べられなかったんです」
「それは申し訳ございません」
「ほかのケーキももちろん美味しいんだけど、本日のケーキはその日行かないと何があるかわからないでしょう? だからお得って言うか、喫茶店に来た人だけの特権って言うか」
「そのようにおっしゃっていただけると嬉しいです。パティシエにも伝えておきますね」

 パティシエの一言に彼女たちの目が光る。ああ、これはいつものパターンか、とスザクは内心苦笑いした。

「あの、パティシエさん……ルルーシュさんってお店のほうには出ないんですか?」
「パティシエは普段は厨房のほうにいるので。でも、たまに販売スペースで自ら販売していることもありますよ」
「本当ですか? いつ?」
「お客さんが少ないときだけなので、いつとは決まっていないんです」

 なぁんだ、とガッカリした声が揃った。これもいつものパターンだなと思いながら、では本日のケーキセットをお二つですねと復唱した。
 お客さんが少ないときって雨の日かな、雪の日じゃないかな、という声はテーブルを離れても聞こえてきて、どうやってルルーシュに会おうか作戦を練っているようだ。
 (でも残念。ルルーシュが表に出ることはそうないよ)
 我ながら意地悪な感想だと思ったけれど、ルルーシュに易々と会わせるわけにはいかない。どうしても会いたいと言うのなら百回喫茶店に通い、百回ケーキを食べるくらいのことをやってもらわなければ。なんの努力もなしに会おうという考えは甘いの一言だ。
 なぜなら、彼はこの喫茶店の看板パティシエであり、スザクの大事な想い人なのだから。

「ルルーシュ、本日のケーキセット二つお願い」
「わかった」
「本日のケーキって残りいくつだっけ?」
「あと五つだな。まだ注文入りそうか?」
「そろそろ夕飯の時間だけど、学校帰りとか仕事帰りの人はこれから来るだろうし」

 ルルーシュとの束の間の会話を楽しんでいると、スタッフを呼ぶ客の声がした。返事をしてすぐに向かう。ちらりと見ればルルーシュはすでにケーキと紅茶の準備に取りかかっていた。その横顔はすっかり仕事人だ。
 スザクはルルーシュのこんな顔が好きだった。仕事終わりのプライベートを覗かせた顔も好きだけど、仕事中の表情はたまらなくストイックで、他人を寄せ付けないピリピリとした雰囲気はいっそ心地良い。
 何より、裏にいるときしかこの顔は見せてくれないのだから、それこそスタッフの特権である。君たちの知っているルルーシュさんの笑顔は外向きの営業用だよと、ちょっとした優越感すら抱いていた。

「お待たせいたしました」

 そんな優越感に浸りながら客の前に出ている僕は存外性格が悪いらしい、とスザクが思ったことはもちろん誰も知らない。
 洗練された外観の喫茶店を見つけたのは一年半前のことだ。
 大通りを真っ直ぐ行って最初の信号を渡ったら右に曲がり、三つ目の横道に入って二分ほど歩いた場所にその店はあった。
 甘いものは嫌いではないが目の色を変えて喜ぶほど好きでもないスザクに、新しいお店ができたのだと教えてきたのは従妹の神楽耶である。ケーキを買って来いという指示に、はいはいと応えたのが最初のきっかけだ。
 お願いという名の命令など無視しても良かったのだが、両親が神楽耶を可愛がっているため、彼女の機嫌を損ねるとあとが面倒になる。それで仕方なく買いに行っただけで、店を訪れた動機としては非常に後ろ向きだった。
 店内に入るとそこにはいくつかのテーブル席とカウンター席があって、数組の客が金曜日の午後のお茶をまったり楽しんでいるところだった。ケーキを売っている店だからショーケースが並んでいるとばかり思っていたスザクは呆気に取られた。
 ここってケーキ屋じゃなかったっけ? と慌てて携帯を開き、本日のケーキという神楽耶の希望が書かれているメールを何度も読み直した。

「いらっしゃいませ」

 爽やかな低音に顔を上げると、店員らしき男性がにこやかな笑みを浮かべていた。
 あ、美人だ、とその瞬間に思ったことは一生忘れないだろう。

「あの……ここってケーキ買えますか?」
「はい、こちらの販売スペースでご購入いただけます」

 彼の手が伸びた先に顔を向ければ、綺麗なケーキがいくつも並んでいるショーケースがあった。目の前にあるのに全然気付いていなかった自分が恥ずかしくなり、照れ隠しに笑ってみせる。すると、彼も笑みを深めた。

「えっと、本日のケーキというのは……」
「こちらになります」

 チョコレート色の土台に、桃色のムースが乗っているドーム型のケーキだった。表面にちりばめられた銀箔がキラキラしていて、頂上に飾られたチョコレートの繊細な細工が素晴らしく、見ているだけでうっとりするような綺麗なケーキである。

「じゃあそれを四つお願いします」
「かしこまりました」

 丁寧な手付きでケーキが箱に収められるのをスザクはじっと、しかし不審に思われないよう出来る限りさり気なく見つめた。日本人じゃないよなとか、肌白いとか、頬にかかる黒髪が日本人より綺麗だなとか、顔のパーツが整いすぎて怖いくらいだとか、一分にも満たない間に彼をじっくり観察する。
 ふいに紫の瞳がこちらを向き、疚しさで咄嗟に視線を逸らした。

