ある昼中

「枢木君、ちょっと」
「はい、なんでしょうか」
「ここのデータなんだけど……」

 上司に呼ばれ、問われた内容に答える。提出した資料の直しかと緊張したが、すぐに納得してもらえたので安堵してスザクは席に戻った。
 その途中、二つ離れた島の空席にちらりと目を向ける。そこは同僚であり、つい先日、恋人になったばかりのルルーシュの席だった。
 (随分長いな)
 一時間もあれば終わるはずの会議なのに、二時間経った現在も戻ってくる気配がない。会議のメンバーに不毛な議論を好む人間がいると愚痴っていたから、そ
 れのせいだろうか。しかし、室内を窺うとルルーシュ以外のメンバーの姿があって首を傾げた。会議が不毛すぎて勤労意欲が下がり、どこかでサボっているのか
 もしれない。
 コーヒーを買うついでに探してみるかとスザクは部屋を出た。こうして油を売りに行けるのも、ついこの間まで寝る間を惜しんで働いたおかげである。
 どうせまたすぐに忙しくなるのだから、たまにはのんびりさせてほしい。そんなことを思いながら自動販売機で缶コーヒーのボタンを押していると、カフェスペースにルルーシュの姿を発見した。
 気配を殺してそっと近付き、後ろから顔を覗き込んだ。

「サボりは駄目だよ」

 盛大に驚いたルルーシュは、上げかかった悲鳴をかろうじて飲み込み、代わりに大きく目を見開いていた。ビックリした猫みたいと可笑しくなる。

「なんだ、スザクか……」
「なんだはないんじゃない。せっかく探しに来てあげたのに」
「探してくれなんて誰も頼んでいない。あと、登場するならもっと普通に登場しろ」
「ビックリするルルーシュって可愛いよね」
「馬鹿じゃないか」

 不機嫌そうに言ってルルーシュは紅茶に口をつけた。社外のカフェで販売しているカップに、外まで出たのかと推測する。そんな自分に、これじゃあ恋人の行き先を逐一チェックしているみたいだなと苦笑いした。

「人をサボりと言うなら、お前だってサボりだろ」
「僕は休憩」
「一緒のことだ」
「会議、長かったね」
「ああ」
「意見はまとまったの?」
「まあなんとか」

 そこで会話が途切れた。今日のルルーシュは珍しく覇気がない。紅茶を一口飲むと窓の外に目を向けて、そのままぼんやりどこか遠くを見ている。会議でよほど嫌なことがあったのだろうか。

「――お前、女子にもてたんだな」

 何があったのか尋ねようかどうしようか、迷った末にスザクが口を開きかけたタイミングでぽつりとした声が聞こえた。

「へ?」
「いや、お前がもてることは知っていたが、本当にもてるんだなと改めて実感したと言うかなんと言うか……」
「なんの話?」

 手元のカップに視線を落としたルルーシュはどこか不機嫌そうな、哀しそうな、泣き出しそうな、いろんな負の感情が入り混じった複雑な表情を浮かべていた。

「給湯室を通りかかったときに聞いたんだ。うちの部署の誰と付き合いたいかって。そしたらお前の名前が出てきて、その、色々言っていた」
「えっと……」

 誰がどんな話をしていたのかは知らないけれど、なんとなく見当はついた。よくある世間話の一環で、誰がカッコイイとか誰と付き合いたいとか誰なら結婚し
 てもいいとか、そういう類のくだらない話題だろう。それならルルーシュの名前も出ていそうだが、ちょうど話題が終わっていたのか、あるいは当の本人が聞き
 逃したのか。

「ルルーシュだってもてるじゃないか」
「俺なんか別にたいしたことはない」
「それ言ったらほかの男性社員が怒ると思うから口にしないほうがいいと思うよ……」

 よくわからないけれど、恋人が女子社員にもてていることを知ってルルーシュはこんなに落ち込んでいるのだろうか。会議の内容よりももてる恋人のほうが心配になり、こうして珍しく仕事をサボっているのだろうか。
 (何それ、可愛い)
 ここが会社でなければルルーシュを腕の中に閉じ込めてぎゅうぎゅう抱き締めているところだ。その欲求をぐっとこらえ、スザクはおもむろに手を伸ばした。
 カップを取り上げるふりをしてさり気なくルルーシュの指に触れる。男にしてはほっそりとした指先がぴくりと動いた。

「今日、うちに来ない?」
「え……、でもまだ火曜日、」

 その言葉の裏にある意味を自ら悟ったのか、白い頬がさあっと染まる。
 ルルーシュがスザクの家に泊まるときは必ずセックスが伴った。だから、まだ火曜日なのにするのかという意味で言葉を発してしまい、それに気付いて照れているのだ。
 やっぱり可愛い。なんでこのまま抱き締められないんだろうとじれったい気持ちを押さえ付け、にこりと好青年の顔で笑う。

「なんにもしないから。ご飯を食べて話をして寝るだけ。ルルーシュと一緒にいたいんだ」
「それだったら、まあ……」

 ほっとしながらも少しだけガッカリした様子の恋人にたまらない愛しさが生まれた。ルルーシュのことはずっと好きだけど、好きという気持ちは少しも減ることなくどんどん増していく。どんなに好きになってもこの気持ちが尽きることはきっとない。

「仕事が終わったら一緒に帰ろう」

 一応、職場なので声を潜めて約束を交わす。幸い、自分たちの周りには誰もいないから会話を盗み聞きされていることはないだろう。
 ルルーシュはこくりと小さく頷いてくれた。

「じゃあ、そろそろ戻ろっか」
「ああ」
「っと、その前に……」

 ルルーシュを手招きし、顔を寄せた彼の耳元に手を当てる。内緒話をするときの格好だ。

「愛してる」

 スザクの顔をじっと見たルルーシュは、少し遅れてまた頬を赤くさせた。

「ば…、馬鹿じゃないか!」

 それだけを言うと怒ったように去って行く。くすくす笑いながらスザクはあとを追った。
 本当はプレゼントがあるんだと伝えるつもりだった。形にこだわるわけではないけれど、二人で同じものを持ちたいと思った。ただ、それを渡すのはまだ先のつもりでいた。
 でも、ルルーシュが自分たちの関係に少しでも不安を抱いているのなら、それを取り除いてあげたかった。だから部屋に来ないかと誘ったのだ。
 (喜んでくれるかな。それとも迷惑だと思うかな)
 付き合い始めてすぐに買った二つの指輪を見て、ルルーシュはどんな反応を返してくれるだろう。その瞬間が楽しみなような不安なような、仕事が終わるまでの残り数時間が果てしなく長く感じられた。
 突然のプレゼントにルルーシュが驚き、茫然とし、それから泣き出しそうな顔で嬉しそうに笑ってくれたのは日付が変わる一分前のことである。
 (15.10.14)