嘘つきたちの日

「ごめん!」

 ぱん、と顔の前で手を合わせたけれど、ルルーシュの眉間に不機嫌そうに刻まれた皺が消えることはなかった。

「本当にごめん!」
「謝るぐらいなら最初からするな」
「うっ…だってほら、会長さんからの頼みごとはやっぱり無下に出来ないと言うかなんというか」
「つまり、お前の中での優先順位は俺より会長のほうが上というわけだな」
「そうじゃなくて…!」
「もういい」

 くるりと踵を返したルルーシュのあとをスザクは言い訳しながら追いかけた。
 事の発端はちょうど24時間前のこと。
 昨日は四月一日。つまりはエイプリルフール、罪のない嘘をついてもいい日だ。
 当然、そんな楽しい日をアッシュフォード学園生徒会長が見逃すはずがなく、学園は一日中お祭りのような騒がしさだった。その中でスザクに命じられたのが、「彼女ができたとルルーシュに嘘をつく」ことである。
 普段、恋愛話にまったく興味を示さないルルーシュをからかってやろうという思惑で考え付かれた内容らしいが、実際にルルーシュと付き合っているスザクはどきりとした。ミレイが二人の交際を知っているとは思えない。だけどまるで狙ったような命令に、二人の仲をこじらせたいのかもしくは単に面白おかしくしたいだけなのか、しばらく頭を悩ませてしまった。
 そして、会長や生徒会メンバーからの期待を裏切ることが出来ず、スザクはルルーシュに嘘をついた。
 ――結果が、現在の状況である。

「待ってよルルーシュ!」
「いくらエイプリルフールでもついていい嘘と悪い嘘があるんじゃないのか。少なくとも俺は彼女ができたと聞いてショックだったし、悲しかった」
「ルルーシュ……」

 ごめんと謝ればルルーシュは許してくれるだろうという甘えも少しあった。もしかしたら高を括っていたのかもしれない。だからショックを受けたルルーシュの顔を見て後悔し、自分の甘さと迂闊さを呪った。大いに反省もしている。でもすべては遅すぎることで、どれもこれも嘘をつくときに覚悟しておかなければいけなかったのだ。
 ルルーシュとの距離を縮め、その腕を掴んだ。ルルーシュは抵抗することなくぴたりと歩を止めた。顔は俯けられていてよく見えない。

「反省してる。後悔もしている。許してくれとは言わないけど……本当にごめんなさい」

 沈黙が続いた。鳥の囀りだけが耳に聞こえる。二人の緊迫した空気にはそぐわないのどかさだ。
 どのくらい待っただろう。むっつりと押し黙っていたルルーシュがゆっくりと顔をこちらに向けた。

「反省しているのか」
「うん、してる」
「来年は嘘をつかないか」
「エイプリルフールなんてやめるよ。会長に言われたってしない。ルルーシュが悲しむことは絶対にしない」
「本当に?」
「本当に」

 真剣に告げれば、紫の瞳がスザクを値踏みするように見た。まだ疑っているのかと思うと寂しい気もしたけれど、悪いのはすべて自分なので何も言えない。
 やがてその瞳が柔らかい色を帯びた。

「俺も言いすぎた、すまない」
「ルルーシュが謝ることはないよ」
「いや、我ながら女々しすぎた。エイプリルフールとはそういうものなのに目くじらを立てすぎてみっともないな」

 ふるふると首を振ったルルーシュの手を握り締める。恋人からほかに彼女ができたと聞けば誰だって面白くないしショックだろう。ルルーシュが特別嫉妬深いわけではなく、これが当たり前の反応だ。
 二人の手は繋がれたままだった。今日は休みでクラブハウス周辺に人の姿はない。いつもなら人に見られると言ってすぐに振り払われるけれど、今日は誰もいないからルルーシュの警戒心も少し薄れているのかもしれない。

「僕が好きなのはルルーシュだけだし、付き合うのもルルーシュだけだよ」
「それも嘘だなんて言わないだろうな」

 悪戯っぽく浮かべられた笑みにスザクは苦笑いを返した。

「今日はエイプリルフールじゃないんだから。それに、ルルーシュを好きだと伝える気持ちに嘘なんてほんの少しでも混じらせたくない」

 ルルーシュは今度は何も言わず、ただ口許をそっと緩めてくれた。
 少し力を込めて手を引いたスザクは、桜の花びらのように薄く色付いた唇へキスを落とした。

「君に嘘はつかないよ。約束する」
「――わかった。それなら俺もお前に嘘をつかないと約束しよう」

 エイプリルフールの翌日の約束。それは嘘ではないとお互いに信じていた。

「スザク」

 呼びかけた声にはスザクにしか気付かない甘さが含まれていて、スザクは何も言わずにもう一度キスをした。
 土曜の昼間。学校が休みでもどこに誰がいるかわからない。それなのにキスをせがんできたのは、昨日の出来事があったからだろうか。
 ごめんねと心の中で謝って、スザクはルルーシュの身体を引き寄せると大事に大事に抱き締めた。
 その約束は嘘ではないけれど、真実でもなかったと二人が知ったのはもっと後のことだった。
 (11.04.03)