「ご注文はお間違いありませんか?」
「あっ、は、はい」

 ろくに箱の中身も見ずに返事をし、慌てて財布を取り出した。言われた金額を払って品物を受け取る。

「ありがとうございました」

 わざわざ入口まで見送ってくれた彼に一礼して外に出ようとしたスザクは、少し躊躇ってから振り返った。

「あの……」
「はい」
「お店って何時までやってますか?」
「二十時まで営業しております」

 時計を見る。現在、午後四時だ。

「あの、」

 今日は何回「あの」を口にしただろう。
 なんでこんなに緊張しているのだと思いつつ、勇気を出して声を発した。こんなに緊張するのは人生初かもしれない。

「あ…、あとでまた来ます。今のケーキをここで食べたいから、これを届けたらすぐに来ます」

 彼がきょとんとして小首を傾げる。大人びた雰囲気の美人が、一気に可愛らしくなった。子どもっぽい仕草が意外に似合う。

「ぜひまたいらしてください」

 彼は綺麗に微笑んでくれた。
 たとえ営業スマイルだったとしても、今この瞬間にこの笑顔を見ているのは世界で僕だけなのだ。そう思ったらたまらない幸福感に包まれた。

「じゃあ、あとで」

 抑えきれない笑みを零してドアを開ける。カランと鳴ったベルが耳に心地良く、大きく足を踏み出すと神楽耶の自宅を目指して走った。ケーキが崩れないよう細心の注意を払いながら、でも急いで戻るために全速力で。
 それから一時間二十分後。約束通り、喫茶店に戻って来たスザクを見つけて彼はまた微笑んだ。

「あの…っ、さっきのケーキ、まだありますか」

 いらっしゃいませを言われるよりも先に尋ねると、とうとう可笑しそうに吹き出された。

「ちゃんと取り置きしているので大丈夫です」
「良かったぁ。ありがとうございます。え…っと、ランペルージさん、でいいですか?」

 胸元の名札を見て恐る恐る言えば、ルルーシュでいいですよと返ってきた。ファーストネームで呼べる権利を得られた喜びに、スザクはにやけそうになる顔を必死にこらえた。
 それから毎日、喫茶店に通ったことは言うまでもない。目当てはもちろんルルーシュである。
 と言っても、その頃はまだ自分の気持ちを完全に把握していなかった。ただ、とても綺麗なルルーシュさんを間近で見たい、仲良くなりたいという純粋な欲求だけがあった。
 大学が終わったあと、夕方から夜にかけて来店するとほかのスタッフが出迎えてくれるけれど、注文したケーキとコーヒーを運んでくれるのは必ずルルーシュだった。そのときに交わす短い会話は毎日の癒しで、この上ない幸せを感じた。
 美味しいケーキを作っている張本人がルルーシュだということを知ったのは、常連になってしばらく経った頃である。よくよく話を聞けば、彼はただのスタッフではなくパティシエで、しかも喫茶店オーナーの異母弟だった。
 ルルーシュの異母兄が道楽で喫茶店を始めたところ、どうせやるならちゃんとしたものを出したいと言い出し、プロ並みに料理の腕があるルルーシュにパティシエを頼んできたのだと教えてもらった。資格も何も取っていないから名前だけのパティシエだけどな、と彼は謙遜するけれど、プロにも負けない実力であることは店の人気を考えても間違いない。
 そういうわけなので、普段の彼は厨房でケーキばかり作っているらしい。肩書きはパティシエだが、カレーやパスタといった軽食を作るのもルルーシュの担当だ。
 スザクが来店したときに対応してくれたのはたまたまで、百回に一回あるかないかの奇跡だったと知ったときは本気で運命を感じたものである。
 そうしてルルーシュと出会い、店に通い始めて数ヶ月のある日、レジの脇にアルバイト募集中の文字を見つけた。

「アルバイト探してるの?」

 すっかり常連になっていたスザクは、いつものようにケーキを運んできたルルーシュに尋ねた。
 日中の混んでいる時間帯は決して表に出ないルルーシュだが、夜になってケーキのほとんどが売り切れ、客がいなくなるとスザクと長話をしてくれた。本当は駄目なんだけどな、と言いながら正面に座ってくれる瞬間は至福の時であった。

「スタッフのひとりが就職で辞めるんだ。カレンがシフトを増やすと言うんだが、これ以上こき使うのは申し訳ないからな」

 カレンというのは喫茶店のスタッフのひとりだ。最初の頃は普通に接してくれていたのに、スザクが店の常連となり、ルルーシュとだんだん親しくなってくると、なぜか来店のたびに不機嫌そうな顔をされた。原因はわからないが、どうやらあまり好かれていないらしい。女の子に積極的に嫌われる趣味はないのでさすがに少し傷付いたものの、スザクの目当てはルルーシュただひとりなので気にせず通い続けている。

「バイトって時間帯は?」
「今のところは週に四回、午後のどこかで入ってくれれば充分だな。あとはカレンにお願いするから」

 またカレンだ、と嫉妬の炎が燃え上がったことは否定しない。彼女はルルーシュの高校時代の級友で、スザク以上にルルーシュと親しく、スザクの知らないルルーシュをたくさん知っている。一緒に過ごした時間はカレンのほうが断然多い。
 (でも、ルルーシュを好きな気持ちは誰にも負けない)
 そう思ったとき、あれ? と内心首を傾げた。
 なぜ気持ちの勝ち負けをカレンと競っているのだろう。しかも、好きとはどういう意味なのか。
 (僕はルルーシュが好き。好きって言うのは、つまり、そういう意味の好きで……)
 そこでようやく己の気持ちを理解した。自分自身の気持ちを認めてしまえばいろんなことに納得した。
 ルルーシュを綺麗だと思ったのも、毎日店に通って常連になったのも、ルルーシュともっと親しくなりたいと思ったのも、すべてはルルーシュが好きだからだ。
 好きになったから少しでも距離を縮めたかったし、カレンに負けたくなかった。

「あの、さ」
「ん?」
「バイト、僕で良ければ雇ってくれないかな」

 スザクのお願いにルルーシュはきょとんとした表情を浮かべた。初めて出会ったときに見せてくれたあのあどけない表情だ。

「でもお前、大学は……」
「今もこうやってお店に通っているんだから、お茶する代わりに働くのは可能だよ」
「お前なら気心が知れているし、店の商品もよく知っているから助かるが……」

 店の商品をよく知っているのはルルーシュが関わっているからだが、それは黙っておいた。いずれにしろ、ケーキの種類も値段も空で言えるのはバイト候補としてポイントが高いだろう。

「実を言うと、ちょうどバイト先を探そうと思っていたんだ。ルルーシュのお店で雇ってくれるなら助かる」
「俺の店ではなく兄上の店だけどな。でも、俺もスザクが来てくれたら助かるよ。兄上に確認してみないと確実な返事はできないが、そういうことなら俺からスザクを推薦しておく」

 お願いしますと頭を下げれば、一応面接はするからなと笑われた。
 三日後、面接という名の雑談をルルーシュとしたあと、スザクは正式にアルバイトとして採用された。カレンにはまた嫌な顔をされたけれど気にしなかった。
 これで今まで以上にルルーシュと一緒にいられる。それがたまらなく嬉しかった。
 もっとも、最初のうちは厨房にいるルルーシュとはほとんど話す機会がなかった。注文を伝えるときに言葉を交わす程度で、閉店を待たずに店を上がるスザクは「お疲れ様でした」と伝えるのがせいぜいだ。
 働き始めて知ったことだが、仕事中のルルーシュは真剣そのもので、カレンですら気軽には厨房に入れないくらい神経を張り詰めている。パティシエは暇つぶしだと言っていたのは冗談で、引き受けた仕事は全力で取り組むのがルルーシュだったのだ。
 これまで気楽に接してくれたのは客だったから。一緒に働く従業員になったら話もできないのかと思い、正直悲しかった。ルルーシュにとって僕はその程度の人間だったのかとガッカリした。でも、ルルーシュの真剣さに接することができて嬉しかったのも事実だ。
 それに、ひとつ気付いたことがある。
 ルルーシュが親しくしている特定の客はいない。客が最後のひとりだったとしても自ら接客することはないし、テーブルに座って長話をすることもない。
 あれは僕だけの特別だったのかもしれないと期待が生まれ、いつかまたルルーシュと個人的に話せる機会があればいいと前向きに考えるようになった。
 そして、その機会は意外と早くやってきた。
 前日からの大雪で交通機関が麻痺し、今日は客足も伸びないだろうからとスタッフ全員が休みになる中、自宅が徒歩圏内のスザクだけが出勤した日のことである。
 ルルーシュは普段のようにケーキ作りに励んでいたが、予想通り客は少なく、スザクももう帰っていいぞと言われた。しかし、ひとりで後片付けは大変でしょうと無理やり居残った。雪のせいで大学が休みになった幸運をこのときほど感謝したことはない。
 BGMが流れる静かな店内でルルーシュと二人きり。そう思うだけでどこかくすぐったい気分だった。
 やがて閉店の時間となり、いつもなら夕方には完売してしまうケーキが珍しく残っていた。もったいないから買わせてもらおうかなと思ったとき、まだ時間あるか? と声をかけられた。
 迷わず「うん」と答えれば、座って待っていてくれと言い残してルルーシュが厨房に引っ込んだ。どうしたのだろうと椅子に腰かけると、ケーキと紅茶を運ぶ姿が目に入った。久しぶりの光景に頬が緩む。

「残りもので悪いな」
「ううん、すっごく嬉しい。ルルーシュのケーキなら毎日でも食べたいんだけど、僕が買ったらお客さんの分がなくなっちゃうからずっと我慢してたんだ」
「お世辞でも嬉しいな」
「本当だって。ルルーシュのケーキは世界一なんだよ」

 バイトを始めてもうひとつ残念なのは、今までのように気軽にケーキを食べられないことだった。
 スタッフが買うとお客さんのもとに届かなくなってしまう。ルルーシュの作るケーキは絶品だから、ひとりでも多くの人に味わってもらいたい。でも、自分も食べたい。スタッフでありパティシエ・ルルーシュのファンでもある身としては複雑なのだ。

「そんなに食べたいと思ってくれているのなら、今度はスザクの分をひとつ多めに作っておくよ。バイト代のうちだ」
「えっ、駄目だよそれは。ちゃんとお金払わせて」
「週四のはずがほとんど毎日働いてもらっているんだ。このくらいさせてくれ」

 申し訳ないと思いつつもルルーシュの心遣いは嬉しいし、また絶品ケーキを食べられるのだと思ったら心が弾む。じゃあお願いしよっかなと言っている自分に図々しさを感じながらも、スタッフ特権に口元がにやけそうだ。

「今日はすまなかったな。こんな天気なのに働いてもらって」
「何言ってるの。バイトが働くのは当たり前でしょ」
「でも暇だったろう? 俺ひとりでも対応できたから帰って良かったんだぞ」
「オーダーを取るのと販売の両方は無理だよ。それに、もし強盗に入られたときにルルーシュひとりだと心配だし」
「なんだその心配は」

 可笑しそうに笑ったルルーシュの顔もなんだか妙に懐かしい。バイトを始めて以来、こんな風に笑う姿を見ていなかったのだと今さらながらに気付いた。

「……その、すまないな」

 スザクのカップに紅茶を注いでくれたルルーシュが小声で再び謝った。

「僕はバイトだって言っただろ」
「違うんだ、そうじゃなくて……、急に俺が素っ気なくなったと思って気を悪くしていたらすまない」

 首を傾げれば、ルルーシュはふいと視線を逸らした。

「し、仕方ないだろ。客のときは親しくしているのを見られてもお客さんだからと言い訳できたが、同僚になればほかのスタッフの目もあるし、周りに示しがつかなくなる。だから意識してお前に話しかけないようにしていたんだ」
「えっ、そうだったの?」

 思わず声を上げてしまった。仕事中のルルーシュは厳しいから、客のときと同じ態度は取れないのだろうと思っていたが、どうやら彼なりの配慮だったらしい。

「ルルーシュはいつも忙しいし、仕事にも厳しいから、てっきりしごかれているのかと」
「うちは道楽でやっている喫茶店だ。厳しいわけがない」
「でも仕事中はすっごく真剣じゃないか」
「客に代金を出させているんだ。美味しいものを提供するのは当たり前だろ」
「うん。ルルーシュのそういう真剣なところ好きだよ」

 さらりと言えば、白い頬が赤らんだ。照れてくれたのかなと小さく笑う。

「俺も……」
「ん?」
「俺の作るケーキを好きだと言ってくれるスザクが好きだ」
「え……」

 ルルーシュの頬がますます赤く、慌てた様子で紅茶に口を付けていた。隠れるわけがないのにカップで顔を隠そうとしているところが可愛くて、なんだこの可愛い生き物はと思った。

「あのさ、ルルーシュ」
「な、なんだ」
「これからは仕事中でも話しかけていいかな。もちろん無駄話はしないし、仕事はちゃんとやるから」
「――ああ」

 こくりと頷いたルルーシュと向かい合わせに座っている状況はなんだかお見合いのようだ。
 外はまだ雪が降っていて、ドアの隙間から冷たい空気が入り込んでくるけれど、心はとても温かくてふわふわしていた。
 幸せだ。そんな思いが当たり前のように浮かんだ。
 一年も前の出来事である。

「そうやってラブラブオーラ放つのやめてくれない?」

 ルルーシュにオーダーを伝え、用意したケーキを運んで戻ってくると、カレンがやけに嫌そうな顔をしていた。嫌そうな顔はいつものことなので慣れっこだが、今日は普段以上に不機嫌そうだ。

「ラブラブオーラって何?」
「出た、無自覚。余計にタチが悪い」

 ルルーシュはルルーシュでやっぱり無自覚だし、と何やらぶつぶつ言っているカレンに首を捻る。

「ねえ、全然わかんないんだけど」
「だからぁ、あんたとルルーシュよ。毎日当てられるこっちの身にもなってよ」
「僕とルルーシュ?」
「本当にわかってないの?」

 カレンの眉が寄せられた。そして周囲を窺う。
 客は三組。どの席も自分たちのお喋りに夢中で、こちらに注意を向けている様子はない。紅茶やコーヒーはまだカップに入っているから、おかわりを頼まれることもなさそうだ。
 同じ判断をしたのか、カレンがこちらに向き直った。営業中という意識はあるようで、さすがに声は小さかった。

「言っておくけど、私だけの意見じゃないわよ。ほかのスタッフからも苦情が出ているんだから」
「苦情?」
「あんたとルルーシュがイチャつきすぎて困るからどうにかしてほしい」
「へ?」
「しかも本人たちにイチャついている自覚がないからカレンさんなんとか言ってくれませんか」
「え、ええっ? なんの話?」
「しらばっくれても無駄よ。これだけラブラブで幸せオーラを放っていたら誰だって気付くわよ。別に付き合うなとは言わないわ。でもね、仕事中はもうちょっと控えてくれないかしら」
「あの、いや、ちょっと待ってくださいカレンさん」

 思わず敬語で遮れば、ぎろりと睨まれた。

「あんたたちは幸せなんでしょうけど、こっちは色々と居た堪れないのよ」
「だから待ってって。僕、別にルルーシュと付き合ってないし」
「はあ? あんたねぇ、この期に及んで」
「本当だって!」

 小声で強調する。確かにルルーシュを好きだという自覚はあるけれど、まだ告白も何もしていないのだから付き合えるはずがない。
 そもそも、アルバイト中になんてことを確かめられているのだろう。厨房のほうを見ればルルーシュは作業中だ。明日の仕込みだろうかと現実逃避のように思う。

「僕もルルーシュも男だし。付き合うっておかしいでしょ」
「何よ今さら。そんなことで否定するなんて意外と小さい男なのね」
「そんなことって……」
「まあ、ほかのスタッフはあんたたちが普通以上に仲良しとしか思ってないみたいだけど、私にはバレバレ」
「バレバレ……」
「で、好きなんでしょ? ルルーシュのこと」
「好きって……」
「もうじれったいわね。さっさと認めちゃいなさいよ」
「何やっているんだ、お前たち」

 レジの横でこそこそと話している二人に、ルルーシュが不思議そうに声をかけてきた。

「今度のシフトをどうするかって相談。あっ、ルルーシュ、ちょっとだけここ任せてもいいかしら。すぐに戻るから」
「ああ」
「行くわよ、スザク」

 カレンに引っ張られ、裏口へと向かう。ちらりと見たルルーシュの横顔はなんだか少しだけ面白くなさそうだった。おや? と首を傾げたものの、外に連れ出された途端、壁に背中を押し付けられたので意識を戻す。
 カレンはなかなかの美少女だ。ルルーシュ目当ての女性客は多いが、彼女目当ての男性客もよく来る。そんな女の子に迫られている光景ははた目にはちょっとした修羅場に見えるのか、それともラブシーンに見えるのか。どちらにしろ早く切り上げたい。

「ほら、さっさと吐きなさいよ」
「吐くって……」
「ルルーシュのことが好きなんでしょう? それとも嫌いって言うつもり?」
「嫌いなわけないだろ!」
「じゃあ好きなんじゃない」
「だから……」
「私はね、あんたのことが嫌いなの」

 女の子から直球で嫌い宣言をされるのはさすがに傷付く。

「いつもへらへらして、女性客にきゃーきゃー言われて、本当に腹立つ」
「別にへらへらしているわけじゃ……」
「客として来ていたときはいいわよ。どんな相手でもお客なら営業スマイルで対応する。けど、同じ店員なら話は別よ。ルルーシュはなんであんたみたいな男がいいのかちっともわからないわ。ルルーシュだったら彼女なんて選り取り見取りなのに、よりによってこんな天然男」
「もしかしてカレンってルルーシュが好きなの?」

 カレンの顔に青筋が立ったのを感じ、ごめんと反射的に謝った。

「勘違いしないでちょうだい! 言っておくけど、私はナナリーに頼まれてルルーシュのことを見守っているの! 昔からあの顔で、女子だけじゃなく男子からも人気で、電車でもしょっちゅう痴漢に遭っていたからそのたびに私が助けてたのよ。なのに、本人は自分のそういう魅力は無自覚で、だから厨房から極力出さないようにしていたのに、あんたなんかに引っ掛かるなんて最悪」
「色々聞き捨てならないことを聞いた気がするんだけど、痴漢って今でも遭ってるの? もしかして、客に言い寄られたり待ち伏せされたりしてない?」
「なんで真っ先に確認するところがそこなのよ……。店への送り迎えはルルーシュのお兄さんがしているし、そんな客がいたら私がぶん殴ってるわ」
「それなら良かった」
「代わりにあんたという悪い虫がついたけどね」

 虫呼ばわりはどうかと思ったけれど、反論したらさらなる暴言が飛んできそうなので言い返さないでおいた。
 ナナリーはルルーシュの妹だ。よく店を訪ねてくる兄思いの子で、スザクがバイトを始めたばかりの頃に紹介してもらった。
 つまり、カレンはナナリーの頼みで昔からルルーシュのボディガードをしていたらしい。女の子にボディガードされる男子というのは世間的には情けないのだろうが、ルルーシュならば逆パターンもありかと妙に納得した。
 そんな彼女にとって、突然現れた枢木スザクという男は不審者そのもの、もしくは排除すべき対象だったに違いない。しかし、当のルルーシュがどんどん距離を縮めていくのでやきもきしていたようだ。

「ま、私の役目もそろそろ終わりにしなきゃと思っていたからタイミングとしてはちょうど良かったのかも。だからさっさと告白しなさいよ」
「いや、でも、カレンは嫌じゃないの? その……、ルルーシュが男と付き合うことに……」

 嫌と言われてあっさり諦めるつもりはないが、ルルーシュのボディガードを務めてきたカレンには賛成してもらいたいという気持ちもある。しかし、これまでの嫌われっぷりを考えると、そう簡単に許してくれないだろう。

「男同士なんて嫌に決まってるでしょ。ただ、変な女に捕まるくらいならあんたのほうがまだマシってだけ」
「褒められているのか貶されているのかよくわかんないんだけど……」
「ルルーシュがあんたを選ぶって言うなら私は反対しないわ」

 ぷいっと顔を背けたカレンはやはり不機嫌そうだった。だけど、ルルーシュの意志を尊重すると言ってくれた。今はそれだけで充分だ。

「ありがとう、カレン」
「私は反対しないと言っただけよ。あとは告白でもなんでもさっさとしちゃいなさいよ。じれったくて本当にイライラするんだから」
「まあ、それは善処するよ」
「あ、でも店の中でイチャつくのは禁止」

 嫌いと言われたり早く告白しろと言われたり、なんだかせわしないなぁと苦笑いする。戻るわよと声をかけられ、うんと頷いた。
 店内に戻ると、客はすべて帰ったあとだった。皆、夕飯の準備に取りかかる時間なのだろう。テーブルの上を片付けているルルーシュに小走りで近付く。

「ごめん、僕がやるよ」
「ここはいいからあっちを頼む」

 応えた声はどこか素っ気ない。不思議に思って綺麗な横顔を窺えば、スザクのほうをちらりと見たルルーシュはすぐに視線を戻した。

「――お前、カレンと仲がいいんだな」
「へ?」
「お似合いだって、お客さんによく言われているぞ」
「へっ?」

 それだけ言うとルルーシュはごしごしとテーブルを拭き始めた。まるで親の敵のような顔をして。
 (えっと……、これってもしかして、嫉妬……?)
 まさか。だって相手はカレンだ。
 しかし、どこからどう見ても仲が悪そうな二人を指して仲がいいだなんて、何かを勘違いしていなければ出てこない言葉だ。

「あのさルルーシュ、」
「そうだ、あとで少しミーティングをしてもいいか? そろそろバレンタインだから試作用のチョコレートを作ってみたんだが、貰う側と贈る側の両方の意見を聞きたい」
「それはいいけど……」
「じゃあ閉店後に頼む」

 にこりと笑ったルルーシュはさっさと裏にはけてしまった。その後ろ姿をスザクはぼんやり見送る。

「ちょっと、何ぼーっとしてるの。早く片付けなさいよ」

 カレンに小突かれ、スザクは錆びたロボットのようにぎこちなく首を回した。

「あのさ……」
「何よ」
「僕とカレンってお似合い?」
「はあ?」

 カレンの眉間に皺が寄る。

「僕たち、お客さんからそういう目で見られているらしいよ」
「ええっ、やめてよ気持ち悪い!」

 女の子から気持ち悪いと言われるのは正直ショックだが、今はそれどころではない。

「しかもルルーシュがそれを信じてるみたい」
「はああ? なんでそうなるのよ。あんたがいつまでもじれったい態度を取るからいけないんじゃない。だからさっさとしろって言ってるのに」
「そう言われても……」

 冗談じゃないわと、ぷりぷりしながらカレンも裏に行ってしまった。なんで僕が文句を言われなきゃいけないんだとスザクは溜め息をついた。
 (告白か……)
 今の関係を壊したくない、というのは単なる逃げだろう。ただ想っているだけでいいのならルルーシュと付き合う必要はないし、カレンとの噂はむしろ好都合ではないか。
 でも、そんな誤解をされるのは嫌だと感じてしまった。それはつまり、己の気持ちを正しくルルーシュに理解してもらいたいという希望であり、こちらの気持ちを知ってもらいたい欲があるということだ。
 レジの横に掛けられたカレンダーを見る。
 二月十四日。行事に踊らされるのはなんとなく癪だが、きっかけとしてはこれ以上ないイベントだろう。
 バレンタイン当日は朝から目が回るような忙しさだった。
 大きな店ではないからバレンタイン向けの商品は当日のみの販売でいいとのんびり構えていたところ、ルルーシュの作るチョコレートならば欲しいという客が押し寄せ、スタッフ総出で対応することになった。
 一時は店の外にまで行列ができ、チョコレートやチョコレートケーキを買い求める客はもちろん、バレンタインだけの特別セットを用意した喫茶スペースも夕方まで列が途切れなかった。
 この日ばかりはルルーシュも表に出て接客したのだが、滅多に厨房から出てこないパティシエの顔を拝めると口コミですぐに広まり、ルルーシュ目当ての客まで増える始末である。
 おかげで、閉店を迎えたときにはスタッフ全員がぐったりしていた。来年はバレンタイン期間を設けて客を分散させようと簡単に反省会をし、片付けが終わると早々に解散となった。
 着替えを終えて次々に帰って行く同僚を見送っていると、更衣室にはいつの間にかスザクだけとなっていた。女子更衣室のほうからもお疲れという声が聞こえてきたから、バイト仲間は全員帰ったのだろう。
 (ルルーシュはまだ店のほうかな)
 バレンタインになんらかのアクションを起こそうと決めたのはいいが、チョコレートはまだ渡せていない。
 そもそも、二月に入ってからずっとバレンタインの準備に追われ、一日中チョコレートに溢れた店内で過ごしたあとにチョコレートをもらって果たして嬉しいものなのか。バレンタインと言えばチョコレートという日本人の刷り込みで買ったものの、選択を大いに誤ったと今頃になって後悔する。
 やっぱり渡すのはやめようかと消極的な気持ちで更衣室のドアを開くと、ちょうど厨房から出てきたルルーシュと鉢合わせした。

「お疲れ」
「お疲れ様。今日は助かったよ、ありがとう。一日中忙しくて疲れただろう?」
「ううん、僕は平気。体力だけはあるからね。ルルーシュのほうこそ、先週からずっと準備に追われていて大変だったんじゃない?」
「全然、と言いたいところだが、普段の倍以上の注文があったからな。今日ばかりはさすがにへとへとだ」

 笑う顔に疲労の色はあるけれど、どこか充実した様子も窺えた。その充実感はスザクにも理解できるもので、今日一日が無事に終わって良かったと思った。

「もう帰るのか?」
「うん、ほかの皆も帰っちゃったし。ルルーシュも早く帰ったほうがいいよ」
「ああ……」

 何やら言いにくそうにしていたルルーシュは、右手で左の肘の辺りを掴んだ。

「――スザク」
「何?」
「良かったら、一緒に夕飯を食べないか。こんな時間だけど……」

 前にも似たようなお誘いがあった。あれは大雪の日だ。
 あのときは残り物のケーキだったけれど、今日は夕飯である。これはランクアップしたということだろうかと少し期待しながら、スザクは大きく頷いた。実はお腹ぺこぺこと訴えれば、ほっとしたようにルルーシュが破顔した。

「じゃあカウンターで待っていてくれないか。すぐに用意するから」

 踵を返した後ろ姿を見送り、言われたとおりにカウンターへ向かった。
 料理が出来上がるのをこうしてじっと待つのはなんだかくすぐったい。これが外食なら早く出てこないかと急かす気持ちになるところだけど、ルルーシュが僕のためだけに手料理を作ってくれているのだと思えば待ち時間すら愛しく感じられる。
 我ながら恥ずかしい思考だ。でも、ルルーシュを好きなのだと改めて実感するひとときはどこか温かかった。
 閉店後の店内は静かで、昼間の喧騒が嘘のようである。なんとはなしにメニューを眺めていると、「待たせたな」と声がかかった。テーブルに置かれたのはサラダとパスタとスープのセットだ。店のメニューには載っていないパスタに、もしかして新作の味見かなと見当をつける。

「今度の新作? お店にはいつ出すの?」

 新しいメニューを考案するといつも試食をお願いされるので今回もそれだろう。すると、予想に反してルルーシュが首を横に振った。

「店には出さない」
「えっ、なんで?」

 何気なく尋ねれば、目の前の顔が微かに強張った。余計なことを聞いたかと思い、内心ぎくりとする。何か訳ありなメニューなのか。しかし、それならわざわざ夕食として振る舞わないはずだ。
 ルルーシュは深刻そうな顔でパスタを見ていた。その視線がゆっくり動き、スザクの瞳に合わさる。
 とても綺麗で深みのある紫色に見つめられるだけで心臓がばくばくしてきた。

「同じものは、嫌だと思って」
「同じもの?」
「だから……、皆に出すのと同じものじゃなくて、スザクのためだけに作った料理をスザクだけに食べてもらいたいと思ったんだ」

 ひと息で言ったルルーシュはふいと顔を逸らした。その横顔は赤い。
 スザクはフォークを握り締めたまま固まった。

「なんで……?」

 かろうじてそれだけを聞き返すと、頬の赤味が増したような気がした。

「――お前、店に来る女の子たちにいくつもチョコをもらっていただろ」
「もらってないよ。全部断ったから」
「そんなことは知っている! そうじゃなくて、俺は、お前がチョコを渡されるのを見て嫌だと思ったから、それで、」

 途中で己の発言の迂闊さに気付いたのか、ルルーシュが裏のほうへ逃げようとした。慌てて椅子を下りたスザクは、素早くカウンターを回ってルルーシュの手首を掴んだ。

「それじゃわからないよ。なんで僕だけに料理を食べてもらいたいと思ったの? なんで僕がチョコをもらうのを見て嫌だと思ったの?」
「こ、言葉の綾だ、理由なんてどうでもいいだろ! 離せ!」
「ねえ、僕の勘違いでなければ、今のは告白ってことでいいのかな?」

 告白の二文字にルルーシュの体が硬直した。

「ち……、ちが、」
「今さら誤魔化すのはやめにしよう。ルルーシュだって本当は僕の気持ちに気付いているんでしょう? それに、僕たちの態度バレバレらしいから」
「誰がそんなことを…!」
「スタッフ全員。あ、でも正確に理解しているのはカレンだけだから安心して」

 ルルーシュも周囲に気付かれているとは思ってもいなかったのだろう。金魚のように口をパクパクさせている。

「な、なんでバレて……」
「それはわからないけど、多分、僕たちの空気とか雰囲気とか……?」
「じゃ、じゃあ、お前も俺の気持ちを知って……」
「だからさ、ルルーシュも本当は気付いていたんじゃないの? 僕の気持ちに」

 とうとう口を閉ざしたルルーシュは、居た堪れなさそうに顔を俯けた。黒髪の隙間から覗く耳まで真っ赤になっていて、可愛いという感想が無意識に浮かんだ。普段はとてもカッコいいのに、今はこんなにも可愛い。
 こんなに可愛い人が僕の目の前にいて、僕の言葉ひとつひとつに驚いたり恥ずかしがったりしている。そう思ったらたまらない気持ちになった。
 同時に、細い手首を握り締めている状況にスザクのほうまで緊張してきた。初めてルルーシュにちゃんと触れているのだと、今さらながらに実感してまた緊張が高まった。

「いきなり言われても困るよね。っていうか、不意打ちみたいでずるいよね。ごめん、もっと順序立てて伝えるつもりだったのに、急にこんなこと言って。だから、そのつまり……、僕もルルーシュが好きなんだ」

 僕もとは言ったものの、お前と同じじゃないと否定されたらショックだなと思いながら返答を待つ。ルルーシュは俯いたままだ。

「――知ってた」

 ようやく返ってきたのは、小さな小さな声だった。

「いや、知っていたと言うのは語弊があるな。もしかしたらと思っていた程度だ。でも、俺たちは男同士だし、スザクはカレンと良い雰囲気だから、俺がスザクの幸せを邪魔してはいけないと、」
「ストップストップ! 前も勘違いしていたみたいだけど、僕とカレンはなんにもないから!」

 慌てて止めれば、不思議そうな瞳が向けられた。

「そうなのか? でも、この間だって二人でこそこそと……」
「この間? ああ、あれは単に僕が締められていただけで」
「締める?」
「昔からルルーシュを知っているカレンは、僕みたいな男がルルーシュの相手になることを心配しているんだよ。だから、もっとしっかりしろって活を入れてくれただけ」
「なんて恥ずかしいことをしているんだ、お前たち……」

 何を想像したのかひとりで照れているルルーシュに、全然恥ずかしくなるような雰囲気ではなかったけど、と心の中で突っ込んでおく。

「とにかく! カレンとのことは完全に誤解だし、僕はルルーシュだけが好きなの! これで納得してくれる?」
「あ、ああ……」
「それでルルーシュは? 僕のこと好き?」

 改めて問いかけると、ルルーシュが恥ずかしそうな顔をした。でも、今度は俯くことなく真っ直ぐスザクを見てくれた。

「俺も、スザクのことが好きだ」

 お互いの気持ちはなんとなく察していたけれど、直接言葉で伝えられる喜びは格別だった。
 ルルーシュの手を引き、華奢な体を抱き締める。驚いた声を上げたルルーシュは、しかし大人しく腕の中にいてくれた。

「ルルーシュ、好き、大好き」
「わ、わかったから」
「初めて君に会ったときから好きだった」
「あれはなかなかインパクトがあったからな」

 くすくすと笑う声を聞きながらスザクは黒髪に口付けた。

「でも、なんでパスタをご馳走してくれたの?」
「散々チョコを売ったあとだから、甘いものは見るのも嫌かと思って」
「そんなことないよ。ルルーシュが作ってくれるものならなんでも嬉しいし、なんでも美味しいに決まってる。それに、僕もチョコ用意しちゃった」
「そうなのか?」
「ルルーシュこそチョコは懲り懲りなんじゃない?」
「俺だってお前からもらうものならなんでも嬉しい」

 はにかむような笑みに、幸せな気持ちが胸いっぱいに広がる。

「とりあえず、先に夕飯にしないか」
「あっ」
「でもすっかり冷めてしまっているだろうから、無理に食べなくても」
「食べる! 食べるよ!」

 ルルーシュが作ったものを食べないなんて選択肢はない。いいのか? と首を傾げたルルーシュに、うんうんと大きく頷く。

「食後にはデザートもあるからな」
「何を作ってくれたの?」
「チョコレートケーキだ」
「それも僕のためだけに作ってくれた特製ケーキ?」
「もちろんだ」

 準備してくると言って腕の中から出ていこうとした体を引き留めた。

「その前に、チョコより甘いものをもらってもいいかな?」

 目を閉じて、と囁く。
 不思議そうな顔をしていたルルーシュだけど、意味を悟ったのかまた赤くなった。それでも嫌がることなく、ぎゅっと瞼を閉じた姿はやはり可愛い。

「愛してる」

 そう告げた瞬間、ルルーシュは嬉しそうに微笑んだ。柔らかな頬に両手を添え、そっとキスをする。
 すぐに離れようと思ったのに、夢にまで見た瞬間を迎えて頭が真っ白になるような感覚がした。初めてのキスだから優しくという予定は、薄く開かれた唇によってあっさり瓦解する。
 触れるだけのはずが、咥内に舌を忍び込ませて上顎や頬の内側を探り、唾液を絡め合う深い口付けを交わした。弱々しく胸を叩かれ、ようやくキスを解いたときにはスザクまで軽く息を乱していた。

「いきなり馬鹿じゃないのか…っ」
「ごめん、つい」
「店の中で、こんなこと……」
「ごめんね」

 ちっとも反省の色がない謝罪をしながら、ルルーシュの首筋に唇を這わす。やめろと懇願する声は震え、腕の中の体もびくびくと反応していた。

「このまま抱いちゃいたい」

 思わず漏れた本音に、さすがにルルーシュもぎょっとして胸を強く押し返してきた。

「ば、馬鹿! 離れろ! 店の中でこれ以上はしたない真似をしたら首にするからな!」
「店の中以外だったらいいってこと?」
「違う! そうじゃなくて…!」
「うん、わかってるから大丈夫。今日はもう何もしないよ」

 そう宣言した瞬間、微かに落胆の色を浮かべたことをルルーシュ自身は気付いているのだろうか。ぐらぐらと揺れる理性をなんとか保ち、少なくとも夕飯を食べ終わるまではちゃんと紳士でいようと心に決める。

「だからさ、もう一回だけキスさせて」

 憮然とした面持ちのルルーシュは、それでも素直に目を閉じてくれた。大人しくキスを待つ姿はどこまでも可愛らしい。
 甘ったるいチョコレートの香りが残った店内で交わしたキスは、チョコレートよりも濃厚で甘かった。
 嫌じゃなかったらこれからうちに来ないか。
 食後のケーキは明日にしようと言われたあと、ルルーシュから控え目なお誘いをされ、ちゃんと紳士でいようというスザクの決心が砂糖菓子よりも脆く崩れたことは言うまでもない。
 (16.02.14)